第25話 カーニバル
レーツァンがフォルテシアに樫木の情報をリークしてから2日が経過した。
今日は4月19日の水曜日。
昨日の夜、ニュースをつけた瞬間、俺達はその内容を見て苦笑いした。
俺達・・・・いや、レーツァンの思惑通り、
警察が呼びかける樫木の追撃戦にJGBが
連続殺人事件の犯人は樫木だと突きつけて上がり込んだ。
JGBは今頃、樫木を捜すのに躍起になっている頃だろう。
反イジメ活動家思想、透明能力、俺達への悪行の数々・・・・
この情報だけでも十分効果あったみたいだ。
これで俺達が岩龍会に消される可能性も低くなった。
ここまでは予定通り、順調にレーツァンの手筈通りに事は進んでいる。
あとは・・・・時期が来るのを待つだけ。
因みにJGBに電話する際に使った電話は適当に
前に仕事の関係で他人から適当に奪って
そのまま手元に残った適当なスマホ。
奪ったスマホは一度、暗黒街の闇市に売りさばいたが
このスマホは古くて欠損があり、買い取れないと断られたやつだ。
だからしょうがなく持っていたものだ。
使ったスマホは通話後にアンダーグラウンド内で
流れてる下水道の激流の中に投げ捨てた。今頃、東京湾の底だろう。
いくらJGBの諜報部だろうが、これでアジトも特定されない。
ただ、捨てちまったこのスマホにはちょっとした価値がある。
それはスマホの中にあるレーツァンとフォルテシアの
録音された通話記録データ。
そう、つまりそれを証拠にフォルテシアにリークした事を
逆手にとり、その事実を周囲に
ばら撒いて奴の周囲の信頼を失墜させる事も出来てしまう。
正義の味方JGBのトップが犯罪組織を通して情報を得て
動いたとならばそれは問題になるだろう。
犯罪組織の取引に応じたとも取れる。
俺もレーツァンもリーク後にそれを考えついた。
が、その肝心の証拠のスマホをいつまでも持っていては
フォルテシアに俺達の居場所が特定される可能性が高い。
さっさと諦めて捨てる事にした。例え見つけたとしても
既に中身は水に侵食されて特定もままならないだろう。ただの鉄クズだ。
そして今、俺達はと言うとこの二日間、
JGBと警察の連合軍、奴らがさっさと樫木を見つけ出すのを
アジトのブリーフィングルームで首を長くして待っている。
もうすぐ奴を追い詰める事が出来ると
無性に考えれば考えるほど、溢れる興奮。
それと奴が次第に追い詰められていく事を愉しむ興奮。
それらが時間が経つにつれて俺達の中でヒートアップしていく。
東京支部のヴィルヘルムも使って樫木を内密に調べていた以上、
お前らならやれば出来るはずだ。
奴らが樫木を見つけ出したら・・・・・
俺達も出て、奴を殺しに行く。
鈴川を殺して鈴川組を潰しただけじゃなく、
根来の俺達への評価を落とした罪・・・・思い知らせてやる。
さて、そんなJGBの動向をどうやって俺達が知るのか・・・・
また、知っているのか。
ニュースとか出回る情報以外でJGBの動向を探る方法は俺達では不可能だ。
特に肝心の詳しい捜査状況なんて俺達だけではまず入手出来ない。
だが、俺達には最大の敵にして、最大の味方がいる。そう・・・・・
「根来、お前の持つ優秀な"コマ"とやらからの連絡はどうなんだァ?」
「まだですね。来てません」
レーツァンが向かいにいる根来を睨んで尋ねた。
二人で卓を囲んでまたゲームをやっている。
が、やっているのは今日はチェスではない。
さっきからトランプでババ抜き、ジジ抜き、神経衰弱と色々やっている。
勝負は五分五分。互いに勝ったり負けたり。
根来もホント、強ええなあ。テーブルゲーム。
因みに今やってるのは神経衰弱だ。
「・・・・が、必ず来ますよ。私の持つ優秀な"コマ"の一つですから・・・・」
根来は黒い笑いを浮かべながら冷静にそう言った。テーブルの上にデタラメに
散らばるカードのうち一枚をめくった。黒のスペードのキング。
その後、遠く離れたカード一枚めくる。赤ダイヤのクイーン。
ゲームは始まったばかりなのか、互いにカードのめくり合いが続いている。
その優秀なコマ・・・・その存在はこの二日間のうちに根来から語られた。
が、それがなんなのか・・・・俺にもレーツァンにも案の定分からない。
詮索すれば適当に「あなたが知る必要のない事です」とか言って流される。
何を考えているのか、何をその腹の中に隠しているのか窺い知れず、
不敵な笑みを浮かべ、悪巧みをする雰囲気を醸し出しつつも
決して、腹の中を探らせない・・・・・それが根来だ。
探ろうとしても、探るこちらを威圧する異様なオーラが邪魔をする。
だが、一つだけ確かなのは根来はJGBの動向を知る事が出来る。
『JGBの動向を掴むなど、造作もありません』。
そう断言するのならば、確かなんだろうな。
その証拠、JGBは樫木が犯人だと特定する過程で
あのヴィルヘルムも裏で捜査に手を回していた事を根来が昨日サラっと言っていた。
あの野郎が俺達がリークする前に全部調べ上げていたとするのなら、
俺達が情報をリークした事が完全にムダになっちまうが、
あの女を煽る意味ではムダではなかっただろう。
レーツァンも楽しそうだったしな。それにレーツァン曰く、
その反応は初めて聞いたようにしか聞こえなかったという。
結局、真相は闇の中・・・・か。
優秀なコマは特殊な情報網だという事は確かだろうが、
実際それが何なのかは全く不明・・・・ある意味不気味な奴だ。
一方、タランティーノは机の上にさっきから自分のノートパソコンを開き、
カヴラはその傍で背を向けていつも通り二つのダンベルで筋トレしている。
亜美お嬢はと言うと壁際に背中を預け、近場で買ってきた漫画本を読んでいる。
時々、クスクスと笑いをこらえた反応をしている。
「タランティーノ、何見てるんだ?」
パソコンを動かし、かけてるサングラスを輝かせている
タランティーノに俺は横から近寄って声をかけた。
「あん?決まってるだろ、例の掲示板さ。何か変わってないかってな。
ま、昨日みたいに荒れ果てた感じが続いてるとは思うが、念のためな」
「掲示板って・・・・あの樫木が殺した奴らの過去の素性が見え見えになってる奴か?」
カヴラがその後ろで大きなダンベルを両手で動かしながらこちらに顔を向けて反応した。
「あぁ。・・・・・・にしても、改めて思うが、
自分の名前の読みを変えただけのMayaってバレバレなハンドルネーム、
それにリンク先のまとめサイトの閲覧パスは[darkmere]、
どこからどう見てもあのバカの仕業だよな」
タランティーノが掲示板を見ながら苛立たしく語る。
「よくもまあ、こんなになるまでやったものだ・・・・・
掲示板の書き込みもまとめサイトも一度消されてるがまた復活して数が増えてる。
虫のように増えてんな・・・・消しても増える・・・お約束だな」
呆れたような口調で現状を口にするタランティーノ。
ホント、ふざけたマネをしやがる・・・・調子に乗りやがって。
パスを[darkmere]にしているのも、
フォルテシアが言ってたという襲撃現場で見つかった
樫木が置いてった俺達のシンボルバッジも・・・・
全部、俺達に濡れ衣を着せるためにやったんだろう。
もしもリークが遅れていたら、危うくリークする前に
俺達がJGBに疑われて厄介な事になっていたかもしれない。
ホント・・・・間一髪だったな。
樫木の持っていた俺達、ダークメアのシンボルバッジも
奴を追放する時、無論取り上げた。
だが、持っていたという事は鈴川組の奴らから奪ったんだろう。
このバッジはダークメアの構成員である証。
直接つけるかあるいはコートのポケットに入れておかなければ
アジトのセキュリティに引っかかる仕組みだ。
このブリーフィングルームへもこのバッジがなければ辿り着けない。
するとネットを見ているタランティーノの口から思いがけない事が飛び出す。
「Mayaから新しい告知って事で大賑わいになってるな。
ネット生放送の告知だ。ガセじゃなさそうだ。今日らしいぞ」
「今日・・・・だとォ!?」
タランティーノが平然と言った事に遠くでトランプに夢中の
レーツァンがすかさず反応し、一目散にこちらにやってきた。
「どけ!!それを見せろ!!」
タランティーノをパソコン前からどかしてレーツァンはパソコンの画面を見た。
俺も横から、後ろからカヴラも覗く。
「なになに?何があったの~?」
お嬢も気になったのか後ろにやってきて
背伸びをして何とか覗き込もうとしている。
俺達が見たパソコンの画面。そこには・・・・
『緊急告知!!Mayaによるイジメがない社会を作るための生放送~』と
タイトルが大きく書かれ、今日の21時30分には放送を開始すると書かれている。
生放送が始まる動画サイトのURLも記載されており、
書き込みの時刻は今日の16時過ぎだ。
俺は自分の腕時計を見る前にパソコン画面右下のデジタル時計に目がいった。
「今、20時29分だな・・・・もうあと一時間もしたら放送が始まる」
俺はレーツァンや回りにそれを伝えた。
「おい、放送が始まればJGBや警察の力で
奴の居場所をある程度、特定出来はしないか?」
押しのけられたタランティーノがすかさず発言する。
それはそうだ、特にJGBは戦闘に秀でた捜査員に加えて
諜報部という専門の厄介者までいる。
あらゆる場所に多くのパイプを持ち、どこから情報を
引き出すかも分かったもんじゃない困った連中だ。
情報収集能力においてはまさに反則レベルだろう。
そんな奴らがネット上で公に姿を晒した
犯人の場所の特定を出来ない方がおかしい。
現に俺達も、いつも奴らの目を掻い潜って仕事してるんだ。
だが、そんな緊迫した雰囲気をよそにレーツァンは・・・・・・・・
「・・・・・・フヒャハハハハ・・・・・ハハハハハハハハハハハハ!!!!」
楽しそうに笑い始めた。
「これはいい・・・・いいぞ・・・・!
もうすぐだ・・・・・もうすぐ始まるぞ!!!お前らも待ちかねたカーニバルが!!」
「カ、カーニバルだって!?ボス!!!」
カヴラがワクワクした様子でレーツァンに反応する。
筋トレに使ってた二つのダンベルはいつの間にか足元に置いていた。
するとレーツァンは嬉しそうにその場から高く飛び上がり、
パソコンが置いてあるテーブルの奥、すなわち部屋の真ん中に着地した。
「そうさ、カーニバルさ!!お前も分かるだろう?」
レーツァンは左手の紫色の尖った爪で軽くカヴラを指さした。
「今夜ついに始まるんだよ・・・・!
樫木麻彩という裏切り者を血祭りにあげるための・・・・・カーニバルが!!!!!!」
両手を広げ、顔を天井に向け、咆哮を放つように俺達にそれを言い放つレーツァン。
その一言は部屋中に響き渡る。
「JGBと警察・・・・・そしておれ達ダークメアと根来興業が
一斉にアイツを追いかける大追討戦だァ!!!!!!!」
「シャーッ・・・・・ついに来たか!!!待ちくたびれちまった所だ!!」
部屋に響くレーツァンの大声にカヴラは
舌をペロペロと出した後、楽しそうに反応する。
待ちかねていた今にも楽しそうな事が始まる。当然の反応だ。
「ねえ、なんか面白い事が始まるの!?ボス」
漫画を片手にお嬢もワクワクして目を輝かせている。
するとレーツァンはお嬢の方を見た。
「面白いも何も、今日は最高に楽しい夜になる・・・・・・
決まってるだろォ・・・・・あの樫木を大勢で追うんだぜ!?」
レーツァンはお嬢を見てそうゾクゾクとした悪魔の笑みを浮かべると、
トランプがデタラメに置いてあるテーブル前の先ほどまで座っていた椅子に再び座り、
動くこともなく不敵な笑みでこちらを見つめている向かいにいる根来の方を見た。
「根来!!お前も勿論、参加するだろう?このカーニバルに」
ノリで根来に訊くレーツァン。だが、根来は案の定クールかつ不敵な表情で、
「いえ、生憎、私は遠くから見物させて頂きますよ。
・・・・というか、鈴川組の件、忘れちゃ困りますよ。
まだチャラになってませんから」
「おっと、そうだったな・・・・・おれ達が落とし前をつけねえと意味がねェ」
少々苦い顔を浮かべるレーツァン。
「そうです。ただ、こちら側としても兵隊200人は行かせましょう。
あなた方だけでは役不足でしょうからね」
「シャァッ!!おい、根来!!
オレ達だけで役不足とは言ってくれるじゃねえか!!!
こっちは生き残るために必死だってぇのによ!!!」
今度はカヴラの怒号が響き渡る。
役不足と言われた事に腹を立てて根来に近づいていき喧嘩を売る。
根来は特に動じる事なく、鋭い眼光でカヴラを睨みつけ、冷静な口調で、
「自惚れるのは大概にした方がいいですよ。あなたの悪い癖です。
所詮、あなた方の兵力だけでは樫木のとこにたどり着くまでに
確実にJGBに押し込まれるでしょう・・・・ありがたく思った方がいいですよ?」
カヴラから目を逸らした根来はテーブルにあるトランプのカード一枚を右手で取り、
中指と人差し指で挟んで持ち、その先端をカヴラの前に向けて左右に揺らしながら、
再び不敵な笑みを浮かべながら、
「ま、私もあなた方の脱出路は確保しておきますので・・・・
思う存分に樫木なりJGBと戦っちゃって下さい・・・・・
せいぜい良い戦果を期待しています。フッ」
「ぐウウウウウウ・・・・・!根来ォ・・・・・!」
唇を噛みしめ、因縁を付け、根来を睨みつけているカヴラ。
「言っておきますが、力任せにしか力を使えないあなたでは
前にやった通り、絶対に私には勝てませんよ?
そのストレスは私ではなくこれから戦う相手にぶつけて下さい?」
根来はそう言いながらトランプを元の位置に戻しつつも
常に平静を保ち、不敵な笑みを浮かべ、鼻で笑う。
カヴラみたいな肉体派とは前から思ってたが本当、馬が合わん・・・・
コイツは正統すぎる。自信過剰な時もある。
自分の力で、いや俺達の力だけで何とかさせようとするタイプだ。
いつもの事なので止めはしない。コイツの根来嫌いは今に始まった事じゃない。
筋トレをしてるのも自分の世界に入り込むためでもあるんだろう。
前に酒飲みながら訳を聞いたら、態度がムカつくとか言ってたが、理由は何となく分かる。
ともあれ、根来が手ぇ貸してくれるなら樫木を確保にやってくるだろう
JGBの大群相手にも戦えるその辺は一安心といった所か。
JGBがどれぐらいの兵力で来るかは予測はつかない。
が、間違いなくフォルテシアが率いる総本部の連中は
どんなに場所が遠くても今回は出張って来るだろう。
一ヶ月半も世間を掻き乱した野郎を、またいつ逃げるか分からない野郎を
近隣の支部に任せて野放しにするとは思えん。あの女は。
因みに根来もソルジャーだ。
岩龍会の最高幹部、四天衆は全員そこらとは比べ物にならない大物ソルジャーばかり。
俺達が総出で戦っても倒せるかどうか怪しいほどだ。
カヴラも一回、根来に怒りのあまり挑んだがフルボッコされた。
キングコブラ人間に変身出来、その上、毒技も使える、
圧倒的なパワーで敵を捻り潰す事がウリのカヴラを
子供扱いしてしまうぐらいに根来は強い。
見た目は本当に小さい小柄なガキ、だが腹の底を探らせず、
策謀を巡らせ、何を考えているかも明確にほとんど
掴めさせない上にその持っている力も強力・・・・
これほど最高幹部らしい幹部も他にはいないだろう。
さて、生放送までの1時間・・・・・楽しみに待つとするか。
今夜は楽しい夜になりそうだ・・・・・フッフッフッフッ・・・・・・




