第11話 疾風の彩音
あの日曜日から3日が経った。
夏休みも月曜終了と同時に始まった。今は水曜日。
僕はあの日以来、自分の本当にやりたい事を探し求め始めた。
出版業界に就職するなら具体的にどんな事がしたいのか?
そもそも僕は何がしたかったのか?
それすらハッキリしていなかった事を日曜にアレクさんに言われて痛感した。
そう、頭の中では目的が分かっているようで、実は分かっていなかったんだろう。
大学で勉強していて出版業界への憧れとか夢とか理想とか・・・・
積み重ねて、自分なりに築いてきたものがこんなにも脆いものなんて思ってもいなかった。
アレクさんの言う通り、完全に酔いしれていた。
夢や理想もいっぺんに一括りにした"憧れ"という薄っぺらいものに・・・
まさしく見掛け倒しの憧れだ。完成しているようでしてなかった武器を装備したまま、
僕はこれまで30社もの企業の面接と戦っていた事になる。
急に僕の中で壮絶な焦りがこみあげてきた気分だ。
あれから3日。求人をもう一度探して就職サイトで見てみるが、
受けようと思う求人がなかなか見つからない。
雑誌の企画、編集、出版・・・・
あと、わりと出版業界に近い会社の一般事務とか色々あるけど、
どれが僕に合っているのか考えてみると急に分からなくなった。
同時にこれまで自分の中で勝手に一人歩きしていた薄っぺらいものに、
僕はずっと惑わされていた事を痛感した。
これまでたくさん会社を受けてきたが所詮、僕がここまでやってきた事は
知を持たない本能のままに肉を食らう獣と同然だった。
出版業界ならば、自分に合う所ならばどこだっていい。
そういういい加減で目的もビジョンも明確じゃない考えを抱いていたせいで・・・・
僕は内定から遠のいていたのだろう。
そんなこんなで夕日が落ち始める大学の帰り。
僕はちょっと、新秋葉原のA-1にある本屋に向かっていた。
夏休みに入ったが、大学では高校とかと違って
やらないといけない事が色々とあるんだ・・・・
卒論と就活。どちらも大変だが、卒業しないと話にならない。
そう、仮に単位を落として留年すれば就活も卒論も共倒れになってしまう。
賑やかで人が行き交う街の中を僕は進む。
それはこの前、行ったゲーセンとは反対方向にある。
ビルが建ち並ぶ街中にある全9階の大きな本屋だ。
中も広々としていて、本棚や台にたくさんの本がある。
階段かエレベーターでフロアを上る形式だ。
漫画とか小説は勿論、受験の参考書や実用書、偉い人の本など
ここに行けばありとあらゆる新品の本が見つかる場所の一つでもある。
他にもこういう本屋はいくつかあるが、駅から近い大きな本屋はここだけだ。
さて、僕がここに来たのも実はとてもいい加減な理由だったりする。
ありとあらゆる情報が本の中に眠っているこの場所。
今日は時間がある。このまま帰る気もしないので、ちょっと本屋を物色する事にする。
何かこの進む先が分からない状況を何とか出来る発見があるかもしれない・・・・
こうして見ると、僕は本当に夢に惑わされていたのかもしれないな・・・
とりあえず・・・・出版業界関係の本やビジネス系の本とか・・・・
色々見て回ってみるか・・・・
横断歩道を渡り、僕はそのすぐそばに建つビルの自動ドアをくぐった。
「ん?」
入ったその場所はコミック・小説フロア。
広大なフロアにたくさんの本棚が並び、近頃の大ヒット作品やアニメ化が
決まった作品のポスターもたくさん壁に貼られている。
台にもたくさんの漫画、ラノベ、小説、アニメ雑誌などが並べられている。
制服姿の学生もいるが、普段着姿の学生や普通の大人も行き交っている。
そんなフロアの本棚の一角で一人、見覚えのある人間の後ろ姿を僕は見つけた。
腰までとどく長くて綺麗な桜色のピンク髪にジーンズ姿、
黄色いTシャツを着ている女子。
それはユヒナだった。ゲーセンで会ったあの女子だ。
ユヒナは立ち止まり、目の前の本棚に並んで置いてある漫画を見ている。
・・・・・せっかくだ。ちょっと声をかけてみるか。
「よー、ユヒナ」
「あっ、境輔!」
声をかけてみるとユヒナは驚きながらも嬉しそうにこちらを向き、微笑んだ。
「境輔もここで買い物?」
「いや、ちょっとすぐに帰る気しないから寄っただけだ。
ユヒナはなにしてるんだ?」
「ええとね、疾風の彩音の新しい単行本を
探してるんだけど見つからないの・・・」
ユヒナは困った顔を浮かべた。途端に懐かしい名前が飛び込んできた。
「ああ、"ハヤネ"か~。懐かしいなあ」
疾風の彩音。疾風は「はやて」とも読めるから略称はハヤネ。
才色兼備な生徒会長、桜島彩音が剣道を通して学校内で
次々と起こる問題を解決し、時に迫り来る悪と戦うバトルモノ学園ラブコメ漫画である。
僕が中学の時からある漫画で、連載開始は2024年12月。
僕も中学2年の時に読んでいて高校2年の春に深夜枠でアニメ化もされたので毎週観ていた。
僕がこの漫画を知ったきっかけはコンビニにあった週刊少年リイデーの表紙で、
そこに描かれていた黒い制服姿にピンク色の髪で剣を持った彩音の
凛々しいイラストを見て惹き込まれたから。
それから毎週立ち読みで読んだりするのが習慣化したなあ・・・単行本も買った。
今思えば懐かしいなあ。まさかユヒナもこれ好きなのか?
タカシが未だに読んでるから続いているのは知っていたが・・・・
そういえば、今のハヤネはどうなってるんだろうなあ・・・・
「境輔、ハヤネを知ってるの?」
「ああ。中学の時に読んでいて高校まで読んでた。
でも受験とかで忙しくなって自然と離れてしまった・・・
大学に進学してからもそれっきりだ。懐かしい限りだよ」
「そうなんだ・・・私もね、これ好きな漫画なの!」
ユヒナはそう言って嬉しそうに微笑んだ。
「ねえ、私これから別のお店に行くんだけど境輔はどうする?」
そうだな・・・・別にこの本屋に来たのは買い物のためじゃない。
帰る気がせず、この状況を打開出来る何かが見つかればと思ってここに来た。
せっかくだし、ユヒナに付き合ってみるか。
「なあ、僕も着いてきていいか?今のハヤネさっぱりだが、探すの手伝うよ」
「本当?ありがとう!じゃあ、一緒にここから近くの本屋に行きましょ」
ユヒナはとても嬉しそうだ。
共通の趣味を持つ同志を見つける事が出来るのは誰だって嬉しいだろう。
僕は小走りするユヒナを追いかけながら本屋を出た。
そして、僕とユヒナは一緒に歩いて別の本屋を目指す。
ひとまず、中心とも言うべき新秋葉原駅の方へ歩いて行くようだ。
あちらにも小さいけど別の本屋があったな・・・・
「なあ、ユヒナ。僕はハヤネに関しては、彩音が
風間に好意を抱いて告白を考える所で止まってる・・・」
風間浩介。生徒会副会長であり、彩音の幼馴染。
彩音と風間は小学校が同じであったが中学で離れ離れになり、
そして舞台となる高校で再会する事になる。
物語の当初はとてもだらしなく、副会長も彩音に頼まれてやらされていたにすぎなかったが、
不良グループのボスである吉岡の剛拳から彩音を庇ったり、
彩音がインフルエンザに倒れた際は会長を代行した。
つれない態度をとるキャラだが、根は優しく、
彩音を何だかんだでフォローする欠かせない存在だ。
「今の状況はどうなってるんだ?軽くでいいから教えてくれないか?
僕は19巻までしか読んでないんだ」
懐かしさから、今のハヤネがどうなってるのか気になった僕は
そのままにユヒナに現状について尋ねた。
しかし、この時予想もしない答えがユヒナから返ってきた。
「彩音は第21巻で浩介に告白して結ばれたよ。
で、その後なんだけど、高校卒業後に一緒の大学に進学して、
それで結婚して・・・子供が産まれたの」
「はあっ!????いやいやいやいや、ちょっと待てよオイ!!
進学までは普通だが、結婚して子供まで出来たのかよ!??」
当たり前のように、ごく自然にその模様を語るユヒナ。
だが語られたとてもギャップがある内容に僕はとにかく驚愕し、ツッコんだ。
「うん。女の子が産まれて、彩香ってつけられたの」
ユヒナは驚く僕に反して、ごく自然に頷いた。
マジかよ・・・・飛躍しすぎだろ・・・・・どうしてそうなった・・・?
そもそも懐かしき学園ラブコメものはどこいった・・・・?
ここからユヒナの口調が途端に静かで寂しいものへと変化していく。
「でも、しばらくして彩音が謎の黒服集団に誘拐されてしまって、
浩介は彩香を連れ戻しに行くんだけど・・・・」
「その謎の黒服集団は大金持ちの十川家。
実は彩音は桜島家の子供じゃなくて、十川家の子供だったの」
「ちょっと待てよ・・・・そんな伏線あったか?」
「いや、私も何回も読み返したけどそういうのはなかった」ユヒナは首を横に振った。
「本当に突然だったの・・・・自分の出生の秘密を知った彩音は
浩介に離婚を宣言して、十川家の人間として生きる事を決めたの・・・・
十川彩音として・・・同時にそれまでの桜島彩音は死んだとも言ったの」
どうやらユヒナの深刻な顔から察するに、
彩音が十川家の人間である事はホントに予想も出来ない事だったようだ。
マジかよ・・・・信じられない話だな・・・・・
十川彩音・・・・それが本当の名前か・・・
彩音は多少強引な所はあるがとても真面目なキャラだ。
年上の人や他人の言葉は素直に聞き入れる事も多かった。
だからたとえ突然現れた十川家に自分の出生の秘密を伝えられたとしても、
自分の運命として受け入れられたのだと考えれば納得がいく。
驚いたな。まさかこんな展開になっているなんて・・・
「それで、今は浩介と彩音が争ってる所。浩介は彩音を取り戻すため、
彩音は十川家の人間として浩介と戦っているの」
「まるでドロドロな昼ドラみてえな話になっちまったな・・・・
産まれてきた子供の気持ちも考えずに喧嘩かよ・・・・」
愕然とした僕にはそれしか言葉に出なかった。
だいたい十川家とはなんだ??僕の読んでた頃は全く出てこなかった名前だ。
彩音の母親、父親との関係も良好に描かれていた。
それはしっかり血の繋がる親子の関係同然だった。
なのにどうして、伏線もなくいきなり彩音が違う家系の子供だと
分かってしまう展開になってしまったのだろうか。
彩音が拾われた子供という回想シーンはどこにもなかったぞ・・・・?
無論、アニメ化された部分は当然こんなドロドロ昼ドラものじゃない。
笑いあり、バトルあり、恋愛もある青春を描いた紛れもない学園モノ漫画の部分だ。
昔を知ってる者からしたら、残念な展開だな・・・・
タカシもよく読み続けられるものだ。
「なあ、ユヒナ。お前は全部読んでるんだろ?この展開どう思う?
正直、僕は昔の学園モノの方が好きなんだが・・・・」
勿論、僕は最近の彩音を読んでおらず、今さっきユヒナから聞いたばかりなので
たとえ最近の彩音に良い所があったとしてもこういう懐古な評価しか出せない。
「私もそうだよ。高校編終わった後の大学編も凄く面白かったんだけど、
楽しかったのはそこまでかな・・・・でもね、
彩音と浩介は幸せになって欲しいから読み続けられるんだと思う」
「それに、私も彩音の事が好きだから。応援したくなっちゃうんだ。
浩介も頑張って欲しいけど・・・二人とも幸せになって欲しい」
そうだな・・・・今は昼ドラみたいな展開になってるけど、
要はどうにかして和解すれば、ハッピーエンドの道も見えてくるか。
そういえば、ユヒナと彩音は髪型が似ている。
束ねていない長い髪もそうだが、髪の色も桜色のピンク色だ。
細い華奢な身体で胸のサイズはユヒナも彩音も同等だ。大きい。
歩きながら話していると新秋葉原の駅の近くまでやってきた。
目の前の道を次の曲がり角で左に曲がれば、その駅がある。
歩道横の道路を行き交うたくさんの車。
歩道でも僕とユヒナ以外にも人が行き交う。
今歩いてる歩道を真っ直ぐに歩きながら、
途中で正面に見えてきた横断歩道で道路の上を渡る。
「ん?」
横断歩道を渡っているとその先では何やら騒ぎが起こっていた。
大きなビルの入口前のカフェ。駅前のカフェだ。
既に見物をしている野次馬が何人かいる。
「なんだろう?」ユヒナもその光景に気づいた。
「なんだろな?」僕達は騒ぎが気になり少しだけ足を早め、横断歩道を渡り切る。
そこにいたのは三人組の男と一人の・・・・あれは!
僕は三人組の男と何やら対立している人が誰か分かる。
白に水色のラインが入った半袖の裾が長いコートを着ており、背も高めの女性。
髪は後ろ髪が左右に飛んでいるショートヘアーの黒髪で目はまるで
トルコ石のように透き通った水色の瞳をしている。
その女性のコートは胴体だけを包み、肩から手は露出している。
両腕には白に水色のラインが入ったリングをし、両手もその色の手袋で覆われている。
あれはいずみ島オーシャンシーガルスのトップ・・・団長だ。
名前は阪上美景。
身長も僕より少し低い程度だが、女性では高めだ。
阪上さんと対峙する三人組の男。見た目はカジュアルなスーツ姿だ。
ネクタイをしておらず、ジャケットを着ていない。ワイシャツにズボン姿。
普通のサラリーマンの姿で、真ん中のリーダー格は知的なメガネをかけている。
彼の右手には白色のメガホンが握られていた。
左右の二人はそれぞれが上に赤いワイシャツと黒いワイシャツを着ており、白ズボン姿。
二人ともオールバックで強面な顔をしている。赤い方は黒いサングラスをかけていて、髪もオレンジ色に染めている。
「このいずみ島でそういう過激な思想を広める活動は禁止されているんだけど・・・
あなた達、それを承知でこの島に上がり込んできたの?」
右手を腰にあて、三人組の男達にそう言って啖呵を切る阪上さん。
「私は樫木麻彩さんの意志を伝えるためにこの島にやってきただけだ」
三人組のうち、真ん中のリーダー格が静かに反論するとこう続ける。
「樫木麻彩さんはあの時言っていた。声をあげて欲しいと。
あなた、学校で生徒が自殺する事件が起こり続けるこの世の中で
この悲劇を伝える活動を妨げるというのですか?」
「私は正義のために活動しているんだ。邪魔しないで欲しい」
正義のための活動ねえ・・・・樫木の影響を受けての行動のようだが
簡単にはやめるつもりはなさそうだ。
「そうじゃなくて・・・・あなた達がやってる事は明らかに争いを助長しているのよ。
学生が自殺する事は確かに悲しい事実だわ。
でも暴力を助長して、復讐で解決しても・・・何にもならないでしょうが!!」
怯まず、強く出る阪上さん。阪上さんといがみ合う三人組の男達。
どうやら男達は悲劇を伝える活動と主張しているが、中身は暴力を助長するものらしい。
樫木事件から早3ヶ月。
体制がすっかり腐敗しきっている事が明るみになった教育統制委員会。
そしていじめによって生徒が自殺する悲劇が繰り返されていた事が公となり、
殺人を犯す事で世の中に復讐を訴えた樫木の主張を正しいと考え、
演説やデモといった呼びかけを起こす者が後を絶たない。
その中には樫木の影響を受け、良い会社に就職してるのに
昔いじめられた恨みを晴らすとかそういう理由で、
かつての同級生を直接手にかけるなどの過激派もいるほどだ。
この島でも、最近はああいう連中を見かけるようになった。迷惑な話だ。
学生が人を殺したとかそういう話は聞いてはいないが、ああいう大人は
この島で演説やデモを呼びかけようとしてはシーガルスに止められている。
他にもただのティッシュ配りと見せかけて、
その中には「レッツいじめ撲滅!!」と書かれた紙が入っていたりする。
他にも教育統制委員会への批判や樫木を逮捕したJGBへの批判が
書かれたティッシュやビラが配られた事もあった。
樫木支持層にとっては学生が多いこの島はいじめ批判をする上で絶好の場所であるようだ。
が、過激な思想を広める活動が事件の火種になる可能性は0%ではない。
現に樫木の影響を受けた者が既に事件を起こしている。
シーガルスが止めるのも当然だろう。
阪上さんは続ける。
「いじめ問題は確かに深刻よ。それをきちんと向き合わず、
隠蔽したりとかするからあんな事になった。でも、教育の勉強して
先生になるとか・・・社会貢献の仕方は他にもあるでしょう?」
男三人組に必死に説得を行う阪上さん。しかし、男達は動じない。
リーダー格の男もその言葉を無視し、首を横に振って反論する。
「いや、復讐は必要だろう。この腐った教育体制のせいで何人もの生徒はいじめられ、自殺してきた。
だからこそ声をあげ、今こそ復讐して彼らの無念を晴らし、
教育統制委員会による腐った体制を崩壊させなければならない」
「革命の時なんだ!邪魔をするな」男は拳を突き上げた。
「だから、そこが問題なの!!樫木の影響を受けるだけでなく、
あなた達が声をあげて復讐だとか、暴力を叫ぶ事も相まって、
いじめられた側が殺人を犯す事件がいくつも起こってるじゃない!!」
「自分達がしてる事が・・・・争いを助長してるって事が分からないの?」
怒りで阪上さんの声が大きくなる。
さすがは日々、この島の安全と平和のために動いている団長だ。
相手の主張に怯まず、ハッキリと正論を強く唱えてくれている。
「待って!!」
「え!?」
気がついたらユヒナは近づき、両者の間に割って入っていた。
「ユヒナちゃん・・・!」阪上さんは驚いた様子でユヒナの名前を呟く。
どうやら彼女を知っているようだ。
「なんですか?あなたは。我々の邪魔をしないでもらいたい」
三人組は特に驚く事もなくユヒナの方に注目した。
ユヒナは三人組の方を強い目で見た。
「ねえ、あなた達がやってる事ってこの島のルールを破ってまでやる事なの?
美景さんはこの島では過激な思想を広める活動しちゃいけないって言ってるのに・・・
そうまでしてやらないといけない事なの??」
三人組に強い目で訴えかけるユヒナ。
「自分達が正しいと思ってる事をルールを破ってまでやる事はただの迷惑よ。
あなた達は人に迷惑をかけたくてこの島にやってきたの?」
「それならば・・・・今すぐ帰って!!!あなた達のしてる事は立派な迷惑なの!!!」
「ふっ、迷惑ねえ・・・・・」クスッと笑うリーダー格の男。
「ああ、そうだよ。我々は迷惑をかけるためにここにいるんだよ」
「・・・・・・・!」ユヒナは男達を強く睨みつけながらも目を丸くした。
「このメガホンを使ってこの場所で演説していたのも、
全て樫木麻彩さんの意志を汲んでの行動だ」
リーダー格の男は自分のメガホンを持ち上げて指差してユヒナに見せた。
「教育統制委員会が腐敗し、学校でのいじめ問題が浮き彫りとなった今、
我々のような人間が立ち上がらなければならない。このままではまた、
学校でいじめが原因で学生が死ぬぞ?学校での不祥事の隠蔽が起きるぞ?それでいいのか?」
・・・・確かに男が言う事も一理ある。
だが・・・・それでもルール破ってまで演説していい理由にはならないだろう。
ユヒナも阪上さんもそれに対して反論する言葉が見当たらないのか、
言葉を出さずに唇を噛み、真っ直ぐに二人並んで男と対峙する。
「・・・・・・何も無しか。今日の所はこれ以上言っても
議論が決着しそうにないので、仕掛けた私から退いておいてやる」
「私の名前は隠善。
今日は勘弁してやるが、またここで演説をするつもりだ。覚悟しておけよ」
そう言い残して、隠善と名乗る男は赤と黒ワイシャツの男二人を連れて去っていった。
その瞬間、周りの野次馬達も帰っていく隠善らをずっと見る者もいれば、散らばっていく者に分かれた。
「そういえば、ユヒナちゃん。なんでここに?」
阪上さんが隣にいるユヒナに尋ねた。
「たまたま通りかかっただけ。漫画を買いに行く途中だったんだ。境輔と一緒に」
ユヒナはそう言って、僕の方を見た。
「ふーん。あなた、いずみ大の学生だよね?この娘と一体どういう関係?」
「ゲーセンで・・・一緒にゲームした縁で知り合った感じです」
シーガルス団長である阪上さんに関係を問われ、
緊張してちょっと照れくさくなった僕は自分の後頭部を右手でさすりながら答えた。
実は僕は阪上さんとは姿は見た事はあっても
直接会話を交わした事はこれまで一度もない。
「へえ~、ゲーセンで関係持つなんて、二人とも青春してるねえ~」
阪上さんから感心の目で見られる僕とユヒナ。
「ちょ、別にそういう関係じゃないよ、美景さん!!
ねえ、境輔もなんか言ってよ!!」
「そ、そうだよなあ!!
やだなあ、僕とユヒナはそういう関係じゃないですよ。阪上さん」
ユヒナもとても照れ隠し出来ないほど顔が赤くなっていた。
「冗談、冗談だって。本気にしないでよ。フフッ」
右手を上下に振り、イタズラに笑う阪上さん。
「と、それはともかくして・・・」急にキリっと真面目な顔に切り替える阪上さん。
「最近、ここら辺でさっきのような過激な反いじめ活動を行う人がよく出てきてるわ。
シーガルスとしても、理事会としても、島でああいう活動をされたらそれに影響を受けて、
事件を起こす人が出るかもしれないと考えている。見つけたらすぐに通報してね!」
「さっきの隠善という男・・・3日前もここで演説してたみたいだから注意が必要だわ。
その時は団員が発見して追い出したんだけど、最近はヤクザみたいなのもいるし、油断出来ないわ」
「さっきの連れの二人組とかガラが悪そうでしたね」
僕の目にもよく映ったボディーガードの二人組。
あの二人はヤクザっぽかったな・・・・派手なワイシャツの色からしても。
「そう、だから気をつけて。
特にあなた・・・・ええと、名前は?あと、どっち大?」
いきなりなんだっけ?と言わんばかりに訊いてきた阪上さんを見て、
思わず、デーーーン!!!!!とズッコケそうになった。
「僕は森岡境輔といいます。いずみ大学第一校です」
「森岡くんね。私は阪上美景。シーガルスの団長よ」
「ユヒナとは知り合いなんですか?」
「まぁね。近所付き合いって言った所かな。結構会うのよ」
マンションやアパートが多いこの島では、近所付き合いは珍しくない方だ。
その様子だとユヒナの近くに住んでいるらしい。
「ねえ、境輔。騒ぎは収まったみたいだし、そろそろ本屋に行こ!」
「おっと、そうだな。じゃあ阪上さん、また」
「またね、美景さん!」
「おう、またね。森岡くん、ユヒナちゃん!」
手を挙げてこちらを見送る阪上さんを尻目にその場を後にする。
再び本屋に向けて歩き出した。目指す方向は新秋葉原駅だ。
そういえば、ユヒナが目指しているのは駅前の本屋だろうか。
西口がある左手の道を通り過ぎたぞ・・・・?
普段、ゲーセン行ったり最寄りのファミレスに行く際に通る西口の方じゃなくて、
東口側のパン屋とかコンビニが並んでるあの場所・・・・
あそこはさっきの場所より格段に小さいが、漫画とか小説は最近の物は結構置いてるんだよなあ。
ありゃ?でもそれならモノレールや地下鉄から降りた時にそこで買えばいいのに・・・・
なぜ、わざわざその本屋をスルーしてさっきの本屋に来ていた?
「なあ、ユヒナ。もしかしてこれから行く本屋は東口の駅前のか?」
「そうだよ。なに?おかしい?」ユヒナは疑問にも思っていない。
「いや、元々本を買いに来たならば、さっきの本屋に行かず、
駅前でそのまま買えば良かったんじゃないかって・・・思っただけだ」
「あ、そっか!!!ごめん!!!忘れてたよ!!!」
「忘れてたのかよ!!!」
突然、はっ!と目を丸くしたユヒナに思わず、僕はそのままツッコんだ。
東口の本屋の情報が頭のどこかに行ってしまっていたんだろうか。うっかりだなあ。
そして・・・・・僕らはそのまま東口の駅前の本屋に向かった。
小さいパン屋やコンビニが並ぶ小さい所にその本屋はこじんまりに存在する。
更に言うと漫画や小説が売ってるスペースもとても小さい。
そこに・・・・・・
「あった!!」入店するとすぐユヒナが目の前の物に反応する。
すぐそこには漫画のコーナーがあり、そこにはユヒナが探し求めていた
疾風の彩音の単行本が小さいスペースに他の漫画に混じって並べられていた。
新しい本ならば、こういう駅前とかの方が見つかりやすいだろう。
暇つぶしのために最新の本を随時置いている事が殆どだからだ。
ユヒナはすかさず、その本を手にとった。
だが、その単行本の巻数を見て、僕は内心驚いた。
第34巻か・・・・その巻数は僕が読むの
やめてからかなりの時間を感じさせる。
表紙は・・・・彩音が描かれている。
黒いスーツの格好をして、重苦しく複雑な表情を浮かべている。
本当に・・・・これだけ見ると僕が離れて15巻の間で
一体何があったんだかと思ってしまう・・・・・
また、時の流れの重さもズッシリと来る。
「境輔、行こ!!」
気がついたら会計を済ませたユヒナが子供のような幸せの笑みを浮かべていた。
きっと目的の本が見つかって嬉しいのだろう。
「ああ」
僕は返事をするとユヒナは店を出た。
* * *
一方、その頃。隠善と二人組の男は新秋葉原の街を歩いていた。茜色の夕日が眩しい。
そんな中、付き従っている赤いワイシャツの男が歩きながらどこかに小声でスマホを使って電話をかけている。
「・・・・ああ、シノギの最中に出てきた。例の理事会の・・・・」
「・・・・・いた。・・・・・これは・・・・あの女に・・・・チャンスだ。
・・・・組長に報告だ。分かったな?」
「それと・・・・相手は見た所・・・・だ。忘れるなよ」
見えない場所で動き出す何か。
そして茜色の空を舞う小さな黒い翼。
何かが・・・始まろうとしていた・・・




