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ソルジャーズ・スカイスクレーパー  作者: オウサキ・セファー
第三章 プレゼンス・サード -航路の行方-
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第9話 真夏の図書館にて

ゲーセンでユヒナやハインと出会った日から二日後。

今日は夏休み前の最後の日曜日。明日を終えれば晴れて夏休み突入となる。

いずみ島の夏休みは中学校、高校、大学によってそれぞれ異なる。

僕の通ういずみ大学第一校は明日で夏休みだ。


さて、そんな日曜日。タカシとコージは朝早くから、部屋から姿を消していた。

パジャマから私服に着替えた後、ランプが紫色で光っていたスマホを

チェックすると一通メールが残されている事に気づく。

タカシからだ。そこにはこう書かれていた。


-------------------------


キョウ、目が覚めたか?

俺達は今日は早朝から高濱や坂野と一緒に

湘南の茅ヶ崎行くから留守番よろしくな~。

土産は買ってきてやっからよ。


タカシ


-------------------------


そのメールを見た途端、僕は「は?」と一瞬固まった。

ようやく現状を把握すると僕はテーブルに左手の拳をドン!と置いた。


く~っ、羨ましい・・・勝ち組カルテットめ~・・・・

こんな時に4人揃って茅ヶ崎なんか行きやがって・・・・


やっぱり僕は蚊帳の外だ!!

黙って行くんじゃなくてせめて誘ってはくれよと言いたい。


朝食にトーストと目玉焼きでも食べるか・・・・


苛立ちながらもキッチンにてトーストをレンジに入れ、

フライパンの上で卵を割り、目玉焼きを焼く。

部屋での朝食はだいたいトーストと目玉焼きだ。

地下の食堂でご飯や味噌汁、鮭などの和食を食べる事もある。その時の気分次第だ。


それにしても湘南の茅ヶ崎か・・・・この島はお台場のすぐ近くにある。


この島から茅ヶ崎までとなると電車でも相当な移動距離になるだろう。

まず新秋葉原駅を出た後に次の新木場で降りるのは当たり前だろう。

新木場はお台場の街だけでなく品川や東京とか大井町とかあちら方面にも繋がる線がある。


この時期は湘南の海にはたくさんの観光客や家族連れで賑わっているだろう。

電車も凄い混みそうだ。早めに出たのはそういう客を避けるためだろうか。



トーストと目玉焼きを焼き終わり、食べながらコーヒーを飲んでる際に

さっきのタカシのメールを再度確認してみると受信時刻が午前の5時59分だった。現在の時刻は9時10分。

相当早く出たみたいだ。始発列車を狙って家族連れなどが押し寄せる前に海を楽しむという魂胆だろうか。

今頃は真夏のビーチを満喫しているだろう。


因みに僕は昨日は夕方から蕎麦屋でバイトしていた。なので尚更ビックリだ。

だがだが・・・・振り返ってみれば昨日はやたら二人とも寝るのが早かったような気がした。


現に僕がバイトから帰ってきた10時にはとっくに二人はパジャマを着て寝支度をしていた。


くっ、そういうことか・・・・記憶が蘇った僕は左手を額に当てた。

何かあるような気はしていたが、パジャマ着て自分の部屋でスマホなり

ゲームなりするのはよくある事だ。


そう適当に決めつけてさっさとシャワールームに向かった僕がバカだったみたいだ。


食べたら部屋にいてもする事ないし、近くの図書館にでも行こう。やる事がある。



マンションを出て筆記用具やノートが入った黒のカバンを引っさげ、

しばらくアパートやマンション、時々お店が建つ住宅街を歩いていく。


空は真っ青。灼熱の太陽があたりを照りつけ、部屋から出た時点でサウナのように暑い。

時折海風が吹いてくるので幾分かは軽減されるが、それでも炎天下の夏である事は変わりない。

3階建てや5階建ての小さいアパートも建ち並ぶ住宅街を歩いていく。


大きなマンションの中には入口付近に、マンションの一部として

小さいコンビニや小さい病院などがある場所もある。

マンションの入口横に店舗があり、上の階が住居になってるアレみたいな感じだ。


無論、中には建物内のエントランスホールに店舗があるとこもある。

僕が住むマンション、カルミアの地下に食堂があるように、

建物によってその中に存在する施設は異なる。逆に全くない場所もある。

特に小さい3階建てのアパートとかだ。


だがルームメイトと同じようにマンションも自由に決める事は出来ない。

現に、僕はタカシやコージとは建物は同じでも部屋は別々になった事もある。

部屋を変えたい場合もそもそも、その時その時の部屋の空いてる状況に左右する。

空いていなければ、住む建物を変える事も出来ない。


同時期に部屋を変えたいと自ら希望して部屋が競合した場合、

1分でも1秒でも先に手を挙げた方に引越し権利が与えられる。

だがその自ら手を挙げて希望した引越しの場合、

指定された一定期間に荷物の輸送の準備等を終えて理事会に報告しなければ

そもそも与えられた引越し権利自体が無効になってしまう。


その一定期間とは経験した昔の友人曰く、最長で2週間と言われたそうだ。

だが、中学から高校への学年の進級など自然に起こる引越しや

学校や理事会から部屋の移動を命じられた時などはその限りではない。

その場合、そもそも引越し権利ではないからだ。

向こうに言われたから部屋を移るのであって。



この島では現在いる居住区エリアのT-2、中学エリアのT-6、高校エリアのT-4、

大学エリアのT-1、理事会本部があるT-3にそれぞれ大きな図書館がある。


僕が今、歩いて向かっている先はT-2の図書館。

住宅街を歩いていると早速見えてきた。


全5階で長方形型で広く作られたその建物は様々な本の宝庫である。

広い敷地で芝生や木がちょうどよく植えられていて景観もいい。


それにしても今日は暑い・・・

入口に自動販売機があるからペットボトルでも買って散策するとしよう。

因みに、ペットボトルを飲みながら本を読むのは禁止行為だ。


専門学校生が住んでいるアパートやマンションもある地区にあるこのT-2図書館では

その道の本はこの時期に探そうと思うとかなり早い段階で借りられている事が多い。


なぜなら夏休みの宿題でレポートの作成や課題のために大量に貸りる学生が多いからだ。

特に数学や物理の本などは中学生や高校生も参戦しての争奪戦となる。


本を探していずみ島の各地の図書館を転々とするのは誰もが通る道だ。

実際、僕も過去にそういう事があった。


入口前の屋根下の自動販売機でスポーツドリンクが入った

ペットボトルを一つ買い、僕は自動ドアをくぐった。



僕がここに来た理由は一つ。卒論のための情報収集。

就活で苦戦している僕だが、卒論もやっていかなければならない。


去年までいた先輩の情報から、何かしらの社会問題や時事問題を

テーマに卒論をやる事は濃厚・・・というかほぼ確定だ。


その論文の骨組みをここで資料見漁って整えていければと思っている。

正直、こういう事件や社会問題は大抵は僕にとってはどうでもいい。

が、そもそもやらなければ内定取っても卒業出来ない。

だから、だるい気持ちを仕方なく押し殺してでもやるしかない。


僕はそう意気込んで静寂に満ちた清潔な図書館の奥へと歩いて行った。



・・・・・・・・。



・・・・・・・・・・・・・・・。



気がつくと本を漁り始めてもうすぐ50分になろうとしていた。

だが、そんな事はいい・・・・・それよりも・・・・



一向にどれをテーマにしようかが決まらない。 



候補は絞れている。

「就職難民問題」「中東の貧困問題」「少年犯罪問題」


そして・・・記憶に新しい3ヶ月前に起こった「樫木事件」だ。


「就職難民問題」は僕自身が今現在、就職に苦しんでいるのもあるので

気持ち的にもちょうど良いのではないかという考えだ。


「中東の貧困問題」。現在中東はテロリストや武装集団、

アメリカ軍とかがドンパチやってる裏で貧困や難民が問題となっている。

ニュースでもよく取り上げられるため、調べやすいのではないかという事で候補に。


「少年犯罪問題」は未だに議論されている少年法や繰り返される出所後の再犯、

また、引き金にもなる家庭問題などこれも題材に出来るものは多くある。


「樫木事件」は・・・・これは少年犯罪と絡めて題材に出来ないかという考えでの候補だ。

が、今年起こった事件ゆえに卒論としてより一層、力を入れて書かなければならないだろう。

就活で苦労してるので手頃なこのテーマにしたという魂胆がバレればタダではすまない。


さて、どうするか・・・・僕は本棚の前で考えこみながらも

そっとペットボトルで水分をとり、再び本棚を見て回った。


「樫木事件」は3ヵ月前に起こったばかりなので関連書籍というものはない。

調べるとなるとこの図書館に保管されている最近の新聞を見るかインターネットが主となるだろう。


・・・・そうだ。この事件についてはどれぐらいの記事があるのだろう。

地下の新聞部屋に行って全体を把握してみるか。


僕は2階から階段を下り、1階の階段を下りきるとその部屋を目指した。

そう、実はこの図書館には地下が存在する。


1階にあるたくさんの本棚がある奥にひっそりと階段がある。

その先にある部屋。その名も新聞部屋。


わざわざ階段が離れた位置、しかも1階の奥に位置する事から

夜に新聞に憑いた残留思念が実体化した幽霊が出るという噂もある。


実際、暗くなれば不気味な場所にある事は確かだ。

が、そういうのは所詮、部屋の位置ゆえに作られたデタラメだ。


この新聞部屋は10年以内の新聞ならば全て置いてある。

大昔の新聞を見るには国が経営する図書館に行く必要があるが、

10年以内の新聞ならばここで全て見る事が可能だ。


つまり、今年は僕がこの島に来たばかりの頃の新聞が一番古く、

また今年中に処分されるという計算になる。

僕もここには調べ物の際に何度か足を運んだ事はあるが、来た回数はそこまで多くはない。


今の時代、紙の電子化によって新聞も端末で見たりする形式を導入してる図書館もあるが、

ここは実際の本物の新聞を手に取って読む事が出来る。


僕は早速地下の階段を下り、その先の扉をくぐり、足を踏み入れた。

中はとても静かで電気がついていて決して暗くはない。


「いらっしゃいませぇー」と左側の部屋の隅のカウンターの椅子に座っている

老齢の男の図書館の職員に挨拶される。


右側にはその目当ての新聞部屋がある。ガラスで出来た扉で閉ざされている。

ここでは新聞を借りる事は出来ないが、印刷やスキャンは出来る。

そのため、この部屋にはコピー機がある。


僕はそのまま右手の扉を開けて、10年分の新聞が眠る部屋へと入った。

中もたくさんの本棚があり、新聞はファイリングされて丁寧に入れられている。


ファイリングされた新聞が並ぶ新聞部屋は静かで僕以外の人の気配もない。

新聞を読むスペースである入ってすぐにあるテーブルとクッション椅子には誰も座っていない。

また、地下もあってか地上よりも冷房の風が冷たく感じた。


本棚や張り紙を見て、僕は2034年の新聞がある本棚を探す。

すると、そこには既に先客が来ていた。


たった一人の先客だった。

青く長いスカートと襟、白いセーラー服を着た一人の女子だった。


セーラー服の時点で中学生だろう。

茶色い長髪で丸いメガネをかけている。


女子は2034年の新聞がある本棚からファイルを漁っては取って閲覧している。


すると女子もこちらの存在に気づいたのか、僕の方を向くと

少し頭を下げるように会釈をしたので僕も軽く会釈する。


僕もその隣で「樫木事件」の記事を捜して2034年の新聞を観始める。

すると、僕は真っ先にある事に気づいた。

事件が起こり始めた3月の新聞のファイルがない事に。


仕方ないので4月からのファイルを見る事にする。


この事件を引き起こした犯人である樫木麻彩。

彼は4月19日の水曜日に船橋のビルにてJGBと警視庁によって逮捕されている。

しかし、それまでは殆ど尻尾を掴まれる事なく粛清という名の殺人を繰り返している。


なのでその日にち以前は得体の知れない連続殺人犯という感じで書かれている。

ただ逮捕されて以降は彼の生い立ちや一連の事件を分析した内容、

及びこの事件が起こった事による世間への影響や樫木の演説に感化された

樫木支持層の暴走によって起こった事件についても書かれている。


僕は19日を軸として4月の新聞がファイリングされたファイルをどんどん見ていった。

すると、横にいた女子が見ていた一つのファイルをそっと本棚に戻す。


すかさず、4月のファイルを戻しそのファイルに目を通す。

この月は連続殺人が起こり始めた時期でもある。

大学の職員の殺人から始まり、ゲーム会社のシステムエンジニア、

サラリーマンが相次いで二人殺され、その後、教育センター職員と次々に殺されていった。


とにかく明らかに同一犯と思われる犯行が繰り返されるため、

頻繁に新聞でも記事を書かれている。


すると隣の女子が今度は僕がさっき読んでいた4月の新聞が

ファイリングされたファイルを手に取った。


するとその時だった。



「あの~・・・・・」



「すいません。もしかして・・・

 あなたも樫木事件について調べてるんですか・・・・?」



その女子は控えめにそっと口を開いた。訊いてきた女子の口から出たその事件の名前。

あなたも、という事はこの女子も・・・・


「ああ、そうだけど?」


「そうでしたか。わたしも樫木事件について調べているんですよ」


女子はホッと安心したような顔でそう言った。礼儀正しそうな女子だ。


「ひょっとして、夏休みの宿題か何かか?」僕は推察した事をそのまま訊いた。


「はい。そうです。夏休みの宿題で時事問題に関して作文を

 書かなきゃならないので事前に調べようかと・・・」


ふむ。フィールドが違うだけで目的は僕とほぼ同じのようだな・・・


「なるほど。夏休みももうすぐか始まったばかりだろ?

 こんな時期に宿題のために動くとは随分マジメなんだな」


僕なんか、中1の頃は夏休み始まる前や始まった直後は

宿題の事は考えず、手をつけずに遊んだものだ。

夏休みの宿題なんか終わらせたのは8月の終わりだ。


女子は僕に深刻な様子で、経緯を話し始める。


「はい、今週の月曜日行けば夏休みです。宿題も既に予告されていて、

 それが作文は時事問題をテーマに原稿用紙4枚以上と言われたんですよ」


「ただ友達が実家でお泊り会やろうと言ったり、わたしの実家の家族が大阪への旅行を計画してるので・・・

 もう、その前に面倒なこの作文を片付けないととてもですが全部出来る気がしないんですよ~・・・」


女子は僕に泣きつくような顔でその悩みを打ち明けた。女子の話はまだ続く。


「しっかも、聞いて下さい!!それに加えて国語は原稿用紙2枚以上の読書感想文まであるんですよ!?

 本も読まなきゃいけないのに同時進行で時事問題調べて4枚以上書くなんてわたしには無理です!!

 数学や理科、社会も問題集やらないといけないし!!このままじゃもうジ・エンドですよぉ!!」


「わ、分かった。分かったから。落ち着けって。

それにここで大きな声で喋るな。怒られるだろ」


「す、すいません・・・・・」


僕はまあまあと両手を前にやり、落ち着くように女子を注意した。

すると興奮した女子は落ち着き、静かに謝ってきた。


向こうが遠慮なく話してくれたので、せっかくなのでお返しに

僕もヒソヒソとした声でここに来た事情を話す。


「実はさ、僕も大学の卒論で社会問題や時事問題をまとめた物を書かなきゃならないんだ・・・

 だからちょうど僕も樫木事件について書こうか考えてたとこなんだ。

 出会ってすぐだが、お前の気持ちは痛いほど分かるよ」


僕も中1の時にそっくりな宿題やらされたなぁ~。

時事問題か読書感想文どちらか選んで原稿用紙4枚以上で書けってやつだ。

僕は楽そうだからと読書感想文を選んだ。で、同じくタカシとコージもそれを選んでいたから

三人で団結して三日間奮闘してそれぞれの本の読書感想文なんとか仕上げたなあ。


当初は三人一緒で一冊面白そうな小説を適当に借り、それを三人で読んで情報交換しながら

読書感想文を書くという計画をタカシが考案した。が、そんな企みを先生が許すはずもなく

「ルームメイト同士で本の共有禁止!」と釘を刺された僕らは結局、

三人それぞれ違う本を借りて同じ部屋で各々読書感想文を仕上げたのであった・・・


今思えば懐かしい・・・

この女子の宿題はその時の宿題よりもハードそうだ・・・・

ノルマ半分とはいえ読書感想文と作文のダブルパンチとは・・・

やっぱり先生や時期によって違うんだろうなぁ。こういう所は。


「あの、すいません。あなたはこの島の大学生ですよね?」


女子は控えめにこちらに訊いてきた。


「そうだよ。いずみ大学第一校に通ってて現在は絶賛、

 卒論と就活のダブルパンチに苦しんでる者だ。そう言うお前はこの島の中学生だろう?」


「はい。いずみ第二中学校1年生・・・・貴之崎きのさきゆかりです」


「おおっ、お前も第二中なのか」


「どうしたんですか?そんなに嬉しくなって・・・まさか、お前もって・・・」


驚いた・・・・まさか、母校の後輩にこんな所で会うとは・・・・

最近は下級生と接する機会も少ないからなぁ。

卒論と就活で忙しいから学校の行事とかも行きたくても行けない事が多い。

だが、途端に湧き上がる親近感。たまらずに僕は話を続けた。


「僕も第二中卒業したんだよ。要するにお前の大先輩と言ったとこだ。へへっ」


「そうなんですか!そうだ、あなた良かったら名前を教えて下さい。

 それとちょっと作文の書き方とか色々教えてもらっても・・・・いいですか?」


カッコつけて言ったその台詞に貴之崎は感激するように、

僕にすがるように名前を訊いてきた。

無理もないか。この島入りたての中1じゃなぁ・・・


「あぁ。僕は森岡境輔。役に立つかどうかは分からないけど、

 レクチャー出来る事ならば別に構わないぞ」


「ありがとうございます」


貴之崎はその場で頭を大きく下げた。


「わたし、4枚も一つの作文書くの初めてで不安で・・・

 レクチャーしてくれると少しは捗ると思います」


「分かった、貴之崎。僕もこの事件について下調べしようとしてたとこだ。一緒にやろう」


その後、僕と貴之崎はその部屋のテーブルに移動し、

一緒にファイリングされている新聞を見ながら、机を挟んで互いに向かい合って作業を開始した。


「わたし、ノート持ってきたので色々メモらせて頂きますね」


貴之崎も背負っている小さい紺色のカバンからノートを取り出してテーブルの上に広げた。



樫木事件。それは憎しみと怒り、歪んだ正義のままに一人の男、

樫木麻彩によって3ヶ月前に起こった連続殺人事件だ。


決して珍しくはない学校で起こるいじめ。その中でも、特に悪質で陰険ないじめが起こった学校では

被害を受けた生徒が自殺してしまうという事件が起こっていた。

しかし、教育統制委員会側は事実を隠蔽し、いじめ自殺事件が世間に明るみに出るのを極力防いでいた。


だが、2034年3月。臭い物に蓋をする現状に警鐘を鳴らすかのように事件は起こった。

過去の二つのいじめ自殺事件に関わった加害者たちが次々と樫木の手によって殺害された。

当時の生徒、関与した教職員関係なく、その全てがナイフで刺し殺され、現場にはトリカブトの花が置かれた。

他にも樫木は事件とは無関係だった自分の高校時代の同級生一人と更には父親も手にかけてしまった。


そして、一連の殺人を計画し犯行を行った樫木が逮捕された事で

隠されていた事実が次々と採掘されるかのように明らかとなった。


事件を皮切りにマスコミが次々と真実を報道し始めた。

樫木の活躍によって怒りだした市民の前ではもはや隠蔽は意味を成さなかった。


自分達の保身を優先した教育統制委員会の隠蔽体質、明るみに出なかったいじめ自殺事件の数々、

事件の責任をとって辞めたはずの教職員の再就職先の根回し、

マスコミや警察への圧力と業者まで使ったネットへの隠蔽工作・・・・挙げればキリがない。


辞めたはずの教職員の再就職支援も教育統制委員会に在籍していた経歴を隠した上で

コネで再就職先を手配し、業者によるネットへの隠蔽工作も情報の削除だけでなく、

"カバーストーリー"と題した都合のいい偽情報を流す事までしていた。


無論、これらの腐った事実は全て、この事件が起こらなければ、

ここまで明るみにならなかった事ばかりである。


そして現在はと言うと樫木の事を英雄だの支持する層が各地で反いじめデモを起こしている。

中にはいじめ自殺事件に関係する学校の窓ガラスを割ったり、それまでいじめられていた人間が

樫木の影響を受けて自分のいじめの加害者を殺そうとして取り押さえられるなど過激な行動に走る者もいる。



とまあ、簡単に振り返ってみるとこんな感じだ。


僕は貴之崎に作文の書き方をレクチャーすると貴之崎は

素早いスピードでノートをとり始めた。


随分早く動くペンだなー、どうやらメモとりは強いようだ。


作文の書き方については僕が培ったオススメするやり方を教えた。



それはまず、そのテーマに関して全体を知る事だ。

今回の場合は一つの事件をテーマに作文を書く。

だからまず、その事件について知る事が大前提だ。


資料集なり当時の記録である新聞などを見て、事件全体を把握し書きたいと思う事を考える。

その書きたいと思う事を別の紙に箇条書きで整理してみるという方法だ。


続いて、整理したそれらを切り落としていって段落にしていく。

整理したそれらとは一つ一つのテーマとも言える。


それらを起承転結に並び替え、構成していく。

そうする事で、だいたいの形は見えてくる。


今回は4枚の原稿用紙なので、

上手くまとめるには一つの段落にどれぐらいの文字数を使うのか配分も必要だ。


一つの段落が長すぎたりすると4枚に収まらないし、

一つ一つの段落が短すぎると中途半端な所で終わってしまう。


段落、流れを決めた上でどれぐらい文字を使うのかを決めていく事が大切だ。


樫木事件の場合、犯人の思想や目的もそうだが、

一方で教育統制委員会の隠蔽など問題視されている課題が山積みだ。

その全てをまとめるのは難しいだろう。


だが、どんな長文作文もピックアップや焦点を当てる場所次第で

この膨大な情報を一気に4枚分まで圧縮する事が出来る。



「・・・とまあ、こんな感じで設計していくとバランスの良い作文が書ける。

 4枚ってすげえ長いし、頭の中で構成しながら書くのは大変だ。

 作文用紙コピーして書きまくるよりも、設計や構築を僕はオススメするね」


「なるほど・・・いきなり本番の用紙に書かないでまずは構成から、という事ですよね」


貴之崎も僕の話に耳を傾け、熱心に素早くノートをとって頷く。


「そういう事だ。因みにプロットって知ってるか?シナリオ全体を簡単にまとめたようなやつ」


「はい、少しですが聞いた事はあります。設計図的なものですよね」



「それだ。あれを書くような感じでいけばいいんだよ。

 物語っていうのは最初から最後に向かってまとまってるものなんだ」


「まとまっていれば、しっかり4枚に収まる作文が書けるし、

 いきなり一から本物の作文用紙と睨めっこしながらダラダラ考えるよりは幾分か楽だと思うぞ」


貴之崎は熱心に集中してノートに僕の教えをまとめていく。

そして一通り僕が言った事をまとめ終えると下を向いていた顔をあげて、


「ありがとうございます。あの次は、設計について教えてくれませんか?」


「分かった。いいぞ。設計についてはな・・・・

 まず、書きたいと思う事をピックアップしてみたらどうだ?」


この後も僕と貴之崎の勉強はそのまま昼前まで続いた。

次第に話題は樫木事件よりも作文の方へと向いていった。


僕自身も、いざ教えてみると不思議な事にこれまで培ってきた

文章作成のノウハウがポンポン頭から出てきた。


設計のやり方。まずは書きたいと思う事のピックアップだ。

そこから徐々に構築へと向かっていく。


そして・・・昼前になった所で僕達は勉強をお開きにした。

相手が後輩だからか、僕はストレスを感じず、気分よく指導する事が出来たような気がする。


「森岡さん、貴重な時間をありがとうございます!」


勉強を終えて二人で図書館を出ると貴之崎はその場で頭を下げてお辞儀した。


「役に立てたのなら何よりだ。先輩として、成功を祈ってるよ」


「はい、ありがとうございます!・・・あっ、わたしそろそろ行かなきゃ!

 ルームメイトの友達との約束に遅れちゃいます!すいません、失礼します!」


ふとスマホに目を通した貴之崎は用事を思い出して

先に慌てて駆け足でどこかに行ってしまった。


こうして見ると、たまには後輩の力になるのもいいものだな。


なんだか教えているうちに気が変わったな・・・・・

卒論のテーマについては今日は決めず、もう少し考えてみる事にしよう。


卒論は簡単に終わるものじゃない。

途中で投げ出さず、最後までやりきれるテーマでなければ達成出来ない。

じっくり考えよう・・・・・



さて、午後は何をしようか・・・・・



そうだ、アレクさんの事業所・・・まだ行った事がなかったなあ。

他にする事もない。一度行ってみるか。





この時、貴之崎とはもうこれっきりだろうと思っていた。

学年もかけ離れているし、互いにもう会う機会もないだろうと。


だが僕は彼女とまた後々意外な形で再会する事になるなんて、

思ってもいなかったのである。



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