第28話 現場へ
真っ暗ですっかり夜の闇に包まれた千葉のアスファルトの上を
我々JGBの大きな人員輸送車が列を組み、駆け抜ける。
美浜の海に浮かぶ総本部を出てからまもなく30分となる。
私はサカ、アークライトの間に座り、同じ車両に乗っていた。
車からのけたたましいサイレンの音が夜の千葉に鳴り響く。
今向かっている場所、千葉教育統制委員会本部は
千葉全域の教育を管轄している教育統制委員会の本部の一つ。
場所的にはちょうど船橋市に位置している。
組織図では公立学校の上に存在し、裏から関わっている。
そもそも教育統制委員会は現在の日本の教育を司る組織。
彼らの本部は日本各地に存在し、今回の爆破されようとしている
千葉本部も千葉の教育を司る総本山である。
樫木麻彩はこれを爆破する事で、人々の中に溜まっている教育統制委員会及び
イジメに対する憎悪を世間に知らしめ、解き放とうとしている。
生放送を観ていて、コメント欄から樫木の意志に賛同した者も多くいる事を感じた。
残念だが、樫木を逮捕してもしばらく外が荒れる事は避けられないだろう。
だが、JGBとして・・・・
民間人の命を奪い、危害を加え、犯罪を働くソルジャーを
みすみす見過ごす事は出来ない。
先ほど、緊急配備の準備を進めている最中、JIAの局長より
緊急連絡があり、指示があった。それは・・・・・
「フォルテシア長官。樫木麻彩は粛清してはならない。
しっかりその手で逮捕するんだ」
局長の静かだが厳格な一言。
既に民間人を7人も殺害している以上、
遺族の意向も踏まえて刑事裁判にかけないわけにはいかないという。
また、警視庁が追ってる神奈川での彼の父親が
殺害された事件の重要参考人でもあり、関与の疑いがある。
対象がソルジャーの場合はJGBが裁判に関しても管理する。
しかし、我々も必ずソルジャーを粛清するわけではない。
それは本当の最後の手段であり、近年はないぐらいだ。
なので大犯罪者を逮捕しに行く際のこの指示は妥当とも言える。
現在、樫木の居場所は船橋のどこにいるのかは明確には分からない。
だが、千葉の教育統制委員会本部の半径2キロ圏内に必ずいるはずだ。
相手は3月から犯行を繰り返し、警察の目を上手く掻い潜ってきた連続殺人犯。
本部を破壊するために爆弾を使い、しかも爆破を堂々と宣言している。
それを解除されるのを黙って見ているわけがない。
必ず、なにか策があるはずだ。
放送は現在も続いており、新潟、群馬のイジメ自殺事件の内容を
樫木が喋っては演説をしている。スマートフォンで観ているが、
正義に基づく慈善活動とは思えないものを感じる。
そう、例えるなら民を扇動し、国家に反乱を起こそうとする扇動者のような。
なお、サカからの報告によると警視庁も生放送をやめさせるよう
サイトの運営元の会社に問合わせたが、
なんと放送をやめさせる事は出来ないと門前払いされたという。
内容は抜きにして、利用規約に反していない事から
生放送をやめさせるわけにはいかないのだとか。
蔭山警部も首を傾げていたという。
これにより、生放送をやめさせるには場所を特定し樫木を確保するしかなくなった。
今も折原部長が放送が行われている場所の特定を急いでいるが、
私達は私達で出来る事をしようと思う。
ソルジャーである以上、ソウルのエネルギーを感知するソウル探知機が有効だ。
エネルギーの反応が大きくなると先端のアンテナから発する電波音が大きくなる特殊探知機。
ソルジャーの力は感情によってコントロールされる。特に闘争心や強い心に作用する。
今の過激な演説をする樫木の心はまさに高ぶっているはず。
それはすなわち、ソウルのエネルギーも・・・・
つまり、無意識に発しているソウルのエネルギーを辿れば
樫木を見つけられるはずだ。
無論、他のソルジャーのソウルを感知してしまう可能性もあるが、
一件一件それらしい所をしらみ潰しに当たるしかない。
それにソルジャーという存在は集まれば多いように見えるが、
そう当たり前のようにたくさんいるというわけでもない。
「長官、爆弾は任せて下さいね」
握った右手に力を入れ、笑顔で強く意気込むアークライト。
「アークライト、無事を祈ります。油断だけはしないで下さいね。
地下だけに爆弾があるとは限りませんし、敵の罠があるかもしれません」
「はい、長官も気をつけて。
これが終わったらゴールデンウィークも近いですから頑張りましょう~!」
「ええ」
アークライトは緊迫した状況にも関わらず非常にマイペースだ。
それはそうだろう、正真正銘の天才科学者と呼ばれ
アメリカの大学にいた彼女には爆弾解除は容易い。
だが、彼女もいつでもこんな調子というわけではない。
彼女を脅して使っていたユナイテッドと戦った時は
怯えた顔を見せ、このような顔を見せる事はなかった。
今はそんな恐怖からも開放され、
機械をいじる事が得意分野である事もあってか余裕があるのだろう。
が、とにかく油断や慢心だけはしないでほしい。
無事解決して、平和なゴールデンウィークを迎えられるといいのだが・・・・
「長官!副長官!並びにアーク博士!もうすぐ目的地です!」
前でこの車を運転している捜査員の到着を知らせる声が車内に響く。
目的地は無論、千葉教育統制委員会本部の目の前。
外はただ真っ暗で闇に包まれている。雨は降っていない。
ごく普通の一般の住宅地が立ち並ぶ閑静な住宅街。
この周辺の建物の中では一際大きい8階建ての建物である千葉教育統制委員会本部。
白いコンクリートで出来た建物で四角い小窓が各階に並んでおり、
赤い塀に囲まれた広い敷地に建てられている。
「では、長官!ここは私にお任せ下さい!また会いましょう!!」
「はい。アークライトも注意して任務にあたって下さい」
車を降りて、本部前でアークライトと別れ、
私とサカは共に手分けして捜索に向かう。
彼女は私達の乗ってきた黒い車両の後ろから後続でついてきていた
専用車に乗っていた科学部の緑色の軍服を着た爆弾解除班達と
現場である本部の中へと向かう一方で
私達はそこから半径2キロ圏内の捜索にあたる。
樫木は必ず・・・・・この暗い街のどこかにいる。
広いが2キロギリギリでも捜さなければならない。
私はサカと共に暗い住宅が立ち並ぶ住宅街の道を進む。
白い電灯の光しか明かりはなく、それ以外は真っ暗。
遠くからはどこから響いているのかは不明だが、
サイレンの音が響いてくる。他の捜査員の車のものだろう。
車を降りる前からどこからともなく響いていたが、
車を降りると遠くから大きく響いてくるのを感じた。
そしてこの音は夜の闇と合わさり、同時に辺りを平穏から
緊迫した雰囲気へと変えていくのを感じた。
この場所に着く過程で最初は列を組んで車列を組んでいた
他の捜査員達が乗ってきた車も船橋に入った途端、各地に散開し、
今頃、他の捜査員達もこの真っ暗闇の閑静な住宅街で樫木を捜している頃だろう。
走りながら右手の腕時計を確認する。
後ろからサカも私の後を走って続いている。現在、10時35分。
予想よりも5分オーバー・・・・あと85分しかない。
急がなければ、と己を奮い立たせ、走る私達。
聞こえるのは私達の足音だけ。とにかくこんな事件が起こらなければ、
今頃静寂に包まれていただろうと言える静かな夜だ。
ただ、闇雲に足で捜しに飛び出したわけではない。
立ち止まってソウル探知機を取り出し、色んな方向に手当たり次第
東西南北、色んな方向へと向けてみる事にする。が、反応がない。
「樫木が放送をしている場所として一番可能性があるのは・・・・
やはり、簡易的に借りれるアパートやそれなりの資金があれば住めるマンションでしょうね」
同じく探知機を取り出して捜索を行うサカが奴の居場所を推理する。
「サカ。一軒家はまず有り得ないでしょう。
同時に・・・・アパートやマンションも可能性は低いです」
「なぜですか?長官」
私には生放送の時点で出た情報を元に考えれば、予測がついていた。
「生放送を観た限りだと床はフローリングではなく灰色のコンクリート。壁もそうでした。
そんな部屋があるアパートやマンションは欧米ぐらいです。
住宅では靴を脱ぐ習慣の日本にはまずないと思います」
「それもそうですね・・・」サカは残念そうにそっと頷いた。
「樫木が潜伏出来る場所として・・・・廃墟・・・・または、
この近くに使われてない建物などあればそこは最適な隠れ家にはもってこいかと」
「最適な隠れ家・・・・・」
私が言った事に対して、サカはふと呟くとスマートフォンを取り出し、操作を始めた。
「何を見ているのですか?」
私は横から彼のスマートフォンを覗き込むとサカは
自分より背が格段に低い私にも見えるように持っている手を下げて答える。
「地図です。この近くに・・・住宅地以外で隠れ家になりそうな
大きな建物がどれぐらいあるのかと・・・・」
住宅地以外で使われていない大きな建物となると
廃工場が思い当たるが、地図にはそういった物はない。
「ほとんどが住宅地ですね。千葉教育統制委員会本部のあの建物以外で
大きな建物はだいぶ離れた場所にあります」
地図で見て、北側の方角には住宅街ではなく、
都会じみた大小様々な建物がありそうな部分がある。
コンビニや銀行、ファミレスなどのマークが散らばっている。
また、その他の方角にもそういったやや大きめの建物が点在している。
「長官、その方角へ行ってみませんか?」
「そうですね」
サカの問いに対し、私は頷いた。
私達は大きな建物が集まる北の方へと向かった。
今、向かっていた方角は東。
少しだけ来た道を戻り、曲がり角を右に回った。
曲がって出た広い道を走って進んでいく。
ソウル探知機を手に。が、まだ反応はない。
暗い真っ暗な道を突き進む私達。何も光が見えない。
が、進んでしばらくすると前方の暗闇を打ち破るように一筋の眩しい光が見える。
その光は私達が進む道を眩く照らし、こちらに向かって猛スピードで近づいてくる。
一瞬、JGBの車かと思ったが違和感を感じた私達は思わずその場に立ち止まる。
猛スピードで近づいてくる光の正体。
それはJGBの車でもない謎の黒い車が二台。普通自動車だった。
二台の車はどちらもランプがつけられていて、
私達の前に立ち塞がるように道を塞ぐように急ブレーキして停車した。
すると二台の車から5人ずつ黒スーツ姿の男達がぞろぞろと降りてくる。
男達はいかにも近寄りがたい容姿をしており、中には黒いサングラスをしている者もいる。
ジャケットのボタンを締めず、ジャケットの中には紫色や黒のワイシャツを着た者も。
全員が金属バットや鉄パイプを持ち、ある者は肩に抱えたように、
ある者はぶら下げて持っている。
「JGBの長官に副長官さんよ・・・・
あんたらをここから先に通すわけにはいかネェなぁ」
真ん中のリーダーと思われる遅れて出てきたリーゼントの髪をした男が口を開く。
この男もスーツを他の者と同じくだらしなく着ている。
ドスの利いた声で喋りながらかけているサングラスを外す。いかにも敵意がある。
「あんたら2人を殺れば・・・・でっかい褒美が"本家"から出る。
ウチの組の出世のためにも、いっちょここで死んでもらおうかぁ!!!!」
リーダーの男のこちらを威嚇する声が響くと
手下達が一直線にこちらに走って向かってきて
私達を無言で取り囲み、それぞれが金属バットや鉄パイプなど
持っている武器を手に構える。
私とサカはすぐに戦闘態勢に入った。
車から降りてくる連中を見て、タダでは通してくれない事は薄々感じていた。
彼らの正体はもう察しがつく。
そう・・・・彼らは・・・・・
「サカ!!!」
「はい!!!」
私達は声をかけあい、囲んできた男達の前で一斉に武器を取る。
私は素早く懐から両手の指と指の間に
投げナイフを取り出して三本ずつ挟み、構える。
サカは私の呼び声に返事をすると懐にある鞘から剣を抜く。
取り囲んできた男達にそれぞれこちらから攻撃を仕掛ける。
男達も臨戦態勢に入り、私達は次々と襲い来る武器を持った黒スーツの男達を
蹴散らしながらこの乱戦状態を切り抜けていく。
私は素早くナイフを投げて目の前にいる相手に攻撃し、まず一人倒すと
続けて迫ってくる相手には蹴りを入れる。
ナイフが刺さった相手は軽く吹き飛んで仰向けで倒れる。
更にそこに蹴りを入れた男も吹き飛んで互いにぶつかり、ダウンする。
「うぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
2人の男が後ろと横からバットと鉄パイプをそれぞれ
振り落としてくるがこの程度怖くもない。
相手の動きを瞬時に読み、前へと避けてバットと鉄パイプを
振り下ろして隙が出来た相手にすかさず回し蹴りを食らわせる。
一人が回し蹴りを食らって吹き飛び、
もう一人の武器を振り下ろしてきた相手にも当たって、
2人とも地面にうつ伏せで倒れる。
また、その隙に攻撃を仕掛けるべく私の後ろから直接
拳で殴りかかってくる相手には素早く振り向いてナイフを投げて倒す。
「うぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・!」
悲鳴をあげながら男は倒れる。
サカも次々とバットや鉄パイプを持った相手を迎え撃ち、
襲い来るひとりひとりを剣で斬り倒していく。
相手の持ってる武器を弾き飛ばし、怯んだ隙に斬って倒す。
勿論、剣術に長けたサカの事だ。急所は外してあるだろう。
急所に頼らずとも彼らは十分沈黙させられる。
無論、私もナイフを使っているが、急所は外してある。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!・・・・・・ぐっ」
10人目を私が回し蹴りで倒す。悲鳴をあげて
豪快に少し吹っ飛ぶと仰向けで倒れて動かなくなった。
「さすがJGBの長官に副長官だ。
喧嘩慣れしたこいつらも簡単に倒しやがる」
こちらを褒める、奥で構えていた最初に声をかけてきたリーダー格の男。
「だったらこいつらよりも数十倍は強い俺がお前らのクビをとってやる」
そう言いながら、懐から取り出したメリケンサックを装着し・・・・
「うぉらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
豪腕を武器に大きな雄叫びをあげて右手を前に殴りかかってくる。
「・・・・・・・ぐはぁっ!!!」
私が素早くナイフを向かってくる
男の左腹に投げて当てると男はその場に立ち止まる。
するとサカがすかさず私の横を抜けて前に出ると
素早く横を抜けるように男を斬る。
刹那の静寂と気迫が辺りを包む。男もその場を動かず立ち尽くす。
「ぐはぁぁぁぁっ!!!!な、なんだよ・・・・・なんだ・・・・・」
すると男は腹から出血し、何が起こったか
分からないまま膝を折り、その場に倒れた。
「ぐはっ・・・・くっ・・・・・なんなんだよ・・・・・」
うつ伏せで倒れても意識があるが、動けない男。
斬られて、なにが起こったのか分からないまま、そう言い残し、意識を失った。
襲いかかる男達、計11人を倒した私達。
倒されたスーツ姿の男達は辺りの至る所に倒れている。
「・・・・まさか岩龍会が待ち構えているとは・・・・」
私はそう息をつくと倒れている男一人に注目した。
いい証拠と言わんばかりにスーツの胸ポケットに
岩龍会の代紋が書かれたバッジがついていた。
ふちが灰色をしており、六角形に黒く覆われた所に「岩龍会」と書かれたバッジ。
「樫木は岩龍会と手を結んでいるのではないですか?」
剣をしまい、鞘に収めるとサカが近づいてきて尋ねてくる。
本当に岩龍会と組んでるのだろうか・・・・
彼の古巣であるダークメアも一応、岩龍会の傘下にいる。
しかし、岩龍会にはいくつもの関係組織や傘下組織がある。
ダークメア時代に親交があったなどで協力者として
それらが関与している可能性もなくはない。
レーツァンも掴めていない関係があるのかもしれない。
ゆえに、爆弾の解除を妨害するという線もなくはない。
なくはないのだが・・・・・今は分からない。
と、今はハッキリしない事を考えている時間はない。
「とにかく、今は他の捜査員にも岩龍会の事を伝えなければ・・・・」
私は胸ポケットから白い小さな四角い無線機を取り出して、操作する。
諜報部は樫木の居場所を特定するので手一杯、ここは・・・・
無線機を、同じく船橋を捜索する全捜査員の持つ無線機に繋がるようにし、
「捜査員各員。フォルテシアです。岩龍会の構成員が周辺を徘徊している可能性があります。
各自、警戒して任務に当たって下さい。襲い来る相手には戦闘を許可します。・・・over」
無線連絡を終えて無線機をしまうと私達は再び、
大きな建物が集まる北を目指す事にした。
岩龍会が絡んでいる以上、安全に捜索とは言えない。
どこからまた敵が来るか分からない。敵の数も不明。
気をつけて進まなければ・・・・




