いじめられっ子の片思い
強烈な衝撃が頭部を襲う。俺はうつぶせに倒れたため、後頭部を両手で覆った。体中に打撃と痛みが次々と来る。信じられないことに後頭部を庇った手の甲にも、複数の攻撃が加わる。こいつら頭おかしいと当時の俺も思った。まあ単にものすごくアホで頭悪いだけなんやけどな。クズには違いない。昔も今も。
「何してんの?!あんたら!」
聞き覚えのある声がする。これは・・・誰の声やったっけ、なんて考えてる。
「高谷君!ちょっと来て!早く!」
・・・タカヤクン・・・ああ・・そうか。夕子か。
「やべ」
「逃げろ」
「チクられんぞこれ」
イジメっ子・・・なんてかわいらしい名前でいいのかどうか。小学生にして人間のクズトリオは去っていった。俺は女の子に抱き起こされる。左の二の腕に柔らかい感触が当たった。満身創痍の俺に、さらに追撃が入る。これが今日一番効いたな。ヨシオどもの攻撃なんてカスみたいなもんや。ただでさえ急に声かけられたりしたらドキドキするのに。罪な女やで・・・
「タクヤ、大丈夫?怪我は・・・してるよね。高谷君救急車呼ぶ?」
「・・・まあ頭やられてたからなあ。見たとこ大丈夫そうやけど、病院行った方がいいかもな」
何とかまともな精神状態に立ち戻った俺は答えた。大丈夫だと。大げさなのはごめんだ、と当時の俺は思っていた。今やったら病院行って診断書もらっといて、あいつらの親にでも突きつけてやりゃよかったと思うけどな。
俺を助けてくれた夕子、俺の幼馴染の女の子は、俺を抱き起こして、手足や顔の傷を乾いたハンカチで拭いている。まあ手当てとしては30点かな・・・流水で洗って消毒液があれば塗っとくが正解。当時から俺は小賢しいというのか、どこか上から目線で生意気ではあった。いじめられる原因の一つだっただろう。
「3人がかりで棒で無抵抗な奴殴りつけるとか、信じらんねえよ・・・ホントに大丈夫か?」
高谷は夕子の彼氏(?)だ。俺の半ズボンのケツを叩いて土を落としてくれてる。お前ら俺のお父さんとお母さんかっての! 俺は耐え切れずに二人を振り払った。いくらいじめられっ子の俺でもプライドはあるで。・・・夕子と・・・好きな子と彼氏にめっちゃくちゃカッコ悪いところ助けられて・・・うれしくなんか・・・ないっ!!!
「チャンバラごっこしてただけや。一応俺が主役の・・・吉宗公やった」
「えらい(※ひどい)ヨシムネやなあ・・・」
「刀捨てて、頭かばって転げてたやん(・・・全然暴れてへんし・・・)」
俺は嘘は言ってない。バカで、邪悪で、ひねくれもんの3クズは俺を役柄だけはヒーローってことにして袋にする。 いいって言ってんのに、二人は俺を家まで送ってくれた。本当お前らそろって俺の保護者のつもりかっ! そんな優しさ・・・うれしくなんか・・・ないんだっ!!
・・・正直に言おう。今日みたいな役得があるなら、たまにはいじめられたって、俺は全然構わない。俺って弱いけど、当時いじめられ歴実年齢。打たれ強さだけはあった。ホントは俺が彼氏でありたいけど・・・夕子が優しくしてくれるなら。
これで終わりではない。当然傷を見咎めたお袋にはどやされて散々だった。おまけに今日はついに泣かせてしまった。・・・言っとくけどこれ俺のことをかわいそうと思って泣いてんのと違うんやで・・・あまりに情けなくて泣いてんねん。
俺のお袋は、子供の頃女ガキ大将みたいな奴だったらしい。気に入らん男子のナニに渾身の一撃を入れて病院送りにしたとか。勇ましいのはええけど、そこまでいくと引くよな。
家は母子家庭で、母親はパートに通いながら女手一つで俺を育て上げてくれた。結局再婚もしなかった。・・・理由が酷かった。俺が家でまでいじめられたら哀れやからやて; 俺本当にこの人の息子なんかなと考えたことは何度もある。確かにおやじは大人しい人やったらしいけど。地元の役人やったけど病気で俺が小さい頃に死んだ。
母親がそんなんやからかもしれん。俺は夕子みたいな優しい子が好きになった。・・・ある種の反動やな。
夕子は俺のすぐ近所に住んでいる。幼稚園以来の同級生だ。幼稚園から小学校低学年ぐらいまでは特に仲良くしていて、一緒にいることも多かった。・・・残念ながら・・・なのかわからないが、5年の頃に高谷と仲良くなって、俺は二人のおまけ、みたいな感じになった。そりゃあ悔しいし悲しかったさ。でも仕方がない。
現在小学校6年生の俺たちは3人とも同じクラスだ。高谷は学級委員長、夕子が副委員長だ。高谷は頭はあんまり良くないけど、スポーツ万能だった。剣道をやっていて、地元の大会で優勝したこともあるらしい。あのくそ悪役トリオなんか、俺と違って一人で瞬殺できるんやろな。
本当に悔しいんやけど、俺は夕子を除けば高谷が一番好きやった。もうなんていうかかっこいいねん。強いし。しかもええ奴やった。高谷やったら夕子嫁にやる。やってもいい。そんな感じ。
クソチャンバラトリオは後で小学校の先生方にたっぷり絞られたらしい。おまけに3人のリーダー格のヨシオは、剣道の稽古で高谷に散々にやられてついにやめたらしい。先生が止めに入るぐらいむちゃくちゃやったみたい。倒れた後にわざと追撃いれたり。防具のないところをさりげなく叩いたり。面の後ろの方に思いっきり入れたり。小手を止めずに叩いたり。・・・まあ高谷もなかなかやるよな。俺のためにしてくれたんやとは思うけど。
・・・え。直接見てた訳でもないのに、何でそんなに詳しいかって?ヨシオに一通りやられてるからや。高谷に誘われて俺もほんの少し剣道はやった。一月ぐらい通った。正直に言うと、高谷みたいに強くならへんかなって。まあ無理やろうけど、少しは近づけへんかなって。そうしたら少しは夕子にももてへんかなって。・・・でもわかった。俺には無理やって。夕子の受けも微妙やったし・・・あいつらようやるわ。あんな苦しい練習何が楽しくて続けられんねん!!!
俺がヨシオの目標にされてたんは夕子の存在にもよる。ヨシオは夕子のことが好きやった。でも高谷には敵わへんから、夕子が気にかけてる俺のことをいじめててん。ものすごいトバッチリや。夕子に構ってもらう税金か報いみたいなもんやな・・・結構な重さやけど。
本文中には出てこないのもありますが、タクヤは諸橋拓治、夕子は山端夕子、高谷君は高谷健理です。