第一話
ズバンッッ!!最後のスマッシュが決まった。
ここ私立富丘高校第一体育館では今、二年目のインターハイ優勝を目指すバドミントン部がその日の練習を終えるところだった。
「集合ー!!」
キャプテンの声に、体育館中に散っていた約80人の部員が一斉に監督のもとへ走る。
「今日の練習はここまで」
「ありがとうございました!!!」
最後の集合が終わり、一年生が最後の最後の片付けに取り掛かる。いつものように俺、音宮羽銃魔もそれを手伝おうと駆け寄るが、今日に限っては皆に止められた。
「いいっすよセンパイ!明日は大事な日なんだから早く帰って休まないと!」
「おおそうか?じゃあ今日は頼むわ。インハイ頑張れよ」
「はい!センパイも頑張ってくださいね!」
俺は後輩たちの制止を素直に聞き更衣室へと向かう途中、いきなり同輩に肩を組まれた。
「よっ!日本代表!いよいよ明日からじゃん!頑張れよ!」
「おお、ありがと」
「?何だよ緊張してんのか?ダイジョブだってお前なら!」
「ああ、大丈夫だよ。ありがと」
こいつに悪気がないのは分かってはいるが、正直絡み方がかなりうざかったので、そうそうに帰路についた。
「お帰りー」
家に帰ると、いつものように母が夕食を作って待っていた。その度に思うが、何も俺が帰ってくるまで待つ必要はないように思う。ただでさえこれからまた夜勤があるというのに。
「ああ、ただいま」
まあそれを言ってもしょうがないのは分かりきっている。俺はそうそうに食卓へついた。
「いよいよ明日ねー、ロンドン!!明日から頑張りなさいよ!」
明日から……よくそんなことが言えたものだ。頑張ってきたのはこれまでずっとそうだった。明日から頑張るなんて単なる延長線の話じゃないか。
でも、それも口にしたところでしょうがないことだ。
「ああ、がんばるよ」
それだけ言うと俺はすばやく夕飯を掻き込み食卓を立った。
明日からロンドンというのは、ロンドンオリンピックのことだ。俺は16歳でその日本代表に選ばれた。
去年、高一にして全国ベスト16だった富丘を半年足らずで全国優勝まで押し上げ、個人戦をシングルスで無双した俺は、いよいよ世界へ旅立つ。
だが緊張はない。ただ自分に出来る最善を尽くすだけだ。
いや、漫画とかのクサイ意味ではなく、どうでもいいというだけだ。
正直この話がきた時、俺は特に嬉しくもなんともなかった。そもそも俺がバドミントンやっているのは、母親の強制のもとだ。
母は若い頃からバドミントンを純粋に愛し、練習にも人一倍励むいかにもアスリートといった精神の持ち主だったらしいが、幼い頃から体が弱かったらしい。そのため存分に練習することも出来ず、学生時代は苦い思いばかりしていたらしい。終いには高校最後の全国大会で最後に戦った相手にそのことでひどい罵倒も受けたらしい。その点は同情に値するだろう。しかし、そのせいで俺にとばっちりが来るようではその同情も薄れるというものだ。4歳の誕生日を迎えると同時に厳しい練習を強いられるようになり、以来14年俺の全ては母のバドミントンに支配されてきた。幼い非力だった頃に抵抗の無意味さを脳裏に焼き付けられ、今となっては自分でも抜け殻としか思えないような毎日を送っている。
まあ、そんな今更なことは考えてもしょうがない。自分にそう言い聞かせ、俺はいつもより二時間ほど早くベッドに入った。
抜け殻とは言ったが、俺にも目標はある。それは一刻も早く世界一になり母から解放されることだ。そしてその後に本当にやりたかったことをするんだ。
そのためにも、明日から一戦たりとも負けられない。来る敵すべてをなぎ倒し、16歳の俺は世界を取る。
ガン!!
「っ………っ…………!」
いきなり背中と後頭部に強い痛みが走った。ベッドから落ちたのか?
いや、このゴツゴツとカーペットを敷いた床とは思えない硬さ。
下を見ると、そこは石畳の地面だった。
………は?
よく見るとあたりは町のようだった。それも日本ではない。まるでヨーロッパのどこかのくにみたいだ。
意味がわからない…………どこだここ。