ヘアゴム
美冬ちゃんと屋上に上がりいつものようにご飯を準備する。最初こそ震えるぐらいに緊張していたが、今では随分と落ち着いて二人の時間を過ごせていた。
「じゃ、食べよっか」
毎回、言ってくれるのでそのタイミングで手を合わせる。
「……いただきます」
「いただきます」
今日の美冬ちゃんはお弁当ではなく、コンビニで買ったであろう春雨スープやサラダみたいだった。
サラダから食べ始めている姿に女子力の高さを見せつけられた。
「木陰ちゃん、さっきの授業寝てたけど寝不足?」
想定していなかったことを聞かれて答えが出ず口ごもる。頭を必死に巡らせると、さっきよ授業のことを思い出して焦りを覚えていた。
「……はい、寝付けなくて」
普通に聞こえるように、ひねり出した当たり障りのない返事をする。寝付けなかった理由は聞かないで、と心の中でお祈りする。
まさか、美冬ちゃんも私と日向くんが朝一緒にランニングしているとは思っていないだろう。聞かれたら上手く躱せる自信がない。
「睡眠不足はお肌の敵だよ」
それ以上聞かれる事がなく安心した。
一息付いていると、白くて細い手が私のほっぺに伸びる。つねる、ではなく撫でて揉むように頬を堪能する美冬ちゃん。
こういったスキンシップの多さはやはり、ギャルだからなのだろうか、と揉まれている時間に考えていし、嫌な感覚ではなかった。むしろ、といった気持ちがある。
「あら、もちもち。何かしてる感じ?」
私の肌がお気に召したらしく、いかにも女子っぽい質問された。一つ、実績解除したのかもしれない。
「……何も、ですね。……しいて言うなら健康的な食事ですかね?」
実際、私はスキンケアは対してやっていなかった。
思い当たるとすれば、栄養に気を付けた食事ぐらいだろう。日向くんと食べ始めてからは尚更、意識し始めたし、それが影響しているのかもと答えながら考えていた。
「なるほど、健康的な食事か……難しい事言うね」
「……そうですかね? ……レシピ調べたりすればそこまで難しくないですよ?」
調べれば簡単に栄養の取れるもの、みたいなものが見つかるのでそれを参考にすればいいだけだ。
あとは慣れで組みたれば良いだけ、みんなが思っている程ではないのだ。
「乙女にとってスタイルは大事だよ」
そうか勘違いしていた。
今どき女の子ならカロリー制限してスタイルを追っているんだろうな、と美冬ちゃんのお昼ご飯を思い出して打ちひしがれた。
「……私には程遠いです」
私も体型は気にしてるけど、そこまでやれない。
この差が私と美冬ちゃんたちとの差なのかな、と分析してしまう。
ただ、私も進歩している。目的は違えど運動を始めたのだ。身体が引き締まるだろうし……少しは自信を持ってもいいだろう。
それである事を思い出して「……そう言えばと」前置きしてから話す。
「……修学旅行のお願い聞いてくれてありがとうございます」
運動を始めたキッカケだ。
昨日、私からのお願いで修学旅行は一緒に行動してもらえるようになった。日向くんと修学旅行が一緒なのは、美冬ちゃんのおかげなので感謝が尽きない。
「いいの、いいの。むしろチャンスとしてアリ」
と迷惑ではないと笑ってくれているので安心だ。美冬ちゃんのチャンスというのは多分、斎藤くんと一緒に回れるという事なのだろう。
「……なるほど」
「修学旅行か〜、もうすぐだね。京都だもんね。せっかく行くなら和服とか着たいよね?」
確かに京都は和服のイメージだけど、と思う。
「……わ、和服ですか? ……そんなの着られます?」
言葉にするなら恐れ多い気持ちが溢れる。
「うん、着られるよ、レンタルあるみたいだし、学割も効くよ」
どうやら事前に調べてまでいるらしい。
「……そ、そうですか、私は遠慮を──」
言い切る前に重ねられる。
「そこは着ようよ! 京都だよ!」
「……そうですけど、恥ずかしいですし……」
「せっかくだからさ、それに男子たちも喜ぶよ?」
せっかく、本当にその通りだと思う。でも、私に似合うだろうか。そ「……うっ、本当にそうなら……」と声が漏れる。
和服姿を見て、日向くんは喜んでくれるだろうか。
「……でも恥ずかしいですよ」
それでも恥ずかしさが勝る。
「しょうがない。まだまだ時間に余裕あるから保留ね。着たいなら、自分の気持ち大切にしよ」
私の気持ちか。着てみたい、とは思う。それならこの気持ちを大切にするべきなのだろう。
「でも着る着ないは置いておいて、修学旅行は一緒だよ?」
その言葉に力強く「……はい!」と返事を返す。友達と一緒に旅行先を周るというのが今から楽しみなのは変わらない。
「……あ、ギャルは歩くの速いですよね?」
「え、なにそれ?」
笑いながら一蹴されてしまった。
またも私の感覚が否定だ。ギャルは歩くの速そうなんだけどイマイチ理解してもらえていない。
「……でも美冬ちゃんたちは歩くのが速いと聞きましたよ」
ちょっと不服なので口をとんがらせながら言う。
「うーん、そうかな。そうかも、何回か他の娘にも言われ事あるし……」
と何か考え込む美冬ちゃん。
「あ! そうか、修学旅行周るもんね!」
「なるほど、なるほど」と納得している様子だった。そう、修学旅行を一緒に周るから飛んだ話題という事に気付いてくれだのだろう。
「歩く速度合わせるけど、でもなー、秋人の方が」
「……大丈夫です! ……体力付けますから!」
「そう?」
「……はい、運動するので!」
「そっか、なら運動頑張りなよ? 私、めっちゃ速いみたいだし」
「……なら、私めっちゃめっちゃ運動します!」
私の決意に美冬ちゃんが吹き出す。それに釣られて私も笑う。しばらく二人でただただ笑っていた。
二人とも区切りがつきお弁当を食べ進める。
「運動か、体育のときにも思ってたけど、木陰ちゃん髪少し伸びたよね?」
自分の髪に触れて確かめる。
「……確かに少し伸びましたね」
普段より少し長め。こういったところに気づくのが女の子なのだろうなと感じた。
「運動するなら微妙に邪魔にならない?」
「……言われるとそうですね」
思え返せば体育のときに少し気になった覚えがある。ただ、授業が終わる頃には忘れていた程度の認識だ。
そんな私に、美冬ちゃんはとんでもない提案をする。
「まとめちゃえば?」
「……まとめる、髪をですか?」
……髪をまとめる。何回かはしたことがある。
「そ。ポニーテールにしてみても良くない?」
「……なるほど」
嬉しい提案だけど、あまり良い顔もできていない。私にとってその髪型はアクティブな子がや運動部の子たちがしているイメージだからだ。
そんな私を置いていくように美冬ちゃんはそうだ、と何か閃いたようで。
「ほら、後ろ向いて。結んであげる」
美冬ちゃんが手首に付けていたヘアゴムを手に持って準備万端といった様子だった。
少しの押し問答の後、断りきれず、おとなしく後ろを向く。もうこうなれば相手に任せてしまおう。
「…………ありがとうございます」
「髪サラサラだね」
私の髪をまとめながらひとり言を溢すような口調で言う。
「……そうですか? ……ありがとうございます」
他の女の子の髪質などよく分からないので、気の利いた相槌ではなかった。
「ホントに触り心地いいもん、やっぱり健康的なご飯か」
それに私は「……そうかもです」とだけ返事をして、髪がまとめられていくのを感じながら待つ。
「できたよ」と言われて振り返る。
「……どうですか? ……変じゃないですか?」
「似合うじゃん!」
いつの間にか準備されていた手鏡を見せられる。感謝の言葉を言いつつ、頭の角度変えて仕上がりを見ていた。ポニーテールというよりうさぎの尻尾と少しぐらいだ。
「……かなりギリギリですね。……でも結ぶと、、、そうですね、動いても邪魔になりませんね」
少し邪魔に感じていた髪の感覚が今はなかった。
首元に風が通る。慣れない感覚だが爽やかな気分がした。
「でしょ?」と満足気な笑顔を見せてきた。
「似合うし、このまま次の授業受けたら? みんなからの目線も変わるよ!」
甘美な提案だ。「……うーん」と声を漏らして考える。
みんなの評価を変えられたら、私は日向くんと……先にと思う。でも、まだ勇気がでない。外見が伴っても中身が付いて来ないのだ。
「……まだ遠慮しておきます」
「なんで〜、似合ってるしもったいないよ」
「……せっかくの提案、また断っちゃってごめんなさい」
和服に続いて、この髪型もだ。申し訳ない気持ちが募っていた。
「……でも、この髪型はまたしますよ」
少し笑みが溢れた。
日向くんに見せてあげたい、なんて少し上からの考えなのは美冬ちゃんが褒めているからだろうか。見てもらおう、そんな気持ちが私の口角を緩めていた。
「そう? なら、いっか」
私の満足そうな顔を見たからなのか、美冬ちゃんも嬉しそうな表情だった。
明日……いや今日、日向くんにも見せてみよう。どんな反応をするだろうか、褒めてくれたら良いな。
「ヘアゴムあげるからさ、いつでもその髪にしなよ」
美冬ちゃんのヘアゴムを貰ってしまった。大切にしよう。
「……ありがとうございます」
前向きな返事をする。
昼休みの時間、美冬ちゃんの前ではまた髪をまとめていようと思う。少しだけ積極的になれる気がした。
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