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モーニングコール

挿絵(By みてみん)

 

「……で、では日向くん、明日からよろしくお願いします」


 木陰と朝の運動の約束を交わす。


「こちらこそよろしくお願いします」


 お互いにテスト期間で話したい話題を終えて一段落ついた。久しぶりに木陰の手料理も食べて満足だ。

 ふと時計を確認すると時刻は19時を少し回っていた。


「木陰、今日はごちそうさま。もう遅いしそろそろ帰るよ」


「……もう、そんな時間ですか?」


 視線を追うと掛け時計を確認しているようだった。


「……そうですね」


 時間を確認し終え返事を言うと、少し沈んだ表情になっていた。


「……すぐに時間が過ぎちゃいましたね」


「そうだね」


 少しだけ諭すような声色で言葉を返す。


「久しぶりに一緒に食べられて楽しかったよ」


「……私もです」


 リビングに置いていた自分の荷物を回収し、帰る支度をする。横から話しかけられる。


「……今度のテスト期間は一緒に勉強しようって誘ってもいいですか?」


「喜んで一緒に勉強するよ」


 こっちも木陰に遠慮して連絡はしなかったので、向こうの気持ちを知れたのは大きい。


「……なら、日向くんも誘ってくださいね」


「次回のテストとき俺から誘うよ」


 返事を聞いた木陰の口角が上がった。


「……言質取りましたからね?  ……お願いしますよ?」


 そこまで念を押されると、絶対に誘わなければならないだろう。くどくならないよう、軽く返事をする。

 木陰も望んでいるし、次は遠慮せずに勉強に誘おう。


「……えーと、では日向くん、また明日? ……明日の朝ですね」


 玄関で木陰から先に見送りの挨拶をされた。今回は明確に明日会う約束の話付きだ。


「うん、朝に。動きやすい服で公園に集合」


 最後に必要事項も合わせて返事する。


「……動きやすい服ですね、分かりました」


「……では日向くん、今日はありがとうございました」


「こちらこそ、ごちそうさまでした」


 久しぶりの木陰との食事はこれで終わり帰路に着いた。


 ◇◆◇◆◇◆



 見送った玄関先でひとり言を零す。今なら本心を漏らしても安心だ。


「……明日、日向くんと朝から運動」


 日向くんが私の本心を知っても問題はないはずだけど、なんだか少し恥ずかしい。

 意識していないのに言葉には嬉々とした声色になっていた。


「……私が一番最初に会って挨拶するってことだよね?」


 晴れ渡るような気持ちで、余計な事まで思考し始めてしまう。そんな浮かれた自分に「……落ち着こう」と言葉で釘を刺す。


「……早く寝ないとな」


 そう、私には朝一番にモーニングコールをするという大役があるのだ。うかうかして寝坊などもったいない事はできない。何せ、その日一番最初の話相手なのだ。こんなチャンス逃すなんて絶対にダメだ。


「……そのために準備しないと」


 リビングに移動しながら何をやらないとか考える。やることは多いが一つずつ片せば問題ない。

 明日のお弁当、服の準備、目覚まし、それにお風呂だ。

 まだ日が沈んで間もないが準備している間に、十分寝付く時間になるだろう。


「……お弁当はこれで──」


 上機嫌で明日のお弁当を準備する。まず一つ目はこなした。冷蔵庫にあるもので簡単に、すでにお弁当にも詰めて万全だ。


 次はスマホの目覚ましをいつもより少し早めにセッティングする。お弁当作りで慣れているから心配はないだろう。


「……次はお風呂〜」


 鼻歌交じりにお風呂へ向かう。湯はお弁当を作る前に貼ったのでスムーズだ。

 入浴中に考えを巡らせる時間全てが、明日の朝の事で埋め尽くされている。何と言うか浮かれすぎている自分が少し恥ずかしい。


 身体を拭き、前より少しだけ伸びた髪をドライヤーで乾かしながら次の準備に意識を向けた。


「……あとは着替えか──」


 残り一つのところで重大な事に気づく。


「……着替え? ……動きやすい服?」


 そうだ、動きやすい服が必要なのだ。嫌な予感を感じつつ自分の服のレパートリーを思い出す。


「……あれ、んん?」


 部屋のクローゼットを漁ってみるも収穫はなにもない。

 嫌な予感がしたときにうっすらと分かっていたが、やはり私の持ち物に動きやすい服は思い当たらない。


「……無い、、、よね」


 浮かれた気持ちが一瞬で沈む。焦りからか体温も上がってきた。


「……浮かれ過ぎてたけど、運動するための服なんか無いよね」


 そう私はインドア派なのだ。何せ、日向くんをずっと家に誘っているような人間だ。それに外に出る服すら怪しいのに、運動服なんて持ち合わせていない。


「…………学校のジャージ、、、でも明日体育だし──」


 頭によぎったのは学校のジャージだ。ただそれも明日の授業で着るものだ。仮に朝に着たら汗まみれのまま体育を受けることになる。

 それはマズい。学校のジャージを自分のベッドに並べ策を練る。

 ヘンテコだが妙案を思いついた。もう一度、クローゼットを漁る。


「……中学のときのジャージ、、、体操服までは流石にだよね?」


 中学の頃の体操服の一式。これなら十分運動服として使えるだろう。

 念にはと体操服も試着してみる。明らかにサイズが合っていない。1サイズは小さいだろう。その影響で上も下も何かとパツパツになりつつある感じだ。


「……はぁ、恥ずかしい」


 流石に身体のラインが出過ぎているし、それに自分の身体が中学の頃よりだらしないと言われている気がして赤面する。

 最初の見立て通り体操服は無しだ。そもそも『運動しましょう』と言われて中学の体操服を着てくる女の子が居たら、流石の私でも引く……だろう。


 ……中学の頃のジャージまでならセーフ。セーフなはずだ。

 試しにジャージを着るも、これも少しサイズが小さい。……これは、成長であり良いことだ。だらしないのではない、成長だ。

 それに日向くんも『似合ってるよ』と言ってくれるはずだ。


 ひとまず、服の問題はこのジャージにするとして寝よう。時間を見ればまだ少し寝るのには早いが、焦った心を落ち着ける時間としてベッドに入ろう。


 寝付けない。

 よく言う、遠足前は楽しみで根付けないと言うやつだろう。

 冷静に考えている場合ではない、一刻も早く寝ないと。それからしばらくして私は意識を手放した。


 ◇◆◇◆◇◆


「……朝? うん、朝。」


 昨日セッティングした目覚ましが私を起こす。身体を起こした感覚が寝不足と告げていた。

 カーテンを開けると眩むほど明るい陽が差した。少しずつ目が開いて、脳がゆっくりと覚醒する。


「……日向くんに電話しないと!」


 すぐに通話できるように、と枕元に用意していたスマホから日向くんに電話を掛ける。


「……寝てる? ……起きない?」


 電話をするのは久しぶりだ。それに日向くん相手、余計に緊張する。……前回の電話も同じ相手だけど。

 呼び出しのコールが何回もなる。一秒がいつもより長く感じる。寝坊かな、と頭によぎったタイミングで電話が繋がった。


『もしもし、日向です』


「……おはようございます、日向くん」


『おはよう、木陰』


 朝一番に挨拶をした、朝から名前を呼ばれた、その出来事が私の心を弾ませる。


「……ちゃんと起きましたね?」


 笑いが溢れながらの通話になってしまう。


『おかげ様で起きました』


 かしこまった返事に口角が上がる。普段見られないもの、朝の特権だ。


「……その割には眠そうですが?」


『まだ寝起きだからね』


 そう返事をした日向くんが、通話越しに聞こえるほどの大きなあくびをした。


「……二度寝禁止ですよ。……私待ってますからね」


『大丈夫、ちゃんと起きたから』


「……なら良かったです」


 開けたカーテンの陽が今日の天気を教えてくれていた。


「……外も運動するのにちょうど良い天気みたいですよ」


 私の言葉を聞いて日向くんの方から、カーテンを開ける音が聞こえた。


『本当だ、快晴だね』


 私と日向くんで同じ事を共有したことに喜びを覚えたが、まだ今日は始まったばかりだ。


「……では日向くん、本日はよろしくお願いします」


『こちらこそよろしくお願いします?』


 私にわざわざ付き合ってくれているから疑問形なのだろう、でもそんな返事が微笑ましく思えてしまう。


『顔洗ったり着替えたりするから』


「……そうですね、私もそうします」


 目覚めてすぐに電話したので私も身だしなみを整えなければ。


『ありがとう、木陰。また後で』


「……はい、また後で」


 返事を終えて電話を切る。一度、深呼吸をしてさら今の気持ち噛みしめる。


「……えへへ」


 楽しみなあまり笑いが溢れた。この後すぐに日向くんと待ち合わせがあるからだ


「……って私も顔洗って着替えないと」


 遅刻は厳禁だ。浮つく気持ちを抑えて身だしなみを整えに洗面所に向かった。




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― 新着の感想 ―
可愛い女の子からのモーニングコールは最高ですね。
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