第7話 二人三脚
歩美の助けもあって辛くても頑張っていこうと決めた私。
だけど私に対するいじめは止む事を知らなかった。された事を挙げていくと、もはやきりがない。
学校へ行くと挨拶代わりの悪口、暴力、そして話しかけてもシカトはもはや当たり前。クラス中、いや、学級中に『白條』の呼び名が広まって、黒條って呼んでくれるのは荻野先生とか先生達ぐらい。
銀髪……つまり白い髪だから白條。そういう意味なのだろう。
他にも酷ければすれ違った時、顔や髪にツバを男子から吐きつけられたり、昼食である給食にツバや消しゴムのカスをかけられるなどもあった。お陰で、昼食も満足に取れない事もあった。
スープに消しゴムのカスを入れられた時は、歩美が慌てて余り分からおかわりするフリをして、その分を私に分けてくれた事もあった。その時には本当に歩美には申し訳なかった。
下駄箱や体育着が入った袋に『死ね』と書かれた紙が丸めて入っていたり、私が目を離している隙に机に悪口をラクガキをされる事もよくあった。
それを止めようとしても、蹴られ、後ろから掴まれ、逃げる事もままならないまま、腹の底をぶち抜くように集団で蹴られる。
逃げる事も、反撃する事も出来ないまま、腹を襲う無数の足。
回りは次々と私を袋叩きにしてくる。私は実質、孤立してしまった。唯一、助けてくれる歩美もまた、魔女の味方をしている者を蔑むかのように回りから孤立し、度々いじめられるようになってしまった。
本当にこうなってしまうと私のせいで歩美もこんな事になってしまったんだといつも思う。私がこんな身体になってしまったから……
でも、そんな歩美の存在は私にはクラス内では唯一の、暖かい心の拠り所でもあった。感謝の気持ちでいっぱいだった。だから毎回、泣きそうになりながらもお礼だけは忘れないようにしている。で、そんな歩美もいつも私に優しく微笑み返してくれる。
あの日、歩美は事実を教えてくれた上で物置き部屋で「一生私の味方でいてくれる?」という私の甘えにしっかり答えてくれた。この事は本当に感謝してもしきれない。今でも泣きたくなるほど。
この髪になってから、私はずっとバレーボール部を欠席している。とてもこの髪では、他の部員や称太郎に合わせる顔がないから。
荻野先生には無断欠席ではなく、ちゃんと断っている。私の事を期待していた先生も、私の欠席に関しては残念そうだった。
また、当然、称太郎にクリスマスやお正月デートを提案する事も出来なかった。称太郎には悪いけど、冬休みに実家にいきなり帰る事になったという都合の良いウソをついた。直接会いたくなかったので、彼にメールでそう返事をした。ごめん、称太郎……
血塗られたような地獄の日が続いて早約二ヶ月……年が明けて、2037年がやってきた。
今は二月の半ば。
いつの間にか、私と歩美は互いに助け合いながら一日一日を乗り切っていた。給食の際は最近はみんなが班の法則を無視して勝手に机向けて食べてる事が多いので、私は目立たない隅っこで同じく被害に遭っている歩美と給食を食べる事で昼は凌いだ。
それで、小林達が来ても二人で強気に追い払う……これでどうにか昼食は守ってきた。
お正月に同級生からたくさんの年賀状が届いたけど、歩美から来たもの以外は裏には全て「死ね」などの悪口が一枚一枚雑に書かれていた。
市販の年賀状にはその年の干支の動物をあしらったデザインに『あけましておめでとう』や『ハッピーニューイヤー』と書かれてるけど、この年賀状にはその部分に横線が引かれ、それは年賀状ではなく、もはやただの悪戯の手紙だった。
住所の欄も普通は『黒條 零 様』と書く欄が『白條 零』と呼び捨てで描かれていた。
また、バレンタインデーにはわざわざまずいチョコレートを作って持ってきては、私や歩美にあげたり、無理矢理食べさせようとする人も。主に女子だ。
こんなお金も資源もったいないくだらない事をして楽しいんだろうか……一人暮らしでお金も限られている私には全然理解出来ない。
更に言うと称太郎はもうすぐ学校を卒業する。最後の部活動の日も荒れる日々の中でいつの間にか忘れ、結局立ちあう事が出来なかった。
今の状況はと言うと歩美が絡まれている時は私が怒って連中を追い払い、私が絡まれて暴力を受けてる時は歩美が助けてくれて……二人三脚と言えばいいかもしれない。
助けられてばかりじゃ悪いと思った私は給食とか一人じゃどうしようもない事もあったけどこのような日々が続いてすぐに積極的に歩美を助ける事をしていた。
向こうはこんな状況になっても不平不満言わず、私を助けてくれるのだから。これほどありがたい事は早々ない。だから、二人三脚なんだ。
小林は私の事をJGBに通報すると言っていたけど、二ヶ月もしてJGBが全く来ない所を見ると、それは単なる脅しだったのかもしれない。それでも油断大敵なのは変わらないけど。温存してるだけかもしれない。
荻野先生は歩美以外だと数少ない味方。職員室へ行って先生に度々相談しに行くものの、これといった解決方法は出てこない。
一度は先生に言わないと見栄を張ったけど、さすがに二ヶ月も一学級ほぼ全体によるいじめが続いては
先生の耳にもいつの間にか入っていた。その時は私も歩美も荻野先生に呼び出されて困ったら相談するように言われて以降は先生とも話をするようにしていた。
先生が強くホームルームなどでその事を言っても、一向に先生の目を盗んだ私と歩美に対するいじめは止む気配はなく、先生を困らせてしまうばかりだった。
それどころか、先生は悩んでいた。いつの間にか私や歩美に対するいじめ以外にも私達の学級、一年生は問題児が非常に多い学級と他の学年の先生に言われるようになってしまっていた。
荻野先生をはじめとした一年を担当する先生達もこの現状に苦悩し、学校で広く問題になっている事が先生からも一年の私達、生徒全員に明かされた。
このままだと来年この学校に入りたいと思う生徒が少なくなってしまうかもしれないとも。
この前も私や歩美の件とは別で、隣のB組の隠れて家から持ってきたタバコを吸っていた男子二人が停学処分になったし、その隣のA組では下校途中の小学生にカツアゲしたとして、男子三人が停学処分になった。
その前も、新宿のゲームセンターで遅くまで夜遊びしていたまた隣のC組の男子五人が警察に補導されて学校に抗議が来るなど、少し前までの平穏な学級とは完全にかけ離れたものとなってしまっていた。
また、最近になって私と歩美がいるクラス、D組でも女子グループ三人が休日に渋谷で夜遊びして警察に補導されるなど、立て続けに学校にとって不祥事とも言える事態が続いた。
そして……このように学級が荒れた理由は私と歩美のせいと言う人もいたほどだ。勿論、それを言ってくるのはあの三人。
小林。木村、西。この三人を筆頭に、いじめは始まった――。
まだまだ寒い冬の続くある日の午前の休み時間。私はいつも通り、廊下でそんな小林グループに絡まれていた。
「おい、白條。お前が全部悪いんだからな。お前がちゃんとしねーから、みんな迷惑してんだよ」
「そうそう。お前がいて、みんな学校つまんなく思ってるからやんちゃすんのさ」
「お前と笹城がここから消えれば、こんな事もないんだよ。とっととくたばるか学校やめちまえ!!!」
順々にとばっちりをかけてくるのは当然、小林、木村、西。荻野先生曰く「クラスが荒れる事自体は決して珍しくないが、今年は異常」のだとか。
だけど、先生も「学級がこうなってしまったのは黒條のせいじゃない」と私を強く励ましてくれた。凄い、嬉しかった。小林達はとばっちりをかけてくるのに……歩美と同じだ。
歩美も同じ事を言ってきた事がある。
理不尽な主張をする三人に対して、私は反論する。確かに私がこうなった事で、クラスの雰囲気もよく張り詰めた空気となり、以前のような平和な雰囲気ではなくなった。ゆえに周囲の人も迷惑に思ってもおかしくないのは分かる。
だけど、それで小林達の言う事に素直に従う事は私には到底出来ない。不愉快極まるのもあるけど、原因不明で銀髪になり、ほぼ毎日理不尽な仕打ちを受けている私には、周囲にいる騒動とは無関係で遠くから迷惑だと思ってる野次馬の事も彼らと同じとしか思えなかった。
「それを言うなら、あなた達が悪いわ。あなた達が、この銀髪をつぶってくれないから、私と歩美は苦労してるのよ。歩美だって、私のせいでこうなってるのに……全部、あなた達のせいよ。ちゃんとしないからいけないのよ」
「とぼけんじゃねえよ、この化け物。お前に発言権はねえ。なんなら、その髪を黒に染めろ」
「染めようとしても、またすぐに銀髪に戻ってしまうから無理」
小林に鋭く反論する私。本当だった。今まで、散々いじめられてきて、この苦しみから解放されるためにも休日に美容室行って、髪を黒に染めてもらったけど……一日も経たずにすぐ戻ってしまった。
「ざけんじゃねえ、なら今すぐ髪切れ。ハゲになっちまえこのウホウホゴリラ女」
「やめなさい!!!!!!!!」
「ぐはッ!!!!!!」
そこに横やりを入れて小林の脇腹にタックルをかましたのは私の後ろから突然現れた歩美だった。小林は急所を突かれて、その場でお腹を抱えて怯んでいる。
「コバ!!!」
「小林……! ちくしょ……」
回りにいた木村、西が心配そうに彼を見る。一方、西はこちらを因縁をつける目で睨みつける。
「アンタね、それ一番女の子に言っちゃいけない事よ!!! ゴリラだなんて……こんな事も分からないの!?」
歩美は腹を抱える小林に怒鳴りつけた。そこで、西が、
「そいつはバケモンだ。ゴリラと同じじゃねえかよ。前から言ってるだろ? そいつはもう人間じゃねえんだ。化け物なんだよ!!!」
「そうだ、そうだ!!! やーい、化け物、化け物!!! モンスター、モンスター!!!」
西に続いて、木村がとんでもない言葉を連呼する。
「化け物の味方をするお前も化け物だし、ゴリラだぜ!!! 笹城!!!」
立ち直った小林の一言に、私の心は張り裂けそうになった。もう黙って聞いてるだけじゃ気が済まなくなるほどだった。
私ならともかく、歩美まで化け物呼ばわりするなんて……化け物呼ばわりされるのは私だけで良いのに……歩美の後ろで湧き上がる怒りを燃え上がらせる私。
「私からしたら、アンタ達の方が化け物よ!!! こんなの人がする事じゃないわ!!!」
「うるせえ、お前の脳みそ腐ってるんじゃねえのか? オレ達は人間だぜ?」
「そうそう、オレ達人間様に歯向かうなんてどうかしてるぜ、ハハ」
「お前らにはもはや人権もねえんだからな!!!! とっととJGBに殺されちまえ!!!!」
こちらを鼻で笑う小林に便乗して木村、西の順番で次々と放たれる悪口の数々。
喋ると同時にツバまでこちらを攻撃するように吹きかけてくる。その多くが私の神経を逆撫でしていく。
「やめろ……」
「えっ……!」
私の怒りに満ちた声を耳にした木村と西はその場でビクっとした様子を見せた。
「なんだって? 聞こえねーな?」
一人、何も気づかない小林は右耳の裏に右手を当てて、とぼけた顔でこちらに耳を見せつけてくる。
「歩美に手を出さないで……」
「はぁ? 何言ってるのか聞こえねえな」
首を横に曲げ、変わらずとぼけたような顔をする小林に私の怒りは限界を超えた。
「歩美に手を出すなって言ってんだよォ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
私は怒りに身を任せて小林に左手の拳を強くして殴りかかった。もう我慢の限界、臨界点に達した。こいつは殴っていい……注意されても、これぐらいは正当防衛だろう。
その時だった。かすかに私の身体が銀色の光で輝いていたのを確認したのは。内心、心の奥底で小さく驚いた。だけど、何が起こったか……怒りに身を任せていた自分には一瞬光ったそれが何なのか分からなかった。
「ぐぼォ!!!!!!!!!!!!」
「コバーーーーーーー!!!!」
「小林!!!!!!!」
私の拳は小林の右ほっぺたを直撃、小林は大きく仰向けに吹っ飛ばされ、落下、床にズーっと奥に引きずられ、豪快に2mほど吹っ飛んだ。
仰向けになったまま動かない。西と木村が小林を走って助けに行く。その吹っ飛び様はよっぽどの事がないと出来ないほど豪快だった。
ましてや、私みたいな腕力が特別強いわけでもない人間に男一人をここまで相手を吹っ飛ばせるとは半分思ってもいなかった。
なにが起こったのか……一瞬、戸惑った。だけど……
「行こう」
「うん……」
私は歩美と手を繋いで引っ張り、この場から走って退く。そして、しばらく手を繋いで廊下を小走りしていると歩美が、
「零さん、強いね」
「そうかな……? 身体能力ならバレーやってるから自信はあった。でも、こういう事はあまりしたくないね」
「そうだね。因果応報にしてはちょっとやりすぎたかも。それに零さん、男口調になってたし、少し怖かったよ?」
「ごめん……」
「いや、いいの。いじめられてるのはこっちだし。やっぱり……これぐらいは一度くらいはいいよね」
歩美は優しく微笑む。
そう、身体能力だけは自信があった。だけど、走っていて思ったのは今の私のパンチは今までにないぐらい強力なようだった。一瞬、衝撃で銀色の光まで出ていたし。なんだったんだろう。
やっぱり、私……化け物になったんだろうか……
その後、その日のお昼休みの時間の事だった。私は給食を食べ終わって、机に座って一人ぼんやりしていると、憎き小林グループの三人がゾロゾロやってくる。
小林の右ほっぺたにはシップが貼ってある。私のパンチがかなり効いたようだ。
「おい、さっきはよくもやってくれたな!! 白條!!!」
逆切れして因縁をつけてくる小林。
「白條、お前治療費&罰金払え!!! コバに!!!」
怒鳴ってお金を要求する木村。
「払わねえってんなら、どうなるか分かってるよな?」
両手をゴキゴキならし、払わないなら力づくで潰そうとする西。
怒りの矛先を私に向けてきた小林と木村、そして西。だけど、こうなってしまった事は自分達のせいだって事を彼らは全然分かっていない。
私だって、危害を加えられ、あまつさえ歩美を化け物呼ばわりされたりしなければ、こんな事はしない。
「払わないに決まってるでしょ? 私を怒らせなければ、こんな事にはならなかったはずよ」
私は真っ向から反論した。その時だった――。
「とぼけた事言ってんじゃねえ!!!!!!!」
反論したその瞬間、私の視界の右側めがけて黒くて丸い何かが小林より放たれ、私の視界に飛んでくる。
ヴォォン!!!!!!!!!!
その放たれたものは私の視界の右側をぶち抜き、一瞬真っ黒に染めた。同時に意識が次第に薄らいでいき、私の身体は支えを失い、その場に崩れ落ちていく。
「零さん!? 零さーーーん!!!!!!」
薄らいでいく意識の中、かすかに聞こえた、私の名前を叫んでくれる声。それは……どこかから飛んできた歩美の声だった……
意識は闇の中へと消えていく……私は起きる事もままならないまま……闇の中に落ちていく……