リーゼロッテ#1
「はぁ… 何てこった…」
誰もいない静かな空間。
そこに一人の少女がいた。
少女は目の前の鏡に映る自分の姿を睨みつけるように見た。
鏡に映った自分は、誰もが認め、そして恋い焦がれ、憧れるであろう、完璧な美少女だ。
腰まで届く長さのシルクのような白銀の髪。
ぱっちりとした瞼に、サファイアのような青い瞳。
肌はまるで生まれたばかりの赤子のようなきめ細かさ。
そして、誰もが羨むプロポーション。
出るところは出て、出ないところは出ない。
そんな女性の願望を体現したような存在が、今自分の目の前にいる、いや映っている。
そんな自分自身を見て、嘆くように溜息をつき、暗い表情を浮かべている彼女は一体どうしたと言うのか。
「ついに来ちまったか… 例の女の子の日、て言う奴が」
そのように嘆く彼女の手には恐らく生理用品と思われる品が納められたポーチが握られていた。
その彼女の言葉と彼女が握る物から察するに、今日は女性の生理現象が起きたから、具合が悪そうに見えると判断が出来るが、どうも彼女の様子はそれだけではなさそうであった。
少女はしばらく鏡に映る自分と、手の中の生理用品を交互に見つめ、ふぅっとひと息つくと、意を決したような表情を浮かべ、そして少女がいた空間、所謂御手洗から出て行ったのだった。
少女は手洗から出ると何ともおぼつかない足取りで、廊下を進みだした。
その廊下を見るに、煌びやかな装飾品やいかにも高そうな壷、絵画等が脇に並べられていることから、この少女がそれ相応の身分を有していると思われた。
そして少女は何度目かの大きな溜息をついたのだった。
「うう、下腹部に違和感を感じる…こういう時、他の皆はどうやって耐えてるんだ?」
少女はふと自分の下腹部に手を添えた。
そして優しく撫でる。
そうすることで、いくらか痛みや違和感を緩和しようと試みるも、本当にただの気休めでしかないのは、当の本人が一番理解している。
そうこうしているうちに、少女の周囲には次第に他の人の姿が見られるようになり、それに伴って喧騒も大きくなってきたのだった。
少女はそのような喧騒の中で、身を縮め、そして少しでも顔を見られまいと、その美しい顔を伏せて歩き続ける。
今だけは人と会話をしたくない、構ってられない。
そう言わんばかり、廊下の端を進んでいると、少女の足元に黒い影がスッと映りこんできた。
少女は思わずその場に立ち止まり、そしてゆっくりと顔を上げると、そこには、いかにも勝気で気の強そうな金髪ツインテールの少女が腕を組んで立ち塞がっていた。
「御機嫌よう、フルーネフルトさん。聞きましたわよ、貴女、午前中の授業に出席しなかったらしいですわね。」
ツインテールの少女は、勝ち誇ったかのように言うと、口角をゆっくりと吊り上げた。
そして値踏みするかのように、少女の身体を下から上へと眺め回す。
「…御機嫌よう、スタンスコールさん。ええ、少し体調が良くなくって。医務室で休ませてもらっていたの」
フルーネフルトと呼ばれた少女はスタンスコールという名の金髪ツインテールの少女に返答した。
しかし、その少女の笑みはどこかぎこちなく、余裕がなさそう見える。
「ふーん、まぁ良いですわ。でも、最近貴女はそのような理由で授業をサボる、という噂を良く耳にしますの。私達学生執行部としては、その真意を明らかにしなければなりませんので。そのつもりで」
スタンスコールという少女はそのように言うと、長いツインテールを揺らしながら、少女の脇を抜けて行く。
その後ろには付き人であろう人物が数名続いていた。
そして、その一行が見えなくなったところで、少女は険しい顔を浮かべた。
「んだよ、学生執行部って。今はそれどころじゃねーんだよ」
少女の可憐な顔からは相応しくない言葉が発せられた。
人が聞けば、耳を疑いたくなるような言葉であったが、幸いにも、その少女の言葉は誰の耳にも入っていなかった。