第二章最終話 これから先の未来
「・・・・・大丈夫ですか?長官」
「はい・・・・大丈夫です。サカ」
JIAの会議室をうなだれて退室した私の横には
壁に背をつけて腕を組んだサカが立っていた。
「何か言われたんですか?局長と幹部の方々に」
「ええ、人質の彼女を救出した所は評価されましたが、
その後に1000万円を奴らに渡してしまった事をキツく咎められ・・・・
国民の納税から成り立っている金をみすみす犯罪者にあげてどうすると・・・・」
私は会議室であった事に肩を落としながらもサカに
中であった事を包み隠さずに話した。
「くっ・・・・人員がもう少し早くに国枝ビルに集まり、
スケアクロウを追い詰めていればこんな事には・・・・」
「全て・・・・私の責任です。悔やんでいても仕方がないですよ、サカ」
唇を噛み、悔やむ彼にそう言いながら私は外に向かって先に廊下を歩きだした。
サカも後ろからついてくる。JIAの本部から出ると裏の駐車場に回り、
サカの運転する車に乗り込み、その場を後にする。
昨夜降った雨の影響で駐車場には水たまりがあったが、
空は青く、日差しも強く蒸し暑さを感じる。
私は車の後ろ座席に座り、流れていく景色を
車の扉の取っ手に肘をつけながら眺める。
あの樫木麻彩が起こした事件・・・・
今は通称、「樫木事件」と呼ばれている事件。
あの事件から3年の月日が経った。
そして今は2037年の6月の下旬。
樫木を逮捕した直後から各地で起こっていた大規模なデモや反イジメ活動は沈静化したが、
未だネット上や裏社会などの水面下では一部の人間によるそれらの活動は潰えていない。
だが・・・・あの事件のお陰でイジメは沈静化したのかと言われると実はそうではない。
樫木麻彩があのような事をしても、人々の憎しみを爆発させただけで、
イジメは今もどこかで知らない場所で起こり続けている。
今もイジメで苦しんでいる人間はいる。
つい最近、私はそれを改めて認識する事となった。
3日前、ドレッド・スケアクロウによる社長令嬢誘拐事件を
通して私は・・・・ある一人の少女と出会った。
私とは対照的な美しい長い銀色の髪に白い眼帯を右目にした少女。
私や2つ下のアークライトよりも年下の中学生の少女だ。
誘拐された親友を心から大切にし、スケアクロウに攫われた
彼女を進んで助けようとしていた。勇敢で真面目な感じの少女だった。
彼女もまた、ソルジャーであった。
ある日、ソルジャーに覚醒し、髪が銀色になった事で
周囲から異端的に見られ、魔女狩りの如くイジメられていた。
しかし、親友であり今回誘拐された笹城歩美だけは
彼女の力となり、共にここまでイジメに屈せず頑張ってきたという。
このように、樫木事件が起こって3年過ぎてもなお、イジメに苦しんでいる人間はいた。
イジメはなくなっていなかった事を私は改めて感じた。
ネット上では探せば今でも一部の人々の間では
樫木事件は忘れられない事件として根強く残っている。
だが、現実では既に風化してきているのだろう。
3年という月日の中で・・・・・・地震、火山の噴火などの世間を震撼させる大災害とは違い、
この事件はイジメや教育とは何も無関係な者からすれば、記憶にも強く残らないだろう。
起こった当初は残っていても、次第に気にならなくなり、忘れていく時間は速い。
後天的にソルジャーになった者の中には
彼女のように容姿に変化が起こる事があるという。
ソルジャーは持っている能力だけでなく、
そういった体に起こる特殊な変化も千差万別だ。
敵で挙げるが、ダークメアに所属しているカヴラやスコルビオンのように
蛇やサソリといった動物を模した姿に変えられる者もいる。
中にはスケアクロウのように案山子という
動物ではない物を模した姿に変えられる者も。
彼らは能力を操る事で自在に人間の姿と動物に近い姿に変化出来る。
だが・・・・彼女の髪の色の変化はそれらとは異なるのか、
彼らのようにこのようなソルジャーに覚醒する事で起こる変化は
コントロールして戻せない。
能力を行使する事で外見に変化が起こる者はいる。
しかし、ソルジャーに覚醒した事で体に起こる変化を元に戻せるのかというと
私がその現象を見た事がないのに加え、データがないため不明だ。
そもそも明確なハッキリと断言出来る原因は不明だ。
なぜ人は突然、ソルジャーに覚醒する事があるのか。
なぜ覚醒した際に体に影響を及ぼす事があるのか。
ただ、原因が"遺伝子"と断言してもこれは後天的に起こる現象であり、具体的に何が原因なのか、
なぜこのような現象が突然起こるのか、それが分からない以上、私にも答えは口に出せない。
思えば、3年前に逮捕された樫木麻彩は写真で見た高校時代と
逮捕時では髪の色も見た目も特殊な変化はなかった。
だからこそ高校卒業から3年前のあの3月まで、実行に移す前まで雌伏の時を過ごしていた。
憎しみと力を溜め込みながら。
私が出会ったその少女。
彼女の名前は黒條零。銀色のソルジャーソウルを持つソルジャー。
彼女も助けてくれる親友の歩美さんがいなかったら、3年前の樫木のようになっていたのだろうか。
病室で彼女からイジメの経緯を聞いていると、他にも思った事はあるのだが、
脳裏に3年前の出来事が次々と蘇ってきた。
真っ先に浮かんできたのは船橋のビルで対峙し、
歪んだ正義を掲げて反イジメと復讐を訴える樫木麻彩の姿。
続けて、岐阜、大阪、新潟、埼玉、東京を騒がせたトリカブトの花が
事件現場に置かれている連続殺人事件。
そして3年前にあのような事件が起こった以上、アレはやっておいて正解だったと思った。
3年前、樫木事件を解決後、私は野神さんと局長にある提案をした。
あの事件を通し、何を見たか、思ったか・・・その答えとして。
その提案とは・・・・諜報部に以前から存在していた学校担当課の増強だ。
そもそも学校担当課という部署は何なのか。
学校内で生徒にソルジャーがいて、それらが校内で
暴れだしたり事件を起こす事を想定して
情報を収集するのが学校担当課の主な仕事だ。
事件が起きた時やソルジャーの犯行の可能性が高いという情報を入手すれば、
場合によってはそれがきっかけで学校に捜査員が最寄りの支部から派遣される仕組みだ。
情報源は裏社会を拠点とするその手のジャンルに詳しい情報屋をはじめ、
インターネットの様々な口コミを扱うサイトを利用したりして情報を集め、
諜報部の他の課との情報のやりとりで動く事もある。
そんな学校担当課だが、問題があった。
まず小規模である事だ。そして当然、事件性のある物しか調べておらず、
学校内での問題については全くのノーマーク、
それらについては学校と教育統制委員会に任せていた。
そのため、学校の問題は学校側で、ソルジャーの問題はJGB側でといった形で動き、
こちら側はソルジャー絡みの事件に備えて情報を集め、
有事の際はそのソルジャーへの対処のために動いていた。
だが・・・・樫木事件を通してこのままではいけないと私は考えた。
私がやりたい事として挙げたもの・・・・
それはこの部署に新たに事件性のある物に加え、
イジメやトラブルの元になる情報も極力集めさせるという案だ。
そして問題があれば、JIAの力も借りて文科省にも了承の下、圧力をかける。
樫木麻彩はソルジャーになる以前からイジメを受け、不遇な人生を送ってきた。
募らせてきた怒りと憎悪によって心は支配され、更にソルジャーへの覚醒に
よって力を得た事でそれに飲まれ、やがて復讐と歪んだ正義を掲げた世直し活動に傾倒していった。
その結果が2034年に起こった樫木事件だ。
二度とあのような一人の人間が憎しみに支配されて、
イジメの復讐目的で大規模な連続殺人を行うような事件は一生起こしてはならない。
誰がソルジャーに覚醒するか、それは全く分からない。
だが、このまま何も手を打たないでいては
第二、第三の樫木麻彩を生み出してしまうだろう。
学校でイジメやトラブルの元になる情報を集めさせる事は
将来の災いの種を摘み取る事と同時に学校内で放置される
問題を解決する事にも繋がる・・・・私はそう考えた。
世の中の教育統制委員会に対する信頼が失墜した直後の3年前の時点でそれらを実行し、
野神さんやJIAにも協力を仰ぎ、文科省から公認も頂く事は大変だったが、
教育現場の立て直しが急務とされていたあの頃は意外とすんなり上手くいった。
樫木を逮捕するよう私に命じた一方で、実はその後で
樫木事件の影響を懸念していた局長や現状と向き合う事を大切としていた野神さんも
私の提案を快く聞き入れてくれた。
学校担当課の増強のための地盤を築くのには一年近くかかり、
教育に詳しい人材を確保、パイプを持つのにも苦労した。
しかし、その甲斐もあって現在のJGBには教育統制委員会や文科省とは
別の方向から教育を見据える立ち位置がある意味確立されたと言える。
無論、全てを救う事が出来ないのは私も分かっている。
手遅れになってしまう命、救いの手が行き届かない命があるという事も。
しかし、少しでも可能な限り、力の限り多くの人間を救う事は何一つ無駄ではない。
もしも、楠木さんが生きていたのなら方法は違うかも
しれないがそうしようとしていたと思う。
"悲しみから人を救うのはその人の未来を救う事にも繋がる"のだから。
3年前に樫木事件に関する一連の経緯もあり、
私はイジメの問題を重く知った上で知り合う事になった。彼女と。
黒條零・・・・いや、零さんについては今年の
今年2月の段階で学校担当課がその存在を掴んでいた。
きっかけは零さんの通う学校周辺の口コミ。
銀髪で眼帯の女の子がいるという話だ。
それを確認した学校担当課の山橋課長が折原部長と相談し、
独自の情報収集を敢行、現状を把握した上で3月の春休み中に捜査員を
現地派遣し、文科省公認の下、零さんの通う学校に圧力をかけた。
文科省、及び学校側とも協議した結果、その学校では
素行の悪い生徒による相次ぐ校則違反が問題になっていた事もあり、
そのままそういった生徒を更正させるためのきっかけを作るという事で
学校側も了承し、素行の悪い生徒とそうじゃない生徒が綺麗に分けられ、
かつ被害者と加害者を引き離したクラス替えが実現された。
事務を担当する総務部の小林さんの息子がイジメの主犯である事も
情報収集によって明らかとなった。
私はこの時、銀髪の女の子が小林さんの息子にイジメられているという
ぐらいしか知らなかったが、後にイジメられている側は
黒條零という女の子であると折原部長から任務帰りに聞いた。
JGB職員の息子が起こした事件なのもあり、
小林さんの名誉を守るためにこの事は極秘事項として取り扱った。
この事が漏れれば、小林さんは他の職員から非難を
浴びかねない上にイジメが勃発するだろう。
汚いかもしれないが、やむを得なかった。
そのため、加害者の主犯が小林さんの息子である事は
他の職員や捜査員には伝わっておらず、真実を知るのは
他言無用で折原部長と山橋課長、私、サカぐらいだった。
現在は小林さん本人が加害者である息子に強く言い聞かせて説教したらしく、
その息子も零さんに悪さをする事はなくなったようだ。
動機を小林さんに訊いてみた所、息子は将来はJGB志望であるらしく、
ソルジャーである零さんを退治する事で私に認められたかったらしい。
どうやら、息子は父親がいない隙に父親の書斎に入って、
資料から私の事を知ったようだ。
私は呆れるを通り越して頭を抱えた。
よく誤解されがちだが、JGBはソルジャーをただ掃討するための組織ではない。
我々JGBの使命は日本の治安を守るべく、警察や自衛隊では対処出来ない
ソルジャー絡みの事件を担当し、秩序と平和を守る事に貢献する事だ。
決してソルジャーというカテゴリー全てを人類を脅かす
怪物のように扱い、ただ殲滅する組織ではない。
その少年は酷く勘違いしている。
『勉強し直してからJGBの門を叩くべき』と息子に伝えるよう私は小林さんに伝えた。
その後、しばらくして3月の半ばに大バサミのシーザーが世田谷区の公園で
何者かに滅多刺しにされて病院に担ぎ込まれたという情報が入った。
大バサミのシーザー。本名は浅倉均治。
近頃、この新しくなった関東のソルジャー界で頭角を現してきた一人。
2036年の段階で関東で活動している姿が目撃されていた。
ソルジャーの能力で両手を巨大なハサミに変える事が出来、それで敵を切り刻む事から
"大バサミ"の異名で恐れられている非常に好戦的で知られる男。
今の所は表社会で民間人に危害を加えるような大きな事件は起こしてはいないが、
裏社会の人間には容赦がなく、抗争の中では様々な人間をハサミで切り殺している。
異名を持つ辺り実力は確かなようでJGBとしてもマークはしているソルジャーだ。
諜報部は何者かにやられ、病院に運ばれたシーザーから事情聴取したのか、
調査の末、彼を倒したのが零さんだという事を突き止めた。
その後、ひとまずは学校の問題は収束したのか、新たな情報が入ってくる事はなかった。
だが、6月になって大阪でJGB関西本部の本部長の織田さんが取り逃がした
スケアクロウにより歩美さんが誘拐された。
そして、私は彼女と出会った。
因みに私はここで顔合わせするまでは零さんについては報告書などを通して
名前とその特徴ぐらいしか知らず、ここで初めて顔を見た。
スケアクロウについては関西で逃亡の末に消息を絶った事からその存在を危惧していた。
では・・・・そもそもなぜスケアクロウは関西で織田さんに
狙われて負傷し、関東に逃げてきたのか。
そう、彼は東京にやってくる以前、関西でも同様に事件を起こそうとしていた。
スケアクロウは関西の大財閥、雷道寺財閥を
相手取って多額の身代金を巻き上げるべく、大阪の各所に
スイッチ式の爆弾を仕掛け、遠くから爆破させる爆弾テロを敢行しようとしていた。
街全体を人質にした大規模な計画であった。
関西本部に大阪府警からゲームセンターのゴミ袋の中から
爆弾が見つかったと通報があり、それに端を発し、
他のその周辺のレジャー施設や娯楽施設も巻き込んで
一斉にJGBと府警による爆弾の捜索は始まった。
結果、各所のゴミ袋やゴミ箱から次々と爆弾が発見、
監視カメラにより爆弾が入ったゴミ袋を置いたり、
四角い包み紙をゴミ箱に放り込んだりしていた犯人の姿が判明した。
犯人はいずれも春の季節に似合わない黒づくめの
ロングコートに茶色いハットを被った男だった。
今回の誘拐事件でも使った自分の影武者である偽物を
藁から作り出す技を駆使し、偽物を使って自らの手を汚さずに爆弾を順調に仕掛け、
雷道寺財閥に1億円を電話で要求したスケアクロウ。
爆弾が早期発見されていた事で動いていた関西本部は
雷道寺財閥と親交が深い事も相まって協力し、
最終的に取引場所である通天閣最寄りのビルで織田さんが
財閥の者と組んで急襲を仕掛け、スケアクロウを
あと一歩まで追い詰めたが結局逃げられてしまった。
そして逃げ延びて行方をくらませたスケアクロウは
関東にやってきて厄介な事にレーツァン率いるダークメアと手を組んだ。
私も彼がダークメアと組んでいる事を明確に知ったのは
零さんと共に新宿に向かっている時だった。
歩美さんを誘拐し、影武者や爆弾に加え、ダークメアも使って我々を苦しめ、
追い詰められると自らを巨大な案山子の巨人へと変えて
コントロールしきれない力で襲いかかるも最後は零さんの手で
胸元の傷を攻撃された挙句、ジーナのライターによる炎でトドメを刺された。
こうして、歩美さんも助ける事が出来、事件は無事に解決したが、
身代金の1000万円は油断した隙にスケアクロウを操っていた
ダークメアによって回収されてしまった。
私は初めて零さんと会って、イジメの話を聞いた時、
真っ先に3年前の樫木麻彩の事件を思い出すと同時に、
彼女は自分自身の中に宿る力に苦しめられていたのだと感じた。
しかし、歩美さんが彼女を支えていた事で
彼女の痛くてたまらない心の傷もある程度は和らいでいたのだろう。
私も・・・・自分の中に宿るソルジャーの力が原因で
苦しい思いをした事がある。
私は彼女と違い、この世に生まれ落ちた時からソルジャーだ。
自分の力の使い方が分からず、無意識に相手の力を封じてしまった事もある。
これは当然かもしれない。
だが、もう一つ私が苦しい思いをした理由はある。
私は天然自然から外れた存在だ。
そうでない存在だからこそ、あの頃はそれを知ってとても苦しかった。
自分の才、自分の力、自分の体、自分の存在・・・何もかもが自然じゃなかった。
どうしてこの世に生まれてきたのかと・・・・悲しむと同時に疑問に思った。
私は体そのものは普通の人間と変わらない。
だが、天然自然とは外れた存在だ。
フォルテシア・クランバートルという名前も嫌いだった。
どんな物にも個性的な名前はある。
だが、当時の私には自分の名前はビンや試験管に貼ってあるラベルのような物だった。
しかし・・・・そんな私にもやってきた。転機が・・・・・
そう、楠木さんとの出会いだ。
私は彼のお陰で変われた。変わる事が出来た。
生まれ落ちて、突きつけられた現実を乗り越える事が出来た。
あの時、零さんのイジメの話を聞いた時、力を持った事でイジメられる零さんが
歩美さんのお陰でやってこれたと聞いた時、樫木の件とは別にそれらが脳裏に蘇った。
私も楠木さんとの出会いがなければ、今の私はない。
零さんも歩美さんがいなければ、樫木のようになっていたかそれとも・・・・
イジメを苦に自殺していたのかもしれない。
こうして見るとヒトの人生は、出会いによって彩られるのかもしれない。
出会いによってきっかけが始まり、後は自分次第。
樫木はそんな人生に影響を与えるほどの人間との出会いが出来ず、
"体や触れているモノを透明に出来るソルジャーの力"との出会いというある意味、
偶然の重なりで不幸にも間違った出会いをしてしまった人間の成れの果てなのだろう。
その樫木はと言うとあの後、刑事裁判にかけられた。判決は"死刑"。
裁判員の中には彼のやった事を肯定し、加害者については殺されて
当然とする者もいたが、判決に影響が出る事はなかった。
決め手となったのは彼の行動の数々は反社会的であり、
歪んだ正義に傾倒し、反省の色もなく、更生する見込みもない事から。
法廷においてもそれは揺らぐ事はなく、イジメ自殺の危険性と問題性、
イジメ自殺事件を繰り返される世の中に対する不満をぶつけた。
そして、「自分がこの現状を変えないといけないからやった」とも。
無期懲役にするか死刑にするか、そのどちらかで分かれ、
樫木の行動の数々を肯定する者は無期懲役、
一方で樫木を残虐な殺人鬼として見る者は死刑を推す形で意見が分かれ、議論された。
しかし、裁判長の言い渡した判決は死刑だった。
同時にそれは彼は英雄ではなく、残虐で冷酷な連続殺人鬼であるとの判決でもあった。
この裁判の模様は私も予想してはいたが、マスコミも報道を行った。
2034年、世間を騒がせた樫木事件の主犯、樫木麻彩は死刑であると。
これは非常に珍しいケースでった。
ソルジャー関係の事件はソルジャー絡みの話を隠して捏造して報道されるのが通例だが、
今回はソルジャー的な要素を隠して、犯行や動機そのものは捏造されずに明確に報道された。
無論ソルジャーでもなく、また・・・・英雄でもなく、一人の被告人として。
樫木の経歴に関しても報道されたが、小学生の頃に母親を同級生の母親に殺されていること、
高校卒業後に運送会社に就職して、「やりたいことが出来た」という理由で退職して以降は
"事務職のフリーター"という捏造がされた。
最も、樫木がソルジャーである事は異端的なモノを受け入れない世の中を象徴するマスコミが
ソルジャーの存在を認めていないので報道されていない。
だが、熱狂的な樫木の支持者達が無罪を訴えたデモを起こしたりなど混乱が各地で絶えなかった。
また、樫木が逮捕された後の3年間で、今まで起こりもしなかった事態が何件か起きた。
それは・・・・被害者側が加害者側を狙った逆の復讐殺人。
時が経つにつれ、沈静化していったがあの事件が起こった2034年のうちは特に酷かった。
常に第二の樫木麻彩が生まれてもおかしくないとも言われた。
そのいくつかは大きく報道された。
ある中学校ではイジメられてばかりいた被害者の男子生徒が
樫木の影響を受けて加害者である男子に復讐を決意、
カッターナイフで殺害を試みた所、世間の情勢から復讐の懸念を抱いた
回りの生徒達によって間一髪で阻止され殺人未遂で逮捕された。
また、現在は社会人だが、高校時代のイジメの復讐のために
かつての同級生である加害者を刺殺したりなど
樫木の影響を受けた犯行が各地で相次ぎ、各地の学校も対策に追われた。
更にヴィルが頭を悩ませていた音楽家、
ジョギー・久留山・フォーランドの作曲者偽装事件の影響も合わさって衝撃的な事件が起きた。
それは、ある中学校では盲目の男子生徒が同級生の男子グループのイジメに合っていた。
本当は盲目のフリをしているんじゃないか、ジョギーのように障がい者を
装っているのではないかという当事者にとっては不愉快極まりない
言いがかりをつけ、執拗にからかっていた。
盲目の少年にイジメを繰り返すそのグループを快く思わなかった
別の男子生徒が樫木の影響も相まって、彼らを包丁を手に
襲いかかって残らず切り殺し、逮捕されるという前代未聞の事件だった。
野神さんの予感は的中していた。
加害者側も盲目の音楽家を装っていたジョギーと
その男子生徒を同じだと思って、子供心でやったのだろう。
また、殺人を犯した生徒も自分の正義感から犯行に及んだのだろう。
単に表沙汰にならないだけで障がい者も
イジメを受けているという現実を、私は思い知った。
これをソルジャーに置き換えたらどんなに辛い事か・・・・
同時に異端的なモノを受け入れない世の中の恐ろしい部分を垣間見た瞬間だったかもしれない。
障がい者は福祉や支援サービスがあり、ソルジャーのように世の中が冷たいわけではないのだが、
差別は完全にはなくなっていないようだ。
なお、肝心の樫木の死刑はまだ執行されていない。
責任者には死刑執行の際には呼んで欲しいと頼んだので
今もその通知がない以上、彼は拘置所の中にいるのだろう。
2037年現在では樫木の影響を受けた犯罪は鳴りを潜めているが、
ネット上などを中心に未だに樫木の支持者がいる。
熱狂的支持者は未だに水面下で活動を続けている。
あの事件以降、本当にイジメを無くそうと従来通りの
平和的な方法で解決すべく活動する人間は勿論の事、
樫木のように報復をする事でイジメを解決出来ると考える人間も現れた。
彼らは樫木の意志を汲んでいる。
「イジメっ子は少年法がある以上、死ぬほど痛い目にあわせないと分からない」
を言い分に話し合いや対話ではなく、報復による解決を推し進め、
完全にイジメっ子は恨むべき悪しき存在とし、敵視している過激派だ。
もはやどちらも一歩も譲らない正義と化している。
どちらも一理あるゆえにどちらが正しいのか分からないほどに。
樫木を支持する層の中には過去に何かしらイジメで被害を受け、傷を負った人間が殆どだからだ。
そういう人間の中には悲しみと絶望に耐え切れず、
怒りの矛先をイジメっ子全てに向けるしかない者もいるのだろう。
その気持ちは分からなくもない。
私も楠木さんが殺されてからあの男・・・レーツァンには憎しみしか出なかった。
あれから7年経っても彼とはいずれJGB長官として決着をつけたい事に変わりはない。
この3年間の間も奴を討つチャンスは何度かあったものの逃げられている。
我ながら、情けないと思うばかりだ。
そして、レーツァンもこの関東で強い地盤を築き始めている。
樫木の影響を受けた過激派が未だに
活動している事は一種の不安材料でもある。
今は大きな活動をしているという報告はないが・・・・
その動向がいささか不安だ。思想が過激ゆえに。
零さんとの邂逅で3年前の樫木事件を思い出したと
同時に彼ら過激派の存在も思い出した。
3年前のあの後、関東のソルジャー界では各地で岩龍会を巡る抗争が勃発、
激化した事もあって彼らからすっかり目を離していた。
もしかすれば、また来るかもしれない。
3年前のようなイジメを巡った戦いが起こる日が・・・・・
だが、たとえその時が来たとしても、この事件を捜査した者として、
立ち向かってみせる・・・・
関東のソルジャー界も2036年の大抗争の後、少しずつ変化が起こり始めている。
裏社会の情勢が大きく変化してきている。
関東一円で最大勢力として長期に君臨し、
関東のソルジャー界を支配していた岩龍会は大抗争の末に事実上壊滅した。
それによって巨大な柱は崩れ、今は岩龍会が幅を利かせる時代は
終わりを迎えると同時に新たな勢力図が出来上がろうとしている。
レーツァンやシーザーといったように大抗争以前は
前面に出ていなかったソルジャー達が頭角を現した他、
今回のスケアクロウをはじめとした関東以外の場所から
様々なソルジャーがこの関東に進出してきている。
進出してくる者達は岩龍会という近づき難い脅威の大半を失ったために
臆せず、この関東に進出してくるのだろう。
無論、2036年の大抗争を生き延びた者達も関東の各地に潜伏している。
関東最大勢力による強固な支配が崩れた今、
時代は・・・・変化のまた変化を繰り返している。
そして、新たに零さんのように岩龍会の時代を知らず、
この世界に足を踏み入れる者もいる。
新たなる勢力図でまた新たなる戦いがこれから始まるのだろう。
そしてその混乱に乗じて動き出す者も必ずいる。
この先の未来がどうなるか・・・・誰にも予測がつかない。
だがどんなに強大な敵が来ようと・・・・
どんなに大きな事件が起きようと・・・・・
私はJGBの使命にかけて守り続けていく。
この街を、この場所を。
楠木さん・・・・見ていて下さい。私達の行く末を・・・・
―――――― Continued in 2040 !!




