第18話 定まらない正義
「・・・・・・・そうですか。
では、新直尚隆は無事に守りきれたのですね。ヴィル」
私はその報告を聞くとホッと息をついた。
「ああ、負傷者が二人ほど出たが病院で手当を受けて、
一命は取り留めたとここへ来る途中の車ん中で電話があった。
犯人には逃げられたがな」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
ヴィル達が新直尚隆の住むマンションで犯人を迎え撃った日の昼前の事。
私は総本部の長官室にて、自分の椅子に座り、机越しで
ヴィルとその部下のサニアより今朝の早朝の出来事について話を直接聞いていた。
現場の後始末は残してきたグレゴール達に任せてきたという。
これまで正体が殆どが読めない正体不明の犯人だったが、
ヴィルとサニアの証言によってそれが徐々に明らかになりつつあった。
「先ほども述べました通り、敵はいわゆる透明人間、ナイフ状の武器を持っていると思われます。
私が反撃で撃った銃弾が命中したので実体までは消せないという事になります。
消せるのなら初めから攻撃は当たらない事になりますから」
静かで冷静な口調で語るサニアが手に持つスケッチブックに
黒ペンで描かれた線画だけの透明人間のイラスト。
人が右手に尖ったナイフを持っていて、顔は鋭い目で描かれているイラスト。
犯人をイメージしてサニアが描いたものだ。
「ふむ・・・・これはあくまで私の推測だが、姿だけ視界から消せるというのなら
単に光学迷彩などを使った生身の人間という線も無くはないか?」
私とヴィル、サニアの横に立っているサカが顎に手をやり、意見を述べる。
「光学迷彩?普及すらしていないレア技術をどこから持ってきやがったんだ?」
サカにトボけたように追求するヴィル。
それに対し、サカがある雑誌を懐から取り出した。
「先月、アメリカの科学誌に光学迷彩の開発に成功したという記事があった。
大企業I.N社の系列企業が長年研究し、量産化が叶えば透明人間部隊も夢じゃない、
中東で活動するテロリストや武力集団も弾圧出来ると言われている」
「ほう・・・・・」
ヴィルはサカから科学誌を受け取って目を通した。サカは説明を続ける。
「見れば分かる通り、I.N社は発表以前に光学迷彩の試作品をおよそ30個作成してテストしているらしい。
そして2か月前の半ばには日本の軍事施設でテストも行ったようだ。
最後を見てみろ、量産化も秒読みだ」
「ホウ・・・またI.N社の新発明が革命を起こすのか」
ヴィルは科学誌に目を通しながら言った。
I.N社は世界的な大企業だ。この総本部もI.N社のお陰でこうして存在している。
軍事産業にも力を入れていて、今日のソルジャー界の抗争においても、
I.N社が開発した武器の一部は裏社会のマーケットに流れているほどだ。
我々、JGBの使用する武器や道具にもI.N社製のものが多数存在している。
前者は裏社会で活動する技術者、後者はアークライトが
トップの科学部によって改造版や改良版が生み出され、今日の抗争で使用されている。
「それで、ここからが本題です」
サカがそう切り出して本題に入る。
「もしも、これが仮に何らかの拍子で
外部に流出したか盗まれたとなれば・・・・可能性もあるのでは?
日本の軍事施設で実験が行われたのは連続殺人が起こる前の2月の半ば。
可能性もあると私は考えます」
「サカ、これをどこから?・・・・・というよりあなた、科学誌読むんですね」
彼の推理よりも私は思わず半目で冷静に突っ込んでしまった。
日本モノを好むサカが科学誌を読んでるのが意外だったからだ。
彼は日本の城の本、刀の本、そういったマニアックな類を好むから、
それらとは遠く離れた科学誌は予想外だった。
「意外ですか?アーク博士から借りたんですよ。
I.N社の新発明という事で興味をそそられたので」
アーク博士とは言うまでもなくアークライトの事だ。
私は彼女を普通にアークライトと呼ぶが、
一部ではニックネームとしてアーク博士が用いられている。
誰かが言い出したのかは知らない。
「自衛隊の協力の下、光学迷彩つけた部隊がどれだけ
早い時間で敵軍を殲滅させられるかの実験・・・・か」
ヴィルはざっと読み終わった科学誌をサカに手渡しながら書いてあった事を呟く。
とりあえず、話を本題に戻す事にする。
「・・・・ごほん。とりあえず、それは記憶の片隅に留めておいて、話を戻しましょう。
ソルジャーであるにしろ、無いにしろ、
その透明人間が一連の連続殺人の犯人と見て、間違いありません」
「そうだ、今までサツが捜査して捕まらないのも合点がいく。そいつで決まりだ」
ヴィルも言う通り、警察では確かに姿が見えない犯人を逮捕するのは困難だっただろう。
阿義田義文、宇緒坂健介、鬼築正和 、武高川浩一 、
菊治丸由美 、襲山喜一郎 、諸木坂剛・・・・・
今まで7人が殺されたが、いずれの犯行現場の近隣の住民からは怪しい人物の目撃情報はなく、
一部ゲソコンや地面などに付着した血痕程度の痕跡しかなかった。
あと、意図的に向こうが残しているものとして遺体の傍に置かれた
トリカブトの花がある。それは7人全員同じだ。
「あと、フォルテシア。犯人の心当たりならマンションで見つけたぜ」
「ヴィル、何か見つけたのですか?」
「こいつだ」
ヴィルがそっと内側ポケットから取り出して
私の机に置いた丸い"それ"を見た瞬間、私は目を丸くした。
「こ、これは・・・・・・・・」
私はヴィルが置いた"それ"を手に取った。
"それ"はまさしく・・・・間違いなかった。
私はこれがなんなのかを知っている。
そう・・・・・これは4年前・・・・
師である"あの人"を死に至らしめた・・・・
アイツの・・・・・・アイツしかいない。
「レーツァン・・・・・・・・・!」
私は怒りをこめながらその名前を口にした。
私は忌まわしきこのバッジを左手の親指と人差し指で
持ち上げて自分の視界の中央まで運んでそれを見る。
そう、これは・・・・ダークメアのメンバーである事を示すバッジだった。
「犯人の逃走経路を辿ったら途中に落ちていたんだ。
サニア、犯人は一目散に逃げたよな?」
「うん、走る足音は確かに聞こえた・・・・その時に落とした物かと。
最も・・・バッジを落としたという解釈も微妙な所がありますが」
ヴィルが横にいるサニアに顔を向けて尋ねると
彼女も頷いて証言。同時に本音を静かに零す。
この事件は・・・・やはりレーツァン率いるダークメアの陰謀なのか・・・・?
このバッジはダークメアのメンバーが身に付けるかあるいは
直接ポケットなどに入れて必ず一つ持っている。
サニアが微妙と言ったのもそういう事だ。
過去にレーツァンの手先を逮捕した時、手荷物の中にこのバッジがあった。
仲間同士で識別し合うために持っている物と思われ、同時にメンバーである事を
証明するための物のようだ。暴力団の代紋のような物。
形状は組織の丸いエンブレムを流用したもので紫を基調に
ボスであるレーツァンの顔をモチーフとしたデザイン。
左目は丸く大きく、右目は鋭い目をしている両目が黒いバッジ。
どこで製造されているのかは分からない。
もしもバッジを落とすのなら、犯人はバッジを
身に付けるのではなく、ポケットなどにしまう派なのだろう。
物を取り出すなどでポケットから物が落ちるのもよくある話だ。
それに、ヴィルの話だと犯人が逃走した形跡の血の跡は途中で消えていた。
自らが負った傷から出る血を止血するために取り出した布類を
バッジと一緒のポケットにたまたま入れていて、
それを取り出す時にポケットから誤って滑り落ちたと考えると説明がつく。
「長官、この事件、やはりレーツァンが
一枚噛んでいるのではないですか?動かぬ証拠です」
「・・・・・・・・・・・・。」
サカに問われた私は黙って机の上で両手を組み、
そこに顔を乗せて考えこむ。
もしもこの一連の事件が仮にレーツァンが仕掛けたものと
考えるのならあながちそうかもしれない。
少なくともバッジがある以上、奴が関わっている事は確かだ。
今までは証拠もなかったので考えなかったが、人が悲しみ、苦しむ事、傷つく事を
ジョークのように、またゲームのように愉しむ卑劣漢であるあの男なら、
人を使うなどして今回の事件を演出する事もやってしまうはず。
現に彼は4年前、"あの人"を死に至らしめたその後、
奴らに迎え入れられたのか岩龍会の傘下入りを果たした。
そして、岩龍会という強大なバックを得た彼は
その後も勢いづいて目的のためならばどんなに
卑劣な手段も平然とやろうとしたし、やった。
その数々は金品目的以外にも自分の気分でやった物もある・・・・・
都会にオフィスを構えるとある会社をヒットマンを多数雇って襲撃、
金を"取り立て"と称して会社の社員を殺して強奪したり、
仲間と共に金持ちの豪邸に乗り込んで富豪を殺害、金品財宝を奪い取ったり、
誘拐した人間に麻薬を飲ませて外に放ったり、
夏祭りの花火大会の屋台で食中毒菌入りを注入したたこ焼きやアイスなどの
食べ物を会社をリストラされた者を雇って販売させたり、
クリスマスにとある店の倉庫のケーキを残らず奪うなど・・・・挙げればキリがない。
あと、我々が動いた事でなんとか未遂に終わったが、
電車の線路に新型の爆弾を仕掛けて吹き飛ばそうともした。
冷酷非情、無慈悲、残虐性が極めて高い悪行の数々・・・・
思い出すだけで頭が痛い。
勿論、我々JGBが出ても彼の悪行による全ての被害を食い止められるわけではなかった。
それだけ彼はこの関東に多く潜む本家の岩龍会の構成員を
はじめとした悪党達とは一線を画する。
おまけにスカール、カヴラ、タランティーノといった
粗暴で強力なソルジャー達を従えている。
岩龍会をバックに残虐な活動を繰り返し、
少数精鋭でも侮れない犯罪組織、それがダークメアだ。
その時だった。
ヴィル達の後ろ、私から見て正面のドアが
三回のノックの後、そっと開かれた。
長官室に誰かが入ってきた。私は顔を乗せていた
組んでいた両手をそのまま机につけた。
「失礼します。長官。ちょっとお話が」
聞こえたのは非常に穏やかな声。
入ってきたのはアークライトとその隣にいるのは
折原部長だった。全員の視線が二人に向けられる。
「アークライト、それに折原部長・・・・何か御用ですか?」私は入ってきたそれぞれ二人の顔を見た。
「長官。私もちょうど彼女と同じ事をあなたに伝えようとしたら
彼女も用件が一緒だと言うのでこうして一緒に参りました」
メガネをつり上げて軽く笑みを見せる折原部長。
用件が一緒・・・・?一体、何の事だろう。
「アークライト、折原部長、用件はなんですか?」
「それが・・・・・」
二人して見せてきたのはあるサイトのコピーだった。
大型掲示板"γ(ガンマ)ちゃんねる"のあるスレッドの頭の部分がコピーされており、
私だけでなく、その場にいた全員がその紙に目を通した。
「!?」
戦慄した。とてもじゃないが、有り得ない事がそこには書かれていた。
そう・・・・そこには・・・・・
まず、書き込んだ者の名前はハンドルネームでMaya。
書き込まれたのは今日の深夜2時15分。
休日である事も相まってかなり書き込まれているようだった。
そして、本題であるそこに書かれていたもの。
それは、我々JGBと警視庁が追っているイジメ復讐殺人事件において、殺された者の名前。
生存している新直尚隆の名前に加え、なぜか7人目に殺された諸木坂剛は記載されていない。
晒されていたのは名前だけではなかった。
諜報部が同じく調べた情報がまとめてそのまま書き込まれていたのだ。
殺された者が過去に起こったイジメ自殺事件に関与していた事、
それは2015年と2021年に新潟と群馬で起こった例のイジメ自殺事件である事、
更にはそれらは当時の教育統制委員会によって隠蔽工作が施されて沈静化が図られていた事。
書き込みの下にはURLが二つほどあり、
アークライトと折原部長はURL先のコピーもとっていたので我々は確認した。
そこはMayaによって作成された、それらの事件の情報をまとめたまとめサイトだった。
そう、当時、教育統制委員会によって葬られたはずの事件の情報がビッシリと書き込まれていた。
「一体、これはどうなっているのですか・・・・どうしてこんな事に・・・・」
私もただ驚くしかなかった。消去されたはずの情報が復元された?
または情報のバックアップがとられていた?
そもそもMayaという人物はどこから情報を手に入れたのだろうか。
「・・・・Mayaという人物はWebサイト構築技術に長けているか、
あるいはそれに精通した人間を味方につけているといった所でしょうか?」
横からサカが別目線で冷静に分析する通り、この書き込みには
『俺が作ったまとめサイトだ。見て欲しい』と書き込まれている。
また、よくありがちでテンプレな無料でサイトを
作れるようなまとめサイトでもない。
サイトのカラーは白と一部灰色を基調としている。
一体、どこからアップロードされたページなのか・・・・
「あ、因みにまとめサイトはパスワードによってブロックされていました。
パスワードはスレに書かれている通り、[darkmere]です」
アークライトが説明をつけ加える。
まとめサイトを閲覧者が見れるようにとURLの後にパスワードが書かれている。
[darkmere]・・・・ダークメア・・・無論、真っ先に浮かぶ物は
もはや言うまでもない・・・・・これは偶然とは片付けられなさそうだ。
「書き込み数はパート2のスレがあと少しで埋まるまでに及んでいました。
その他にも色々同掲示板を確認しましたが、既にネット上で情報が凄まじい速度で拡散していますね。
呟きサイトでもトレンドワードに入っているほどです」
折原部長が続けて状況を冷静に説明する。その横でヴィルがスマートフォンを取り出し、
γちゃんねるのそのスレッドにアクセスしようと試みているようだった。
「さすがガンちゃん、殺された奴と教育統制委員会、ひいては
ニッポンの教育への糾弾で溢れてんな。ハナっからこれが目的だろ。
重要スクープと題して公表し、炎上を煽って注目を集めるっていう・・・Mayaって奴の」
「ヴィル、私にも見せて下さい」
「あいよ」
私はヴィルからスマートフォンを借りて、掲示板の書き込みに目を通していく。
ヴィルの言う通り、今回殺された過去のイジメ自殺事件の加害者達や教育統制委員会を
批判する内容で満ち溢れ、今回の事件を引き起こした犯人を逆に賞賛する書き込みも含まれていた。
日本の恥、殺されて当然、これを期に日本の腐った教育を変えるチャンス、
誰か分からないが殺した奴は神、賞賛に値する、など。
そういった書き込みで溢れており、騒ぎが広がる事で短時間で
深夜にも関わらず休日である事も相まって、多くの者の注目を集める
結果となってしまったのだろう。
だがその一方で、中には新潟と群馬の事件で自殺した者を糾弾する書き込みもあった。
自殺は良くない、イジメで自殺した奴の責任、
自殺した子のせいでこんな事になってる、など。
対して、自殺した子も忘れられた頃にこうなるとは
思ってなかっただろうと自殺した者を哀れむ書き込みも。
スレッドの中身は混迷を極めていた・・・・
・・・・教育とは何なのか、その中で正しい正義とはどこにあるのか・・・・
こうなった以上、たとえ犯人を逮捕してからこの事件が
イジメの復讐殺人だった事を公表した所で
この事態は避けられなかったのかもしれない。
今まで開けてはいけないパンドラの箱に
封じ込められていた邪悪なものが一斉に湧き出たかのような空気に満ちている。
まるでこの国の水面下にあった教育への不満が一気に溢れ出たような感じだ。
ヴィルも言っていた通り、これが書き込んだ人物の狙いなのだろう。
騒ぎを起こして世間の注目を集め、主張を訴えるという・・・・驚いている場合ではない。
次の一手を・・・・
「ともかく、Mayaという人物が誰かを特定しましょう。
犯人本人、あるいはその協力者の可能性があり得ます」
捜査をやめるわけにはいかない。
収束は困難でも犯人をあげなければ。次の一手はそれしかない。
これもレーツァンの仕業かは分からない。
が、私は立ち向かわなければならない。
「折原部長、このスレを立てた者が書き込んだ場所の解析はもう・・・・?」
サカが彼女に尋ねた。
「はい、副長官。現在、サイバー担当部署にお願いしてます。
警視庁のサイバー犯罪の専門家にも協力を仰ごうと問い合わせています」
折原部長がサカの方を見て冷静に状況を報告をする。
ピリリリリリリリリリリリ!!!!ピリリリリリリリリリリリ!!!!
その時だった。私の机に置いてある黒電話の音が
突如部屋に鳴り響く。誰だろう。
「すみません、電話です」
私はその場にいた全員に断りを入れてから受話器をとった。
「はい、フォルテシアです。どうしました?」
「失礼します、長官。長官と話をしたいという方から
電話が・・・・かなり横暴な方ですが・・・・」
電話に出ると下の事務のフロアの女性職員の声がした。
平静だが、緊迫した様子の声だった。
まるで誰かに恐喝されたかのような・・・・・
「繋いで下さい」
しばらく無音が続く。一体誰だろうか。こんな時に。
因みに、ここの番号は一部の限られた人間しか知らない。
私も外部の者でここの番号を教えたのは
蔭山警部などの緊急で連絡が必要な相手だけ。
後はもう一人、緊急ではなくフレンドリーかつ気軽に
電話してくるこの東京都のお偉いお方が・・・・今は置いておこう。
するとその人物と直接回線が繋がれた。
「フッヒャハハハハハハハハハハハハハハ・・・・・・・・!」
「・・・・・・!?
その笑い声は・・・・・・」
笑い声を聞いた瞬間、私は声の主が誰か、すぐに分かった。
私はすぐに電話の録音ボタンと拡声ボタンを押し、
サカをはじめとしたその場に立ってこちらを見ている
全員に聞こえるようにした。
こちらを嘲る落ち着いた不気味な笑い声。彼だった。
私にとって、この笑い声は挨拶のような物だった。
「フォルテシア・・・・・おれだよ!!!
おれおれ・・・・・!フッヒャハハハハ・・・・!」
「レーツァン・・・・・・・・・!」
こちらを嘲笑い図に乗る声。
私がその名を口に出した瞬間、周囲に一瞬、どよめきが走った。
アークライトやサニア、折原部長は少しだけ驚いた様子だ。
サカやヴィルは顔をしかめつつも、平静さを保っている。
この声・・・・・先ほど話題に上がったレーツァンしかいない。
「一体、何の用ですか・・・・?答えなさい!!」
「これから凄く面白いことを教えてやるから大人しく耳を貸せ・・・
フッフッフッ・・・・話はそれからだ・・・・・!」
「あなたの言う事など、信用も出来ません。却下します」
私は冷たく彼の誘いをあしらうように断った。
「・・・・フッヒャ!・・・・本当にそれでいいのかなぁ?
お前の大好きな秩序とか平和・・・・そういうのが残らず守れなくなるぜ?」
「・・・・・・・・?一体、どういう事ですか?」
「今のおれはなァ・・・・お前が心の底から欲しいと
思ってる物をこの手に握ってるんだよ・・・・!
どうだァ・・・・?欲しいと思わないか・・・・?」
こちらにヒソヒソと語りかけるように話を持ちかけてくるレーツァン。
「・・・・・・それは一体なんですか?」
心の底から欲しい物・・・・・?一体・・・・・・
「フヒャハハハハ!!!お前が捜査してる連続強盗殺人事件の犯人の情報だよ!!!」
「えっ・・・・・?」
一体、どういう事だ・・・・?
自分から仕掛けておいて情報を取引に出す・・・・?
レーツァン・・・・何を企んでいる・・・・?
だが、騙されない・・・・こいつは・・・・・
「・・・・・本当はそう言って、今回の一連の事件も全てあなたが一枚噛んでいるのでしょう?
そうやってまた私に上手い話を持ちかけて・・・何かを企んでいるのでしょう?」
「今回も、あなたのくだらない悪事で
7人の尊い命が失われたんですよ!?・・・・・違いますか?」
私は強く彼を問い詰めた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハァ?」
しばらく続く沈黙。その後、レーツァンはあくびをするかのように
とぼけたように返事をした。
「とぼけないで答えなさい!!!!どうなんですか?
あなたが黒幕なら、今度こそあなたを捜し出してこの手で仕留めるまでです!!!」
私は大きな声で電話先に向かって宣戦布告した。
「フヒャーハハハハハハハハ・・・・!!!
ァーーーーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
「笑ってないで答えなさい!!!レーツァン!!!!」
くっ・・・・・こいつの笑い声、態度・・・全てが私を苛立たせる。
こいつのせいで・・・・・・こいつのせいで・・・・・
4年前、楠木さんは・・・・・!
「・・・・・バカか、お前は。
おれじゃねェよ・・・・ァハハハハハ!!!!」
「とぼけた事を!!今朝の早朝、ターゲットを襲撃してきた実行犯が現場に
あなたの組織のバッジを残していったんですよ?」
「・・・・・・・ならお前に電話してちょうど良かったな」
「・・・・・・・どういう事ですか?」
「知らねェんだよ、そんな物。おれ様は殺人事件を起こせなんて誰にも命令していねェ。
ぜ~~~~~~んぶ、"アイツ"が勝手にやった事だ」
「そんな事言って・・・・嘘は通じませんよ」
「知らねェって言ってんだろうがァ!!!!!!!」
私が鋭い口調で彼の言う事を否定すると、
怒鳴る声と同時に電話の向こうでこちらを威嚇するようにガシャン!!と何か音が聞こえた。
その音が何かは何となく察しがついた。テーブルに置いてある
ビンや缶などが叩きつけられた拳の衝撃で揺れてたった音だろう。
レーツァンが言うアイツ・・・・・アイツとは一体・・・・・・
とりあえずそこまで言うなら話だけは聞いてみる事にする。
「では、そこまで言うなら・・・・アイツとは一体、誰の事ですか?
あなたの仲間ですか?」
「フヒャヒャ!!やっぱ本当は誰か知りたいんじゃねえか。
いいぜ、その気になった所で教えてやろう・・・・」
「早く聞かせなさい」
私は面白がる彼に鋭い口で追求した。
「言われなくても・・・・・これからたっぷり教えてやる。
カネとか代価は一切求めねェ。全部タダだ。ありがたく思え」
「それはどういう風の吹き回しですか?あなたらしくもない・・・・
やはり何か企んでいるのではありませんか?」
「フヒャヒャ、さァな・・・・・だが、報酬とか金目の物が目的じゃねえ。
一度しか言わねえから大事だと思うなら耳の穴かっぽじってよ~~~く聞けよ。
メモ帳でメモでもとるんだな!!」
私はサカ、ヴィル、サニア、アークライト、折原部長の方を見た。
ヴィル以外がうんと頷いた。ヴィルだけは腕を組んで
首を横に向けて目を逸らし、舌打ちをした。
レーツァンという悪党が気に入らないのだろう。
ヴィルはひねくれた態度が多いが、悪党を嫌っているのは本物だ。
「あなたの事を信用するつもりなど毛頭ありませんが聞かせなさい。
アイツというのが今回の一連の事件の犯人なんですか?」
「そうだァ・・・・・お前らが必死こいて追いかけてる事件、
全部アイツの無駄に正義ぶったくだらない思想が引き起こしたものだ・・・・・
アイツと長い間過ごしていたおれ達だからこそ分かる事だ」
常にこちらを嘲笑うような声、そして舐めたような口ぶり・・・非常に不愉快だ・・・・・
しかし、彼は今回の事態について説明する気は一応あるようだ。
何を企んでいるのかが分からないが、話は聞こう。
今、電話越しで話してるこの男こそが私の4年前からの因縁の相手、レーツァン。
4年前、私が心から慕い、師とも言うべき存在であり、
先代のJGB長官であった楠木大和を殺した張本人。
本当ならば、心から憎い相手・・・・この手で倒したい・・・・
だが、これで少しでも情報が少ないこの事件の捜査が前進するのなら、
たとえ奴だろうと無償ならば、応じてみる他ない。
せっかく、犯人は姿が見えないという所まで掴んだのだから。
勿論、それを鵜呑みにするほど私も愚かじゃない。
悪魔との取引なのだろうが、ここは聞いてみるだけ聞いてみる事にする。
とにかく、ここは個人的な因縁を持ち出して
電話を切ってはいけないような気がした。
JGB長官として。この状況を考慮して・・・・
楠木さん・・・・
あなたを殺した彼の話に乗る事をお許しください・・・・・
それに信憑性がない情報ならば、流せば済む事なのだから・・・・




