第34話 邪悪なる力
「よォ・・・・・この時を楽しみにしていたぜ・・・・樫木ィ!!!」
壁を破って現れたその男はゾクゾクしながらそう言い放ち、
樫木の顔を睨みつけながら彼の下に一歩一歩近づいてきた。
私が樫木と対峙している中、突然、樫木の背後の壁を壁を破って現れた男。
そして、豪快に叫びと共に現れたのはレーツァンだった。彼の狙いも樫木だ。
樫木が私と対峙するのを見計らって・・・・待ち構えていたのだろうか。
「これは誰かと思ったらボス・・・・・久しぶりじゃないですか」
狂気的な態度とは一転、敬語で苦笑いしつつも気楽に挨拶をする樫木。
「ヘッ・・・・・樫木・・・・お前には随分苦労させられたものだ・・・・・」
「だいたい、お前なぜここにいる?おれ達に動けないほどまで半殺しにされて、
水もメシも無しで山梨の山中の谷底に捨てられて・・・・
あの状況からどうやって生き延びた??」
呆れたため息をつき、レーツァンは彼に問いかけた。
や、山梨・・・・・!?
そうか、あの時レーツァンから電話が来た時は
くだらないものとして私は特に追求はしなかったが、
レーツァンが樫木を捨てた場所は山梨の山奥だったか・・・
やはり元仲間とはいえ、邪魔者はすぐに殺すのではなく
容赦なく凄惨に痛めつけ、苦しませて殺すのが彼のやり方のようだ。
そして、彼はそうやって苦しむ様を見て嘲笑い、愉しむ。
そのレーツァンに捨てられた樫木も執念深い。
普通の人間ならば、どのぐらいの高さかは不明だが
谷底に落ちれば間違いなく死ぬだろう。
が、半殺しの状態ではソルジャーでも生きていられるかは怪しい・・・・
ましてや、透明の能力を持つ樫木が水や食料も無しで
山奥に放置されて、そこから生き残れるのもまた、怪しい。
「・・・・あの後、色々ありましてね、ボス。
俺はこうして帰ってきたんですよ・・・・日本の教育を変えるためにね!!!」
どこか喜びと狂気に満ちたような顔を浮かべながら語る樫木。
「相変わらずそれか。くだらねぇ。・・・・で、その目的のためにお前は鈴川の奴を
殺るっていう暴挙に出たんだよなァ?アァ?とぼけてもムダだぞ?」
レーツァンは呆れながらも、彼を脅すように訊いた。
樫木を大きさがそれぞれ違う不気味な両目で睨みつける。
私も鈴川組がダークメアの組織だという事は私も知っていた。
・・・・・そうか。彼らの一連の行動も全て鈴川組の仇討ちのために
行っていたとなると納得がいく。
岩龍会が動いたのも取引相手の鈴川組を失ったからだろう。
「ええ、その通りですとも。何とか東京に戻ってきて活動資金が欲しくなったので
命ごとありがたく頂きましたよ。
ついでにあんたに捨てられた恨みを晴らすのも含めてね!!!」
樫木はそう素直に認めた。つまり、ストーブが原因の火事も彼の仕業であり、
事故と見せかけた偽装だったのだろう。
ソルジャーの力で透明になれる上にましてや元構成員なら組織の情報にも明るい。
その手の工作も十分に可能だろう。
「だいたいあんたもスカールさんもみんなバカすぎるんだよ!!
世の中を見てない世間知らずなバカ共の集まりだ!!!
俺の考えを素直に聞いて教育統制委員会を潰し回れば間違いなく
ダークメアも・・・岩龍会の下働きばかりのこの状況から脱却出来るだろうに!!!」
ダークメアに対して、更にはレーツァンに対して怒りと不満をぶつける樫木。
私も知っている。彼は慈善で動くような男ではない。
「樫木・・・・・テメェにズベコベ言われる筋合いなんかねェよ。
おれ様がボスだ。偉そうにしやがって」
樫木の罵倒発言に対して、呆れた様子で声を大きくする事なく返すレーツァン。
するとレーツァンはそっと左手の平を広げて、奴に向けた。
「大人しく死に晒せ・・・・お前は消えろ!!!
鈴川んとこに送ってやるぜェ!!!」
レーツァンの白く、紫のつけ爪がついた左手から
黒と緑色の邪悪なエネルギーが発生し、放たれる。
放たれたエネルギー弾は放たれた直後、樫木目掛けて飛びながら、
炎のように燃え、牙を生やし、鋭い黒い目に黒い口を
開けた人の顔をした人面の形状に変化していく。
「さっ・・・・と」
樫木も自分に向かって飛んでくる人面のエネルギー弾を軽く横に避けた。
だが、樫木が避けたはずのエネルギー弾は樫木の背後の壁の前まで飛ぶと、
いきなりその手前でUターンして向きを変え、今度は速度を速めて
樫木に向かって飛び、大きく口を開けて避ける間もなく彼を丸ごと食らった。
「・・・・・・・・・!?」
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
樫木を食らったエネルギー弾は爆発し、樫木は軽くこちら側に吹っ飛び、
私も思わず吹っ飛ばされる樫木を避ける。
樫木は奥の壁、私から見て左側にある壁に背中を強くぶつけてうつ伏せで倒れた。
樫木の体はレーツァンが操る黒と緑が互いに濁った色をした
謎のエネルギーに蝕まれている。
そう、これこそがレーツァンの操る謎の能力。4年前、楠木さんを苦しめた邪悪な力。
この濁った色のエネルギーは当たるとしばらく体に
まとわりついてジワジワ苦しみを与える。
痛みだけでなく、目眩などの不健康な症状も及ぼす・・・・悪魔のような力。
「うっ・・・・・・う・・・・・」
倒れて立ち上がろうにも立ち上がれない痛みに苦しむ
樫木にレーツァンはそっと歩いて近づく。そして・・・・・・
「ぐぁぁぁぁぁっ・・・・・・!」
倒れている樫木の背中を左足で思い切り踏みつけ、樫木は悲痛に悲鳴をあげる。
先端が上に曲がった道化師のような靴で。
「フヒャヒャヒャ・・・・・さっきまでの威勢はどうした!?
効くだろう・・・・?おれ様の能力は!!」
「ぐぁぁぁぁぁぁっ・・・・くっ・・・・・!」
「フヒャーーッハハハハハハハハ!!!!」
背中を踏みつけられ、痛々しく叫ぶ樫木。高らかに笑うレーツァン。
レーツァンの足には何も力は働いていないようだ。ただ踏みつけているだけ。
だが、既に奴の力に蝕まれ、ダメージを受けた樫木にはこれで十分なのだろう。
だが・・・・・このままでは樫木を逮捕出来ない。
万が一、樫木が死ぬような事があってはいけない。
「そこまでです、レーツァン!!!」
私はレーツァンを止めるべく、彼に向かって走る。
奴の背中にナイフを当てられるよう、目で狙いを定めて。
「おおっと、今いいとこなんだ。邪魔すんな」
ボォォォォォォッ!!!!
「うわあっ!!!くっ・・・・・・」
レーツァンが鋭い左目でこちらを見て、そっとこちらに左手の平を出すと
黒と緑のエネルギーが私の目の前で炎のように燃え上がり、爆発した。
私は軽く吹き飛んで、入ってきたドアに背中をぶつけた。
「ぐっ・・・・・・・・・」
「長官!!!!」
モロヅミの声が聞こえる・・・・・うっ・・・・・
奴の力が私の体を蝕んでいる・・・・思うように体が・・・・・・
重い・・・・痺れも感じる。意識も・・・・若干もうろうとする。
これがレーツァンの・・・・人体に悪影響を及ぼす力・・・・
かくなる上は・・・・私も自分の力で体を蝕む奴の力を
消し去ってゆくしか・・・・・・
私の力は相手のソルジャーの力を封じ込める力。
それを応用して自分の体に使えば、蝕む力も消える・・・・
私はそっと精神を集中させ、ソウルを少しずつ燃え上がらせる。
私の金色の光が暖かく私をそっと包み込む。
くっ・・・・・痛い・・・・
力と力が・・・・拮抗する・・・・・・
これがレーツァンの力・・・・・こんな力を持ったソルジャーは
本当に珍しい・・・・一体・・・・奴は・・・・・
「さて、そろそろ仕上げといくか・・・・・!」
レーツァンが樫木から左足を少し上に上げる。
左足が黒と緑の強いエネルギーで覆われ、強く、力を溜め始める。
辺りの空気が風となって一斉にレーツァンの左足に集まり、
左足は黒と緑のエネルギーで染まりながらも力を溜めていく。
力が溜まると、レーツァンはその左足を
大きく後ろに下げて・・・・・・
「デス・キック!!!!!!!!!!!!!!!!!」
トドメの一撃と言わんばかりに思い切り倒れている樫木を蹴飛ばした!!
「ブゥァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!
まるでサッカーボールをシュートするかのように放った一撃は
樫木を大きく吹き飛ばし、そのまま後ろの壁を突き破り、
豪快に奴を奥の部屋へ飛ばした。
壁を突き破り、隣の部屋もその衝撃で建物の瓦礫が散乱していた。
「なっ・・・・・・・・!」
モロヅミも言葉が出ないほどの・・・・迫力と恐怖を持つ光景。
吹っ飛ばされた樫木は仰向け状態で今にも立ち上がろうとしていた。
立ち上がろうとしても膝をつき、また立ち上がろうとしても
また膝をつき・・・・やっと立ち上がる。
かなりのダメージを受けたようだ。
彼がかけているメガネも左目のレンズにヒビが入り、
着ている黒いコートは既にボロボロだ。
「よくもやってくれたなボス・・・・・イテェ・・・・
そんなに俺を地獄に送りたいんだな・・・・・・!」
樫木は怒りの凶相でレーツァンを睨みつけた。
「死に損ないが・・・・・!大人しく死んでればいいものを・・・・!
山梨の山中でネクロマンサーと契約でもしてゾンビにでもなったかァ?お前は」
レーツァンは何とか立ち上がった樫木を見て冗談交じりに言った。
「違う。ゾンビになったら、そもそもこんな意思は欠片もないだろう・・・・・
俺はホンキで蘇ったのさ・・・・日本の教育を変えるために・・・・」
執念深い樫木が懐から取り出したのは一本の長い刃を持ったダガーナイフ。
だが、手にしたそのナイフは既に刃が赤い血で大半が染まっていた。
樫木の右手に握られているそれはまさしく、今までの犠牲者達を葬ってきたナイフ。
彼なりの正義と、憎しみが混ざり合った復讐の刃そのものがそこにあった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
樫木は叫びながらレーツァンにナイフを手に果敢に突撃し、
途中でその場から一瞬で姿を視界から消した。
これが奴の・・・・体を透明にして姿を消す能力・・・・・
ヴィルやサニアが見たものは・・・・これか・・・・
「お得意の技で姿を消したか。いくら、透明になってかかろうが・・・・・」
相手が透明になってもその場から逃げもしないレーツァン。
しかし、立っているその場から左側へと一歩左足を伸ばして横に移動する。
同時に、何もない場所からカツカツとこちら側に走ってくる足音が響いている。
「動きを読めれば、何も変わらねェんだよ!!!!!!!!」
レーツァンは目の前にいると思われる、
今まさに自分へと突っ込んで右側を横切ってきた
透明な樫木を横から右腕を伸ばし、ラリアットで反撃した。
「グァッ!!!!ぶはっ・・・・・・!」
同時にレーツァンの足元の灰色の床がポタポタと赤い血で染まる。
レーツァンの太い腕がぶつかり、吐血したのだろう。
透明な姿なので声と足音だけが部屋に響く。
「フッヒャッハ!!!死ねェェェェ!!!!」
続けてレーツァンの左手ストレートパンチが樫木を襲う。
樫木は透明状態だが、レーツァンがパンチをかます方向から
およその居場所が私にも分かる。
「ウブァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
レーツァンのパンチを食らい、吹っ飛ぶと同時に樫木の姿が肉眼で見えるようになる。
樫木は再び先ほど壁を破った先の部屋に吹っ飛ばされ、
仰向けで倒れた。倒れて痛みにもがく。
くっ、私もただ見ているわけにはいかない。
このままでは樫木が・・・・・・
レーツァンの謎の力による体の痛みも消えた・・・・
すかさず立ちあがり、レーツァンの隣に立って痛みで動けない樫木の方を見る。
「レーツァン、一つ訊いておきます」
「なんだ?」
私は右にいるレーツァンを左目で睨みつけた。
「あなたは今回の狙いは樫木だけですか?」
「お前なんかと遊んでる暇はねェんだ、フォルテシア。
今回はおれの邪魔をしねえなら、お前への攻撃は特別にやめといてやろう・・・・」
「そうですか」
上から目線な返答に私は冷淡に返し、樫木の方を見た。再び起き上がろうとしている。
ソルジャーだけあって、かなりタフな体をしている。
先ほどのレーツァンのパンチは顔に当たったらしく、
左の頬が赤く染まり、メガネの左レンズはヒビだらけ、
もはや使い物にならなくなっている。
樫木はその場でかけていたボロボロのメガネをとり、
こちらを向いたまま右手で後ろに投げ捨てた。鋭い目が露になる。
その様は知的な印象が消え去ったよう。
「あんた達揃って、二人・・・・僕の邪魔をしようというんだな?」
樫木は私とレーツァンを見て言った。
「ええ、理由はどうあれ、民間人を何人も殺害し、
世間を騒がせたあなたは決して許されません」
私は両手にそれぞれ三本の投げナイフを装備し、構えた。
「・・・・・・JGBの名にかけて、あなたを逮捕します」
「樫木・・・・・お前はもうここで終わりだ。大人しく死ねェ!!!
おれ様とフォルテシアをまとめて相手して、
力もろくに使えねェ吠えるしか脳がないお前が勝てるとは
思えないがな・・・・フッフッフッフ」
私はこんな奴と手を組むつもりは毛頭ないのだが・・・・・
ここは突っ込まないで目の前の敵に集中しよう。
レーツァンは本当に憎いが今は彼の相手をしている場合じゃない。
一時休戦だ。彼はその後。
「本当にそうか?甘く見てもらっては困る、ボス」
樫木は軽く笑みを浮かべる。
「世の中で横行する裁かれない殺人であるイジメ自殺を憎んで、
イジメという行為そのものを憎み、憎み続けて・・・・・
復讐を決意した僕の力、見せてやるよぉ!!!!!!!!!」
樫木は得意気に叫ぶと同時にコートと上着をその場でバサっと早脱ぎし、
後ろに脱ぎ捨てた。
そして、樫木はジーパンと靴だけの上半身裸の姿となった。
だが上半身裸の樫木の肉体は細いがとても筋肉があり、
両手だけでなく胸の部分も骨格も逞しい物であった。
カヴラほどの体格と身長はないが、その筋肉は復讐のために
かなり鍛え上げられているのを感じた。
「ふん・・・・フンヌァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!」
樫木はその筋力を見せつけると言わんばかりに近くに落ちていた、
先ほど使っていた血だらけのナイフを取ると刃を左手で握り、右手で取っ手を握り、
両手で持つとその場でそれを・・・・・
ガシャン!!!!
雄叫びをあげ、へし折った。
刃と取っ手をへし折ったナイフをその場に投げ捨て、
血だらけの左手の平をこちらに見せつけた。
「ホウ・・・・・・・」軽く反応するレーツァン。
左手をそっと下ろした樫木は続ける。
「こいよ・・・・僕は何も恐れない。
あんた達二人とも僕が、ソルジャーになって手に入れたこの最強の力で・・・・
まとめてねじ伏せてやる!!!!!このナイフのようにね!!!!!」
「復讐のために・・・・そして日本の教育を変え、未来の子供達に
希望を残すために僕はここまでやってきた・・・・・この最強の力をもってしてね!!!
僕の邪魔をする奴は誰だろうと容赦はしない!!」
「あんた達を倒して・・・・僕は復讐と革命のために全てを捧げる!!!!!」
自らの力を誇示し、自らの正義を強く訴える演説をした樫木は
筋骨隆々な肉体で私達に身構え・・・・・・
「いくぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
樫木は力強い右手の拳で勇猛な叫びと共に私に殴りかかってきた。




