リーゼロッテ#3
聞けば、リーゼロッテはあまり社交的ではなかったと言う。
いや、社交的で無かったと言うのは、少し語弊があるかもしれないが、詰まる所は人付き合いが苦手でかなりの人見知りだったそうだ。
彼女のそう言った性格の原因として、やはり挙げられるのは四大貴族の一つ、フルーネフルト家の1人娘と言う肩書きにあった。
リーゼロッテはその美しさもさることながら、フルーネフルト家唯一の嫡子と言う事実から、蝶よ花よと育てられ、幼少期には彼女の病弱さもあり、外界との関わりは殆ど無かったと言われる。
それは彼女の父親、フルーネフルト家現当主のエーリッヒ・フォン・フルーネフルトの娘を愛するが故の厳しい決まり事だった。
そのような幼少期を過ごして来たことによって、現在のリーゼロッテという箱入り娘が形成されたのであるが、この話は割と帝都内では有名な話だった。
そんな話を裏付けるように、リーゼロッテはこれまでごく少数の学生や教職員達としか関わらなかったのだが、最近ではどうもその限りでないみたいだった。
ある男子学生が言うには、放課後の廊下でリーゼロッテとすれ違った時に思い切って話掛けてみたらしい。
その際、男子学生は絶対に会釈だけされて終わるのだろうと思っていたのだが、その予想は当たることはなく、ただの世間話だと言うのに彼女は笑顔を見せて会話してくれたと言うのだ。
これは他の学生からも同様の声があり、彼らは口を揃えて、
【まるで別人みたいだが、幸せな時間だった】
と振り返った。
そんな彼女の周囲に人が集まるのは必然だった。
これまでは氷のような表情で、周りを寄せ付けない雰囲気を醸し出していた彼女が今では客寄せの愛玩動物かのように、笑顔を周囲に見せている。
元々リーゼロッテは美女と呼ばれる容姿の持ち主で、そこに社交性が備われば右に出る者なし。
彼女は今、学院で一番の人気者となっていたのである。(それまでは美人だけど近寄りづらいと言う理由で、現在のような人気は無かった。)
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場所は学院のとある講義室。
階段状に配置された重厚な机に、数十人の学生達が席に着き、思い思いに会話を楽しんでいる。
まだ休み時間なのだろう、内容はそれぞれだが、皆笑顔で会話に夢中になっていた。
そんな喧騒に包まれた講義室にリーゼロッテはやって来た。
重い扉を開けると、雑音が大きな塊となって彼女を襲った。
「っ!……あー、頭に響く…」
リーゼロッテは言いながら、顔を顰めた。
そんな険しい表情で、彼女は講義室の全体を見渡す。
そこまで学生が多い訳ではなかったが、この人数でこれなのだ。
もし、人数が倍以上なら、痛みも倍になるのだろうか。
そう想像して、リーゼロッテは思わず身震いをした。
馬鹿な事は考えず、さっさと席に着こう。
立っているよか、座ったほうが落ち着くだろうし。
彼女は気を取り直して、隅っこ且つ上段の席に着いた。
そして、次の講義は確か魔法薬学だったかな、と思いながら鞄を漁っていると、ふと彼女に影が落ちた。
「おはよリゼ! 今日はいつもより遅いじゃない!」
その声に反応して、リーゼロッテは顔を上げた。
そこには赤毛でポニーテールの勝気な笑みを浮かべた女子学生が立っていた。
「おはようミーニャ。えぇ、今日はちょっと体調が悪くて…」
「えっ、ちょっと大丈夫?」
ミーニャと呼ばれた彼女はリーゼロッテの隣の席に着くと、不安げな表情を浮かべ、リーゼロッテの顔を覗き込んだ。
「い、いや、大丈夫、大丈夫だから!」
リーゼロッテは思わずミーニャの肩を掴み、自分から引き離した。