第22話 隠されし事実
ここまでアレクさんやハインの口から次々と明かされた、僕にとっては全くの未知の領域だった事実。
ソルジャーと稀少とされる第三の存在″エクスサード″に関する異能者の話、表社会と裏社会の話、あと僕を誘拐したのは関東の裏社会で巨大勢力として君臨している岩龍会という組織の系列だったという話。
そして――
裏社会で伝説のように囁かれている"世界の 永遠の 宿題"に関する話。異能者中枢論から生まれたそれは、詳しい時期は不明だが遥か昔から存在し、統一論と現状維持論からなる二大理論と呼ばれる二つのうち、どちらが正しいのかを証明せよというもの。そして今現在も証明されていない″この世界の永遠の宿題"とされる難問だ。
アレクさん曰く、その難問が証明された時――この世界の運命は大きく左右し、かつこの難問は世界に希望または絶望を招く産物なのだという。更に言えば証明の仕方は人それぞれであり、その気になればこの世界は調和に満ちたものにもなれば混沌が満ちたものにもなるのだという。
何とも巨大なスケールを感じる話だ。誰が作ったのかも分からないその難問一つで世界の運命が決まってしまい、あまつさえその運命も一つではなく大きく左右してしまうというのだから。
そういえばこれを話し出したアレクさんは統一論と現状維持論――どちら派なのだろうか。
「あの、アレクさんはこの"世界の 永遠の 宿題"については統一論と現状維持論どっち派なんですか?」
僕はさりげなくアレクさんに訊いてみた。するとアレクさんは両手を合わせて忘れていた事を思い出し、
「あ、それについては実は途中、横道それましたが最後にお話する事に関わってきます――」
「――私が"ここにいる理由"についてです」
「……あぁ! なるほど」
アレクさんが言ってる事に納得がいった僕はポンと手を打った。思い出してみれば、僕が最初このラーメン屋に来た時、アレクさんは昨日の事件のこと、ユヒナのこと、ソルジャーとは何なのか、自分はなぜここにいるのかを全て嘘偽りなく話すと言っていた。
しかし最後の一つを除いた事柄に付随する形で表社会と裏社会の話をしている中で"世界の 永遠の 宿題"の話が入ってきたため横道が逸れたとはそういう事だろう。
最も、ここまで聞かされた世界の運命を左右する壮大な話のお陰で僕もアレクさんがここにいる理由なんて危うく忘れかける所だったが、すぐに思い出した。
だが、しかし。ここにいる理由か――アレクさんは理事会下の特別公認事業所の所長だからじゃないのか?
もうこっちが知っている事を改めて話す必要があるのだろうか。
「アレクさんは特別公認事業所の所長だからじゃないんですか? ユヒナとハインの上司だから事件に巻き込んだ僕への説明の役目を果たそうと――」
「いいえ、境輔くん。それもありますが私がここにいる理由は″もう一つ″あります」
アレクさんは首を横に振り、真面目に真剣でキリっとした眼差しで僕を見ている。そのキリっとした眼差しからは先ほどまでの話をする時よりも更に強い責任感と使命感を感じる。
「私がここにいる理由――それはこの島と、この島に住む人達を裏社会の手の者から守るためです」
「え? でもアレクさん、島を守るのはシーガルスの役目ではないんですか?」
「シーガルスは″前線を守る実働部隊″です。そもそも特別公認事業所がなぜ存在するのか――境輔くんにはまだ説明していませんでしたね」
あの事業所が存在する理由?そういえばこれまでどんな仕事してるのかもハッキリ聞いていなかったなぁ。
「そうですね。残業がある事ぐらいしか聞いてないです」
残業がある事はこの前ファミレスで聞いていた。だが思い返してみれば、それぐらいしかアレクさんの仕事については聞いていない。具体的にどんな仕事してるのかなんてさっぱりだ。
「はい。まず、特別公認事業所は理事長の公認で成り立っています。この事業所が出来たのも仕事で不在の理事長が私にある″お願い″をされたからなんですよ」
「お願い?」
そのお願いとは一体……?考えているうちにアレクさんの口からその答えが出た。
「そのお願いとは――」
「――自分がいない間、代わりに代理でこの島を守ってくれ。というものです」
「えっ……? じゃあまさかアレクさんは――」
「……″理事長代理″、ってワケよ」
僕がアレクさんの正体を当てようとした所で僕の隣で座ってテーブルに右肘をつき、こちらの会話をさっきから黙って見物していたハインがあっさりした様子で口を挟んだ。
え?
僕は思わずそんなハインを見た。不敵な笑みを浮かべている。偶然にもハインと僕の考えていた答えは同じだった。
僕は再び正面を――アレクさんのいる方を向いた。
「じ、じゃあ……アレクさんは……」
所長だけではなく……
「はい。驚かれるのも無理はないかと思います。境輔くん」
「私は――表は特別公認事業所の所長です。が、同時に裏ではいずみ学園理事会の理事長代理でもあるんです」
アレクさんは自分の胸元に右手を当て、真面目に姿勢を崩さず改めてそう名乗った。
「じゃ、じゃあ実質トップ……!」
「そういう事になります」
本人の口から断言された衝撃の事実。僕はスケールの大きかった先ほどまでの話とは別の意味で拍子抜けしそうになった。落ち込んでた自分を助けてくれた事に始まり、就活の助言もくれた目の前の人が実は理事長代理なんて誰が思うだろうか。
いや、それ以前に理事長代理がいる事自体も初耳だ……そんな事はホームページにも載ってない。
「あっ、勿論境輔くん。私が理事長代理である事は公には知られてない事ですので口外禁止ですからね」
アレクさんは突如優しく微笑む。その笑顔は今まで見てきた優しいものだが、口外すればとんでもない事になりそうなオーラが漂っていた。決してそれを犯してはならないのは明確であった。
無論、言うまでもないが僕は理事長に関しては白針刻という名前しか知らない。それは他の学生も同じだ。
アレクさんとも″水無月の悲劇″の時が初対面であって、それ以前に理事長代理として学校の大きな行事や式典で顔を見た事は全くない。もしかしたら顔は出していたのかもしれないが、本人が口外禁止と言うのだから理事長代理である事が極秘なのは間違いないだろう。
「私も理事長代理である以上、"世界の 永遠の 宿題"に関しては理事長の流れを汲んでいます」
アレクさんは再び真剣な顔で話を始めた。
「理事長も私も――人間とかソルジャーとか関係なく――勿論、ユヒナさんやハインさんのようなエクスサードも含めてみんな仲良く楽しく暮らせる楽園を理想と考えています」
「こういう事は理想論にすぎないとよく思われますが、それでも私はこの形での統一論を信じます――」
「――平和だけど矛盾や嘘も多い表社会と抗争に満ち溢れた裏社会が今の現状です。ゆえに異能者が差別や偏見を受けたり、抗争が後を絶ちません」
「だから――私は二大理論で言うなら統一論派を掲げています」
「なるほど。アレクさんは調和に満たされた社会を理想としているんですね」
僕はアレクさんの静かだけども真剣にこちらに真摯に訴えかける説明に対して頷いた。
アレクさんはいつもそうだ。いつも落ち着いていて感情で声を荒げたりしない。その佇まいは尊敬したくなる。
「そうです。私が修道服を着ているのも理事長の流れを汲み、忠節を誓っている表れでもあります。なので本当の所、シスターじゃないんですよ、私」
さりげなくシスターじゃない事をカミングアウトした後、アレクさんは苦笑した。
「だから仕事着"兼"私服なんですね」
僕は理事長――白針刻がどんな人かは知らない。が、その流れを汲むアレクさんの話す内容から察するに真っ当な考えの持ち主のようだ。
調和に満たされた社会――いや、人間も異能者も関係ない世界か。こういう理想が生まれるのも、それぐらいに人知れない裏社会での抗争による公にならない被害や影響は予想以上に大きい事が窺える。
だが、その肝心の理事長である白針刻は今、どこにいるのだろう。
アレクさんにこの島を任せてどこで何をどんな仕事をしているのだろう。
気になる……いや、知りたい気持ちもある。が、やっぱりやめておこう。
訊けばすぐに答えは返ってくるのだろうが、なんだかこれ以上踏み込んではいけないような気持ちがどこかから湧き出てきた。踏み込もうにも躊躇い、止まってしまう。
ま、まぁどうせ仕事が忙しいからアレクさんに島の事を一任してるのだろうと思いたい。
シーガルスが実働部隊と言っていた意味もここにきて分かる気がした。
――だが、理事長代理に関する話を聞いていて一つだけ引っ掛かっている事がある。
アレクさんが理事長代理である事実。これは嘘じゃない。今さっき本人の口から聞いた正真正銘の事実だ。
よくよく考えてみればだ。不自然だ。そんな極秘の情報をわざわざ一般人の僕に話していいのだろうか。
それまでの話は裏社会やこの世界の現状を知るものとして必要なものだっただろう。
しかし、アレクさんが理事長代理である事はこの島の――理事会にとっての漏洩してはいけない極秘情報のはずだ。
たとえ僕と親交があってもそんな組織にとって重要な情報をわざわざ話すのはまずいんじゃないだろうか。
おまけにこの事実には理事長が仕事で島にはいないという――この島では誰もが察し、誰もが時に言い聞かせられていた「理事長は多忙で不在」――という具体性がない推測でしか中身を読めない台詞の意味を明確化させる情報も一緒についてきてしまっている。
僕はここらへんで話が一段落した所でこれだけは突っ込んでおきたいと考え、迷わず訊いてみる事にした。
アレクさんはコーラで渇いた喉を潤わせている。
「……アレクさん。理事長代理とかそんな極秘情報を僕なんかのような一般人に教えて大丈夫なんですか?」
「もしかしたら、この秘密を僕は広めてしまう要因になってしまうかもしれません。それでもいいんですか?」
どうでもいいと思いつつも耳にしたニュースの一つだが、少し前にネットにて会社の管理する個人情報が外部に流出したという事件を耳にした。
この事件のように、スパムメールに仕込まれたウィルスが原因で個人情報流出はよく聞く話だ。しかし中には社員が会社や上司への恨みまたはストレスなどから自ら外部に重要な情報を売ってしまい、その会社の信用は地に落ちたという事件も過去にあった。
今回のアレクさんが理事長代理である事実もウィルスではないが、それと同じ情報漏洩の危険性がある事は明確だ。
ここで僕の問いに対してアレクさんは口籠もった様子で、
「……境輔くん。そうですよね。不自然……ですよね」
声が小さくなり、言葉に迷っている。やはり何かありそうだ。
「実は私が理事長代理である事を境輔くんにお話したのは、非常事態だからなんです――」
え、非常事態? 一体何が起こっているんだ?
「――もう、一刻を争います。ある″組織″にそれがバレているからなんです」
思わぬ回答に、僕は意表を突かれた――




