エピローグ
タイトル「大好きで困った幼馴染とお人好しな時を駆る猫憑きの話」以下に続きます。
高谷の葬儀には俺も夕子も行った。高谷はただ眠っているようにしか見えなかった。高谷のお母さんや親族の泣く姿を今でも思い出す。高谷はまだ死んではいけなかった、というのをひしひしと感じた。もちろん夕子も泣いていた。俺も泣いたつもりはなかったが、トイレの鏡で自分の顔を見ると、目は夕子達と変わらず赤かった。
一月ぐらいしてから夕子にお墓参りに行こうと誘われた。夕子は、なんだか気の毒な程他のより小さな高谷のお墓の前で、ぼろぼろと泣いていた。たぶん俺一人でお参りに来ても、涙の一つも出なかっただろう。もちろん悲しくない訳ではないんだけれど。夕子の泣いている姿を見ていると、心臓をつかまれているような不愉快な痛みを感じた。俺は目をつぶって涙を鼻から喉へ流した。高谷の笑顔、あのカッコよくて優しい男前の姿を見る事はもうない。
お墓参りの帰りに夕子は俺に何か言いかけて、結局何も言わなかった。俺は月並みななぐさみの言葉などかけたくなかったというのもあるけれど、正直何て言えばいいのかわからなかった。それっきり夕子と俺は行動を共にしなくなった。話をすることも減って、ほぼなくなった。
あの鎧武者については簡単に補足しておくと、ある人物が戦時中に作り出した本土決戦用の秘密兵器だったらしい。まさかそんなものがこの世にあったとは・・・怨念の篭った鎧と刀で上陸してきたアメリカ兵に一矢報いるつもりだったのか。結局使われることも無く、忘れられた防空壕の中で眠っていた。あの鎧武者が最初で最後の試作品だ。鎧武者を作った人物は死んで、研究成果は引き継ぐ者もなく放置された。その存在すら忘れ去られて。
これは俺が調べたわけではなく、化け猫の知識だ。化け猫は平安時代ぐらいから生きて(?)いて現在に至る。人間の世界のことはたいてい知っていた。
化け猫とコミュニケーションを取れる人間は今ではほとんど居ない。ごく稀に俺のようなのがいるらしい。化け猫はそんな人間を探していて、見つけたら話しかけて、今回のように姿を現すこともある。あの神社は化け猫のあまたある「別荘」の一つで結構お気に入りだった。多分古くてぼろっちくて静かだからだろう。
俺と化け猫の記憶、感覚、感情や思考は完全につながっているようだ。憑依というよりも、化け猫と俺の記憶や経験を引き継いだ別のもう一人の人間が生まれたような感じかもしれない。でもそれが、いかにも自然で、俺は特に何も違和感は感じなかった。ただ今までとは違うというだけ。
俺はいじめられることもなくなり、それなりに楽しく最後の小学校生活を過ごした。だが、夕子とは疎遠になってしまった。代わりに俺の周りにはヨシオを始めとする取り巻きができた。夕子はこいつらが嫌いだったのだろうか。それとも鎧武者や悪ガキを簡単にやっつけてしまう俺が怖くなったのか。それとも、情けない弟のような俺だから気にかけていただけで、強くなってしまった俺には興味がなくなったのだろうか。思えば幼い時から、いつも話しかけてくるのは夕子の方からだった。事件の後では、たまにあいさつを交わしても、反応が明らかに悪かった。当時俺はそのことだけが悩みだったが、結局何が悪いのかわからなかった。
俺は化け猫に憑かれて得た命と能力の代わりに、一番大事にしていたものを無くしてしまったのかもしれない。俺は事件の後、高谷の死を除けば万事文句無くうれしかったが、次第にどこかに大きな穴があいているような空しさを感じるようになった。でもその気持ちもいつしか薄れていった。
俺たちは三人同じ中学へ進学しようと約束していた。夕子が高谷と俺に言い出したことだった。進路にそれ程こだわりのなかった高谷と俺は別にそれでよかった。高谷と一緒の学校へ行きたいというのはわかるが、夕子は俺も一緒でなければいけないらしかった。でも残念ながらその約束が果たされることはなかった。それでも俺は結局夕子と同じ中学へ進学した。
中学へ行っても、夕子とは疎遠なままだった。クラスも違った。俺は本当は寂しかったが、それも仕方がないとも思っていた。夕子はあの事件のことや高谷のことを思い出したくないのかもしれない。俺を見れば嫌でも高谷や事件のことが浮かぶだろうとは思った。
夕子はバスケ部で、2年の頃にはレギュラーになっていた。俺は弱小卓球部に入って、時々夕子のプレーを眺めていた。卓球の練習も試合もまともにやったことはない。マジでやれば化け猫の力でインハイにも出れたんだろうけど。
一年の最初の頃は夕子も俺のことを気にしているようだったが、俺は知らないふりをしていた。そのうち向こうがこちらを見ることはほぼなくなった。そのことに気づいた時の痛みというのは、皮肉なことに思いもしない程痛烈だった。
その後も俺は気付かれないように時々夕子を見ていた。化け猫の力か、こういうのは前以上に上手くなった。
いつか夕子の姿を見ることもかなわなくなるのだろう。そして幼い日の憧憬としてたまに故郷の山と共に思い出すただの記憶になる。でも俺は当時夕子を見守っているだけでも結構幸せだった、と言ったらおかしいだろうか。過去も未来もあまり考えていなかった。もし高谷が見ていたなら、笑いながらたしなめられたような気もする。それとも本気で怒られたんだろうか。
ただ、俺が子供の頃の不思議な話はこれで終わりではない。その出来事についてはまた別の機会に語らせて頂くことにしよう。
以下のお話は「大好きで困った幼馴染とお人好しな時を駆る猫憑きの話」に続きます。主に小学生時代の前半部分が終了し、以下中学に入ってからのある事件から始まる後半部分になります。
話を2つに分けたので、プロローグを除いて、今のところ前半5話、後半6話の全11話になっています。
タイトルを変えて分けたのは、単に投稿するのに長くなりすぎた為です; 半分にして後半だけ出すことにしました。