約定
別働隊を制圧するため、白き巨狼と厳蕃、辰巳は夜の闇のなか、慎重にすすんでいた。
金峰は無論のこと、馬たちのなかでは最年少であった四十もまた、よる年波には勝てぬ。
騎手は夜目がきいても、騎馬たちはそうはゆかぬ。ゆえに、慎重に脚を運んでいる。
「もう限界であろう、辰巳?約束の年齢になった。これ以上、成長せぬのだ。いたずらにひきのばすべきでは・・・」
厳蕃は、距離を置いて四十をあゆませている甥に声をかけた。
両者の間にあゆみよりはない。すくなくとも、辰巳は厳蕃を拒絶し、いっさいの妥協やあゆみよりをみせようとせぬ。
それでも、仲間がいるときや任務のときには必要最低限のまじわりはある。
厳蕃にとっては、それらすべてが苦痛である。
封じられた記憶が、自身をさらに苦しめる。
子ども時分に実の姉に封じられた記憶、数年前その姉の子に封じられた記憶・・・。
不安と焦燥で、幾度もおかしくなりそうになった。
そうならなかったのは、ひとえに土方をはじめとした仲間がいたからだ。
無論、身内も・・・。
「承知しております」
闇のなかから、ぶっきらぼうな声音が飛来し、すぐに消える。
厳蕃はしれず、嘆息する。
すでに数えきれぬほどおこなわれているやりとり。
そして、いまだに実行にうつされていない現実・・・。
「この辰巳、約定は違えませぬ」
答えは、それだけである。
『わが主たちは、うまく逃げおおせるかの』
思念が厳蕃をはっとさせる。
駆ける速度をあわせつつ、白き巨狼が馬上をみ上げている。
月光を吸収し、狼の双眸が光っている。それはまるで、蛍のようである。
こめかみが痛む。
舌打ちが、厳蕃の秀麗な口の端よりこぼれ落ちてゆく。
「それは、答えを求めているのか。それとも、ただのひとりごとか」
『ふんっ』
「なにゆえ、馬鹿馬鹿しき神の話などした?」
『なんだと?新撰組には、言論の自由というものはないのか?』
白き巨狼は、不意に思念をきる。
『護り神よ、あの子はだれの子だ?誠の父はだれだ?』
沈黙は、広大な地の闇よりも深い。
『なにゆえ黙っておる?おぬし、自身で気がついておるか?正直すぎるのだ、おぬしは。否、素直すぎるのか?』
「やめろっ!かような話、すでにわかっておることだ」
『沈黙のつぎは怒り、だ。これですべてを露呈したもおなじこと・・・』
「わからぬのだっ。ずっとそのことがひっかかっておる。封じられておる。記憶を、だ」
『やはり、な。記憶を封じられている、ということは、封じねばならぬことがあったからだ』
白き巨狼は、わずかに速度を落とす。
金峰が苦しそうだ。その息遣いの変化を、察知したのである。
『馬よ、わたしにあわせよ』
「隕石だ。あれが、わたしに過去の一端をみせた。正確には、うちなるものも含めて、だ」
厳蕃は自身で呟いた後、ちいさく毒づく。
『馬鹿たれめ。隕石の影響だけではあるまい』
「くそっ、丸太小屋だ。あそこでなにかあった。が、あの子にまで封じられておる」
『つくづく気の毒だな、厳蕃・・・』
白き巨狼は、おおげさなまでに嘆息する。




