第20話 関東最大極道組織
前回から約2カ月休載して申し訳ございませんでした。今回から文体を変えました。
「なぁ、ハイン」
「どうしたの?キョースケ」
僕は自分の席の横にいるハインの方に視線を向けて声をかけた。ユヒナやハインと対峙した牙楽の言葉を思い出した時、同時にある疑問が僕の中で浮上してきた。
そして、それはその後ハインからユヒナの正体についての話を聞いている中で、僕の記憶の海の底から自然と浮かび上がってきた。
それは……
「なんでハインはエクスサードなのに牙楽に何も訊かれてなかったんだ?」
よくよく考えてみればだ。暴走するユヒナに対して、牙楽はソウルがない事を訝しげな目で見ていた。
なのに同じエクスサードであるハインは特に何も言われていなかった。ソウルがないならば、ハインに対しても同じ反応するのが普通なんじゃないだろうか。
因みにハインがエクスサードである事は今さっきアレクさんが言っていた。
「フッ、ユヒナと違って私は"正直"じゃないからよ」
ハインはニヤニヤとしたずる賢い顔を浮かべると、僕の左耳を寄せて耳元でこう囁く。
「そうね。アンタには後でちょっと教えてあげるわ……私がエクスサードである事をアンタはどっちみち、ここに来て知る運命だったから」
「私のヒミツと……それに関連してユヒナの事もね。フフフ」
怪しくも、可愛く、イタズラに微笑むハイン。左耳から響くその声はこちらを誘惑するとても色気が感じるものだった耳がくすぐったくなるほどに。
ハインだけでなく、ユヒナにもまだ″秘密″がありそうだな……
ホムンクルスなのかは分からない。しかしエクスサードである以上、普通の人間とはかけ離れた存在なんだろう。
思い返せば、ホムンクルスは人食いの化け物とも昔、本で読んだ事がある。その時は当然、おとぎ話か何かだと思っていた。まさか実際に存在するなんてこれっぽっちも思っていなかった。
現にユヒナは昨日、人を貪り食った。まるで肉を引きちぎる猛獣のような顔で。ホムンクルスだといきなり言われても冷静に考えれば納得がいく。
「あらあら、ハインさん。境輔くんにひそひそと何を話しているんですか?」
アレクさんが興味深げな顔でこちらを見ている。
「フフーン。所長さん置いてけぼりに話しすぎるのも良くないから、続きはまた後でってキョースケに伝えただけよ」
ハインはアレクさんの方を見てにっこり笑顔でそう言った。だがそれは明らかに上手いごまかしの作り笑顔だ……
そこにカウンター奥から迂回して僕達のテーブルの前にジョニーが現れる。
「兄ちゃん、アレク、ハイン。喉渇かないか?夏場だから水分はこまめにとっておいた方がいいぜ。ドリンクバー使うかい? オレが持ってくるぞ?」
この店にドリンクバーなんてあったのか……ラーメン屋ではドリンクバーのようなモンが置かれているイメージはあまりない。
飲み物はせいぜい水や麦茶とかオレンジジュースぐらいで、そんなにレパートリーがないイメージなんだがな……この店は変わってるなー。
「あ、じゃあ私、烏龍茶頂きます。ちょうど喉が渇いていた所です」
「私はコーラで」
アレクさん、ハインは飲みたい飲み物をそれぞれオーダーする。
「兄ちゃんは?」
ジョニーが二人の注文をとると僕の方を向いて話しかけてくる。
「じゃ、じゃあメロンソーダで」
「あいよ」
ジョニーは僕から注文をとると店の奥にある、飲み物がそれぞれ四角いガラス容器に入った状態で並べられた機械の前に移動して作業を始めた。
機械の下にある土台となっている引き出しを一つ開けて中からコップを三人分出し、備え付けられている氷がたくさん入った小さいアイスケースを開け、氷をアイスシャベルですくってコップに入れていく。
アレクさんやハインの話に気を取られて全然気づいてなかった……僕達が座っている物と同じ木造のテーブルや椅子がたくさんある先、店の奥には普通のファミレスにもあるそのままのドリンクバーが設置されていた。
するとジョニーは銀のトレイに乗せて三人分の飲み物が入った透明なコップを持って現れた。既に三つのコップには冷たい飲み物三種が注がれていた。
「へいお待ち!メロンソーダ、コーラ、烏龍茶!」
「ありがとうございます」
ジョニーが各々がオーダーしたドリンクを木造のテーブルに置く中、アレクさんはお礼を言った。
飲み物を置き終わるとジョニーは再びカウンターの奥に引っ込んだ。
「く~っ、こう暑い時の冷えた飲み物はとっても美味しいですね~」
アレクさんは烏龍茶を一口飲んでとてもさっぱりしたような笑みを浮かべた。いつも落ち着いた雰囲気と言動が特徴なアレクさんとは正反対な意外な一面だ。
「――さて、境輔くん。ここまでソルジャーとエクスサードの違いについてはよく分かりましたか?」
烏龍茶で喉を潤すとアレクさんは再び話を戻し僕に訊いてきた。
「まだ完璧というわけではありませんが、基本的な特徴は分かりました。要は違いはソルジャーソウルがあるかないかですよね」
「はい、そうです。一見単純ですが、性質は全く異なります」
アレクさんは頷いた。確かソルジャーソウルを持った人間がソルジャーと呼ばれてるんだったなぁ。で、エクスサードはその法則から外れた人間じゃない生命体。
「それとこの世界の裏ではソルジャー達が抗争を繰り広げてる事もハインから聞きました」
「はい。そうなんです。そこまで聞かされたのなら既に知ってると思いますが、この世界は表と裏、二つに分かれていて、ソルジャー達の存在が浸透した世界は裏なんですよ」
「よく、表社会、裏社会ってよく言いますよね?」
アレクさんは頷くと昨夜ハインから聞いた話とほぼ同じ事を言ってきた。
「はい、そうです。表社会は一見平和でソルジャーみたいな特殊な存在もいない一方で、裏を否定した社会。裏社会はソルジャーやヤクザとかの抗争に満ち溢れた社会と言われていますね」
昨夜ハインから聞いた話をもとに僕はアレクさんの問いに答えた。だが、すぐさま話題は新しい内容へと入っていく。
「そうなんです。ちょうどこれからお話する事にも関わってきます」
「え、これからする話……?」
表社会と裏社会の関係はよく分かった。なんだ……?
「はい。裏社会についてです。ソルジャー達は各々が何かしらの目的のために抗争を繰り広げています。これはもう、日本だけでなく世界中でです」
そういえばさっきそこの料理人――ジョニーが牙楽はイギリスで名をあげたとか言ってたからなぁ……
人知れない所であんなフィクションみたいな戦いが起こってたと思うとゾッとする話だ。
「そして大きな抗争には、大きな力を持った勢力が絡んでいる事が殆どです。この関東にも岩龍会という関東の裏社会を牛耳るほどの巨大な組織があります」
「岩龍会……真木田が言ってましたね。その名前……」
そういえば僕を昨日誘拐した真木田もどのようにして岩龍会に入ったのかをユヒナの前でアピールしていたな……
漢字を読み取ると岩の龍と書く。岩の龍と書いて岩龍。いかにも屈強で強そうな名前だ。真木田や部下のヤクザな風貌から察するに大規模な暴力団組織なのだろう。
無論、僕はそんな名前聞いた事もない。ハインが昨日言っていた通り、マスコミが明確に裏の事を報道しないからかもしれないが。
「はい。境輔くんを誘拐した真木田もその構成員です。表向きは真木田ガードナーズという架空の警備会社を装って潜伏し、裏では自身が束ねる岩龍会系の暴力団組織――真木田組の組長として活動していました」
真木田ガードナーズ。聞いた事もない会社だ。チェーン店とか、大企業の1ビルのオフィスとかがドーンと建たない限りはこの島への企業進出はあまり気づかないんだよなあ……
僕が昨日連れてこられた建物も見覚えはあった。けど、まさかあそこが暴力団の事務所になっていたとは驚きだ。普通気づかないだろう。景観もいい建物なのに……シーガルスが常日頃、目を光らせているのもよく分かる。
「キョースケ。岩龍会は表向きは関東最大の極道組織でもあるのよ。ソルジャーもいるけど、同時に昨日のような奴らもウジャウジャいるわ」
ハインはコーラを一口飲んだ後、間から話し始める。
「関東最大ってどれぐらいの規模を誇っているんだよ?」
「そうね。まず、正規構成員はざっと現在2万人」
僕がその規模について尋ねるとハインはそうあっさりと言いながら左の人差し指と中指をあげてこちらに見せてくる。
「それ以外の傘下とか入れると更に2000人」
ハインは更に追加で薬指をあげた。
「そんなにいるのか!?超大企業クラスじゃないか!」
一体、そんな人数をどうやって集めているんだ……?ハインは左手を下ろすと、
「関東でだいたい事件を起こしてマスコミ沙汰になる事もあるヤクザの殆どはだいたい岩龍会に属しているか傘下に与してる奴らよ。奴らの兵力は年々増え続けているわ」
「多すぎだろそれ……なのにマスコミはこの事も明確に報道しないのかよ」
思わず、ドン引きしそうになった。おかしいだろ……
総勢2万2000人。危険を及ぼすかもしれない連中なのにマスコミは暴力団を普通の企業と同じようによほど大きな問題でも起こさない限りはその組織名を報道しない。
暴力団が逮捕されれば、普通に東京都在住の暴力団組員とか暴力団組長とかのぼかす肩書きで報道され、実名報道もだいたいされる。
昨日の一件で気づいた事だが、このようにマスコミは問題を大きく呼びかけない。結局、裏の問題を野放しにしている……大丈夫なのだろうか。
岩龍会という名前自体は無論、僕はこれまで一度も聞いた事がない。
ネットではマスコミも報道しない暴力団組織の名前が載って時に賑わっている事がある掲示板のスレがあるが、ここまで話を聞くと所詮オカルトと同じような物だと感じてしまう。
仮に岩龍会についてネットで賑わっていればこれまでの僕も、関心なくともネットとかタカシやコージのアンテナを通して何かしらで既にかじっているだろうからだ。
ハインが昨日していたマスコミの実態の話を思い出した。するとその当人が再び昨日の事を機嫌悪そうにテーブルに頬杖をついて口を開く。
「だから昨日言ったでしょ?この世界は表と裏に分かれている。マスコミは表の人間だから、裏の世界なんか所詮他人事で見てるのよ」
「アンタが主張するようにどんな危険な存在がいても、ね」
「ま、警察とかは踏み込むけどね。警察も立ち位置は表社会側だけど犯罪者捕まえたり、違法商売してる店の摘発とかやってるわけだし。ある意味、表側だけど裏の抗争に絡んでる勢力の一つとも言えるわ」
ハインはそうあっさり言いのけ、コーラが入ったコップを口に運び飲んだ。アレクさんと違い、ハインは飲んだ後に満足そうな笑みは浮かべず普通に飲んでいる。常にイタズラで誘惑な笑みを浮かべてるけど、落ち着いてる面もあるわけか。
「確かに傍から見るとそうなのかもしれないなぁ。暴力団の検挙とか、自ら進んで薄汚れた世界に入っていくわけだし。警察の方がマスコミよりもちゃんと仕事してるな。こりゃ……」
――光と闇。
その闇に覆われた部分にマスコミは極力関わらず完全に踏み込まない。
これまではマスコミもちゃんと仕事してると思いきや、実はそうじゃない事をつい昨日の一件で僕は知ったばかりである。
しかし警察はその闇に覆われた部分にしっかり踏み込む。
まさに臆病と勇敢の対比だ――。




