ウォーキングの約束
どうすれば良いか、と問いかけるような仕草で見つめてくる木陰に簡単に思いついた意見を言ってみる。
「木陰が体力つけるとか?」
「……そうですよね、、、そうですけど……」
その先の言葉に詰まっていた。落ち着きなさそうに指を身体の前で絡ませたり外したりしていた。少しして決心がついたようで言葉を紡ぐ。
「……私、、、自慢じゃないですけど運動苦手なんですよね」
意外かと言われるとそうではないが、木陰が口にするのをためらったのには彼女なりに何かあったろだろう。
かける言葉を探している間に先に質問を投げかけられた。
「……それに修学旅行って6月の末ですよね?」
「うん、そうだよ」
「……その時期だと暑いですよね、さらに京都ですし」
盆地の京都では更に熱く感じるだろう。それを踏まえて言っているのだろう。
「……日向くん、一気に不安になってきましたよ」
さっきまで浮かれていた様子は無くなり、顔が少し青い。不安に飲み込まれたと言える表情だ。
「運動かな。軽く身体を動かしてみても良いんじゃない?」
そんな俺の言葉に「……で、ですよね」と一度は受け取ったもののそこに言葉を足していく。
「……努力はしますが……『運動しよう!』で続くなら、私はすでにアウトドア派の人間になれてますよ」
確かにそう簡単に続けられるなら誰でも、それこそ運動を苦手だと言う木陰もやっているだろう。苦手な事を続けるという難易度は高い。
「……何か続けるコツとかありますか?」
「一人じゃなくて誰かと一緒にするとか」
「……一緒にですか? ……そんな人が居れば私は既にアウトドア派に──」
ここまで言ったのならこちらも責任を取るしかないだろう。
「じゃあ、一緒に運動する?」
「……一緒に、、、? い、良いんですか!?」
不安に支配されていた顔が一緒で切り替わる。驚きとほころんだ顔に変わっていく。
「簡単なウォーキングとかランニングとかなら全然付き合うよ」
「……ぜ、ぜひお願いします!」
「……日向くんが付き合ってくれたら、私苦手な運動でも続けられると思います!」
そこまで言ってもらえるなら、まんざらでもなく笑みがこぼれる。
「じゃあ、一緒にやろうか」
にこやかで明るい「……はい!」という返事が返ってくる。
「それでいつ始める? 俺はいつからでもいいよ」
「……私は明日からでも! ……あ、その、修学旅行まで期間が無いので……できるだけ早く始めたいです」
今は5月の末。6月の終わりに修学旅行があるのを考えると、確かに残された時間は短い。
「じゃあ明日から始めようか」
「時間だけど夕方?」
「……うーん、夕方ですか…………あまりいい記憶が……」
木陰の表情が少し曇る。何気なく時間を言ったが、暗い時間に酔っ払いに絡まれたことがある彼女には嬉しくない時間だったのだろう。
「……でもそうですよね、歩くならその時間になりますよね……」
「木陰さえ良ければだけど、朝にする?」
「……朝ですか?」
「そう朝。学校が始まる前に早起きして運動しない?」
「……なるほど、朝から日向くんと運動……」
朝も意見として出してみたものの木陰は少し悩んでいる様子だ。
「木陰は弁当作ってるし、無理なら無理で──」
「……朝にお願いします!」
「良いの? 弁当の時間とか寝不足にならない?」
お弁当を自分で作っているのに、更に朝を忙しくしてしまうかもしれないと切り出す。
「……大丈夫ですよ、前の夜にメインだけ作り置きすればそんなに時間はかかりませんよ」
と料理の話題に少し自慢気な顔で答えていた。それなら朝からにも安心だろうと一息つく。
「……それよりも朝一番に日向くんと運動できるんですから」
「……何時集合にしましょうか? ……登校まで考えると7時過ぎには戻りたいですし」
「そうだな、シャワーも浴びたいし」
運動は一時間弱と読んで逆算する。
「6時に集合かな?」
「……そうですね、それぐらいが良いです」
「どこに集合する? できるなら学生の通らなそうな場所がいいけど」
「……日向くんの家の方向って向こうですよね?」
「そうだよ」
すると「……なるほど」と少し眉を中央によせ険しい顔で考えていた。
「できるなら木陰方面が良いかな。学校の人に見られにくそうだひ」
「……そうですか、、、なら雨の日に日向くんと会った公園にしませんか?」
「あそこか。確かにちょうど良さそうだ」
前に木陰が雨宿りしていた公園だ。そこなら遠すぎる程でもないし、学生があまり通らない場所だ。
「……では日向くん、明日朝の6時にあの公園に集合ですよ」
「分かった」
すると木陰が悪そうな顔を俺に向ける。何かと思って疑問に思うと、口に手を添えながら煽るように聞いてきた。
「……いつも学校来るの遅いですけど、起きられますか?」
痛いところを付いてくる。が、木陰からしても当然の疑問だろう。
しかし、遅いのには同行者が遅れていることも多いのだ。
「木陰との約束だし起きられると思う……はず」
「……本当ですか?」
そんなに押されるとどんどん不安になる。ただでさえ絶対の自信ではないのだ。より自信が無くなる。
「多分……」
弱々しい返事を返すことしかできなかった。
「……日向くん、私、朝会えるの楽しみにしてるのに居ないと寂しいですよ」
上目遣いでそんな事を言うのは反則だろう。何とか朝起きなければ。
「……日向くんさえ、日向くんさえ良ければですけど」
と何度も前置きをして、次の言葉を言う準備をしていた。
木陰が深呼吸をしてから口にする。
「……モーニングコールしても良いですか?」
「モーニングコールって、電話するってヤツだよね」
「……そうです。……日向くんが起きられるなら私が朝に電話しますよ」
それは願ってもないことだ。「良いの……?」と顔色を伺うような返答をする。
「……むしろ私がお願いしたいくらいですよ。……運動に付き合って貰うんです、それぐらいはさせてください」
「ぜひお願い……します」
思わず畏まった言葉を返す。それが面白かったようで微笑むような声で話を続けた。
「……はい、分かりました。……朝、電話しますからね、ちゃんと起きてくださいよ」
「絶対に起きるよ」
それを聞いて「……そうですか、なら起こしがいがありますね」と笑っていた。
「……では明日からよろしくお願いします」