第41話 もう二度と・・・
私達JGBが千葉の船橋に乗り込み、特定した先のビルにおいて、
一連の連続殺人事件の犯人である樫木麻彩を撃破、逮捕してから13日が経った。
第三勢力として間に入ってきた根来亮二、レーツァンとダークメアの面々には逃げられてしまったが、
無事に一連のイジメ復讐殺人事件はその後やる事もあるがとりあえず、解決を迎えた。
そして、今日は5月2日の日曜日。
世間はゴールデンウィーク真っ最中だ。
私はこの日、ある人物から会食の誘いを受けていたために総本部から
サカの運転する車である場所へと向かっていた。いつものJGBの制服を着て。
青空から日差し照りつける街中を走る車の中で
ゴールデンウィークで人々が賑わうその光景を窓から眺めながら、
ふと、この13日間の事を脳裏で振り返っていた。
あれからは他に特に今回のようなソルジャーによる大きな事件も起こっていない。
たまにソルジャーが騒ぎを起こして出撃する事以外は落ち着いた日々が続いている。
が、今回の樫木麻彩が起こした事件は世間に大きな影響を残し、
我々JGBもその対応に追われ、同時に事件の結末もいくつか謎が残る物であった。
8日前、私達は樫木麻彩の供述で彼にはゼブルという影の協力者がいる事を掴んだ。
やはり、事件は彼一人で起こしたものではなかった。
ゼブルは樫木に過去のイジメ自殺事件の情報と加害者の情報を渡し、
宿泊先や食料の手配など影から樫木の犯行をサポート、
そのやりとりも彼から押収した携帯のメールから確認出来た。
宿泊先もほとんどが高級ホテルであったが、
透明な姿で殺人を行っていた樫木は誰にも怪しまれる事なく
偽名を使って宿泊客の中に潜伏していた。
樫木の証言をもとに諜報部や警察が捜査した結果、
岐阜、大阪、新潟、埼玉のホテルで宿泊していた事が判明した。
また、樫木は犯行を行っていない時はいずれも宿泊したホテルを拠点に活動していた。
当然、ゼブルの支援もあり普通に長期間宿泊で居座ったという。
だが、東京では決戦の地であった船橋の生放送に使っていたビルを根城として活動していた。
まさに灯台下暗し・・・・・樫木はJGBが今回の事件の捜査に参加した時から
JGB総本部からそう遠くない場所に出入りし、ずっと潜伏していた事になる。
ゼブルがどこから過去のイジメ自殺事件の情報を入手したか・・・・ルートはまだ定かではない。
恐らく、裏社会の情報屋や探偵など、特定のルートがあるのかもしれないが・・・・
だが、先日、諜報部の尽力により、メールの発信場所から居場所の特定に成功し、
ゼブルを逮捕するべく、山梨の山中にある一軒家にJGB東京支部が入った。
樫木が持っていたイジメ自殺事件の情報資料はUSBに入れられてゼブルから渡された。
だが、樫木がそれを私達が乗り込んでくる前に破壊してしまった。
事件後にUSBの残骸を回収させ、アークライトに復元を頼んだが、
彼女の手をもってしても復元する事は出来なかった。
私達が情報資料の中身を確認するにはゼブルが持っているだろう
オリジナルを確保するしかなかった。
同時にその入手ルートも明らかとするためにゼブルの身柄と
彼?が所持しているだろう資料のオリジナルは必須だった。
だが、しかし・・・・そのゼブルの隠れ家には・・・・
腐敗し、ナイフで背中を刺された男の遺体があった。死後3日ほどであった。
彼が使っていたスマートフォンがあったため、この時点でゼブル本人の可能性は高いと見られる。
このスマートフォンの送信済みのメールフォルダには樫木に送ったものと
同じメールが残らず発見されたからだ。間違いなかった。
登録されている所持者の名前も『Zeblu』だった。
警視庁にも協力を仰ぎ、我々JGBも他殺と見て捜査を開始したのだが、
現場が人里離れた山中にひっそりと建つ家ゆえに
聞き込み捜査もままならず、家の中も荒らされた形跡はなく、
犯人に結びつく手掛かりを見つける事は困難であった。
遺体の写真から、身元の特定作業も進め、西洋人である事は確定しているが、
それらしい人物の情報は捜査を継続しているが、依然見つかっていない。
あの家の中も鑑識の手によって隅々まで調べられたが
ごく普通の一軒家であり、DNA鑑定も結びつく物は無し、
有力な手掛かりは見つからなかった。
また、樫木に遺体の写真を見せた所、彼は死んだ事に目を丸くし、
信じられないような顔を浮かべていた。
そして、遺体の人物を彼は「ゼブルで間違いない」と言っていた。
ゼブルの存在を隠さずに素直に吐いたので今更嘘をつくとも思えない。
だが・・・・・なぜゼブルは殺されたのだろうか。
ゼブルを殺したのは何者か。
樫木はゼブルの所在が分からなかったため、彼には殺せなさそうだ。
それにゼブルに助けられた後は直接会わずに携帯のメールで連絡していたという。
犯人がまた樫木のようなソルジャーの可能性もある。
また、他殺である事から、何者かがゼブルを口封じで殺した可能性もある。
もしかしたら今回の事件の裏には未だ解明しきれない秘密があるのかもしれない・・・・
千葉教育統制委員会の地下に仕掛けられていた爆弾については不明だ。
爆弾の写真をアークライトから見せてもらったが、
特に巨大爆弾はその大きさから普通に持ち込んで仕掛ける事は不可能だ。
第一、爆弾があった部屋のドアよりも大きいものであった。
ドアはひと一人通れるサイズのドアだ。
樫木にも聴取をしたが、爆弾を仕掛けた自分ではなくゼブルだという。
携帯にもそのやりとりが書かれたメールがあり、演説する手前に受信したメールには
爆弾を仕掛けた事だけでなく爆弾の数やどんな爆弾を仕掛けたのかを
樫木に報告している事が判明している。
ゼブルがソルジャーだとしたら、誰にも気づかれる事なく巨大な爆弾を仕掛ける事が可能な能力を持っており、
それを応用した上で仕掛けた可能性が非常に高い。
仕掛けられていた部屋のドアのサイズよりも大きいため、仕掛けた者を推理すると
通常は不可能な事が出来てしまう人間であるという事ぐらいしか考えられず、真相はゼブル共々闇の中だ。
今回の事件以降、樫木の影響を受けた者達による
反イジメを訴えたデモが13日経った今でも各地で起こっている。
あのネット生放送や一連の事件を通して、樫木の影響を受けた者達は
その情報をネットを使って、あの生放送や生放送前に騒がれた掲示板の情報を
瞬く間に日本中に拡散、反イジメ活動を展開していったのだ。
少年法の見直し、撤廃を訴えたもの、学校でのイジメ対策を訴えたもの、
また・・・・・一連の主犯である樫木麻彩の釈放を訴えたもの。
デモに参加する者は皆が彼の影響を受けて、行動を起こしている。
中には彼を英雄、ヒーロー、救世主、樫木様、麻彩様だの称える狂信的な者もいる。
動機としてはこれは私が調べた事による解釈だが、
過去にイジメを受けてイジメという行為やそれを行った者を憎む者、
元からイジメは無くすべきと考える者、
イジメが原因の自殺で大切な友人、家族を失った者などが
自らの正義で動いているのだろう。
イジメを憎む老若男女、幅広い世代が関心を集め、各地のイジメ自殺があった学校や
教育統制委員会関連の施設で彼らはデモを起こしている。
あの事件で樫木が逮捕されてから、JGB総本部も含めた
関東各地のJGBの施設でも樫木の釈放を訴えた狂信的な者達によるデモが起こった。
業務妨害になるため、我々も総本部やJGBの関連施設でのデモは
やめさせるよう動いたが、一時は止んでもそれらのデモは収束を見せない。
また、これらデモが過熱化する中で、逮捕者も出た。
神奈川の教育統制委員会本部にはバットを持った
暴漢が数人乗り込み、逮捕される事件も起こった。
警察よりも真っ先に駆けつけたJGB神奈川支部の活躍で
逮捕されたがそれが最初の襲撃事件だった。
その後、東京支部でも銃を持った男が入り込み、
捜査員一人が襲撃されて負傷を負い、ヴィルの手によって逮捕された。
更に、樫木が今回の事件を起こすきっかけとなった
千葉の中学校でのイジメ自殺事件においても、生徒が自殺した
学校の窓ガラスが何者かによって割られる事件も起こった。
このため、教育統制委員会の関連施設の各所、
及び千葉の学校で警察による警備が行われ、
事件とは無関係の学校でも集団登下校や周辺の見回りが強化されつつある。
あまつさえ、マスコミもこの模様と今回の事件を連日報道している。
更に、今まではイジメ自殺事件の報道も教育統制委員会の圧力によって、
事件が起こってすぐに沈静化していたが、今回の樫木の起こした事件の影響で
そのマスコミに対する圧力も市民の反発によって無意味となった。
よって反動的にテレビや新聞では千葉のイジメ自殺事件も含め、
樫木の起こした事件と関連する形で加熱的にイジメ自殺事件は報道されている。
報道といっても、樫木が逮捕される瞬間については明確に報道されるわけがなく、
単に犯人である樫木麻彩が逃亡の末に船橋のビルに立てこもり、
JGBと警察の手によって逮捕されたという事だけ。
マスコミの焦点は今回の事件が起こった要因でもあるイジメ自殺事件や、
教育統制委員会の圧力、また市民の動向、
更に樫木麻彩という人間はどういう人間なのかに向けられている。
ここに来て、彼の狙いをようやく身を持って私は知った。
・・・・これが樫木の目的だったのだろう。
往生際が悪い犯人と違って、樫木は容疑をあっさり認め、取り調べにも素直に応じた。
それ以前にネット生放送でも全て自白したのも逃げずに私やレーツァンと戦ったのも全て頷ける。
彼は自分を犠牲にして世間の注目を集め、このような状況を作り出した。
自分の人生、自分自身を犠牲にして・・・・それこそが彼の狙いだった。
もはや社会そのものが今の教育に対して警鐘を鳴らしているこの状況。
すぐに収まる気配はないだろう。
そこで、私自身も考えた事がある・・・・・・
残された影響が大きい形でひとまず終息した今回の事件。
ゼブル殺しの犯人の解明やデモの沈静化などの事後処理もある。
が、その一方で3月から続いた一連の事件の犯人である樫木麻彩を逮捕した事で、
JGB内部では今年のゴールデンウィークも比較的安心して
休暇をとれるという声が多く挙がった。
当然、JGBは仕事上、全員がまとめて休めるわけではない。
また、職種や勤務先、部署によって勤務形態も異なっている。
が、可能な限り各々が有給休暇を挟む余裕を作り、シフトを調整し、一人、数人が休めば
代わりに残った者や他の部署と連携して仕事をする事でその穴を埋めている。
大きな事件が起きれば、休日どころではない。ゆっくりと休めない。
なので、また起こるだろう新たなる戦いのためにも
業務に支障が出なければ、休める時は休んでもいいと私は考えている。
我々JGBに対するデモの対策に関しては交代での警備やセキュリティを強化すればいい。
今回の事件で情報面で活躍した諜報部のトップの折原部長も今頃、
荒城二等官と一緒にウォルターズランドを満喫しているだろう。
二人とも忙しいゆえに昨日も仕事だったのだが、
今日は仕事から離れ、休暇を満喫している。
先ほど、現地でのツーショット写真が私のスマートフォンに送られてきた。
背景には大きな火山のような山が見える。
折原部長はピンクの花柄のワンピース、長い金髪も相まってとても美しい。
荒城二等官は水色シャツにジーンズ姿とカジュアルな格好。
こうして見ると、普段仕事で会う時とは全然雰囲気が違ってくる。
二人とも仕事から離れて楽しんでる様子がうかがえる。
因みに船橋での戦いの最中、諜報部のシステムにメンテナンスを終えたばかりなのに
一時的なジャミングが発生し、不具合が生じた原因はまだ解明されていない。
その後、岩龍会が現れたタイミングから察して彼らを船橋に呼び寄せた根来興業、
そして配下のダークメア辺りが工作を行ったと推測されるが・・・・原因は不明だ。
折原部長曰く、事件後にシステムのメンテ担当者に確認したが、
異常は見当たらなかったという。
とにかく、原因が判明次第、対応する方針のようだ。
爆弾解除に貢献したアークライトも今日は久しぶりに
いずみ島にある新秋葉原に遊びに行くと言っていた。
ゲームセンターでブレイヴファイターズ、通称ブレファという
格闘ゲームの大会があり、それに参戦するらしい。
大会のために事件後の空いてる時間にこっそり練習していたのだとか。
因みに私はこのゲームはやった事がない。
ヴィル率いる東京支部は今日も仕事だが、落ち着いたら
サニアやグレゴールなどと共に飲みに行きたいと話していた。
岩龍会の関連団体の事務所が多くある歌舞伎町で不穏な動きがあるようだ・・・・
また、船橋でダークメアのカヴラ、タランティーノと戦って
重傷を負ったクラスコもあの後、無事に退院したと6日前病院から連絡があった。
その他にも船橋での戦いでは負傷者もいたが、概ね全員復帰している。
樫木に関してはネット生放送による発言などから明確に犯行を裏付ける証拠が出ており、
計8人の民間人を殺害した樫木は当然、近いうち刑事裁判にかけられる。
世間のこの状況から、この事件の裁判はマスコミと世間を騒がせ、一層注目されるものとなるだろう。
今回の捜査の主導権はJGBにあるため、警察ではなく、
JGBが検察官とやり取りをし、刑事裁判へと向かわせる方向だ。JIA局長の望み通りの展開となる。
警察による捜査の分でもある、父親殺しの罪も含め、裁判の準備を進めていく。
裁判員の選定も含めて、少しずつ裁判の準備も進めていくわけなのだが・・・・・・
その選定も簡単にはいかない。
彼のやった事を肯定する者はともかく、彼を崇拝し、
釈放したいと考え、裁判の体裁を乱す者を裁判員にするわけにはいかない。
それを防ぐためにも裁判員の選定が入念に行われるだろう。
時間がかかりそうだ。
裁判へ向けての準備も非常に難しい今回の事件である。
と、サカが運転する車は新宿の東京都庁へと到着した。
ここは東京都庁。同じ新宿と言っても、新宿駅や歌舞伎町といった中心的な歓楽街からは離れた所に位置し、
高々と建つこの巨大な建物は途中で二本のビルに分かれ、それぞれが天に向かって高くそびえ立っている。
そう、東京都知事や副都知事の"あの人"がいる場所でもある。
様々な車が行き交う大きな道路から都庁の敷地内に入り、そのまま真っ直ぐ進みながらカーブをして正面の入口前で車を停めた。
ちょうど近くにSPが左右に一人ずつ立って警備するガラスの立派な自動ドアがある。あそこが入口だ。
私は車の扉を開けて都庁の入口前へと降り立った。
「それでは、終わりましたら、迎えに行きますので」
サカが車の助手席の窓をあけて、顔を出して伝えてきた。
「ええ。迎え、よろしくお願いします」
サカに対して私が返事をするとサカは車のアクセルを踏み、都庁の外へと車を走らせ、遠くへ消えていく。
走っていく車を見届けた後、サングラス姿に黒スーツのSP達が会釈をして私を迎えてくれる。
自動ドアを通り、青い絨毯が敷かれた通路を通るとSP達が左右に並び、私を出迎えるべく待っていた。
SP達は私が通ると黙って会釈をし、物々しい空気が漂う中、私は前へと進む。
そして、私がこれから会う人はその奥で私を楽しみな様子で待っていた。
そう・・・・私が会うのは・・・・・
「おお。よく来たねぇ、フォルテシア君。待っていたよ」
私を笑顔で明るく出迎えてくれたのは"現"東京都副都知事、野神勝義。
紺色に水色ネクタイのスーツ姿で私を迎える。
白髪混じりの短髪で顎には少し髭を生やし、背も高く、体格もあるお方だ。
年齢的には蔭山警部よりも年上だろうが、
この人もこの人で熱血な蔭山警部とは別の方向で活発な方だ。
彼は先代のJGB長官であった楠木さんとは古くからの友人。
その関係でJGBにも多大な支援を頂いている。
現都知事と並んで、現職に長く就いている方だ。
「野神さん・・・本日のお誘い、誠にありがとうございます」
私は彼と顔を合わせると被っている帽子を一旦取り、まず一礼した。
「この前は君の都合でダメだったからねぇ。
今日は互いに食事会を通して日々の職務の疲れを癒そうじゃないか。では、行こう」
私は野神さんに連れられて歩いた先にあるエレベーターに乗った。
本当、楽しそうで嬉しそうにしている。
よほど、この食事会が楽しみなんだろう。
エレベーターはグングン上へと上っていく。
窓からは都庁の周りの新宿のビル街がどんどん距離が離れていくのが見える。
道路には無数の車がまるで蟻のように右往左往している。
野神さんとの食事会は初めてというわけではない。
実はと言うと彼は定期的に私をこういう自分の息抜きに誘ってくる。
食事会だけでなく、ゴルフやボーリングなど。私がする接待の相手は彼である。
政府の関係者ではJGBを積極的に支援してくれているお方なので、致し方ないのだが。
樫木麻彩の事件を追っている間も一度、野神さんから電話が来たがご丁重にお断りした。
それぐらい私に構ってくる。非常にフレンドリーな人だ。
私も嫌というわけではないのだが、副都知事であるお方が
こう頻繁に私のような小娘と遊んでいていいのかと度々疑問に思う。
副都知事は都知事と並んで、この東京の第二の顔のような存在。
過去に一度、ゴルフ場でそれを尋ねたが、陽気にこう返ってきたのを覚えている。
「はっはっはっ、職務を疎かにはしてはいないぞ、フォルテシア君。
私も君とこうして仕事の息抜きにあてる日はちゃんと仕事を済ませてから来ているのだよ」
そう陽気に笑い、ゴルフ用の帽子にジーンズ、緑の半袖シャツ姿の
野神さんは陽気にクラブでボールをかっ飛ばしていた。
彼は常に先ほど私を迎えたような黒スーツにサングラス姿のSPを従えている。
彼らは野神さん直属のSPであり、警護以外にも野神家の警備も担当している。
元々は警察や自衛隊にいた者、更にはJGBだけでなくFBIやCIAにいた者など
国家を支える様々な機関に属していた経歴を持つ凄腕の猛者が多数所属している。
精鋭揃いの彼らが警備をしている以上、私との関係がマスコミに報道される事もないだろう。
たとえ、無理矢理誰かが来ようとしてもガードを固めて追い出してしまう。
また、ボーリングやゴルフなどは毎回野神さんが自費で施設を貸し切る。
野神さんはそれぐらい容易く出来てしまうぐらいの金持ちだ。
貸し切った施設も人が立ち入らないようSPによるガードで固められてしまう。
だが、野神さんも長いこと現職に就いているゆえにマスコミもその人柄を分かっているのか、
あるいはSPに圧倒されて近寄れないのか、正直の所これまで野神さんとのお付き合いでマスコミが押し寄せた事もなかった。
最も、それでもSP達のガードは貸し切った場所にバリケードを張ったり警備を強化したりと無駄に硬いのだが。
報道と言えば、JGBそのものが市民の目線では警察よりも影に隠れがちなのもあって
私が現JGB長官である事は事件の当事者などごく一部除いて殆ど世間的に知られていない。
私はマスコミに大体的に報道された事は一度もない。
彼らはJGBに関しては存在は一応認知しており、新聞などには名前こそ出るものの
トップが変わると報道される警視庁や警察庁などとは異なり、その人事に関しては一切報道されない。
現に、長年JGB長官を務めてきた楠木さんが亡くなって、
私が後を継いでも報道される事は一切なかった。
だが、これらが全てそうなっている理由はある。そう、JIAだ。
JIAはマスコミのJGBの内部への取材や密着を全て禁止している。
JGBは「警察や自衛隊では手に負えない事件を担当する組織」として表向きに通っている。
それを逆手にとり「国家最重要機密事項」と称して取材を申し込んでくるマスコミを追い返している。
その関係もありJGBはマスコミを使う事が出来ない。
そのため、今回の樫木麻彩の事件でもマスコミへの発表などは全て警視庁が行っている。
と、色々考えているうちにエレベーターが目標のフロアに到着した。ここは東京都庁37階。
エレベーターを降り、私達は並んで歩いた。
煌びやかな宮殿のような柱がある白い壁に青い絨毯が敷かれた広い高い天井の廊下を通り、
奥に見える左右の扉を大きく開けると・・・・
そこは奥まで広がる広い部屋。
長方形の白いカーペットが敷かれた奥まで続く長いテーブルがある。
テーブルの真ん中には金色の丸い土台の上にある大きな金色の器の上には
装飾用に作られたパイナップル、バナナ、ブドウ、リンゴなどの
果物が積まれ、その左右にはロウソクが置かれている。
私は入ってすぐ手前の席、野神さんはずっと
奥のテーブルに座るのが通例となっている。
左には大きな四角い窓が広がり、
大都市東京の街並みを一望出来る。
ここは都庁内にある客人を招いて会食を行うための部屋。つまり会食室。
アメリカやイギリスといった各国の要人が来日した際も
ここを使う事があるぐらいにおもてなしに力を入れて特別に作られた部屋である。
イギリスの王宮をイメージして作られた部屋だ。シャンデリアがいくつもある。
私達はそれぞれ決まった席につき、一つずつ来る
フランス料理のフルコースを楽しみながら時々会話を交わした。
最近起こった事件や他愛のない世間話、政治、経済の話など。
ヴィルが頭を悩ませていたジョギー・久留山・フォーランドによる作曲者偽装事件や
アメリカ大統領の選挙、株の話、また、国会で現在議論されている事など。
世の中の情勢について意見交換をしていく中で
特に作曲者偽装事件について、野神さんは強く嫌悪感を露にし、眉をひそめる。
「このような事が今後横行しては障害者福祉が詐欺と犯罪の温床となるだろう。
差別と偏見、風評被害を助長し、同時に障がい者を標的にしたイジメの火種になりかねんよ」
「世間からのイメージは人々の信頼を勝ち取るのに不可欠だからね。
それを壊されちゃ立て直しが非常に困難だ。
ソルジャーは障がい者と違って、"触らぬ神に祟りなし"と言わんばかりに
表社会では誰にも触れられず、別の意味で辛い状況だがね・・・」
ソルジャーはその身に宿す力もあって、普通の人間からは異端的に見られる事もある。
誰からもそうなってしまえば、表社会では正直な話、生きにくいだろう。
そして、その力は様々な意味で持つ者の人生を狂わせる。
当然、その存在は公に浸透していない。
表社会、つまり世の中がソルジャーという異端的な存在を受け入れようとせず、
良く見ないため、警察だけでなく、私達もそういう世の中の形を無理に変えようとはしない。
そして、そんな世の中の形の象徴が最も情報を発信するマスコミだ。
ゆえにその反動で、真実の捏造やオカルトが生まれている。
それに、無理に変えようとすれば・・・・更なる悲劇や混沌が生まれる。
ソルジャーという存在に圧倒され、その価値に目を輝かせた欲望にあふれた人間達によって、
好き放題にされてしまう事が目に見えている。
ソルジャーには障がい者のように政府によって作られた生活を
支援するための特別な福祉制度もない。
世間の風は冷たい・・・・・これが現実だ。
たが、普通の人間と違っても・・・・・
境遇や扱いは違っても・・・・
それでも普通に表社会を生きている。私達のように。
その事は野神さんも分かっていた。
野神さんは普段は非常に気さくでフレンドリーだが、物事を深く見ていて侮れない人だ。
障がい者のイメージがあの事件で悪くなった事で、
差別や偏見の被害に合う事を危惧しているのだろう。
私も・・・・今回の事件でイジメがいかにこの国が抱えている重大な問題かを知った。
食べながら話をしているうち、次第に話題はその事件の話へと切り替わっていった。
「まぁ、今回の事件もあって、学校へのイジメの対策についても各地で議論されるだろうけどね・・・・
ところで、フォルテシア君」
「はい」私は静かにハッキリと返事をした。
「今回の樫木麻彩によるイジメの復讐と世直しを目的とした殺人事件。
これを皮切りに今後日本の教育についてもう一度、改めて考え直す日が来るだろう」
「そこで聞かせて欲しい、この事件を捜査した者として・・・
JGB長官として、何を思ったか。何を見たか・・・・」
野神さんはナイフとフォークをそれぞれ皿の左右に置いて
真剣な物腰でそう私に切り出してくる。
来たかと言わんばかりに出だしの言葉を絞り出す。
私はこのチャンスを伺っていた。
そう、今回の事件を通して、また、その首謀者であった樫木麻彩の思想に触れて、
私の中でも考えた事が一つだけある。
それを今・・・・野神さんに話す。
「それは・・・・人の誰しも秘められた闇の部分です、野神さん」
「ほう・・・・・」興味深そうに反応を示す野神さん。
「はい。事件を直接捜査し、彼と直接対峙し、ぶつかり合う中で私は彼の心理の根源を知りました。
学生時代にイジメられた時の心の傷から来る憎悪と怨恨、
また、イジメを繰り返す者達への怒り・・・・・」
「彼はその時、抗っていました。自分の置かれた境遇に対して。
しかし、それだけではどうする事も出来なかった・・・・
そんな時、彼を弱虫から一気に復讐の怪物へと変えていったのが・・・・
私にもあるソルジャーの力です」
明確に彼が狂っていく過程が分かったのは彼を取り調べた時だが、
彼とビルで戦った時点で憎悪と怨恨、怒りを源とした彼の力は並々ならぬものだった。
「そうか・・・・負の感情に囚われていた彼の下に
女神の微笑みよろしく幸運にも奇跡の力が舞い降りたか。
そして、その剣を手に取った樫木は復讐者となった・・・・」
野神さんは当然ソルジャーの存在を知っている。
彼はソルジャーの力を奇跡の力と称し、後天的にソルジャーに
覚醒する人間についても知っている。
だが、そんな野神さんでさえ、ソルジャーの存在を世間に公表しても
無意味であると同時に逆効果である事は承知しているようで、
副都知事や政治家の権限を使って現状を何とかしようとしない。
最も、単に政治で解決出来てしまう問題ならば、
私が生まれるよりもとっくに前に解決出来ているのではないかとも思ってしまうが。
「はい。強大な力は人をあのような狂気へと変えてしまいます。
人の中に眠る負の感情をソルジャーの力が引き出してしまえば、
今後また同様の事件が起きかねません・・・・違いますか?」
人は負の感情に染まってどん底に叩き落とされた時、抗おうとすれば
そこから這い上がるための力を欲する。
しかし、余りにも強大な力は人を時に狂気へといざなう。
ソルジャーの力という・・・・通常の人間には持てない強大な力には
可能性と同時にそれに飲まれてしまえば、それだけの危険も併せ持っている。
「・・・・・・君の言う事は最もだ。そもそも、人間は欲の塊。
莫大な富を手に入れてしまえば、それを使って豪勢な買い物をしたがるのは当たり前だし、
人を殺す超人的な力を手に入れてしまえば、最も憎い相手を殺したくなる。それも当たり前」
「樫木麻彩も奇跡の力を手に入れた事で躍起になったんだろう。
誰も持っていない自分だけの力を手にした以上、それで世の中を変えられると・・・」
野神さんはそう言うとワイングラスに入れてある赤ワインを少し口に含む。
野神さんの言う通り、確かに樫木は自分の力に対して
絶対的な自信は最後まで崩さず、しぶとい相手だった。
今思えば、本当に力に飲まれていたかのようだった。
あれほどまでにしぶとく、諦めもしない復讐と歪んだ正義に
囚われた狂気的な精神はその表れだろう。
「そして・・・・次第に力に飲まれ、支配された彼は
綿密な計画と協力者の下、望むままにそれをやり遂げた・・・・」
私は野神さんの言葉のその後を付け足した。
「そういえば、協力者も聞けば、死んだそうじゃないか」
思い出したように野神さんが口に出した"協力者"というのは無論、ゼブルだ。
野神さんも今回の事件が気になるのか、JIAから近況を聞いていたのだろう。
「・・・・はい、他殺なのは間違いないと思いますが・・・・真実は未だ闇の中です」
「結果はどうあれ、彼らにとっては都合が良い結末だね」
しばらく、互いに少量の飲食をしながら沈黙が続く。
ゼブルだけはどうする事も出来なかった。
もっと早いうちに犯人が樫木だと掴めていれば、
ゼブルを逮捕する余裕も生まれたのかもしれないが・・・・・
レーツァンに彼の存在を教えられるまでどうする事も出来なかった。くっ・・・・
すると再び、野神さんは沈黙を破るように口を開く。
「今は教育に対して世間は荒れている。
これから先はこの状況にどう向き合っていくかが大切だ、フォルテシア君」
「はい、仰る通りです。この状況を沈静化させる事が出来るのは時間だけ・・・
人の手ではどうにもなりません。このような結果になったのには、私にも責任があります」
樫木に生放送をさせずに逮捕出来たチャンスはあった。
それを逃したのも大きい・・・・だが・・・・
今回の事件はそもそも犯人が学生の段階から溜め込んでいた憎悪によるもの。
「だったら・・・・もう二度とこのような悲劇を
繰り返さないための・・・私なりの一手が必要だと、私はあれから考えました」
私は自分の考えをしっかりと強く断言した。
そうだ・・・・もう繰り返さない、
同じ事を繰り返させない・・・・それが大切だ。
「その一手・・・・聞かせてくれないか?
ソルジャー絡みの事件から世間を守る組織の長として君はこれから、
この現状にどう立ち向かうのかを・・・・」
「はい・・・・・・」
決めていた事を話す時が来た。慎重にいこう・・・・
「ご存知の通り、我々JGBは未成年のソルジャーに対しても一応は動いています。
しかし、それは不十分なのではないかとこの事件で考えました」
「学校に関しても諜報部の小規模な専用部署が情報を収集し、
事件が起きた時やその可能性が高い場合に急行するだけ・・・・
イジメの問題など、学校内の問題に関しては扱っていないも同然でした。
例え、その問題の渦中にいる人物がソルジャーだったとしても」
この13日間の間に諜報部のその部署に直接確認をとった。
が、学校内の問題は教育統制委員会と学校側に任せる形であり、
JGBが大きく動く事はなかった。
JGBが動くのは学校で未成年のソルジャーが事件を起こした時、
或いはそれが絡んでいると思われる時だけ・・・・
前者に関しては警視庁を介してJIAを経由して緊急要請が出る。
「なので・・・・・私に考えがあります、野神さん。話を聞いて下さい」
「話を聞こうじゃないか。その君の考えを・・・・
荒れているこの状況だ、まずは話を聞いてからだが、話次第では協力も考えよう」
「はい。ありがとうございます」
野神さんの言葉に期待し、私はそれを話した・・・・・




