リーゼロッテ#4
「そう? 大丈夫ならいいけど。」
リーゼロッテがミーニャと呼んだ人物はリーゼロッテから顔を離し、隣の席に着く。
リーゼロッテはそんなミーニャの様子を伺ってから、軽く息を吐いた。
油断していた状態からの急接近だった為か、かなり驚いたらしい。
その証拠に、リーゼロッテの胸の鼓動は少し刻みが早い。
ただ、彼女を驚かせたのはミーニャがただ単に近づいただけの理由ではなさそうだ。
「次の講義、魔法薬学だったよね。あーあ、私この科目苦手だからなぁ。座学が多いから退屈だしさー」
ミーニャが言った。
彼女は鞄から出した教本をペラペラとめくりながら、不満気な表情を浮かべている。
その魔法薬学の教本はかなりの分厚さで、確かに苦手な科目となり得る要素をはらんでいると言えそうだった。
しかし、そんなミーニャの様子を見て、リーゼロッテは軽く笑いながら、ミーニャの手元にあるノートを軽くめくってみせた。
そこには丁寧な字で、事細かく講義の内容が記されており、誰が読んでも分かりやすくまとめられていた。
「でもミーニャ、そう言う割には熱心に板書を写したり、先生に質問したりしてるよね。」
「そりゃあ、ね。苦手だったとしても、単位落としたら進級に影響でるかもだし、魔法薬学って割と他の分野にも繋がってるから、知っておかないとマズイじゃん。」
と、ミーニャはリーゼロッテからのツッコミに応えた。
リーゼロッテが知り得る限り、ミーニャと言う少女は魔法を扱う才能の塊だった。
リーゼロッテを含めた、アヴァロニア高等魔学院第一学年生全体で見ても、その能力や素質はずば抜けており、実技であろうが座学であろうが、分野を問わず、好成績を修めていた。
特に彼女の強みとして、まず挙げられるのが実技分野となる攻撃系魔法である。
攻撃系魔法とは言葉の通り、戦闘に用いられる魔法を差すもので、対象に直接ダメージを加える打撃魔法がその最たる例で、他にも攻撃を補助する役割を持つ身体強化魔法や、物質強化魔法がある。
ミーニャはその中でも打撃魔法と物質強化魔法を得意としており、その知識量も相まって、打撃魔法と物質強化魔法を組み合わせて行使すると言う高度な技術も可能としていた。
またここで補足ではあるが、魔法は火、水、風、土、金と言った、この世の万物を構成する五大元素を個人が生まれ持った、エーテルと呼ばれる精神的エネルギーと掛け合わせて漸く発現する。
ちなみにエーテルは個人差があり、その内容量が多ければ多いほど、五大元素の力を引き出しやすくなり効果も高まる。
このエーテル量に関しても、ミーニャは抜きん出ており、まさに魔法を使う為に生まれて来たと言っても過言ではない。
ともかく彼女はそう言った類い稀なる才能の持ち主であったが、それを肯定するかのように非常に勤勉であった。
学業優秀な友人の横顔をぼんやりと眺めながら、それからリーゼロッテは机上に視線を落とした。
そこにあるのは授業で使用する一冊のノートだ。
それに手をやり、軽い手付きでページをパラパラとめくっていく。
「………」
全てのページをめくり終えたリーゼロッテは徐にため息を吐くと、パタンと表紙を閉じた。
リーゼロッテ・ファン・フルーネフルトは才色兼備のどこに出しても恥ずかしくない完璧な女性であるというのが彼女を取り巻く世間からの評価だ。
それは間違いないのだろう。
しかし、彼女にとってそれは今の自分の評価でなく、知らない過去の自分の評価だった。