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ソルジャーズ・スカイスクレーパー  作者: オウサキ・セファー
第一章 シルバークライシス -少女の慟哭-
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第8話 絶望、そして絶望

「はっ…………!」


 私はベッドの中で目を覚ました。目の前を覆う深い闇を打ち破って。あの後、しばらく眠っていたようだ。

 上半身を起こし、辺りを見渡すとそこは一階の保健室だった。事務机や薬などが入ってる棚、私がいるベッドの他に横を見ると誰もいないベッドが二つ並んでいる。

 辺りは静まりかえっていて、室内の電気は消えている。このベッドの周囲を囲む白いカーテンも他のベッドのカーテン含め、開いたままとなっていた。


 左手奥に広がるグラウンドを一望できる窓から日差しが差し込み、こちらを明るく照らしている。窓はテラスになっていて、外には木の板がひいてある。

 グラウンドでの体育の時間に怪我や体調を崩した場合、グラウンドから直接、靴を脱いで上がり、保健室に入る事が出来る。

 私がいるべッドの側にある黄色い回転椅子には私が着てきた紺色の暖かいコートがかけてあり、荷物が入ったバッグもそこに置いてある。


 中を見てみると持ってきた教科書やノート、筆記用具などが全て入っていた。歩美が入れて持ってきてくれたんだろうか。

 因みにこの学校の保健室にはバレーで怪我をした時に絆創膏などをもらったりとか、それぐらいの事でしか私は訪れた事がない。


 頭から来る特殊な感触と右の視界を暗闇に覆っているその部分が気になり、触ってみると白い物が私の右目に取り付けられているのを感じた。右目がひんやりとする。右手を伸ばし、バッグの中から丸い手鏡を取り出して自分の顔を見てみる。

 そう、やっぱりだった。今の私の右目はシップの上に白い眼帯が重なって覆われていて、右の視界は真っ暗だ。

 また、腫れてる感じがして痛い。この状態のため、右目のまぶたを開けない。


「そうか……私は……」

 ようやく自分がなんでこうなったのかを思い出した。お昼休みに昼食をとっていると、小林達が私に罰金と治療費をカツアゲしてきて、それに反発した私は小林に報復と言わんばかりに右目をストレートに殴られてしまい、その場で倒れて気を失った。


 あれからどうなったのか……現状が知りたい……今、何時だろう? 色々と気になる事を考えていると歩美が廊下から扉を開けて入ってきた。

「あ、零さん。良かった……目が覚めたんだ!」

「うん……さっき目を覚ましたばかり。……心配かけてごめん」


 歩美はこちらに駆け寄ってきて安堵し、凄い嬉しそうな顔をする。今まで心配してくれていたのだろう。

 そんな歩美に対し、私は下に目をそらしながらそっと謝る。

「いいのいいの。仕掛けてきた向こうが悪いんだから」

「歩美……今、何時?」


「そうね……今、三時かな」

 私が時間を尋ねると歩美はスマートフォンを取り出して時間を確認して教えてくれた。

「昼休みから五時間目まで零さん、ずっと眠ってたんだよ」

「そうか……そんなに寝ちゃってたんだ……」

「でも本当に良かったよ。目が覚めて。零さん、このまま目が覚めないんじゃないかと思って心配してた」


 歩美は非常に安堵した顔をしている。歩美……私の事、本当に心配してくれてたんだ……なんだか悪い事をした気がする。

「ところで、小林は……?」

「先生から凄い怒られてたよ。『この大馬鹿野郎!!女の子に大怪我させてんじゃねえ!!』って」

 歩美は軽く怒鳴る荻野先生のモノマネをした。普段とおしとやかさとは違う張った声のため、思わず笑ってしまう。


「ふふ……そう……良かった」

 私は軽く笑い、ホッとした気分になった。いじめられ始めてから、先生がいくら指導や教育をしようと彼らはいじめをやめなかった。

 先生は過去に他の学校で起こって話題になったいじめ自殺事件の話を授業で話した事もあったけど、彼らはそんな先生の言葉も分かったようなふりをして知らんぷりしてる事が多い。


 不良生徒らしく、授業に耳を傾けず、居眠りしたり、グループで話したりとかスマートフォンいじったり、ゲームやトランプで遊んでたり……隠してやっててもよく目立つ事だ。見つかる度に彼らは先生に怒られ、その度に教室の空気が悪くなった。

 だけど、私が怪我をした今、この状況は今までのようには済まないと思う。これを境に少しずつ前のようにいじめられなくなるかもしれない……そうなればいいな……


「今ね、ちょうど保健室の結城(ゆうき)先生が用意とかしてる所なの。車で零さんを病院に連れていくって」

「どうして? これぐらいの怪我なら私は……」

「未成年はちゃんと診察受けないとダメなんだって。それに零さんの目、酷く腫れてたんだよ。見てて……痛々しいほどに」

 歩美は最後、歯切れを悪くして言った。

「そ、っか……じゃあ、今日の授業は私、出られないね……」


 私は目線を下に逸らした。これから六時間目だろう。確か、六時間目は社会だった……くっ、こんな事にならなければ……

「大丈夫。私が後でノート見せてあげるから」

「……ありがと」

 優しくそう励ますように言ってくれた歩美に私は静かに歩美の顔を見て礼を言った。


 その後、結城先生がやってきて、私を病院へと連れて行くべく、学校の駐車場に停まっている先生の車へと案内され、これから六時間目の授業を受ける歩美とは保健室前の廊下で別れた。

 私は学校裏の駐車場に停めてあったまんまるい青色の車の後ろの座席に乗せられ、その後、到着までずっと過ぎてゆく景色が見える窓を見てぼんやりとしていた。

 先生に行き先を尋ねると、どうやら病院は私がこの前、銀色になった髪を診てもらいに行った所と同じのようだ。その病院へ向かって車が走り始める。


 結城先生は長い黒髪を一束にしている美人の先生だ。話してみると優しくて、どうやら髪が銀髪な私を名前は知らなくても目立つからなのかよく私の顔を覚えていたらしく、荒んだ日々を送る私をたまに見かけては遠くから心配していたのだそうだ。

 髪の事とどうして髪がこうなったのかを訊かれ、正直に答えると先生もやっぱり何かあったんだと真っ先に私に同情してくれた。


 どうやら結城先生曰く、気絶した私を保健室に放り込んだのは小林に加担していた男子達らしい。恐らく木村や西だろう。

 保健室からタンカを持ってきて、運び込んだのだとか。それを周囲の面々もみんな心配していたという。

 いつもはいじめに加担してるのに……私がこんな目に合ったらすかさず助けるなんて、あまりに虫の良すぎる話だと思った。この時だけ心配するなんて、どうかしている。

 私はいじめられる事で存在が成り立ってるとでも言いたいんだろうか。だとしたら、絶対に許せない。


 そう怒りを募らせていると車は病院に到着した。赤いレンガの壁と横に駐車場が広がるあの病院だ。


 病院に到着すると、結城先生が手続きを済ませ、比較的早い時間で私の診察の番が回ってきた。だけど、私はこの後、あまりにも予想外な真実を突きつけられるなんて……思ってもいなかった。

 それは向こうの病院の若い男の先生に言われ、右目を覆っているシップ付きの眼帯をそっと外した時の事だった。

「あれ……?」


 ――――――右目が見えない。


 ――――――――右目が何も見えない。


 右目が霧がかったような白い何かで覆われていて、全然左目で見えるはずのものが認識出来ない。


「せ、先生!! 私の右目、白くて全然見えないんですけど……」

 私はその状況に戸惑い、思わず叫んでしまった。

「ああ、そうか……そうなのか……」


 すると先生は唖然とし、凄く深刻かつ残念な顔をして、

「可哀想に……失明してしまったんだね……」

 先生は私に悲しい声で真実を告げた。

「えっ……ど、どういう事なんですか!! 殴られて失明するものなんですか!?」


 納得いかなかった私はとにかく焦った。右目が見えない……これじゃ、バレーボールとかも満足に出来ない。

 それだけじゃない、右目が見えないという事は視界の半分が見えないという事。日常生活で何かと苦労する事になるのは必然だ。


「うん、君のそれは殴られた時に打ち所が悪かったんだろう……」

「えっ……!」


 納得がいかない私に先生が視力を失った原因を医療用語も混ぜて色々と教えてくれるも、私はその後、返事以外一切喋る事が出来なかった。

 目の前が真っ暗になったような……そんな気分だった。


 そのまま簡単な検査を受ける事になったけども、失明してしまった以上、おいそれと治せるわけがなく、義眼でもつけないと無理なのだそうだ。


 ……右目を失明した?


 嘘……


 検査を終えた私は結城先生にそのまま車で家に送られ、帰宅してその夜、暗い部屋の布団の中で枕に顔を埋め、一人、泣いた。


「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!!」



「……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」 


 夕食も喉に通らず、安心して眠る事も出来なかった。いや、用意する気になれなかったのもある。

 車で送られたとはいえ、帰る道中も、マンションの中でも右目が見えなくなった事で変わった世界に私は戸惑いを隠せなかった。絶望しかなかった。


 殴られる前まで当たり前に見えていたはずの世界の半分が見えない。眼帯無しだと利き目が殴られた方の右目だったのも相まって、白い霧と正常な視界が時折ごっちゃに見えてくる。視界がぼんやりする。時々、左の視界が狭まるように感じる事もあり、ハッキリしない。ただ、右目を手で抑え、片目を覆い隠した感覚とは違う。

 検査を終えた後、私は病院に来た時と同じく再び、右目にはシップの上に白い眼帯をしていた。この状態の方が幾分か落ち着いた。


 辺りは真っ暗。目の前は真っ暗。……怖い……怖い。


 怖くてたまらなかった。溢れる涙が止まらない。一生このままなのかと思うと急に悲しくなった。結城先生と別れて一人になってからだと尚更だった。

 もう右目はただの機能しない飾りでしかないのか……


 布団の上でうつぶせで横になってる私は枕に埋めている顔を横にし、近くにあった自分を暖かく包んでくれる布団にしがみついた。

 そして、布団に顔を埋め、再び泣き始めた。

 私はきっとこれからもいじめられる。この体である限り。周囲がたとえやめても、どこへ行っても同じような目に合う。たぶん、この先もずっと。

 その時にこの片方の目だけで生き抜いていけるのか……? 無理かもしれない。今度こそ無理かもしれない。


 また、暴力を振られて……左目も失明する事になったら……それを失えば最後、私の視界は完全に消えてなくなる。

 何もかもが消えて、"無"になる。何も見えない。真っ暗。闇だけ。

 見るという概念……視界という概念が私から消える。目の前の人間、動物、物、景色。あらゆる全てが見えなくなる。

 またやられるかもしれない。そうなったら……もうおしまい。右目を失った事で同時にもう一つ失ったものに気づいた。


 それは希望。この先を生きる力。片目だけでどう自分に襲いかかる障害に対処すればいいのだろうか……

 これから先も酷い目に合うのならば……いっその事、死んだ方がいいのかもしれない。

 その方が楽になるのかもしれない。右目が見えないというハンデを抱えてまで、体で宿命づけられている迫害から逃れる意味はない。

 歩美にも迷惑をかけるし、いざって時に歩美を守れない。こんな体じゃ、守られてばかりでどうする事も出来ない。


 そんなのは……嫌だ。

 思えば、私が小林を殴ったのも我慢の限界が来たこと、歩美に対する奴らの発言が本当に許せなかったからだ。

 怒り狂って自我を保てないほどに。私だけが化け物と呼ばれればいいのに連中は歩美をも化け物呼ばわりしてこちらを挑発してきた。

 この先も歩美が化け物呼ばわりされる事を思うととても辛くてたまらなかった。その辛さをぶつけようと小林を殴り飛ばした結果がこれだ。


 結局、私のせいだ……私が勝手にふざけた事したからこうなっちゃったんだ。殴らなければ……こうやって過ちを犯す事もなかったんだと思う。

 絶望感と寒気が、今まで主に小林達のいじめによってつけられてきた心の傷を更にグッとえぐる。小林達によって受けてきた凄惨ないじめの記憶が次々としつこくフラッシュバックしてくる。


 思い出したくもない記憶……心の傷が大きく開き、多量の血が流れるように私の目から大粒の涙が流れ出る。

 私の心は一晩でボロボロになっていった……



 翌日。私は青空の下にした。時刻は十二時半頃。今はお昼休み。冬であるにも関わらず日差しが眩しい。冷たい風から足元に寒気を感じる。

 この絶望的な気持ちを振り払うべく、私はここにいる。ここには誰もいない。私一人だけだ。


 怖くて怖くて仕方がなかった。眠れなかった。本当に怖かったんだ。目をつぶって、目を開ける事さえ怖かった。

 だけど、その恐怖、負担、苦しみから……もうすぐ解放される。

 そう。ここは学校の屋上だ。私は屋上の回りを囲う高い緑の金網に手を付け、よじ登る。そして、それを飛び越える。


 あと一歩踏み出せば、一直線に地面に向けて落下する狭い場所に私はいる。金網と足場のない空白に挟まれた狭い足場で私は下の景色をそっと見下ろしている。


 校庭で、昼の時間なのに楽しそうにグラウンドでサッカーしてる連中がいる。幸せなものだ、両目も見えて楽しい学校生活を……

 だけど、私も死んだらもうじき楽になる。この苦しみから解放される。

 解放されるんだ……


 そして、何も足場もない方向に私は左脚を踏み出す――……


「ダメ!!!!!!!! 早まらないで零さん!!!!!!!!」


 突然、後ろからした声に思わず、私は足を踏み入れるのをやめた。

 それで声がした方向に振り向くと、金網の向こうの屋上の入り口のドアの前に両手を膝につけて、ハァハァと息を切らせてる歩美が立っていた。

 今、まさに全力で走ってきたばかりの様子だった。


「……! 歩美……?」

「死んじゃダメだよ零さん!!!! 今、飛び降りようとしたでしょ!???」

「お願い!!!!! 生きて……ねえ!!!! 生きてよ……!」


 必死に大きな声で私に説得の言葉を投げかけ、歩美は私の目の前へと歩いてきた。しかし、私の前にある金網が私と歩美を遮っている。

「零さん、何があったのか事情聞かせて!!! 何も言わないで死ぬなんて……悲しすぎるよ!!!!」

 歩美の瞳から一粒の涙が落ちる。


「歩美……」

「零さん、どうしちゃったの!? ねえ!? こんなの零さんらしくないよ!!!!」

「いじめられて、それを苦に死ぬなんてやめて!!! 自殺なんか何も良い事ないよぉ!!!」

 歩美は金網に手をつけて、私を必死に引き止めてくる。


「人生はね、一度しかないんだよ!? 死んじゃったら全部終わりなんだよ!? 零さんは一人しかいないの!!」

 歩美の顔がだんだんと歪み、両目から涙がボロボロとこぼれてくる。溢れる涙を必死にこらえながら、歩美は続けた。


「お願い、逝かないで……私を一人にしないで……何かあったら今度は私が助けるから。……ね?」

「零さんが死んじゃったら、私、一人ぼっちだよ……寂しいよ……一人ぼっちにしないでぇ……」


「二人で生きていけば……いつか大丈夫になる日が来るよ。約束したでしょ? 一生味方って。私のせいで、零さん凄い大怪我しちゃったけども……絶対味方だから!!! ね?」

「ね……?」

「歩美…………」


 泣きながらの歩美の言葉、その一つ一つが私の心に突き刺さる。私もどうすればいいのかが分からなくなる。

 だけど……その刺さった歩美の言葉が私の心に染みる。悲しみのあまり、涙がこぼれ出る。


「ごめん……歩美……」


 私はそう呟くと力を失ったように崩れ落ち、その場で膝を折り、金網に両手をつける。目から耐え切れないほどの大粒の涙が溢れる……見える左目と白い眼帯で隠れたもう見えない右目、両方から。


 金網のすぐ向こうにも私の顔を見て、涙を流しながら、腰を下ろしてこっちの泣き顔を見る歩美がいる。

「ごめんね、歩美……私が……間違っていた……」

「分かってくれればそれでいいんだよ……零さん」


 歩美の優しい声が私の心を和らげてくれる。私は歩美に事実を伝える事にした。これからのために。歩美なら……きっと分かってくれる。

 一晩で絶望の底に追いやられた私を歩美が救い上げてくれる……そんな気が微かにした。


 私は金網をよじ登って再び、歩美のいる場所に降り立ち、涙をハンカチで拭き、同じ場所で向き合いながら話した。

「私はね、昨日殴られた事で右目の視力を失ったの……」

「えっ!? じゃ、もう見えないの……?」

 歩美は戸惑いながら恐る恐る尋ねた。

「うん、もう見えない……だから、いっその事、もう死んでしまおうと思っていた……」


「昨日もずっと一人で泣いてた……この目が一生見えなくて、それでいじめられ続ける運命なら死んでやり直したい……右目が見えないのは怖いと感じていたの……」

「歩美にも……これ以上、迷惑かけられないと思った……何も出来ないで迷惑かけるくらいなら、いっそ死んでしまおうと思っていた……」

「零さん……」

 私が目を逸らして歩美に対する思いを明かすと歩美はこちらを悲しそうな目で見つめた。


「歩美。正直、私は昨日の自分の行動を反省している。私が怒りを押し殺してさえいれば、こうなる事もなかったし……」

 すると歩美は首を横に振って、

「そんな、零さんのせいじゃないよ。アイツらが悪いだけで……でも、私も悪いんだよね。しっかりしないから……零さん、ごめんね」

 私も首を横に振って、

「ううん、歩美は何も悪くない。確かにアイツらも悪いけど……ごめん、よく分からない」


 右目を失った事について、私の中ではアイツらに対して許せないという気持ちと自分のせいという気持ちが混ざり合っていた。いや、二つとも存在してると言っていいかもしれないけど言葉に出せなかった。


「でも、そこまで自分を責めない方がいいと思うよ、零さん。元はと言えば、繰り返しになっちゃうけどアイツらが仕掛けてきた事なんだし」

「…………そうね。もう、これについてはあまり考えないようにするわ」

「零さん、視界はどうなの?」


「今の私は半分が見えない。左半分しか見えないの……右目が利き目だったから眼帯をしないと視界が定まらなくて不自由なの……」

 私は右手で軽く右目の眼帯に触れた。

「零さん……昨日からずっとそんな状態だったんだよね……寂しかった?」

「うん、寂しかった……当たり前にあった物をある日突然、失ってしまったから……歩美に電話でもすれば良かったのかもね」


「そうだよ。零さん、水臭くならないで。また繰り返しになっちゃうけど私はいつでも傍にいてあげるよ」

「歩美……」

「私が零さんの世話をするわ。だって、右目が見えないと家事をするのも大変でしょ? 私が助けてあげるから」

 歩美は胸を張って言った。非常に助かるけども、家は大丈夫なんだろうか。


「でも歩美、お父さんは心配しないの?」

 いくら世話をしてくれるのは嬉しいけどさすがに一日中付き合わせるのは嫌だった。歩美だって、社長令嬢だからお父さんが心配するかもしれないし、一人でやりたい事もあるだろうし。

「平気平気。お父さん忙しくてあまり帰って来ないし。それに言ったでしょ?私は零さんの味方だって」

 歩美は得意気な表情だった。


「そうだったね……それに確か、私が訊いたんだった。『一生、味方でいてくれる?』って。情けないね、さっきまで絶望の中にいて、完全に忘れてた……」

「もう、零さんったら……」

 歩美も困り笑顔で私の事を見ている。初めてこの学校でいじめられた時、二人きりのあの時に言った事が一瞬頭を過ぎる。

 同時に、この学校に行くために色々とサポートしてくれた叔母さんとお義父さん……もう少しで私は歩美だけじゃなく、叔母さん達をも裏切るバカな真似をしていたのかもしれない……

 絶望の中にいて、暗闇の中にいて……一番大切な事をあっさり忘れるなんて……情けない。


「ねえ、歩美はどうしてここまで駆けつけてきてくれたの?」

「荻野先生に頼まれたからだよ。『黒條に何かある時支えられるのはお前だけだから~』って言ってた。先生も零さんばかり見てられないからって」

「ふふっ、そう」

 私は軽く笑う。歩美の荻野先生の声真似で思わず笑ってしまう。私を元気づけようとしてくれてるのかも。

「それで早速、零さんの後姿を廊下で見かけて何やら屋上に行くから気になって、来てみたってわけ」


「でも、本当に良かった~……零さんが死にそうだったから駆けつけられて」

 歩美は安堵した表情で経緯を説明してくれた。

「もし、歩美が来てくれてなかったらきっと、私は死んでたね」

「そうだよ。本当に……心配させちゃってさ……でも、もう大丈夫。これからは私が助けるから。ね?」


「うん……早く自分で生活が出来るように頑張りたい。それまで、いい?」

「それまでとは言わずにどんどん頼って。私も零さんの事、心配だから」

「ありがとう……」

 私の目から、また大粒の涙があふれ出そうになる。

「頑張れば、いつかはきっと報われるから。その時まで二人で行こう、零さん」


 歩美の笑顔と暖かい言葉が私の傷ついた心をホッと温めてくれると同時に希望を持たせてくれる。

 右目を失い、絶望に打ちひしがれて死ぬなんて間違っていた。もしも、そのまま死んでいたら今、屋上でこうして歩美と会話している私はない。歩美は私の命の恩人だ。歩美が私に希望の光を明るく照らして教えてくれたんだ。


 その後、私達は二人で教室でお昼を食べた後、私は午後の体育の授業にも胸を張って取り組んだ。体育の授業は体育館での跳び箱。今日はそのテストの日だった。幸い、跳び箱は結構飛べる。

 私はどんどん高くなる跳び箱に対して、怯まずに突っ込んでいった。


 これから先は……色々辛い事や大変な事もあるだろうけども、歩美に助けられながらになるけども、頑張ってみようと私は心に誓った。

 同時に私も歩美の力になってあげる事も。今回のような暴力沙汰はもう絶対にしない。でも、これまで通り私も歩美を助けていこうと思った。

 そして、叔母さん、お義父さん……ごめんなさい。もう少しで私は道を踏み外す所だった。私まで死んじゃったら……お父さんやお母さんにも顔向け出来ないよね……?


 私達の二人三脚の日々は、たとえ右目を失っても、これからも続きそうだ。

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