第37話 復讐の果て
落ちていく。背後の空気を突き破って・・・・・
樫木麻彩に床に押し倒され、暴行を受けた私。
しかし、彼の拳の力が恐ろしく強すぎたのか、私を殴り続けた衝撃は
私が倒れる床にまで響き、更に私と樫木の体重も合わさって、
私は樫木に押し倒されたまま真っ暗で何も見えない奈落の底へと落ちていく。
既に6階の床は先ほど奴がレーツァンを落下させた際に穴が空いていた。
その際の床の強度のダメージも相当なものだったのだろう。
この下はビルの5階だ。落下している間、私の膝の上に座る事で
私を動けなくしていた樫木も空気の流れによって私から離れていく。
仰向けの私と違い、頭を下に真っ逆さまに。
このままでは頭ごと激突してしまうが・・・・そう考えていた矢先だった。
「これで・・・・・・・・終わると思うなぁ!!!!」
樫木がそのままの体勢で怒鳴ると彼の姿はスっと消えた。
ふと、下を見ると5階の床がすぐ下に見える。コンクリートだけで何もない。
私は落ちながらも体勢を立て直し、その場に綺麗に着地する。その直後だった。
「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
大きな勇ましい掛け声が誰もいないのに聞こえる。
対する樫木も私の正面に着地したのか、猪突猛進と言わんばかりに突進してくるのだろう。
辺りは光もなく、暗闇で向こうは透明で姿は見えないが向かってくるのは気配で分かる。
・・・・・だが、先ほどのような互いに手を手を合わせ、
頭をぶつけ合う接戦になれば、また押し倒される危険がある。
そうなれば、また同じ繰り返しになる。だったら・・・・・
私は向かってくる樫木を避けて、その場から右へと跳んで移動する。
「グッ!!!」
ズギャン!!!
何もないのにいきなり背後の灰色の壁が声と音と同時に凹んだ。何かがぶつかったように。
そこには大きな凹みが出来上がった。だが・・・その瞬間、
ズギャン!!!!!!バシャーーーーーン!!!!!
壁の凹みが大きな音を出して砕けると大きな穴が壁に開く。
ちょうど人ひとりが通れるその穴の向こうには夜の船橋の街の景色が見える。
光の代わりに夜の冷たい風が穴を通してグッと建物に吹き込んでくる。
建物の外に向けて穴を開けた・・・・・まさか・・・・・あっ!!!
「樫木麻彩!!!逃がしません!!!」
私は逃すまいと穴に向かって走った。
穴を使って逃げるつもりだろう。逃がすわけにはいかない。
ここで逃げられたら・・・・・
「うあぁ!!!!」
走る私を逆に何かが正面から丸く硬い何かが腹に直撃した。
くっ・・・・・・不覚・・・・・
私は走る方向とは真逆に吹っ飛ばされた。
だが、すぐに宙返りからの受け身をしてしっかり正面を向いて立ち上がる。
壁に穴を開けたのは脱出路を確保するためだろうか・・・?
それとも・・・・ブラフか?
来る。透明の樫木が正面から攻めかかってくる。ナイフを出してる暇はない。
今まさにこちらの顔面に向かってくる見えない拳に対して、
反射的に右へと避け、間一髪で左手を前に出しその拳を掴み取った。
「ぐ・・・・・ぐっ・・・・・!」
唇を噛み締める樫木の姿がそっと現れる。唇を噛み、力を入れてくる。
私が掴み取ったのは右手。
だが・・・・・左側がガラ空きだ。
そこを突いて、
「ぐほおおおおおぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
私は素早く右足で樫木の左足を踏みつけた。樫木は泣き叫ぶように叫んだ。
左足から痛みでバランスを崩した樫木は右手の力も緩み、バランスを崩し、怯んでいる。
今だ。私は空いている自分の右手の拳を樫木に放った。
「はぁぁっ!!!」
「ブゥぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
樫木が少し吹っ飛んで、目の前で仰向けに倒れた。
それを見計らって私はすかさず走って突っ込んでいく。
だが、すぐに樫木も起き上がり、応戦と言わんばかりに
再び能力で姿を消して、すぐに反撃に転じてくる。
が、突っ込んでは来ない。
私は念のため、後ろへと下がり距離をとった。
再び反撃を許す前に樫木がいると思われる方向を気を落ち着かせ探り出す。
左か、右か・・・・・正面か・・・・・・
静寂に満ちたこの部屋のどこかに奴はいる。
・・・・・・・・・・。
「そこっ!!!」
すると、左側から何も場所にコンクリートにそっと足をつける足音が聞こえたので
左手のナイフをすかさず投げつけた。
その瞬間、上のフロアでも目撃した無数の樫木による影分身が私の前に突然現れた。
目に止まらぬ早さで動く樫木が私を取り囲んだ。
「なにっ!?」思わず、私は目を丸くした。
本物はどこにいる?どこから攻めてくる?
するとその影分身はいきなりパッと姿を消し、
一瞬だけ樫木一人の姿が現れると樫木は再び、姿を消した。
「消えた!!?」
「うアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!!!!」
すると予想外の方向から獣の雄叫びのような声がした。
その方向は正面の空中斜め上。
今にも樫木は空中から私に右手を上げて殴りかかろうとしていた。
その目はまるで、獲物に飛びかかる狼のような目。
しかし、透明状態になっていないために狙いをつけるのは容易だった。
先ほどの影分身は私を惑わすためのものだろう。
惑わせた後で、姿を消して高く飛び上がり、空中から私に飛びかかる・・・・
透明になる能力と身体能力を併用し、瞬時に消えたように錯覚させたという事か。
私は今まさに右手の拳で空中から飛びかかってくる樫木を避けるべく、
後ろへと出来るだけ下がり、距離をとった。
すると空中にいる樫木は体勢を変える事なく空中からそのまま地上に飛びかかり、
拳を思いきり床に叩きつけ、樫木の足元には大きなひび割れが出来た。
樫木は私の方を見て低い姿勢からそっと立ち上がった。
「僕は・・・・復讐の邪魔をする奴も許さない・・・・・!」
こちらに牙を剥く言葉を静かに吐き、
一歩、また一歩とこちらに迫ってくる樫木。
来る!!
樫木は上のフロア時同様、体を白い光に包み込むと
素早く三人に分身、三人の樫木は横に並んで一直線で
次々と私に向かって走って襲いかかってくる。
この分身に実体があるのかは不明だ。
先ほど使ってきた時は分身からの影分身に
繋いできたのでただの形だけともとれる。
ひとまず、ここは遠距離攻撃で確認してみる他ない。
私は一番前を走ってきていた一人目の樫木に
左手でナイフ一本を投げつけた。
ナイフは樫木をすり抜け、床に跳ね返されどこかへ
金属の音をたてながらカランカランと弾け飛んだ。
あれは偽物。無視しても違いない。
続けてその次に走ってくる二人目の樫木にも右手で一本、
ナイフを取り出して投げつけるがそれもすり抜けて同様に床に当たって弾け飛ぶ。
と、なると・・・・最後の一人が本物の樫木。他は形だけの幻。
私は両手にナイフを三本ずつ装備し、それらをまとめて
腕をクロスさせ、向かってくる樫木に思いきり投げつけた。
ナイフ六本はバラバラに列を組んで樫木に飛んでいく。
「・・・・・・ハッハ!!」
木は軽く笑いながら走りながら姿を消して次々と
向かってくる私のナイフをやり過ごす。
同時にハリボテである分身も姿を消す。
彼は実体までは消せない。姿を消して避ける事で
透過したと思わせ、私を惑わす算段か。
そう考えた直後、いきなり樫木が目の前に突然姿を現し、
右手の大きな拳を突き出してきた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
突然、現れた樫木の力強い一撃に対して私も反射的に反対の左手の拳を前に出す。
「うっ・・・・!」
私と樫木、二つの拳が同時に放たれる結果となった。
私の左の胸元に樫木の拳が、私の拳は樫木の右胸に突き刺さっている。
くっ・・・・樫木の憎悪がこもった一撃・・・・かなり来る。
「がぁっ・・・・・・!」
私の一撃も・・・・既にボロボロとはいえ、
樫木にどれだけのダメージを与えられたかが分からない。
何度も立ち上がってくるからだ。
だが、痛々しい声を出している辺り、効いてはいるようだ・・・・・
「ぐ・・・・・ぐぅぅぅぅぅぅ・・・・・・!」
「く・・・・・・く・・・・・!」
樫木が唸る声をあげて拳を胸元にひたすら押し付けてくるので
私も樫木に拳を力をこめて押し込む。
くっ・・・・・・女に生まれた者として、
男に気安く胸は触られたくないものだが・・・・・
「僕は・・・・・復讐をするんだ・・・・!今の日本の教育は腐っている・・・・
それを僕が・・・・・修正してやるんだ・・・・・!ぐぅぅぅぅぅぅ・・・・!」
「あなたがやってる事は・・・・・ただの独りよがりです・・・・!」
「独りよがりだと・・・・ふざけるなァ・・・・・ぐぅぅぅぅぅぅ・・・・!」
樫木の拳の力がより一層、強まる。
「今まで多くのイジメ自殺した被害者の遺族が散々学校や教育統制委員会の
対応に苦しんできたと思ってる・・・・・?
繰り返されてきた悲劇は・・・・誰かが断ち切らないといけないんだよ・・・・!」
「その考え方だけは・・・・正しいです。悲劇は繰り返してはなりません」
「しかし・・・・このような凶行に及ぶ以前に他の方法で
それを変えようとは思わなかったのですか・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・。」
私の発した言葉で樫木の動きが一瞬止まる。
「・・・・・・・・ハン」樫木は息を吐き捨てた。
「そんな方法は無意味だ。そんなモノで解決しているのなら、
とっくの昔に誰かが解決しているハズだろう・・・・?
僕はこの最強の力を手に入れてイジメを恨んでからこう思った・・・・」
「イジメを楽しむバカは言い聞かせても無意味。
誰かが殺らないとこの先同じ悲劇はまた繰り返されるってねぇ・・・・・!!」
軽く嘲笑って返してきた樫木。その信念は執念深かった。
「樫木・・・・・・・!くっ・・・・・・!」
「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・・・!」
そして、唸り声と共により強くなる私の左胸を圧迫する樫木の拳。私は持ちこたえる。
私も樫木の右胸を突く拳に思い切り力をこめる。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・!」
樫木も苦しむように破裂しそうな唸り声をあげる。
「ぐ・・・・・・・・ぐっ・・・・・・!」
私もひたすら耐える。
もう・・・・彼には後悔も何もないのだろう。
自分の一生を無駄にしてでも、彼はイジメへの復讐をやめないのだろう。
やはり、自らに宿ったソルジャーの力と
世間で繰り返されてきたイジメ自殺事件と自分が受けたイジメへの憎悪と怨恨・・・・・
それが樫木を執念深い殺人鬼に変え、歪んだ正義を持たせた原因。
これ以上・・・・・好きにさせるわけにはいかない。
樫木の行いを正当化してしまえば、
民間人に対する殺人を容認するようなもの。
秩序を乱すソルジャーから表社会の平和を守る事が我々JGBの使命。
日常の表社会と非日常の裏社会の境界線に立ち、
表社会を守る事・・・・それが我々の責務。
裏社会という、"長い時の中で出来てしまった闇"から来る脅威から表社会を守る。
JGBとして・・・・また、一人の人間として・・・・
このような事はやめさせなければならない。
なんとしても・・・・・!
感情が最高に達した私は気を静め、全身の力をそっとたぎらせた・・・・・・
「な・・・・・なんだこれは!?」
樫木は戸惑っている。
それはそうだろう、長らく裏方に徹し、より強い相手と
戦った経験もない彼には想像もし得ない力を放っているのだから。
その証拠、私は今、金色の光に包まれている。
彼も彼で憎悪と怨恨、そして怒りを糧に凄まじい力を放っていたが、それは感情だけの強さ。
その感情だけならば、ソルジャーなら・・・・気持ちがあれば誰にでも出来てしまう。
私の持つ力は・・・その一歩上をいく。
あの人(楠木さん)との何百もの鍛錬の下、研ぎ澄ました・・・
思いが最高潮に満ちた時、それを更に引き上げる感情のコントロール・・・・
この身から溢れる暖かい金色の光・・・・
強い心をこめたソウルのオーラ・・・・・
それは悪を断罪し、更に歪んだ正義を打ち払う・・・・
「ぐ・・・・ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!なんなんだ、これは!?
眩しいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
私の光のあまりの眩しさに樫木は拳を離し、悶え苦しみ、
驚愕し、動揺し、直接攻撃を加えられない。
光に包まれた私は苦しんで動けない樫木から左手を離し、力をこめた。
全身から溢れるこの力を・・・・・この右手に集中し・・・・
今こそ解き放つ!!!!
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
私は樫木に金色の光に満ちた右手の拳を放った。
「あ、あ・・・・・・や・・・・・
やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!
「ブゥぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
金色の光に満ちたとどめの一撃。
辺りの闇を眩しい金色の光で照らし、放った一撃。
それは外側の壁を打ち破る大爆発と共に・・・・
樫木の野望を跡形もなく打ち破った・・・・・




