リーゼロッテ#5
「はい、皆さんお静かに!授業を始めますよ!」
パンパンと手が叩かれ、女性の声が室内に響いた。
その声にふと我に帰ったリーズロッテが視線を上げると、講義室の前方中央の教団上に一人の女性が立っているのが見えた。
この人物はこの魔法薬学の担当教師であるエネルフィ・ハスという人物で、少々ヒステリック気味ではあるが、教育熱心な若手教師だった。
そのハスが教壇に立った瞬間、先程まで騒いでいた生徒たちが一斉に静まり返ったのだから、この教師の影響力がどれほどのものか伺い知れる。
「よろしい、では先日の続きから始めて参ります。では参考書の14頁目を開いて下さい。」
ハスの声に、生徒たちが参考書を開き、紙が擦れる音が室内に響く。
リーゼロッテもその声に従い、分厚い参考書のページを開いた。
開かれた参考書のページには魔法薬学の基礎となる魔法薬の調合法や効能、用途等の基本的な知識について記されており、この内容に沿って、ハスが黒板に文字を書きながら、各項目の説明を始めたが、それを見聞きするリーゼロッテの顔色は冴えなかった。
『やべえ、ボローネ合成薬ってなんだっけ?昨日やったところだよな。』
ボローネ合成薬とは、ある薬草と木の根をすり潰し、滲み出た汁を精製水と掛け合わせた代物で、主に外傷の治療で使われる代物だ。
薬の材料となる素材も簡単に手に入り、それでいて調合も容易であることから、魔法薬学の入門的立ち位置にある。
ちなみにボローゼ合成薬の調合法は通常であれば幼年学校で習得できるレベルだ。
彼女は慌てて昨日の授業で書き写したページを探す。
そうすると確かにボローネ合成薬について記した箇所があったのだが、肝心の文字はミミズが這った後のような、汚い字で綴られていたのだった。
頭脳明晰と謳われたリーゼロッテからは想像できないほどの汚い字である。
まるで文字を覚えたばかりの子供が見様見真似で必死に書いたかのようで、この文字を羅列した彼女自身もこれには苦笑いを禁じ得ない。
微かに分かる文字と記憶を頼りに、彼女は何とか授業の遅れを取り戻そうと、ハスの声に耳を傾け、そして黒板の文字を凝視し、必死にペンを走らせた。
そうこうしているうちに、授業の50分間はあっという間に過ぎ去っていった。
「では本日はここまでとします。来週の授業はここまでのテストを実施致しますので、各自しっかり復習をしておくように。」
ハスが端的に締めくくると、生徒たちの口からは悲鳴が漏れたのは言うまでもなく。
「うわあ、テストだってさ。やだなー。」
ミーニャも他の生徒と同じ反応を示していたものの、割と余裕のある表情を浮かべているのに対し、隣のリーゼロッテは目が点になってすっかり固まってしまっていた。
「ってリゼ、どうしたのさ?顔真っ青だよ。」
「…ばい」
「え、なんて言ったの?」
「テストはヤバイ……」
「え…?」
リーゼロッテの只ならぬ様子に、ミーニャは唯々反応出来ずに困り果ててしまった。