第6話 思いがけない歓迎
翌日。
私はとりあえずいつも通り、自宅で登校の準備をしていた。慣れない銀髪の髪が気になりつつも、私は朝食後、いつものセーラー服に袖を通す。
昨日は帰宅後に荻野先生に電話し、病院へ行った事と診察結果を報告して、軽く勉強をしているとなぜか自然に眠気がきて、畳んである布団の上で寝てしまった。
その後、夕方にまた荻野先生から電話が来たため、私はスマートフォンの着信音で目が覚め、慌てて電話に出た。
校長も教頭も状況を把握したようで、とりあえず様子見で私の登校が許されたようだ。先生からそれを伝えられた瞬間、私はホッと息をついた。この銀髪のせいで学校に通えなくなったら、どうなる事かと思った。
叔母さんの家に帰る? そんな事は到底出来はしない。学費やここに住むためのお金だって出してくれてる叔母さんのとこに今更戻れだなんて。
それにこのマンションにも簡単には行き着けなかった。全ては叔母さんとお義父さんのお陰だ。これまでやってきた事を全てフイにはしたくない。
準備が出来た私はドアを開け、鍵をするとバッグを片手に学校へと向かった。
先生から許しを得ている私は学校に到着するとそのまま真っすぐ自分の教室へと向かった。
やっぱり事情を知らない人からは私とすれ違ったり、姿を見る度に私の方を見てくるけど、気にしない、気にしない。
そして、私は自分の教室のドアを勢いよく開ける。すると、すぐ傍に同じクラスの男子、丸刈り頭の西川がいて、
「あ、黒條……おはよう」
「おはよう」
静かに挨拶してきた西川にいつものように軽く左手を挙げて挨拶するけど、私の姿を見て、なんか妙に引いた様子だった。
その様子はまるで私の事を怖がっているようだった。
どういう事だろう。この銀髪が怖いんだろうか。まぁ、無理もないか……この前まで黒髪だったのだから。
少しだけ不安になった私が何気なく普通に教室の中に入るとそこにいたたくさんのクラスメート達に一斉に注目の的となった。
ある人は自分の席につき、ある人は立っていて、みんなこちらを見ている。
よく見ると他のクラスの人も何人か混じってる。歩美は……いなかった。
次第に辺りがざわめき始め、私に不安を煽る。
先ほどの西川と同じようにクラスのみんなは私を引いたような目で、あるいは偏見的な目で見て、怖がっているようだった。
事態の収拾をつけるため、まず私から一声発する。
「これは……その……コスプレとかじゃないんだよ? カツラでもない。ちょっと自分でもよく分からないんだけど、原因不明の病気みたいで……」
「黒條。病気って言ったよな?」
控えめに私がそう訳を説明するとドスの効いた声で訊ねて私の前にやってきたのは同じクラスの小林。
小林。彼はこのクラスではだらしない男子達の大親分のような位置にいて、それを見せつけるかのようにリーゼントの髪をしている。顔つきからも強面な感じ。
「そう……これ、病気だから。突然、銀色に染まったの」
小林が来ても自分の髪を左手で指差して事情を軽く説明する。
「お前、認識間違ってる。その髪、どうにかした方がいいぞ。もうお前、人じゃなくて化け物だから。モンスターだから!!!」
「はっ……!?」
私は彼の忠告のような言葉とこちらを威嚇する大きな声に思わず、目を丸くした。一体、どういう事だろう。
化け物って……しかもモンスターって……この髪が妖怪に見えるから? なんで?
因みに彼はこれでもこのクラスの学級委員長。
学級委員長を決める際、他の人が手を挙げなかったのを見て、すかさず手を挙げて立候補し、今に至る。
事態に戸惑っていると目の前の強面な学級委員長が何やら回りの人に向かって語り出す。
「いいかよく聞け!!! 黒條はもう人間じゃない、列記とした化け物だ!!! ネットで探すと出てくるオーラをまとった人の姿してる化け物なんだコイツは。人殺しも出来る力を持った化け物なんだよぉ!!!」
そう切り出すと小林は教室にいる全生徒達に向かって大きな声でその場にいる全員に聞こえるように演説を続ける。
「お前らもよく知ってるだろ? たまにニュースや新聞で流れる原因不明の火災事故とか爆破事故とか……この前の不良がたくさん誰かに斬られて死んだ惨殺事件とか……そういうのって全部コイツみたいな変な奴の仕業なんだぜ!??」
「だからこそ、JGBがあって奴らを狩ってオレ達を守ってくれてるんだ!!! コイツがバレーボールで全国大会行けたのも、荻野や有村先輩にあれだけ贔屓されてるのも、全部化け物だからに決まってるんだ!!! 常人じゃねえ力あんだよ」
「ズリィよな、きっと勉強とかテストの答えとか全部分かって化け物特有の力使ってカンニングしてんだぜ!?しかも簡単だからって手ェ抜いてるんだ。それで一人暮らしものうのうと出来るんだ。犯罪だってきっとやってる」
「クズだよ。コイツは私利私欲しか興味ない正真正銘の不良ゴミクソ女だ!!!!」
すると辺りに立っていたり、席に座ってこちらを見てる連中が「えー、マジー?」だとか「許せねえ」だとか、「キメー」だとか、罵声と雑音をたて始める。それらが私の心に容赦なく突き刺さっていく。
やめて……やめてよ……
「化け物は退治しねえとな!!! 化け物退治屋のJGBに通報して引き渡すのもいいんじゃね?」
追い打ちと言わんばかりに小林の私への偏見と誤解交じりの過激な演説に一人の男子生徒が賛同する。それは同じクラスの木村。よく小林とつるんでる背の小さい短髪の男子だ。
「黒條。JGBもきっとお前の事をこう言うよ。生きてる価値ないって。ハハハハハハハ!!!!」
そうこちらを嘲笑い、小林と木村に賛同して演説に加わったのは同じく彼らの仲間である西。彼らよりも背が高くてごつい体つきと顔つきが特徴。
「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! アハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
西の笑いと共に教室中が私を嘲笑い、嘲る気味悪い笑い声で包み込まれる。
ある人は私を疎む目で、ある人は私を軽蔑する眼差しで、ある人は私を怖がる目で私を睨み、そして、ある人は……小林らに便乗して大笑いし、罵声と言葉の暴力を浴びせ続ける。
「怖い」「死ね」「うざい」……他にも下品な単語が罵声となって私に突き刺さる。
そんな集中砲火を前に私はただ不安ばかり。どうすればいいのか分からず、反論する事も出来ず……
涙をこらえて、泣きそうな顔で、今にも崩れ落ちそうな顔で回りを見て立っている事しか出来なかった。
「うっ……いやあっ!!」
すると小林は私の銀色の横髪を右手で掴んで教室の出口にいた私を教室の中へと引っ張り、私はただ引きずり込まれた。
ぐっ……離せ……!
抗っても離れない。抵抗しても髪から来る痛みに耐えられず、引きずり込まれるだけ。周囲のみんなはただ、こちらを嘲笑っているだけ。誰も助けてくれない。くっ……
「うわ、キモい髪の毛だな!!! 黒條、いや白條!!!! 今どんな気持ちだよ!!!言ってみろよォ!!!!」
教室の中に引きずり込まれると右手で横髪を掴まれたまま、小林は私の顔を見て、威嚇する声で私を脅かしてくる。
「悲しいに決まってるでしょ……こんな事されたら……」
「悲しい。ねえ……だったらよ、オカンにでも助けを呼んでみたらどうよ?」
「ママ―、パパー、あたちを助けてよーーーーーーーーー!!! ダメだ、こりゃ傑作だ、笑いが止まらねえや、ふヒャハハハハハハハハ!!!」
小林に便乗して木村も絶対に私じゃありえない不愉快なモノマネをする。
やめて、やめてよ……私の叔母さんとお義父さん引き合いに出すの……こんな姿、とても見せられない……
不愉快だ……
「あ、そういえば、お前のパパとママはもう死んじゃっていないんだっけ? こりゃ失礼、アハハハハハハ!!!」
アハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!
くっ……なんて奴だ……冗談でも許せない。冗談のような言い方が不快だ。今はいないお父さんとお母さんの事まで引き合いに出して馬鹿にするなんて……最低だ。
写真で見ただけのお父さんもお母さんも凄い優しい人だったって叔母さんからは聞いていた。私が生まれた時も笑っていた。私を愛してくれたという。
今はもうこの世にいないけど……許せない。お父さんとお母さんを馬鹿にするなんて……
彼らがどうやって私の素性知ってるのかは不明だけど、長い学校生活だ、自然とどこかから情報が漏れたのかもしれない。でもとにかく許せない。
今はもういないとはいえ……私を生んでくれた親をバカにするなんて、明らかに非常識だ。
「パパー、ママー、えーーーーーん」
「なんだよ、それガキかよ、アハハハハハハハハ!!!!」
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
木村がまた、ふざけたモノマネをして、西が突っ込み、笑う。そして、周囲の野次馬達も悪乗りして笑う。
黒髪の時とは大違いだ。どうして、髪が変わっただけでこんな……
みんな……どうしちゃったの?
すると小林は今度は私の後ろ髪を引っ張って振り回しながら、
「おらっ、オレが引っ張ってこのキモイ髪の毛、全部切ってハゲにしてやるよ!!! 誰かハサミ持ってこい!!! オレが抑えてる!!! みんなで全部このキモイ髪、切ってやろうぜ!!!! 化け物退治だ!!!」
「やめて!!!! やめてよ!!!!!」
私は後ろの長い髪を引っ張る小林の手を切り離そうと抑えて暴れて、必死に抵抗する。私の顔は後ろ髪から引っ張られ、小林の左手で無理矢理、頭を下に抑え込まれ、床の方を向けられながら後ろ髪から引っ張られている。
次第に木村、西にも両手を取り押さえられ、木村が自分の机から持ってきたハサミで小林が私の長い銀髪を後ろから、今にも切り刻もうとしていた。
後ろから迫り来るハサミの気配を感じ取った私は必死に身体を揺さぶって暴れ、掴みかかる三人の手を振りほどき、彼らの足を踏んで怯んだ隙にやっと解放された時だった。
「こらあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!! やめなさい!!!!!」
教室の外から凄まじい怒号が響き渡る。
その声が教室に響いた瞬間、三人はおろか、その場にいた全員が静止し、その方向を向いた。私も、その声がしたその方向を見た。教室の出口の前に立っていたのは今、入ってきたばかりのよく知っている顔だった。
「歩美!!!!」
その声の主は歩美だった。私にとっては唯一の味方だと信じたい。歩美はとても怒り心頭な顔で三人に詰め寄る。
「アンタ達、これは一体どういう事よ!!! 零さん、嫌がってるじゃない!!!」
「これは……単なる遊びだよ。美容師のマネ」
小林は唖然としながらも先ほどやってた事とは大違いなウソをつく。明らかにこんなの美容師の真似事なんかじゃない。拷問だ。
「でも、だったらなんで零さんにこんな酷い事をしてるのよ!!! 零さん凄い嫌がってるでしょ?」
「嫌がってるとは知らなかったからやったんだよ」
今度は西が更にイラつかせる言い訳をする。
「第一、昔からよく言われてるけど、される奴にも責任あるだろ。それに銀髪の化け物なんだぜ、そいつ。される方が悪いだろ」
続けて木村もひねくれながら言い訳がましい事を口に出す。木村が言った事に対し、歩美は凄まじい憤りの目を見せる。
「化け物……? 零さんのどこにそんな証拠があるのよ!!! 銀髪ぐらいで!!!」
「化け物だから化け物なんだよ!!!! 銀髪の女なんておかしいだろ? だいたいコイツの今までの成績も、テストの問題をカンニングしたからあるようなもんなんだからな!!! 成績が中頃なのもきっと手を抜いてるんだ。簡単すぎてつまんねーってな!!」
「一人暮らし出来てるのもきっと万引きやってんだよ。コイツの髪の色がその証拠だ。黒髪だったのに銀髪になったっていうだろ? この髪の色はな、化け物だからそうなってんだよ!!! モンスターなんだよ!!!!」
木村が言いがかりにも程がある主張をしていると、続けて小林も強引な意見を無理矢理、大声で押し通してきた。
「どうして一方的に決めつけるの!!! ただのこじつけよ!! 零さんがカンニングや万引きなんてするわけないじゃない!! どんな理由であれ、銀髪になっても零さんは零さんでしょ!!!」
「こんな化け物、いずれオレ達を殺しにかかってくんだよ!! だからオレ達は調子乗りまくりのこの化け物クソ女を排除するんだよ!!! これは正義の聖戦なんだよ!!!」
「ふざけないで!!! ただのいじめじゃない!!! こんな事してて楽しいの!?」
「うるせえ、オレ達は正しいと思ってやってんだよ。人間様脅かす化け物を退治するんだよ。これって名誉ある事だろ? だからやんだよ!!!! こんな化け物女、JGBに引き渡した方が世の中のためだ!!!!」
歩美と小林の熾烈な口喧嘩。そこの間に木村が入ってきて、
「おい!コバはな、将来はJGBに入りたいんだ。だから、この銀髪女を献上する事で、あの長官のフォルテシアちゃんに気に入られてえんだ!! 笹城、お前、人の夢踏みにじるサイテーなクソ女だな」
口喧嘩に便乗して、小林に加勢して今度は木村が歩美に突っかかってきた。
「ホント、クソ女だよな!!!! 何様のつもりだよ、金持ちお嬢様」
木村にまたも便乗して西が強く歩美に罵声を浴びせた。
「そ、そういう事じゃなくて……くっ……」
歩美の目が悲しそうな目に変わってゆく。くっ、歩美の家の事まで……こいつら……
「おい、バカ、木村。オレの夢勝手に出すな」
「いてっ」
小林が木村の頭を平手で叩く。
「歩美……もういいよ」
私のために怒ってくれる歩美にこれ以上、自分の代わりに痛い目にあって欲しくない。そう考えた私は歩美を制止した。
それにさっきからコイツらが歩美に言った事は私でも聞いてるだけで腹が立つ。
「えっ……?」
「これ以上、歩美を傷つけるわけにはいかないから」
私が歩美を制止しているとちょうどいいタイミングで――
「おーい、お前ら何してるんだ? 違うクラスの奴は教室戻れ。ホームルーム始めるぞ~。席につけ~」
バインダーを持って教卓側の入口からドアを開けて荻野先生が入ってきた。すると私と歩美の回りに集まっていた面々は黙ってゾロゾロと自分の席についていき、隣のクラスの野次馬達も元のクラスに戻っていく。
思わず、ホッと息をし、私や歩美も自分の席へと向かう。とりあえず、この場は何とか乗り切る事が出来たようだ……
それからいつも通り、授業が始まったものの、この騒ぎでなかなか授業に集中出来なかった私。化け物やモンスターとか呼ばれたけど、本当に髪が銀髪になったぐらいで私は化け物なんだろうか?
小林達の言葉に不信感が募るばかりだった。
その日の給食の時間の事だった。この学校では、基本、給食は班ごとに机をくっつけて集まって食べる。いわゆる小学校と同じ形式なんだけど……
「白條と一緒に食べたくなーい」
「あっち行こ。白條は来ないでね。キモイから」
班が同じゆえ、いつも一緒に給食を食べる女子グループに拒絶された。あっさり拒絶された。その後も、無視されたり、時には遠くから悪口を吐かれ、陰口を叩かれ、私の心に暗い影を落としてゆく。この前までは一緒に給食を食べながら、時に楽しく話だって出来たはずなのに……今までこの学校でいじめられる事もなかったのに……まるで扱いが別人のようだ。
そもそも一体全体、どういう事なんだろう。私が昨日、病院に行っていた間に何があったんだろう。まるで違う学校に来てしまったかのようにみんな冷たかった。
同じクラスの人に廊下で話かけても無視されたり、避けられたり、挙句の果てには「邪魔」「死ね」「化け物」とか暴言を浴びせられたり……ふざけ半分にしては度が過ぎていた。
私は思い切って、その光景を遠くからしょんぼりとした顔で見ていた歩美を放課後、誰もいない物置き部屋に連れ込んだ。
物置き部屋はドアにある四角い窓から微かな光が差し込んでいるぐらいで、暗い。そして静かだ。
「歩美、これはどういう事なの? なんで髪が銀髪になったぐらいで私がここまで……」
「それは……」
すると歩美は困惑した表情で目を少し背けて、怯えたように小さい声で……
「凄く辛くて悲しい事だけど……いい? あと、零さんがもっと危ない事になる可能性があるから聞くなら他言無用ね……」
「うん、危ない事ってなに? 内緒にするからお願い、教えて!! 悲しい事でも覚悟は出来てる!」
私は歩美に両手を合わせ、必死に真剣なまなざしで懇願した。とにかく、私は知らないままでは我慢出来なかった。
「分かった……辛いと思うけど、よく聞いてね」
歩美の表情からは今にも泣きそうなほどの切なさを感じた。それだけ言いにくい事なのだろう。私は息を呑んだ。
「実は昨日ね、零さんが銀髪になっている姿をスマホの写メで盗撮した人がいて、これがその写真なんだけど……」
歩美はそう言うとそっと自分のスマートフォンを懐から取り出し、私に見せてくれた。その写真には職員室から出てきて今にも病院へ向かおうとする私の姿がくっきりと映っていた。
「ねえ、どうして……これを歩美が持ってるの?」
「木村が銀髪になった零さんを盗撮して、この写メを無差別にクラス関係なく一年生全体に配布したの。それに加えて小林と西が零さんを化け物だとかみんなの前で論して回って扇動したからあんな事に……」
「どうして……どうして、こんな事に……」
私は取り乱しそうになった。本当にどうしてこうなったのか分からなかった。不安と同時に恐怖が私を襲う。だけど、歩美は話を続け、とっさに正気に戻る。
「零さんも知ってるでしょ? たまにテレビで見る原因不明の火災事故や爆破事故とか殺人事件とか……小林も言ってたけど、それらは噂だと色んなとこにいる人の姿をした化け物のせいだって……」
確かにテレビのニュースだと、時々というか、稀にそういう原因不明の物騒な事件が映ってる事がある。新聞にもそういう記事がある事はある。
小学生の頃からそういうニュースも見かける事はあった。
殺人や火災、爆破以外にも俗に言う神隠しにあったと言われる行方不明者とか……神隠しがこれと同じかは私にも分からないけど。
その場面が一瞬、私の視界によぎった。テレビでは報道されないけど、インターネットの世界ではそれらは人の姿をした化け物のせいだって紹介されているとか。私はそういうのあまり見ないけど、小林はさっきそれを言っていた。
歩美は話を続ける。
「中学生で髪を黒から突然銀髪にするのって常識的に考えてもおかしいし、突然変わったと見る動きが大きいから、その化け物だって簡単に浸透しちゃったと私は思うんだ」
「歩美……」
「それでね、誰かが零さんに味方したり、異議を唱えるような行動を見せた場合、当然仲間外れにされるから本来、いじめに消極的な人でも小林に味方してるの。殆どが零さんを怖がってる事には変わりないんだけど……つまり、小林達の圧力による独裁が始まったの」
「ひどい…………」
信じられない、まさかたった一日でこんな事になっていたなんて……私はしばらくうつむいた。私の頭の中で怒りと共に暗くどんよりしたものがうねうねしている。
私が化け物だから、みんな怖がって……差別して……果てにはモンスター呼ばわり……まるで人種差別、魔女狩りみたい。
でも、学級委員長が小林だからこんな事を一日でやってのけたのかもしれない。目立つゆえか、発言の影響力も大きいから。
「それでさっき、言うと私が危なくなるというのは……?」
私はそっと歩美の顔を見て尋ねた。
「それはね。……言いにくいけど、小林は零さんに今の状況が漏れるような事があったら、JGBに通報するって言ってるの」
「JGB……」
冷たい空気と共に私に戦慄が走る。引き渡すとも言ってたけど、あの組織に通報だなんて……いくら何でもやりすぎだと思う。
JGB。それは「ジャパングレートバトラーズ」の略、正式名称は日本国家保安委員会。昔、何かの本で読んだ事があるし、小学生の時も社会科の授業でちょっとやった。
確か、警察や自衛隊ではとても手に負えない事件を中心に担当する国家機関で、主な仕事はそういう重大な事件に関わる者を捕らえ、場合によっては最悪、粛清して日本の治安を守る事だという。他にも治安維持と平和のために警察や自衛隊などと並んで様々な活動をしているという。
また、警察でも対処が難しい危険人物に対処するため、警察とはまた違う形で精力的に動いているらしい。小林の言い分を鵜呑みにするのなら、私のような人間がその"危険人物"なんだろう。
私も仮にその危険人物に含まれるなら、呼ばれれば間違いなく逮捕か最悪粛清されるのかもしれない。
来たらまず勝てない。実際、警察と連携する事でJGBに潰された暴力団や犯罪組織、警察が指名手配中の凶悪犯も多いと新聞で読んだ事がある。
「もし、JGBが学校に来たら、零さんは勝てる? 勝てないよね?」
「勝てるわけがないよ……大人しく捕まるしかない」
「これはちょっと盗み聞きした情報だけど、もしも、JGBの捜査が学校に入ったら、色々と騒ぎになるし、零さんをいじめて学校をやめさせようと考えてる人もいるみたいなの」
「なんて事を……みんな自分勝手……」
悲しくなってくる。みんな自分の保身しか考えてない。もはや、思いやりのかけらもない。みんな良い友達だと思ってたのに……失望した。
「ねえ、ところで歩美はさ……どっちの味方なの? 私なの? 小林なの?」
私は唯一の希望にすり寄るように、恐る恐る歩美に尋ねた。すると歩美はこちらを励ますような笑顔で、
「大丈夫。勿論、零さんの味方だよ。さっき反逆しちゃったもん」
「昨日までは服従するフリをしてたようなもの。私も昨日は怖かったんだよ。みんな扇動されちゃってさ……早く零さん来ないかなってずっと思ってた。あと、今さっき私が言った事はアイツらにバレなければJGBも来ないし、たぶん大丈夫だよ」
「ありがとう……歩美……」
明るくて気が強い笑顔、それが歩美の特徴とも言うべきものだった。何だか凄い安心出来る。ちょっと甘えてしまうかもしれないけど、耐えられない。歩美しか頼れる人はいなさそうだ。なら……
「あ、あの、歩美……一生、私の味方でいてくれる?」
寂しさからまるで告白のような質問をぶつけてしまう私。たぶん、もう味方は歩美しかいないから。
「うん……化け物と呼ばれても、たとえJGBに狙われても、零さんは零さんだもん。私にとっても数少ない友達だからね。裏切ったりしないよ」
そう言って、歩美は私の身体を強く抱きしめた。
「それに、零さんの髪が銀髪になった時は何か体に異変があったと私も思ってたから。自分から染めるなんて零さんらしくないから」
「ぐすん……ありがとう……歩美……」
私は歩美に抱かれながらもたまらず涙を流す。もう、溢れる涙が止まらないほどに。
「零さん……」
その後、涙を拭き、抱擁を解く。
「ねえ、化け物って言われてるんだったら、零さんは何か超能力とか使えそう?」
「悪いけど、小林が言ってたような力を使ったカンニングとか万引きなんて出来ないし、やってない。全部アイツのでたらめ。でも、こうなってから身体が軽い気がするから何か……髪以外の事で変化があるんだと思う」
私は銀色に染まった自分の横髪を左手でそっと触りながら歩美の質問に答えた。身体が軽いのは確かだ。身体能力が上がったのも。
「ところで、突然、髪がそうなったんだよね? いつ?」
「有村先輩に告白して家に帰った後、夕食作ってる時に突然、激痛が走って……怖かった……痛みに蝕まれる中、髪がだんだん、銀髪になっていって……そしたら激痛も消えたの」
「ホント、どうしてそうなっちゃったんだろうね……でも、きっとこうなったのなら何かあるはずだと私は思うな! 私もそんな症状を起こす病気、見た事も聞いた事もないから」
「そうだよね。でも、事前に兆候はなくて突然なった。だから他に何か特殊な理由があるんだと思う。自分でもよく分からないけど」
「あ、因みに今はどこも悪いとこはないの。走る速度が速くなったぐらいしかない。病院に行っても訳が分からなかった……」
とっさに慌てて左手を横に振って悪いとこはないのをアピールする私。
「それだったら、やっぱり、病気とかじゃなくて、化け物になっちゃったんじゃないかな?」
「ごめん、歩美。私を化け物って言わないで……」
「ああ……ごめん。もう言わない……今の無し。ごめんね」
化け物と呼ばれると自分が人じゃないような気がして嫌だった。そんな時、歩美は思い切ってある提案をしてきた。
「あ、そうだ。よく本とかで読んだ事あるんだけど、超能力者や魔法使いは念じればパワーを出せるって聞いた事あるの。走る速度が速くなるって事は身体能力が上がってる証拠だから、何かパワーが身についてないかやってみるといいんじゃないかな?」
歩美は右手の指を立ててこう言った。
「念じる……か。確かに漫画とかでよくある話だよね」
「そう! 強く念じれば、手から破壊光線をババババババーーー!! って撃てたりとか、回りの物を衝撃波で吹っ飛ばせるアレだよ!!」
「破壊光線はちょっと怖いけど……ふふ……そうね。今度、誰もいないとこでやってみる。どうなるか分からないから。冗談のようだけど」
歩美のそういう明るさとポジティブさは、見ているとどこか安心出来る。先ほどまでの張り詰めた緊迫感が一気に薄れてゆく。
「そうよね。もし、そうなったら本当に常人じゃないって証明しちゃうもん」
歩美もくすくすと笑いながら言った。
「ああ、これは勿論、自分の体の変化に気付くきっかけになればと提案してるのであって、決して、破壊活動を誘発させるためじゃないからね。あは、あはは……」
と、慌てて念を押すように困り笑顔を浮かべる歩美。
「分かってるって、歩美。でも、少しだけこういう話をしてて気が楽になってきたかも」
「元気を取り戻せたのなら、私も嬉しいよ。これからもたぶん、今日のような事が続くと思うけど、何かあったら必ずすぐ助けるから。困った時は呼んでね」
そう言って、歩美は右手を差し伸べてくる。
「うん……ありがと……歩美……」
私も歩美の差し出してきた右手に右手を差し出し、そして、残った左手で歩美の手を包み込む。歩美も左手を出し、お互いの手を包み込み、握手を交わす。
「ありがとうは一回でいいよ。何があっても私は味方だよ。お互い、頑張ろ。零さん」
歩美はそう言って微笑んだ。
私にも……味方がいるんだ……
かすかな希望を感じた瞬間だった。今日は最悪の一日だったけど、一人だけ味方がいる……これほど嬉しい事はなかった。
先生に言うのは、私としても情けない気がしてならないし、今回の件はただ事ではないので、言ったら言ったでまた騒ぎが連鎖するだろうし、通報される可能性もある。
凄い苦しい状況になってしまったけど、味方はいるんだ。しばらく歩美を味方に頑張ってみる事を決意した私だった。
だけど、このやりとりが後に重要になるなんて……この時はまだ考えてもなかった。