瀾(二)
「護国軍鬼4号鬼、制御AI起動。着装者:小郡新人01」
「起動承認者:『北の港のカフェの副店長』」
両眼立体視型のヘッドマウント・ディスプレイには起動処理のログ情報が次々と表示されていく。今の所、異常は無さそうだ。そして、画面は「護国軍鬼」の頭部カメラが撮影えた映像に切り替わる。
「動作確認だ。動いてみろ」
私は、身に付けた戦闘術の「型」をいくつか行なう。「鎧」を着装っているのに、普通の服でも着ているかのように体が軽い。
「先読み精度は……九六〜九七%って所か……」
この「鎧」の制御AIは、予備動作・構え・視線の向き・筋電位の変化・その他の様々な「癖」などを学習し、それを元に、着装者の次の動作を予想する機能が有る。人によって微妙に違うそれらの要素と、次の動作の関連についての学習データが蓄積されるほど、この「鎧」は着装者の分身となり……そして、ある動作の「準備」を、その動作が行なわれる一瞬前に開始する事で、着装者の動きと「鎧」の人工筋肉の動きは同調し、両者の「動き」のタイムラグは0に……もしくは理論的限界値に近付いていく。「先読み」とは、その「着装者の動作を予測する」機能の事だ。
「次、腕の刃と足の杭を確認する」
両腕の手首の辺りに隠し武器である「刃」が出現。続いて、その「刃」は折り畳まれ、スライドして両肘に出現する。
続いて、私が右の前蹴りをやると、足首に仕込まれた杭が出現する。更に、左の前蹴りをやると、同じように杭が出現。
「判ってると思うが……腕の刃は、当りさえ十分なら、2号鬼の装甲も斬り裂ける筈だ。理論上はな。しかし、あくまで、その刃の素材の組成は……『スピードにより斬り裂く』事に適したモノだ。装甲を持った相手に使うのはオススメ出来ん」
苹采姉さんが、そう説明する。
「了解」
この「鎧」の装甲や刃物系の武器の素材は、高木製作所が開発した特殊素材「不均一非結晶合金」。材料の配分や焼結の際の温度・圧力・時間を変える事で出来上がった素材の特性を変える事が可能。町工場でも導入可能な設備で安価に大量生産が可能だが、最大の企業秘密は、目的となる特性に合わせた「レシピ」……ではなく、最適な「レシピ」を割り出す為のノウハウだ。ミクロレベルで見ると完全な「合金」ではなく、わざと不均一な斑状にしている為、いわば「合金と複合素材の中間」のような状態になり、そのせいで表面には虹色の構造色が浮かんでいる。例えば刃物に使うのであれば、近世の日本刀のように「部位によって特性が違う素材を使う」のでは無く、「『折れにくく曲りにくいが、硬度が低い』素材の中に『脆いが硬度が高い』素材の粒子が混った素材だけで刃を作る」と云う発想で作られた素材だ。
「更に、腕の刃や両脇の鎌型短刀や太股のダガーだと、切り口が綺麗になり過ぎる。高速治癒能力持ちが相手なら……打撃か足の杭か脛の刃か『チタニウム・タイガー』の武器トランクに有る軍刀を使った方が良い。軍刀や脛の刃なら、厚みが有るし、特殊な表面処理をしてるので、斬る・刺す・刺したのを引き抜く時に力が要る代りに、相手の傷口はズタボロになる。それだと高速治癒能力持ちでも傷が塞がるまで時間がかかる筈だ」
「それも了解。しかし、エグい事を考えますね」
「最後だ。余剰エネルギーの放出機能の確認だ」
「了解」
装甲の各部が「開き」、そこから余剰エネルギーが放出される。
そして、私は、最後に「チタニウム・タイガー」の武器トランクを確認する。
「……何の冗談ですか、これは?」
「あ……赤いのが対人用。先端が変形して、相手の体内で止まり、運動エネルギーの大部分が相手の体を内部から破壊する事に使われる。で、青いのが対装甲用。軍用装甲車だとキツいが、防弾仕様のSUVぐらいなら……。えっと……すまん、テストはしてない」
「質問に答えて下さい。これは、何ですか?」
「多分、生身で引けるのは羅刹天ぐらいだろうが……『鎧』を着装したお前なら使い込なせる筈だ」
武器トランクに入っていたのは、刃渡り1m強の軍刀と、赤い羽根と青い羽根の矢が、それぞれ約二〇本づつ。そして……金属製の化合弓だった。
「えっと……まぁ、その……場合によっては飛び道具も必要になるだろ。それに……銃と違って音が小さい、って利点も有る」
「まさか、その弓矢が強化服用の武器なの? 弓矢使う強化服なんて聞いた事無いよ」
治水が率直な感想を述べた。