第21話 帰ってきた反逆者
俺達が今、血眼に捜している裏切り者。
それが今さっきニュースでも名前と顔が取り上げられていた男、樫木麻彩。
コイツはそもそもどこから湧いて出てきたのか。
そう、コイツは3年前、俺達の前に突如現れた。
鈴川組も出来て間もない頃の事だった・・・・・・
「仲間に入れて下さい!!あの楠木大和を仕留めたという噂をお聞きして
あなたに憧れを抱いた次第でございます!お願いします!!」
そいつは土下座してまで組織入りを懇願してきやがった。
当初はレーツァンも俺もカヴラもタランティーノもなんだコイツはと思った。
だが、そいつがとんでもない力を持ったソルジャーである事が分かり、
尚更、手放せないと考えた俺達はあっさり仲間にしてしまった。
だが・・・この判断が今になって災いになるとは思わなかった。
樫木は薄色のソルジャーソウルを持ち、自分の体や触れているモノを
視界から消し、透明にする透明人間の能力を持ったソルジャー。
能力を行使すれば、触れているモノも、触れている間、透明になるので
衣服は勿論、持っている武器も全て透明になる。
この能力は戦闘では元々勘の鋭い奴を仕留めるにはたぶん向かないだろうが、
悪事を働く上では十分、様々な利用価値がある。
だからレーツァンはコイツの知名度も無名だったのを利用して裏方専門で働かせた。
JGBをはじめとした敵との直接的な戦闘には出さず、
与えた仕事のほとんどが潜入任務。
仕事内容は行けと言われた場所に行き、潜入し、金や物資を盗んで持ってくるだけ。
あるいは潜入し、何かしらの工作を仕掛けるだけ。
監視カメラに対しても物音をたてなければ見つかる事がないので
妨害工作や何らかの策を講じる事も可能なので盗み放題。
ただ一つ、透明になっても実体がある以上、センサーには引っかかるのが弱点だ。
タランティーノもそうだが俺も懸念していた。
だがセンサーの中には誤作動を装う事で、警備体制を乱すという方法が行える場合もあり、
それで警備を仕事が上手くいったケースもある。
例えば、目標のブツがある部屋とは離れた場所のセンサーを
わざと透明の状態で作動させ、警備員を誘導させるとかだ。
樫木の加入後、この時既に俺達には根来の支援もあり、
創設した鈴川組の地位を確立していた俺達はこれまでメーカーから仕入れて
売りさばく方向から盗んで売りさばく方向にシフトした。
コイツの能力のお陰でカチコミせずに敵のザル警備な倉庫を
物色して収入が得られた事もある。
現在は岩龍会の傘下に入ってる団体だ。
俺達が倉庫を好き勝手した後、岩龍会が潰しにかかった。
それだけコイツの能力は便利で、しかも難癖つけずに素直に言われた事をやるし、
さすがレーツァンを尊敬していただけによく働くなとオレも関心していた・・・・
真面目に仕事に取り組むフレッシュ野郎、ノリも良かった。
コイツがいなかったら鈴川組の商売の幅も広がらなかったし、
あんなに成功するとは思わなかった。
だから俺達もその実力を認め、樫木が来てから1年後には奴に幹部の肩書きを与えた。
だが・・・・
樫木が仲間になって約3年を迎える今年の1月の頭の事だった。
樫木もすっかりポジションが定着し、
すっかり組織の一員として誰もが当たり前と思っていた頃の事だった。
アイツはある日、新年明けて早々、下っ端共も入れての
宴会の場でこんな事を新事業と称して
レーツァンに提案した・・・・・正気かと思った。
「ボス!!!!」
広い部屋で至る所にある丸いテーブルの席に適当に座る俺達よりも前方。
誰もが見える正面の一段高いステージの上に専用の長いテーブル越しの
特等席に座るレーツァンに横から直接近づいた樫木の最初の大きな一声だった。
「今年から始める新事業で一つアイデアがあるんですが宜しいですか?」
「おぅ?なんだ、あるなら言ってみろ・・・・樫木?
ちょうど酒に酔っている所だ・・・・面白い話なら聞いてやろう」
「ボス、今年から新事業として教育統制委員会を潰しましょう!!」
「アイツらはクソです。子供が自殺したのに自分達の保身ばっかり・・・・・
ダークメアだけでなく、根来興業、いや岩龍会全体にも協力を仰いで・・・・
それで奴らに反感を抱く奴らを味方につけて、根本から日本を俺達の手で掌握しません?ボス」
こんな事を唐突に年明けの宴会の酒に酔っていたレーツァンの前で、
しかも俺達も宴会で騒いで楽しんでる時に提案してきた。
その直後、樫木の最初の大きな一声で一斉に樫木を
注目していた俺達もその話を聞いてまるで凍りついたような空気になった。
その瞬間、俺も冷めた。だいたい中身が宴会の時にする話じゃねえ。
金儲けになる事だったら全然いい、レーツァンが面白いと思う事だったら勿論。
だが、そもそもダークメアはこんな政治運動とか、政治的な何かに対して
反対運動をする活動家のような事をするための組織じゃない。だから案の定・・・・
「ハァ?ふざけるな樫木。何の話かと思ったらそんなくだらねえ話か。消えろ」
レーツァンはそれを軽く流し、一蹴、却下した。
「ふざけるなとはなんですか、ボス!!俺は真面目です!!
今こそ千葉のイジメ自殺事件で揺れている教育統制委員会を潰す時なんですよ!!!
日本の未来を変えるんです!!!俺達の手で!!!」
「樫木!!いい加減にしろ!!!
ボスが酒に酔って楽しんでる時に目障りなんだよクズが!!!」
俺は席を立ち、樫木に対して怒鳴った。近くにいたタランティーノを連れて
樫木を二人で取り押さえ、レーツァンの席から引き離した。
そして会場は恥を晒した樫木を嘲笑する愉快な笑い声に包まれた。
その後も往生際が悪く、懲りる事なく樫木は自らの主張を訴え続けた。
食事の時、仕事中に一息ついてる時とか、とにかく話が出来る余裕が生まれると何度も・・・・
俺達は何度もその主張を否定した。だが、何度否定しても・・・・
「チャンスなんですよ!!今しかないんです!!
俺達しか出来ないんですよ!!!」
とか繰り返すもんだからさすがの俺達も呆れるしかなかった。
次第に煙たく思い、白い目で奴を睨みつけ、邪険にし、蔑んだ。
そもそも言う場所間違えてるだろと。ここは犯罪組織だぞと。
誰もがそいつの言動に突っ込み、時に酒を飲みながら奴のいない所で笑い者にし嘲った。
今までは本当に素直でレーツァンの命令も俺の命令にも従うし、
よく働くからコイツには本当に期待していた。
しかし、俺の中でそれも少しずつこの時からガラガラと崩れ始めていった。
何度否定されても、どれだけ笑い者にされようと、
どれだけ傷つこうと、樫木は自分の主張をやめる事はなかった。
「今の日本の教育は腐っている!!!教育統制委員会は学校でイジメ自殺事件起きても
自分達の保身を優先して事実を隠蔽して亡くなった子供やその遺族の事を
無慈悲に扱うこんな悲しい事がこの日本では横行しているんです、ボス」
「だから早く全て壊しましょうよ!!!壊して俺達だけの世界を作りましょうよ!!!」
まるで政治家の街頭演説のように樫木は教育統制委員会の討伐、
学校でのイジメの根絶をレーツァンや俺達の前でしつこく訴え続けた。
ここは犯罪組織なのに3年もいて慈善団体や政治団体と勘違いしているのか。
と、誰もがツッコんでも空気の読めない言動を繰り返した。
「ボスは12月の千葉の中学校のイジメ自殺事件のニュース見ましたか!?
あんな事は二度とあってはいけないと思うんですよ」
「本当に教育が腐敗してる、今こそ正す時だと思うんです。
教育の膿を俺達の力で一掃、破壊しましょうよ。
"脱"教育統制委員会と"脱"イジメを俺は主張し続けますよ、あんなのはこの日本に蔓延るゴミです」
食事の時もこの話ばっかりするし、もう頭が痛くなるし
イライラするし良い所は何もない。ただの雑音。
それに極めつけは・・・
レーツァンやお嬢、俺達が寝てる時、
メガホンでひたすらこの耳と頭が痛い演説を夜通し繰り返しやがった。
メガホンのせいで隣の部屋からの声も壁を通り越して
耳に入るうざい演説のせいでとても眠れない。安眠妨害にも程がある。
夜遅くに仕事から帰ってきて夜食をとろうと
アジトに帰ってきたら既にメガホン片手に演説している事もあった。
・・・・・そして、ある日の夜中の事だった。
「事実を隠蔽する悪しき教育統制委員会による独裁を崩壊させ、国に分からせれば、
もうこの国での教育現場における隠蔽体質はなくなるでしょう」
「俺達ダークメアの力で、奴らにはないこの素晴らしいソルジャーの力で、
教育統制委員会の鼻をあかしましょう!!!」
「ボス、悪しき教育統制委員会を消し去り、
新たな制度の改革を促し、世界をそこから手中に・・・・・」
「いい加減にしろォ!!!樫木!!!うるせェんだよ!!!」
バタン!!とドアを大きく開けて、レーツァンは怒りを爆発させて演説を中断させる。
同時に俺達もその声がするとレーツァンの加勢に加わり、
樫木を止めるべく、演説するそいつのとこへ向かった。だが・・・・・
「ボスや皆が分かってくれるまで、俺はやめませんからね。
"未来の子供達"のために立ち上がる時なんですから。
みんなでこのイジメだらけの世の中を変えましょうよ。
うざいとかうるせえとか言われても俺はやりますからね」
その呆れるほど頑なな態度を見た瞬間、俺は深々とため息をついた。
何を考えているのか訳が分からない。イカれてると思うしかなかった。
「やかましい、もうどれだけ続ければ気が済むんだ!!!クソが!!!!
スカール、コイツに麻酔打っておけ」
レーツァンはそう言い捨てて自室に戻っていった。
その日はコイツに武器として持っていた麻酔銃を打ち込んで眠らせ、俺達も眠りについた。
樫木が眠った途端、すぐに騒音はなくなり快適に眠る事が出来た。
だが・・・・・・毎晩、毎晩、コイツの安眠妨害とも言える演説が止まる事が
なかったので、俺はその都度奴に麻酔銃を打ち込んだ。
麻酔がかなり効いているのか、一度打てば朝まで
起きる事がなかったのが幸いだった。
たとえ性格に難はあっても仕事はちゃんとやるし、レーツァンの命令も
教育現場の問題とかに傾倒してイカれてからもちゃんと聞いていたし、
稼ぎに関しては良い結果も残していた。
現に組織の収入は鈴川組単体の働きよりも
樫木のスニーキングミッションによる収入は欠かせないものとなっていた。
レーツァンがこの街でカオスを巻き起こすためのこれからの資金として。
また、そのために組織を発展させる資金として。
しかし、その一方でそんな奴の言動は俺達のストレスを溜め続けた。
次第にそれは我慢の限界に達した。耳障りだった。
ここは犯罪組織なのに空気を読まずに政治家気取った言動を繰り返すキチガイっぷりに。
何もレーツァンの事や組織の事も考えちゃいねぇ。
こんな奴はさっさと組織を出て、選挙にでも立候補して頑張って政治家になるなり、
教員免許取得の勉強でもして教育に貢献してみろと本気で思ったものだ。
それに俺達は政治から世界を牛耳ろうなんて、最初から思っちゃいねえ。
だからオレは3年間苦楽を共にした縁もあるので、それを勧めた。
行き着けのバーに連れてって酒を奢り、2人で飲んだ上で。だが・・・・
「スカールさん?俺はあそこにいる皆でやったらどうかって言ってるんです。
俺一人でやるならいいですが、俺はやっぱりスカールさんにも
ボスにも俺の気持ち分かって欲しいんです」
更にどうして1月からこんな言動を繰り返すようになったのかを俺は尋ねた。
それ以前は全くこんな話もしなかったのに。どこからそうなったのか知りたかった。
しかし・・・・帰ってきたのはくだらねえモノだった。
「去年12月に千葉の中学校でイジメがあったでしょう?それを知って思ったんです。
日本をいい加減イジメのない国に変えなければなと」
「だから俺はスカールさんやボスも説得して教育を変えたいんですよ。
3年前から一緒にやってきた仲でしょう?それにボスも裏から政治に関わる
チャンスもきっと出来ますよ。そこから世界征服すればいいじゃないですか。夢じゃないですよ」
ああ・・・・コイツもうダメだ・・・・
馬鹿を通り越して大馬鹿だ。
俺は額に右手を当てて頭を悩ませた。
だいたい、レーツァンは政治家になりたいとか一言も言ってないぞ。
そう説教してやりたくなったがこんな馬鹿と付き合うのにはもう疲れた俺であった。
樫木が狂い始めてもうすぐ二週間になる頃、
レーツァンも同じ事を抱いていたのかある日の夕暮れ、
樫木だけには内緒で俺達をブリーフィングルームに集めた。
樫木はこの時、たまたま仕事で外に出ている。
きっとレーツァンが適当な理由をつけて上手く誘導したのだろうが。
「樫木の奴が邪魔だと思う奴、今すぐ手を貸せ。
アイツはクビ・・・・いや、"永久追放処分"だ・・・・・
能力だけしか取り柄がない政治家モドキはもういらねェ。すぐに用意しろ」
レーツァンのこの宣言には本当に俺を含め、この場にいた全員が安堵したものだ。
性格はアレでも能力を買ってこのまま樫木を使い続けるのかと
思うと正直な所、『苦行』の二文字しかなかったからな。
まぁ、仮にレーツァンがそう決めていたら俺は本音を隠して黙って従っていたが。
俺はレーツァンの言う事は何があっても絶対と決めている。
この時はタランティーノもカヴラもお嬢も、また今は亡き鈴川さえも樫木を嫌っていた。
それぞれが奴に対して不満を爆発させた。
仕事はちゃんとやってくれるが、頭痛くなる奴、人の話聞かない奴、
ウザイ、愛せない馬鹿、と意見は様々だった。
が「早く消えて欲しい」という考えは全員同じで逆に異を唱えた奴は
この中には一人もいなかった。
そして、その場で話し合いをしてその日の夜。
俺達は樫木がアジトに帰ってくるのを準備をしながらじっと待った。
樫木がもうすぐ帰ってくるのを確認すると俺達は奴に見つからないように
ブリーフィングルームの入って後ろのドアを挟んだ左右の壁際に背を預け、
部屋に入ってきたばかりの奴の視界の外に隠れた。
「おーーーい、ボス!!スカールさん!!どこにいるんですかー?」
帰ってきて、残らず姿が見えない俺達を捜して、
アジト内で俺達を呼ぶ声が壁を通り抜けてこっちまで聞こえる。
だんだんと声が響き、大きくなる。そして声の主が部屋のドアを開けて入ってきた所を・・・・・
「ウリャャャャャャャッ!!!!」
「うァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」
部屋に入ってきた樫木に背後からカヴラの右ストレートが炸裂。
背後から背中を殴られた樫木はそのままうつ伏せで吹っ飛ばされ、そのまま倒れる。
優越感を感じるいい光景だった。
続けて、天井で逆さまになって隠れていたタランティーノが
四刀流を引っさげて舞い降りる。
倒れている樫木に向かって上下にグルグルと回転して落下しながら
自慢の四本の剣を振り下ろし、一瞬で無数の刃で樫木をデタラメに切り刻んだ。
「消えろ!!!!」
「きィャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャャッ!!!!」
切り刻まれて痛々しい悲鳴を、飛び散る血と共にあげる樫木。
既にかなりのダメージと体力を仕事で消耗しているゆえに
この後も樫木は起き上がって反撃する事さえ出来なかった。
透明になる事もできず、痛みで立ち上がる事が出来ない。
地面に這いつくばっているだけ。計画通りだった。
「な、何をする・・・・・・・・うっ・・・・・うわあああああああああああああ!!!!」
更にこの後、完全に動けなくなるまで
カヴラとタランティーノが飛びかかり、ボコボコにした。
カヴラは奴の顔をぶん殴り、タランティーノは
下半身の蜘蛛の4本足で樫木を踏みつけて痛めつけた。
二人とも笑いながらかつ楽しそうにいたぶっていた。
鬱憤ばらしとばかりに俺とレーツァン、お嬢もその光景を見て嘲笑う。
仕事でいない鈴川にもこの光景は俺がスマホで映像付きで撮影し送った。
二人の攻撃でボロボロになって動けなくなって気を失った樫木は
頭から血を流し、体中ボロボロで体の傷からも血を流していた。
既に着ている黒いコートは血まみれだった。
無論、このままにしておくわけがない。
俺達は普段は人や生き物を入れるための大きな布袋に奴を閉じ込め、
口をガムテープで閉じ、麻酔を打ち、黒いワゴン車の後ろに乗せた。
俺達はそいつが一生帰ってこれないように
東京のどこかではない別の場所まで運ぶ事にした。
わざわざワゴン車を走らせ、遠く離れた山梨の真っ暗な山中を歩き、
適当に見つけた大きく広がる谷底へと崖から袋ごと蹴飛ばして奴を追放した。
落ちれば常人では頭を打って死ぬぐらいの高さ。
健康ならまだしも、重傷ならばいくらソルジャーでも谷底で這い上がる事も
出来ずに勝手に死ぬ・・・・丸腰で水も食料も何もないし飢えて死ぬ・・・・
すぐ近くに大きな滝が流れる音が聞こえるが濾過もせずに飲める水なわけがない。
こんな山中でしかも丸腰で生き延びられるわけがない。勝手に野垂れ死ぬだろう。
俺もレーツァンもカヴラもタランティーノもお嬢も鈴川もみんなこの時はそう思っていた。
だから作戦が成功した時、俺達は全員で笑った。
同時に樫木がいなくなってせいせいした。"この時ばかりは"。
そもそも、ただ殺すんじゃなくて
こんな方法をとったのもレーツァンの命令だ。
レーツァンは事前の話し合いの時に言っていた。
こんな奴のために手を下すだけでは勿体無いと。
せっかくだからトドメを刺さずとも勝手に野垂れ死ぬ方法をとろうと。
更に、一瞬で終わらせるぐらいなら死ぬ前に絶望したくなるほどの苦しみを与えて、
自らの愚業を呪ったまま死なせなければ物足りないと。
樫木の事に内心ムカついていた俺達、勿論樫木には手を焼いて呆れていた俺も
レーツァンのその提案に面白がりながらも乗り、そして決行したわけだ。
遊び半分なんかじゃない。レーツァンの作戦は完璧だった。
どこからどう考えても樫木に生き延びる隙はなかった。
だが・・・・それから三ヶ月後・・・・・信じられない事が起こった。
レーツァン、いや、俺達のあの時の判断は間違っていたと痛感させられる。
奴はなぜかあの地獄の谷底より生き延びてその腹いせか
今月4日に鈴川組を壊滅させて無言で帰ってきやがった。
鈴川組を潰したのは秘密を知る者の中で十中八九、樫木麻彩しかいない。
金目当てと追放した腹いせで鈴川組を潰したんだろう。
仮にカヴラとタランティーノが犯人だとしても、
鈴川組潰してカネを奪ったなら組織には残らず、姿を消しているはず。
お嬢はガキだから出来るはずがない。
それに鈴川組は存在だけでなく事務所の場所も極秘。
だから必然的に犯人はそれを知った奴で、鈴川組に関わった奴、
かつ奪われた4780万がしまってあった頑丈な金庫の鍵を
開けられるレベルまで理解していた奴・・・・
つまり、樫木麻彩となるわけだ。
因みに金庫の鍵は暗証番号でロックされている。番号も勿論、俺達の間での極秘情報だ。
それで・・・・俺達は怒った根来からの圧力によって
JGBに嗅ぎつけられないように樫木を捜し回った。
まだこの関東のどこかにいるはずだと信じ、シラミ潰しに現れそうな場所、
行きそうな場所を徹底的に捜し回った。
だが、姿を見えないようにしている樫木を見つけ出す事は簡単ではなかった。
で、そんな日が続いて数日後。俺達が根来の命令で必死に樫木を探している一方、
あの憎たらしいJGBはというと、ある事件の捜査に加わっている事が12日、ニュースで分かった。
珍しくサツとの合同捜査らしい。
それは3月に岐阜、大阪、新潟、埼玉と立て続けに5人の人間が殺され、
その後、今月になって東京で一人、神奈川でまた一人、
同一犯によって殺されたと思われる連続殺人事件だった。
財布から中身が抜き取られた上に現場では
トリカブトって紫の花が毎回置かれているという。
俺達もレーツァンも最初は興味もなかったし、知っても平然とスルーしていた。
もしもそれがソルジャーなら、会ってみたいと思ったぐらいで
俺達には何も関係ない、そう思っていた。
だが、その日の夜、樫木の件から少し離れて息抜きがしたいと
せっかく集まったのだからとレーツァンの計らいで
俺達は捜索を一旦切り上げ、行きつけのバーに飲みに行った。
俺、レーツァン、カヴラ、タランティーノ、お嬢の5人で。
あ、お嬢に酒はまだ早いから無論ジュースだ。
ところが・・・・そこのお喋り好きな店主の口からサラっととんでもない話が飛び出した。
その店主の情報屋受け売りのネタを聞いて事態は急変。俺達は戦慄した。
なんと・・・・その事件で殺された人間、うち一人を除いた全員が
過去のイジメ自殺事件の加害者や学校の元締めの教育統制委員会の
関係者だって言うから驚かざるを得なかった。
うち一人は該当する事件の関係者でもなんでもないらしい。
それを聞いた俺達の脳裏にはすかさず追放したアイツの顔が
同時にある推測と共に浮かんだ。
間違いない・・・・アイツだ。アイツ以外に考えられなかった。
常識的に考えてこんな殺人は普通の人間には難しい話だ。
姿でも消さない限り、どこかで尻尾を掴まれて終わりだろう。
それにアイツなら殺す動機もハッキリする。どれだけ注意しても
迷惑を被っても考え曲げなかったアイツなら・・・・・・
後日、とりあえずレーツァンはこの件を根来に報告したらしい。
レーツァン曰く、引き続き捜索を続けるよう言われたとか。
だから俺達も引き続き樫木を捜し回った。
今度は奴が訪れそうな場所、隠れてそうな場所を徹底的に。範囲を広げて。
何かあればまた招集するとレーツァンは言っていた・・・・・
そして今日、15日。
サツは俺達が血眼になって捜している樫木の"全国手配"を大々的に始めた。
それも連続殺人とは全く違う事件で。それで俺達はすぐに呼び戻され、
俺も遅れて戻ってきた・・・・・というわけだ。
こうして振り返ってみると色んな事があった・・・・
・・・・まっさか俺達があそこまでして追放した奴が
またゾンビのように戻ってくるとは思わなかった。
今さっき、全国手配の模様を知った俺もレーツァンの思惑はすぐに分かった。
レーツァンは樫木の奴をとことん追い詰めるために・・・・
やはりJGBに樫木麻彩の情報をあえてリークするつもりだ。
店主から話を聞いた時からこの作戦はタランティーノが挙げていたが、
すぐに情報をリークしては樫木の事を更に聞き出すべく
JGBがこちらに全力で狙いを定めてくる可能性がある。
そうなれば俺達のアジトも最悪、特定され、
情報を求めて奴らの部隊が乗り込んでくる恐れもある。
また、岩龍会の関係者に迷惑かける恐れもある。
その時はしばらくは奴らの出方をレーツァンが伺いつつ、
可能なら俺達ダークメアだけでカタをつけると決めた。
で、奴らが大きく動き出したならそれに乗じて動き奇襲を仕掛ける・・・・
その方が危ない橋を渡らずに済む。そう考えていた。
だが・・・・・・もう慎重になる必要はない。まさに幸運。まさに好機。
樫木の存在が全国に晒された以上、JGBにも樫木の存在は顔も名前も大きく響いている証拠だ。
更に詳しい事をリークして誘導してやればJGBは俺達よりも
半分見えるマト同然となった樫木を優先して標的にするだろう。
樫木とレーツァンの関係、樫木が反イジメ活動をするようになった発端、
樫木がダークメアにいた時の振る舞い・・・・
これらを余すことなくリークすれば、間違いなくJGBの捜査は進展する。
奴らの捜査状況は分からないが、あんな殺人する奴はイジメを憎むアイツぐらいしかいない。
そうすれば全国手配によって表社会でも顔が割れるようになった今、
樫木を追い詰める樫木包囲網が形成されるのも時間の問題だ。
連続殺人とは関係ない事件、今回の全国手配の発端にもなった奴の身内が
死んだ事件も誰が殺ったのか知らないが、ホントラッキーだ。
まさか樫木も自分のオヤジが誰かに殺される事で
尻尾掴まれるとは思ってなかっただろうに。
・・・・全く持って、楽しくなりそうだ。憂さ晴らしにはちょうどいい。
レーツァンの話を聞いて、楽しそうなのは俺だけじゃない。
辺りを見ればカヴラもゾクゾクしながら拳をポリポリと鳴らし、
タランティーノも黒いサングラスを光らせ、
勉強を教えてもらってたお嬢もイタズラな笑みを浮かべている。
直接、現場に行く事はないと思うがお嬢も楽しそうだ。
お嬢も眠れなくて怒ってたからなあ。
さぁて・・・・・明日、リークした時の奴らの反応が楽しみだ・・・・・クックックック・・・・・




