インスタントカメラ
気まずい中、木陰が話題を変えるように言う。
「……えーと、美冬ちゃんに一緒回ろうって連絡送りますね」
向かいの木陰は少し険しい顔でスマホを触り、指を動かしていた。しばらく掛かって指の動きは止まったのでメールを送くり終えたのだろう。
安心して一呼吸置いた様子だ。しかし、そんな暇があったと言えない速度で彼女のスマホが鳴る。そして間髪入れずにもう一度通知が鳴った。
「……美冬ちゃん、返信速すぎますよ、私が内容を何分考えたと……これがギャルですか」
通知はメール先の前田さんらしいが、それよりも木陰は掛かった時間の差に言葉を漏らし肩を落としていた。
メールを確認するなり、目を見開き落ち着かない様子になっていた。
「内容聞いても良い?」
一応、俺にも関わる事なので伺いを立てることにした。
「……良いですよ」
「……『修学旅行一緒に回ろう! 日向も誘うね!』だそうです」
何というか、予想通りではあるものの見透かされている感覚もありむず痒い。
「……あとは『日向誘うなら、私も斎藤も誘って良い?』と来ました」
一応はこうなるのも予想通りだ。
「どうする?」
「……日向くんのおかげで私も心の準備ができています」
覚悟を決めた顔で返事の内容を打っていた。
「……『もちろんです! 修学旅行はお願いします!』と返事しました」
「ある意味予想通りになったな」
「……なりましたね。……でもこれで一緒に回れますよ」
そう言うなり、持っていたスマホを片付けて目の前の事に集中する。
「……安心するとお腹が空きました。……ご飯の続き食べましょう」
◇◆◇◆◇◆
それから少し会話しつつも木陰が作ってくれた、料理を食べ進めていた。
「ごちそうさまでした」
「……ごちそうさまでした」
「久しぶりに食べたけど、木陰の料理美味しかったよ」
「……ありがとうございます」
「……お皿片付けますね」
「俺も運ぶよ」
「ありがとうございます」
「木陰って食べるの綺麗だよね」
「……そうですか? ……初めて言われましたけど」
「前から思ってたけど、今日魚食べてるところ見てそう確信した」
「……あ、ありがとうございます。……褒められるのは素直に嬉しいです、けど浮かれてしまって後片付けの手が付かないので、またの機会に沢山お願いします」
そう照れ隠しをしながら後片付けを始めた。そんな姿が微笑ましく、見惚れていると目線が合った。
こちらが何を思っていたかも木陰は気づいた様子で「……もう」といじけて言うも、何やら限界に達したらしく話題を大きく変えた。
「……あ、あの日向くんに見てほしいものが有ったんですよ」
食器を運び終え、洗う作業に取り掛かっている最中だったが手を止めた。
「……ちょっと待っててくださいね、取って来ます」
そう言い手に付いた水気を振って払い、エプロンに脱ぐってから目的のものの方へ向かっていった。
どうやらリビングにあるものではないらしく、扉を開けて廊下の方へと消えている。
「……さぁ、どうですか日向くん!」
木陰が持って来たのは、昔のテレビとかで見るようなものだった。
「これは……カメラかな?」
それも普通のとは少し違う。
「それも使い切りのやつ?」
「……正解です!」
さっきまでの照れた様子とは違い、楽しそうにカメラを抱えて言っていた。
「……前にお父さんの部屋を掃除しているときに見つけたんですよ」
どうやら木陰はこのカメラを父親の部屋から持って来たらしい。
「……使ってなさそうでしたし私が使おうかなと」
「これをどうするんだ……あ、修学旅行に持って行くのか」
話している最中に、さっきまでの事を思い出し木陰考えが分かった。
「……そうです!」
「なるほど」
「……多分ですけどスマホで撮るよりも楽しい気がするんですよ」
それは木陰の意見に同意だ。
「確かにカメラで撮るって雰囲気が良いかな」
「……それもあるんですけど、このカメラって現像するまで写真が確認できないんですよ」
撮った写真をすぐに見れない分、スマホに軍配が上がりそうに思うが、木陰にも思っている事があるらしく続ける。
「……だから……だからですね、修学旅行が終わった後にもまだプレゼントを開けるみたいな楽しみが残るかなって」
確かにそう言われると修学旅行が終わったあとにも、楽しみができる。
「そんな使い方もできるのか。楽しそだな」
「……はい!」
乗り気になった俺を見て、木陰も楽しくなったらしく
「……という訳で日向くん、まず被験体になってください」
と言い出しカメラを俺に向けた。
「それってどういう──」
静止する暇も無く木陰が強引に進める。
「……撮りますよ、はいチーズ」
慌てて何かしようとするも、そんな間もなくフラッシュが焚かれた。
「……今確認できないですけど、面白そうな写真になってますよ」
「急に撮るから」
「……これも写真を現像するときの楽しみしましょう」
「木陰、それ借りていい?」
こちらが撮られたら、仕返ししたくなるのが人の性で。
「……いいですけど、もしかして私を撮るんですか?」
カメラを渡す手前で止め質問された。
「1枚撮られた、つまり木陰も?」
「……なるほど、確かに公平に考えれば次は私ですね。……ですが、そのカメラの所有権は私ですよ! ……つまり私の命令が絶対です!」
木陰がそう言い、断固拒否の構えでカメラを抱え込む。
「じゃあ、俺のスマホのカメラで撮るよ。それで公平になるね」
仕方ないので今手元にあるカメラで一つ脅しをかける。
「…………なるほど、そうきますか」
してやられた様子で考え込んでいた。
「……ここはひとまず話し合いでを解決できませんか?」
「木陰の写真1枚ってとこで」
「……さすがに恥ずかしいですが、私の撒いた種ですね」
堪忍した様子で飲み込むように言う。
「……その代わりさっき撮った日向くんの写真は貰いますからね」
なんと言うか、写りの悪い写真だと思うが確認するすべがない。しかし拒否するのも違うので、こちらもその言い分を飲む。
「じゃあインスタントカメラ借りていい?」
諦めた様子でカメラを手渡してくれた。
「……どうぞ好きに撮ってください」
どうせ撮られるなら、と焼きが回った様子で
「……き、決め顔とかすればいいですか?」
と言い始めた。
「いや、木陰が普通に過ごしてる写真撮るよ」
「……じゃ、じゃあお皿洗ってますね」
「撮るよ」
「……はい」
フラッシュが焚かれ、木陰の日常を納めた写真が撮れた。
「この写真は現像したときに貰っていいってことだよね?」
「……私も日向くんの写真を貰うんですから、そのとき渡しますよ」
言い終わるなり何かに気づいた様子で木陰が口を開く。
「……で、でも前に言ったとおり、私の写真はくれぐれも他の人見せたらダメですからね! ……そして日向くん一人で大切に保存しててくださいよ」
「分かってるよ」
それを聞くと安堵した様子で「……私も大切に持っておきます」と言われ、こちらも気恥ずかしくなった。
「……遠回りしましたがこのカメラで修学旅行は、一緒に写真撮りましょうね」
「そうだな」
「……後日、写真現像して一緒に見ますよ!」
開けてみるまで分からない写真、というのも悪くない、いや楽しそうだなと思いながらいると
「……約束ですからね!」
と念押しするかのように言われこちらも「約束だ」と返事をすると嬉しそうにしていた。
修学旅行が終わったあとにも新しい予定が生まれた。
HPです。
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あけましておめでとうございます。