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ソルジャーズ・スカイスクレーパー  作者: オウサキ・セファー
第二章 トリカブトの華
52/120

第20話 前夜

2034年4月15日。午後10時。



地下独特の風の音が悲鳴のようにゴーっとコンクリートの壁の奥から響いている。

水滴がどこからかポタポタと落ちる音と共に。


薄暗く、道沿いの高い壁に設置された並んだランプや

作られた電灯から照らされる光だけが唯一の灯火。



ここは朝も昼も夜も・・・・決して明るくなる事がない街。

それはそうだ、ここは大都市東京の地下に存在する広大な地下エリアの一部分。



ここは『アンダーグラウンド』。

地上を表社会とするのならば、ここは裏社会そのものだ。



辺りは暗闇とコンクリートの灰色で染まる。

ここは地上で言うのならば、路地裏のようなもの。

今いる場所から少し引き返して歩けば、俗に言う多くの奴らで賑わう市街に出る。

暗闇の中で怪しく煌びやかに光る看板などがある地下のコンクリートジャングルのお出ましだ。



真っ暗で明かりもほとんどなく、ビルのように並ぶ無数の

巨大な四角いコンクリートが高い壁となり、迷宮のような雰囲気を醸し出す。


住居もあるが、このエリアの殆どの住居は窓が一切ない作りに

なっているのも相まって、唯一目印になる物は

壁に赤いペンキで時々描いてある番地番号。

後は長く、ここに住んでいる事で自然に身につくカンだ。



ここはアンダーグラウンド第4エリアの6番地。

地上で言うのならば、閑静な田舎にありそうな住宅街だ。

歩いていると冷たい風がコンクリートの間を通って、俺に吹き荒ぶ。

コートの裾が揺れ、長い髪もなびく。



俺はそんな静かな場所にあるアジトに小走りで今向かっている。

















俺だけじゃない、最近はカヴラとタランティーノも

別行動でほうぼうを駆けずり回る時間が多い。


俺達の・・・いや、レーツァンの今後の保身のために。


唯一、お嬢だけがレーツァンと共にアジトに残っている。

基本は別行動で招集かけられた際は全員集合、今はそんな感じだ。



だが、今日の夜でそれも終わりらしい。夕方にレーツァンからメールが来た。

もうアイツの捜索をしなくても自然とチャンスはやってきたからいいのだそうだ。

だから早く帰ってこいと。


俺はカヴラやタランティーノと違ってレーツァンに任せられた別の仕事がある。

それだから予定の時間少しオーバーしちまった・・・許してくれるよな、レーツァン。





俺達は今日の今日まで関東の各地に散らばってウチのビジネスを

滅茶苦茶にしてくれた裏切り者を始末するべく、ずっと捜している。



きっかけは今月の4日。俺達の懐を支えていた、鈴川組の壊滅だった。

表向きは鈴川マーケティングという名前の会社という事にしている。

無論、これはただの企業ではない。



裏社会のメーカーから麻薬や武器、兵器などを仕入れて取引をする事業を担当している。

無論、経費の節約のために自衛隊とか特に友好関係もない

他所の組織から適当に奪ってきた様々な戦利品も含まれ、実のところ大半がそれだった。

盗めば仕入れるための経費はゼロだからな。



取引先は関東のソルジャー界最大組織であり、

俺達が傘下入りしている岩龍会をはじめとした大物達。


奴らが欲しがる物を売りさばく事で俺達のシノギになっていた。

小規模な組だったが、俺達にとっては重要な資金源であり、

岩龍会にゴマすりをするには不可欠な存在だった。




元々はレーツァンがある場所から仕事の報酬で得た大金のうち3000万を

部下の鈴川に握らせて3年ぐらい前に創設した、『俺達がシノギを得るために創った組』だった。


特にこの裏社会、ソルジャー界じゃ武器や兵器、肉体強化の薬とか

戦闘や戦争に役立つ物を販売する事はもはや当たり前のビジネスと化している。

戦いに飢える奴、戦いにひたすら挑む奴、臨む奴、そういうのが絶好のお得意さんってわけだ。

あと、岩龍会のようなソルジャー界の大勢力もだ。



そういった裏社会で頻繁に行われる小売業への参入の一環として、

また、岩龍会に気に入られる足掛かりとして鈴川組は誕生した。



鈴川はレーツァンから預かった3000万を元手に見事にその倍以上の

シノギを欠かさずに持ってきた。本当、憎たらしくも出来るヤクザだった。




ここまでは良かった。

なのに・・・・・なぜこうなった・・・・・




今月4日の事だ。渋谷にあった鈴川組事務所は丸ごと炎に包まれ、金庫の鍵は外され、

中に溜め込んであったはずの3月分の俺達の分のカネは全てなくなっていた。


死ぬ前の鈴川の報告によれば額は4780万円。

売るはずだった商品のデータはディスクにバックアップを

とってあったため無事だったが、

信頼とカネ・・・・・失った物は非常に大きかった。



鈴川組が壊滅した事に当然、レーツァンは怒り出した。

その時の怒りっぷりは尋常じゃなかったな・・・・




「一体、誰だァ!!!鈴川組を潰したのは・・・・・・!

 犯人を捜せェ!!!すぐにだ!!!捜してぶち殺せ!!

 このままじゃ・・・・・おれ達が消される!!」




レーツァンがこんなに焦り、キレるのも無理もない。

絶対に外部に漏れるはずがないからだ。



実は鈴川組の存在は最も大きな取引先である岩龍会の大幹部の一人、

根来亮二ねごろ りょうじとレーツァンと俺達幹部しか知らない。



そのため、取引先は岩龍会をはじめとした大物だが、

実際は岩龍会そのものに属する奴とその関係組織、

同時に奴らに与する俺達のような傘下が大半の取引先となっている。



関東の大物は大半が岩龍会に属している。

つまり、俺達がシノギを得る以外にも岩龍会関係者に

物資を供給するためにこの組は存在していた。



中でも最大の取引先は根来興業ねごろこうぎょうだ。

根来が会長を務める岩龍会の二次団体の中でも

勢力が大きい団体の一つ。



最高幹部が長の組織だけあって無論、根来興業の

配下にも俺達以外で多数の団体が存在する。


奴らも自分達で仕入れるよりもお手頃に物資を

手に入れられる事から鈴川組を重宝していた。


それに俺達ダークメアからの上納金も本家に行く。

差し引きで奴らと上層部が一番得をする。



JGBやサツに嗅ぎつけられないよう、鈴川組の存在を極秘の物とするために

俺達と根来の間では徹底した情報統制を行った。


他の岩龍会関係組織と取引をする際にも

表向きにも「Ssスズ」という隠語で鈴川組を通した。


この辺は根来の奴が関係各所に宣伝と共に広めてくれたので上手くいった。

流石は岩龍会最高幹部の一人と言うべき影響力。半端ない。


取引していたメーカーにも協力を仰いだ。

隠語ではなく正式名じゃなきゃダメな最低限の発注書や請求書が

なければその存在を知られる事はない。


出来れば完全に隠語で通したかったが、根来でもこれが限界なんだろう。

顧客は俺達だけじゃないだろうからな。


恐らく、JGBの奴らにもサツにも嗅ぎつけられてはいないだろう。

取引相手の誰かがこちらから届いた請求書や注文請書を

すぐ捨てないとかヘマをしなければ。

あるいはこちらに発注する時、「Ss」の隠語を使わない

"とんでもないアホ"がいたとか・・・・なければ、そんな事はない。



・・・・・と思っていた。




だが・・・・・それにも関わらず鈴川組は壊滅した。

クズなマスゴミが報道していたストーブの火の不始末とかは所詮ただの作り話だ。

現に金庫にあるはずのカネは残らず消えた。誰かが襲撃して奪った事は確かだった。



この件で、鈴川組の最大の取引先であり、物資の供給元を失った根来は

責任をレーツァン、いや、俺達ダークメア全体だと追求した。




「鈴川組が消えた?レーツァンさん、冗談は顔だけにして下さいよ。

 勿論、貴方がたで犯人捜してくれますよね?

 責任はとって下さい、でなければ・・・・私は貴方がたをボロ雑巾にする事も厭いません」



「要するに・・・・・・犯人突き出さなければ"絶縁"って事ですよ」




黒い笑みを浮かべながら低い声で厳しく責任追求をした根来。

俺達ダークメアの立ち位置は表には岩龍会の傘下という事になっているが、

実際は奴が会長を務める根来興業の傘下という位置が正しい。



JGBは俺達を岩龍会直接の傘下と思っている。全く、バカな奴らだ。

最も、俺達の上である根来があまり表立って行動しないのが要因なのかもしれないが。



そんな訳で俺達を切り捨てるのか、生かすのか・・・・・それは根来次第だった。

絶縁は破門よりも厳しい処分だ。

傘下からは容赦なく抹消されるし、関係修復の可能性もゼロ。







4年前、楠木大和を殺って更にそれを手土産に岩龍会の門を叩いた俺達。

あの時は岩龍会の長である会長とも好敵手として互角に渡り合ったという

楠木を仕留めた事で俺達は関東最大組織で高い地位と名声が得られる・・・・と思っていた。



・・・・・だが現実は甘くなかった。

実際は「楠木は通過点としか見ていない」という厳格な会長がトップの

関東最大組織にはその好敵手であった相手の首を取っただけでは

容易に上位のポストに入れるわけではなかった。



とりあえず傘下入りはしたものの、その待遇は功績に見合わなかった。

当初の予想とは完全に真逆だった。



で、色々あった末に俺達は岩龍会最高幹部の一人、

根来亮二に声をかけられ、その傘下という位置づけになった。



だが所詮は傘下、最高幹部が会長で規模も当然大きい

根来興業だけで見れば末端組織も同然。



実際はソルジャーだから他の傘下よりは戦力があり、使えると見られてる程度。

根来興業だけじゃないが、俺達よりもっと末端の奴らは岩龍会には他にわんさかいる。

が、そんなの知ったこっちゃねぇ。



当初は理想との大違いに憤慨した俺達だったが、

声をかけた当人である根来はその時は俺達を気にかけてくれているようだった。

その時の奴の言葉はこうだった。相変わらずの不敵な笑みを浮かべて、




「貴方がたを捨て置くには本当に惜しい・・・・

 私の手足となってもらいますよ・・・・・」




そんな根来に本当に気に入られ、上位のポスト、ひいては通常幹部に上がれるよう、

俺達は構成員を集め、カネを集め・・・・主に根来から仕事を引き受け・・・・

ここまでやってきたというわけだ。



で、仮に絶縁となれば・・・・すなわちそれは

関東最大勢力である岩龍会とやり合う事を意味する。



関東最強と言われる岩龍会会長を筆頭にその下に会長を支える最高幹部達がいる。

そして、その下には関東で名を馳せる様々な強力なソルジャー達が

主に通常幹部として顔を揃え、雑魚も入れて総兵力約2万人。

おまけに傘下等も含めれば更に増えるという。



根来は会長に次ぐ地位と権限を持つ最高幹部の一角。

鶴の一声で大量の戦力を集めて潰しに来るだろう。


まだ小規模な組織である俺達が総出でかかっても勝てるかどうかは怪しい。

そうなれば終わりだ。絶縁だけはなんとしても避けなければならない。





こうして、根来にも責任を問われた俺達ダークメアの

一心にかけた犯人捜しが始まった。


鈴川組を潰し、根来興業にも迷惑をかけ、

岩龍会の足を引っ張った奴をとっちめ、俺達の信頼を回復するために。



当初は固く禁じた鈴川組の情報を取引先の誰かが

リークした事で起こったと肉体派のカヴラが騒いだせいで、一時揺れたが・・・・


この件を知る者をとりあえず残らず洗い出すと犯人捜しはすぐに終わり、

今は"裏切り者捜し"へと切り替わっている。




そう・・・・鈴川組を知っているメンバーは根来とレーツァン以外は俺達幹部しか知らない。

オレと・・・カヴラと・・・・タランティーノ・・・・お嬢は

一応幹部扱いだがこの件は一切知らない。まだガキだからな。

下っ端やこの件に関わらない奴は鈴川組の真実を知らない、ただそれだけだ。



更にこれらに加えて、実は少し前まで俺達ダークメアにはもう一人、幹部がいた。

そいつの事は誰もが知っている。悪い意味で。

正直な話、最初は俺達もそいつの事は"死んだ"とばかり思っていた。

そう、この幹部こそが俺達が捜している裏切り者・・・・・

生きてると知った時は度肝を抜いたもんだ・・・・

















暗く、高くそびえ立つコンクリートで出来た迷路を進む。


右、左、真っ直ぐ行って三番目の通路を右と。そして、何もない行き止まりにたどり着く。


左、右、そして正面も冷たく高い天井にコンクリートの壁で

時々、灰色の上に続く地下水が通るパイプがある以外は何もない。



真上もコンクリートで覆われた壁。ここは決して日が差す事はない。



しかし・・・・・実はここに俺達のアジトはある。

俺は正面の行き止まりの壁の下に軽く右足で地面を踏んだ。

するとその部分がスイッチのように凹む。




同時に俺が立っている地面が下へと下がっていく。隠しエレベーターだ。




そう・・・・・ここが俺達の組織・・・・・「ダークメア」のアジト。




エレベーターの降下を終えると俺はアジト内のある場所へと歩いて向かった。

中は外のようなコンクリートと違い、普通の地上にもある建物と同じような作りだ。

静かで壁は茶色く扉も真っ黒。床は紫色で俺達ダークメアの

レーツァンの顔を象った丸いエンブレムが無数に描かれている。



エレベーターがある玄関から幾つか部屋を通り、俺はアジトの中の

幹部クラスの集会場でもある『ブリーフィングルーム』と位置づけられた広い部屋に入る。

壁の装飾もこれまでと同じで、入ってすぐ正面奥に見えるのはレーツァンが座る

特等席である玉座を模した高価な金色に赤いクッションの椅子。



だが、レーツァンはちょうど目の前のその特等席の横で

白いミニテーブルを挟んで丸椅子に座り、

緑フードを被ったあの男とチェスを興じていた。



既にカヴラとタランティーノもいて、タランティーノは

レーツァン特等席の右側でお嬢こと黒咲亜美に

テーブルで勉強を教えていた。


タランチュラコモリグモ人間の能力を持つタランティーノは

下半身の蜘蛛の4本足でお嬢の隣につき、お嬢は木造の椅子に座り、

テーブルのスタンドの明かりをつけた上で何やらドリルを開いている。


黒いサングラスにオールバック、

青いワイシャツの上に黒いスーツのジャケットを着ているのが特徴だ。


部屋の床は土足が可能だが、レーツァン特等席の回りには

丸く黒いフワフワな絨毯が敷いてあり、あぐらをかく事も出来る。

だからその範囲には靴を脱いで入る事になっている。

迂闊に土足で入ろうものなら勿論ゲンコツだ。



「シャーッ・・・・・おう!!来たかスカール」



左側で巨大なダンベルを両手で軽々と上に持ち上げ、

時に肩でそれを軽々と担ぐ動作を繰り返し、

筋トレしている上半身裸の筋骨隆々なカヴラが声をかけてくる。



コイツは俺達の中でも屈指の肉体派。

俺やレーツァンよりも背が一回り高く、知略は無理だがとにかくパワーは強い。

暇な時は室内でもああして筋トレしてる事が多いほどのアウトドア派だ。

頭から立った黄緑の髪に額は黒く硬い丸いメットのような鎧で覆われている。



「悪ィな、色々あって少し遅れちまった」



俺はまずは右手を軽く頭をこすってそいつに軽く遅れた事を詫びた。




「お疲れ!!別にあんたが遅れるぐらいみんな分かってんだから謝る必要もねえよ。

 それにその分、オレの筋トレも捗るってもんだぜ・・・」




「そうか・・・・・・」




ダンベルを持ち上げながら力強く肩で筋トレする

カヴラに気楽に言われて、少し息をつく。






「いいか、お嬢・・・・忘れたんならもう一回教えるぞ。

 この問題の小数の掛け算の計算はこうやるんだ。

 筆算の時に小数点以下の数だけ点を右から点をちょんちょんとやるんだよ」



タランティーノはどうやら計算を忘れたお嬢に計算を実際にやって仕方なく教えている。

こいつはカヴラと違って体だけでなく、頭の回転も早い。

お嬢の教育係はこいつが一番上手いかもしれない。いい覚え方とか知ってるしな。



お嬢の勉強の面倒見たりするのも俺やタランティーノ、レーツァン、

カヴラの役目だが、俺が忙しい時はだいたい

タランティーノにやってもらっている。




カヴラは・・・・恐らくこういう面じゃ一番役立たずだ。

体育の練習とかはともかく、あいつはこの前、

お嬢の算数の宿題に付き合ってた時、お嬢が分からない問題を

教える側が解けないなんてふざけた事態が発生した。



だからその時、別の場所で仕事中だった俺のとこに

わざわざ電話かけてきやがった。しかも、重要な商談中に。



まぁ、俺もお嬢の勉強付き合って分からない問題はあった。

だが、分からないならネットで調べるなり出来るだろとその時はカヴラに怒鳴った。



それは形が違う並んだ三つの正方形の面積を求める問題だった。

普通に一つの図形の面積を求めるのとはワケが違う。

ぶっちゃけ、俺でも解けるか怪しい。



だが、それ以降も宿題関連じゃ科目問わず度々カヴラはつまずくし、

やっぱ肉体派のこいつに家庭教師は無理だと思うしかなかった。




「こうやるんだ。簡単じゃない!」



タランティーノに教えてもらってそれを飲み込んでいくお嬢。




「よし、じゃあ今度、これやってみろ」



「え~、文章問題は苦手よ!!」



計算方法を理解したお嬢がそれを納得して頭に入れたのも束の間、

タランティーノが黒いサングラスを輝かせて腹黒い表情で

指差した難しそうな問題に頬を膨らませるお嬢。



お嬢は綺麗な茶髪に黄色いシャツに青いジーンズを履いている。

戦闘要員じゃない小学生のガキの服は俺達とは全然違うもんだ。



お嬢は一応、近くの小学校に通わせている。

やっぱり義務教育させとかないと今後の扱いに困るし、

日中、俺らが面倒見るわけにもいかねえ。


俺達と同じソルジャーだが、友達はそこそこいて、安定はしてる様子だ。

ま、能力は鍛錬のお陰で使いこなせて制御出来てるし、

人前でうっかり使ってしまうような問題はない。


因みにお嬢の能力の鍛錬を担当してるのはカヴラ。

あいつには体育以外にもそういうのが似合う。



保護者会とか行事は俺が正装し、偽名で「ジェームス」と名乗り、

お嬢の育ての親を名乗って学校に赴いている。



お嬢が天涯孤独である事から、若干事実を改変して

俺は両親を亡くした彼女を両親と親交があった関係で養女として

引き取ったという事にしてやり過ごしている。

無論、お嬢の本当の親の顔なんて知らないけどなへへっ・・・・



JGBに嗅ぎつけられるとまずいからあの手この手で撒いているという状況だ。

お嬢が早いとこ中学に入れば、少しは親を演じる事からも解放されるのだが。




ポン。レーツァンは黒いチェスの駒を一つ置いてこっちを向いた。



「おお、戻ってたかスカール。あんまり客人を待たせるなよ」



レーツァンは軽くそうオレに挨拶で迎える。

待たせるなよと言うわりにあまり怒ってもない。少々ご機嫌な様子だ。



「悪ィ、レーツァン。例の仕事でちょいと遅れた」



アジトからかなり離れた場所に出向けばさすがに帰るのも大変だ。

全く・・・・・だが、これも組織と・・・・レーツァンのため。



俺の抱える裏切り者捜しとは別にあるレーツァンに頼まれた仕事。

それはこの騒動で抜けた後釜候補を探す事だ。


鈴川組の後釜はまた下っ端から有用な奴を見出して

新たな芽を育てる事も視野に入れるとして、ソルジャーはそう簡単に見つけるのは難しい。


だからめぼしい人材を探すよう言われてる。ちょっと遠征してみたが

ダークメアに来れそうなのはまだ見つからないな・・・・・・



「ふっ、今回は5分ぐらい構いませんよ。こちらも事実確認しましたが、

 今は例の反逆者を追い詰められる絶好の好機ですからね」



レーツァンとチェスを興じるあの男が笑みを浮かべ、口を開いた。



そう、チェスを興じるこの男・・・こいつこそが根来亮二。

岩龍会最高幹部、四天衆してんしゅうの一人にして

その二次団体、根来興業の会長も務めている。


見た目は緑色のフードを被った緑髪のちっこい少年ガキ

だが、とてもガキとは思えない肝が据わった振る舞いが特徴で

不気味な黒い笑みを浮かべ、何を考えているか伺い知れない。



しかも大幹部に相応しい力の持ち主、敵に回すと恐ろしい奴だ。



二人のチェスの戦況を近づいて覗き込んでみるとなかなかの接戦みてえだ。

交戦しながら自分のキングを上手く安全なとこに持ってってやがる。

レーツァンはチェスは本当に強いのに。俺も何度も負けてる。




「レーツァン。楽しんでるとこ悪いが、メールで言ってた裏切り者のアイツを

 追い詰めるチャンスがやってきたってどういう事なんだ?」



俺はチェスに興じるレーツァンに尋ねた。詳しい内容はまだ聞いてない。

レーツァンはいつも着てる道化師を象ったコートの

内側から紫色のスマートフォンを取り出し、



「これを見れば分かる」



こちらを見ないでポイと軽く宙に投げて渡してきたのでキャッチして画面を見た。ニュースの動画だ。

左上の時計を見るに、どうやら夕方のニュースを録画したもののようだ。



女のキャスターが緊迫した様子で何度もニュースを読み上げてる。




「ええ、繰り返します。警視庁は今日午前10時頃に神奈川県の自宅で何者かによって殴打され、

 死亡していたのが発見された樫木麻紗紀さんの長男でこの家に住む樫木麻彩さん27歳を

 重要参考人として全国手配し、情報提供を呼びかける事を先ほど発表しました」



殺されたサツが群がる現場の家が映し出された後で、顔写真が映し出され、

俺達がよく知っていると同時に現在、必死に捜し回っている顔が大きく映し出された。




丸く黒い髪にメガネをかけて鋭い細い目つき、

その姿はまさしく俺達が捜している男そのものだった。

そうか・・・・レーツァン・・・・あんたのやろうとしてる事・・・・やっぱやるのか・・・・



「レーツァン、まさか・・・・・」




俺はその意図を悟り、尋ねると同時にレーツァンに

スマートフォンをポイと軽く宙に投げて返した。

レーツァンは降ってきたそれを右手でキャッチした。



「フヒャハハハハハハハ・・・・・!

 おれがやろうとしてる事、分かったようだな。スカール」



するとレーツァンはそっと席を立つ。




「さて、スカールが理解した所で・・・決行は明日だ!!!

 もうあの裏切り者の樫木を知ってて、酒場であの情報を耳にしたお前らは・・・・

 明日、おれが何をやるか分かっているよなぁ?」



部屋全体にレーツァンの声が響き、全員が注目する。

レーツァンが全員に向けた問いの答えはここにいる全員が

口に出さなくても分かっているだろう。

ここにいる全員の顔がとても楽しそうにニヤけている。



アイツの・・・・・いや、樫木のガラと

JGBがアイツ絡みの事件を調べている事を知っているならば・・・・

そして、この全国手配というこの状況下・・・・ここでの答えは一つだろう。



「フッ・・・・明日が楽しみですね。貴方がたには期待していますよ。

 殺して構いません。反逆者、樫木麻彩に制裁を下せば、

 この一件は全てチャラとしましょう・・・・・・絶縁も撤回です」


 

根来はそう言いながら右手でチェスのクイーンを持って

軽く横に揺らしながらレーツァンを指した。

その後、クイーンをストンと置く。レーツァンのポーンを一つ奪った。



レーツァンは再び席に腰を降ろす。



「まぁ、見ていろ根来。あのバカのせいで情けねぇとこ見せちまったが、

 必ず、アイツをとことん絶望させ、死ぬだけじゃ済まされない

 落とし前をつけてやる・・・・フッヒャヒャヒャヒャヒャ・・・・・」



レーツァンも不気味に笑いながらと残っていたナイトの駒で

根来のポーンを長考せずに一つ奪う。



根来とも久しぶりに会うが、レーツァンからチェスでもやりながら

話を聞いたのか事情を知っているようだった。



そういや、鈴川組が壊滅する直前もこんな感じで

レーツァンとオセロやってたな・・・・その時も互角に勝負していた。



「フッ・・・・・進捗状況はどうかと確かめに来ましたが、

 進展があって何よりです」



呟くような低い声で苦笑いを浮かべる根来。



当初こちらに責任を追求してきた時と違って

今は元凶が裏切り者の樫木である事が

明確になっているのか、機嫌の良さを感じた・・・・


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