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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

-雀ヶ森惠*短編集「地獄の季節」-

実存主義者のクリスマス

作者: 雀ヶ森 惠

199x年 11月

 新規経済改革を公約にK改造内閣発足、これは富裕層から貧困層への経済的流れを重視しした所謂均霑(きんてき)理論に基づく改革であった。


「世界とは、覗くためにある。参加しようとは思うまい」


 哲学者(わたし)は蛇(Ophiani)派の学徒である。

 座右の銘は、「われ思う、ゆえに、われ思う」であり、

 そして、シニフィアンとシニフィエの不一致を疑った。


 朝食にはゆで卵が供された。

 それを毎朝貪り食らう。


 疑うのだ……

 全てを……


薔薇(しょうび)は薔薇であり、薔薇であり、薔薇である」


 薔薇は49の花弁、神秘の薔薇。


199x-1年 3月

 K改造内閣は「改革」の一歩として富裕層への大規模な減税を行う。


 朝食のゆで卵は大きくなっていた。

 それを毎朝貪り食らう。


 疑うのだ……

 全てを……


199x-1年 6月

 友人の詩人(かれ)から手紙が届いていた。


"What's in a name? that which we call a rose.By any other name would smell as sweet."


What's in a name? そうシニフィアンとはそういうことだ、友よ。


199x-1年 11月

 K改造内閣の「改革」は「失敗」に終わった。

 ブラウン管の中で学生たちが国会の門へ火炎瓶を投げつけて、シュプレヒコールを上げている。

 彼らはくちぐちにこう言った「政府はおれたちの金を返せ、儲かったのは金持ちだけじゃないか」

 

 彼らは……

 彼らの墓標には薔薇が手向けられた。


 朝食のゆで卵は元の大きさになっていた。

 それを毎朝貪り食らう。


 疑うのだ……

 全てを…


199x-1年 12月

 K改造内閣の生き残りをかけた選挙が行われた。

 わたしと詩人は街へ赴いていたが、ターミナル駅へ降り立つとそこでは、沢山の選挙カーと共に首相と野党党首の、いい加減な経済理論を振りかざした舌戦が繰り広げられているのであった。

スピーカーから漏れる声はハウリングがひどく聞き取ることができず、わたしは詩人の「大丈夫かい顔色が悪いよ」という声を聞くのがやっとだった。

 この国はどうなってしまうのか? ひどく不安に苛まれ年末だというのに寝込んでしまった。  


199x-1年 12月 某日

 新聞で与党の辛勝を知ったわたしは絶望した。第二次K改造内閣の組閣が年始早々始まるとも、もっぱら噂だ。


 朝食のゆで卵を食べずに布団へ潜ってしまった。

 あの卵は何のシニフィアンでどんなシニフィエだったろう?


 だが、


 疑うのだ……

 全てを…


200x年 1月

 明けて予定通り第二次K改造内閣の組閣が始まった。


「学生デモで学生、機動隊双方に死者が出たのは悲しむべきことです、組閣の前に黙祷を」

 悪びれもせず首相は言った。


 今朝は卵がなかった。

 貪り食うべきものがない。


 疑うのだ……

 全てを… 


200x年 1月 某日

 第二次K改造内閣の組閣が終了、だがこの内閣に誰も期待などしてなかった。第二次均霑内閣とも揶揄された。

 詩人は言った。「ぼくたちの生活は増々悪くなるよ、そしてこの世の中から誰もが逃れられない」

「世界とは、覗くためにある。参加しようとは思うまい」

「きみがそうしたいのは分かるけど歴史という大きな括りからは逃れられないよ」

 わたしは詩人と(たもと)を分かった。


200x年 8月

 第二次K改造内閣発足以降経済はどん底に落ち込んだ。


 朝食に卵のない日など当たり前だった。

 貪り食うべきものがない。


200x年 12月 25日

 遂に国会議事堂は学生グループの手にかかり燃え落ちた。

 テレビでは何度も首相が猟銃で射殺されるシーンが、繰り返し放映された。


 世界は変わるのだろうか、だが私は変わらないだろう。

 世界とは、覗くためにある。参加しようとは思うまい。

 「われ思う、ゆえに、われ思う」



 狂った手すさび(アールブリュット)はここで終わっている。

 作者は判らない。

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