Sランクの人喰い魔剣を手に入れたがMAX強化済なのでこれからは野菜を食わせてあげようと思う
探索者ビートは迷宮の奥地で秘宝を見つけた。鑑定の結果、それは【人喰い魔剣】と呼ばれる、人の生き血を啜って力を増す類の危険極まりない代物であることが判明した。何代にもわたり様々な所有者のもとを転々としてきたらしく、発掘直後にしてその妖力は極限まで高められている。
鑑定士はすぐさま売り払ってしまうことを勧めたが、ビートはこれを断った。彼は探索者でありながら古銭ひとつ発見したことがなく、実家で待つ両親にもまったく親孝行ができていなかった。呪われた品とはいえ最初にして唯一の成果である魔剣を、せめて一目だけでも家族に見せてやりたい。ビートは魔剣を頑丈な鞘に納め、その日のうちに故郷への帰り道を歩きはじめた。
「おっと、忘れるところだった。先に手紙を出しておこう」
『チカラが……チカラが欲しいか……』
「今は紙とペンのほうが欲しいかな。おーい、そこの行商人さん!」
ビートは魔剣から放たれる誘惑の思念を軽くスルーして、実家の方面へ向かう商人に手紙を託した。商人は馬車で移動するから、ビートより早く帰還のしらせを故郷に届けてくれるだろう。
『血を……血を吸わせろ……』
「腹が減ったのか? 安心しろ、ウチに着いたらいくらでも食わせてやる」
というと魔剣はしばらく静かになった。人喰い魔剣というくらいだから食いしん坊なのだろうとアタリをつけたビートの推測は正しかったようだ。魔剣のあやし方を覚えたビートは順調に旅を続けた。毎晩月が真上に昇る頃になると魔力がどうのとか生贄が云々とかうめき出すけれど、赤ちゃんの夜泣きのようなものだと思っておけば無害だった。泣きつかれて眠った(?)魔剣の横顔は心なしか不貞腐れて見えた。
やがてビートの故郷に着くと、魔剣はもう辛抱たまらんといった様子で勝手に飛び上がり、実家の玄関扉を突き破った。幸い鞘がついているので人的被害はなかった。代わりに、室内にうず高く積み上げられていた野菜の山が雪崩のごとく魔剣を襲った。「息子が秘宝を携えて帰ってくる」とだけ手紙で聞かされていた両親は呆気にとられた。ビートは誤魔化し半分、冗談半分で
「なんだ、そんなに野菜が食べたかったのか。ウチは農家だからな、好きなだけ食っていいぞ」
と言った。魔剣は違うそうじゃないとばかりにブルブル震えて抗議したが、ビートはお構いなしに野菜の山から魔剣を引き抜き、そこらの食材で料理を始めた。
「お前、最大まで強化済みなんだろ。ちょっと切れ味見せてみろよ」
ビートは魔剣で大根を斬った。魔剣の切れ味は凄まじく、その気になったら調理台までストンといけるのではないかと思えるくらい軽々と切れた。ビートは何だか楽しくなり、次々と大根をなます切りにした。
一方、魔剣の刀身は大根の汁と過去最悪の屈辱に濡れた。今まで黒魔術用の羊ぐらいは斬ったことがあるけれど、ガチの食材を切らされたことはなかった。ものすごく逃げたいが、農作業&探索者稼業で鍛えられたビートの握力は意外に強くて抜け出せない。魔剣は魔剣らしく振る舞うのも忘れて必死に訴えた。
『やめろ……やめてくれ! 我は斬った相手の能力を奪うタイプの魔剣なんだ。このままでは大根のスキルを獲得してしまう! そんな魔剣イヤだッ!!』
「いいじゃないか。今まで散々人間の血を吸わされてきたんだ。これからは健康的に野菜を食ったってバチは当たらない」
などと返しつつ、ビートは切ったそばから新しい大根を持ってきてリズミカルに切り刻んでいく。もはや大根を斬ってしまった過去は変えられないとして、魔剣にとって重要なのはあとどれくらいでこの地獄が終わるかだ。
「ウヒョァー! 気持ちいいぐらいよく切れるぜ!」
『おい! それ何本目だ? 大皿料理でもそんなに大根いらないだろ!』
「そうだな。でも何故だろう、お前を握っていると『斬りたい』欲求が収まらないんだ……」
『畜生! これだから魔剣って奴は!!』
ビートの目は据わっており、完全に「魔剣に魅せられた使い手」の表情だった。
『クソが! 毎晩誘惑しても全然堕ちないのに肝心なところで精神防御ゼロになりやがって。お前将来絶対ヤバい女に捕まるからな!!』
「キラセロ……大根キラセロ……」
『目を覚ませ! お願いだから目を覚ましてくれよぉ!!』
大根どころか野菜という野菜を切り尽くすまでビートの手は止まらなかった。過剰に切った野菜がもったいないので、折角ならと村中の人を集めて宴を開くことになった。農家の息子が帰省したというだけで大した名目もない唐突な宴だったが、狭い村なので人は集まりそれなりに盛り上がった。切るだけ切って満足したビートは適当に魔剣を見せびらかしつつ、自分で作った料理を片手にくつろいでいる。
『なあ……ビートとやら。普通ならこういう酒宴が絶好のチャンスなんだぜ。ここで人を斬らずにどうする』
「普通? 俺の知る普通ってのは、人なんか斬らず野菜をたっぷり食べて健康に暮らすことだ。お前も食えよ」
『なんだこれ』
「大根のアヒージョ」
ビートは魔剣の先っちょをアヒージョに突っ込んだ。ホクホクの大根とにんにく風味のオイルを啜った魔剣はしくしくと泣き始めた。
『うめぇ……悔しいけどクソうめぇよ。ちゃんとした料理なんて初めて食べた……これに比べたら豚貴族の脂身なんて生ゴミみてーなもんだよ……』
「俺はブタキゾクとやらの味を知らないが、野菜も負けてないだろ? これからは俺がうまい料理をたらふく食わせてやるからな」
この時点で、魔剣を手放す選択肢はビートの頭から消えていた。探索者を続けるにしても有事の武器として役立つし、辞めて農家になっても最高品質の包丁はあって困らない。
『ビート……お前最高の男だよ。俺が美少女に変身できるタイプの魔剣だったら絶対お前と結婚してる』
「すまんな、俺に無機物を愛する性癖は無い」
『分かってら。言ってみただけさ』
この日から、ビートと魔剣は最高の相棒になった。ビートが怪物に襲われたら魔剣が助け、ビートが野菜を切りすぎそうになったら魔剣が止めた。基本的にビートは甲斐性無しなので負担はだいたい魔剣に集中したが、何があってもうまい料理で全部帳消しになった。
そして、いくつもの月が欠けては満ちたあと、ある晩のこと。久しぶりに「思い出の大根のアヒージョ」に舌鼓をうった直後、魔剣は突然奇声を上げ、幼子のように跳ね回った。
『やった!! やった!! ついにやったぞ!!』
「ど、どうした!?」
『欲しいスキルが手に入ったんだ!』
目を丸くするビートの目の前で、魔剣はスキルを発動した。まばゆい光が辺りを包み……
『なぁ、ビート。お前は無機物を愛さないと言ったが――』
魔剣は言う。
『――有機物なら、愛せるだろ?』
光が収まったとき現れたのは、輝かんばかりに白い肌の……大根だった。それも、ただの大根ではない。先が二股に分かれ、絶妙な太さと角度でそれらが交差した、ムッチムチのエロ大根だ。
「!!!!!!!」
ビートは無機物を愛さないが、有機物には目がなかった。その晩、ビートは激しく魔剣を抱いた。かくしてビートと魔剣は相棒を超えた最高のパートナーになった。
それから、ビートと魔剣エロ大根は幸せに暮らしましたとさ。
おしまい。