第17話 闇の中の襲撃者
2034年4月16日 日曜日。
東京港区に位置する、神谷町の住宅街の中にそびえ立つマンションは
冷たい春の風が吹き、真夜中の闇と物々しい空気に包まれていた。
ヴィルヘルム・ゲーリング率いるJGB東京支部は
JGB長官フォルテシア・クランバートルの命で
この神谷町のマンションにていつ来るか分からない
殺人犯を迎え撃つべく、また、いずれ狙われるであろう
新直尚隆を警護すべく万全たる守備を築いていた。
いつ現れるかは分からない。だが、必ず現れる。
それはその場の任務につく全員が分かっていた。
今まで殺された者のうち、6人は身元だけでなく住んでいる場所まで
既に何らかの方法で特定されている可能性があると考えられるからだ。
犯人はうち1人を除き、"共通点"に沿って
大虐殺する事なく、6人を的確に殺している事から
その可能性が高まっている。
そもそも、1人を除く全員が過去のイジメ自殺事件二件に何らかで関与しており、
それに該当する1人である新直をイジメへの怨恨の線が
濃厚の犯人が殺さないで放置するはずがない。
必ず、新直を殺すために現れる・・・・
その時を今か今かと待ち構える東京支部の面々。
マンションの近くの近所の道路には通常の乗用車よりも
一回り大きい黒色のJGBの専用バスが停まっていた。
カーテンで運転席の窓以外は閉ざされている。
中ではヴィルヘルムと3人の捜査員がパソコンをデスク上に配置し、
マンションの守備についている者からの定時連絡を受けていた。
パソコンが開かれているデスク奥の下を向いた
一つのスタンドライトの光がデスクと車内を明るく照らす。
捜査員三人が車の真ん中でパソコンが置いてある
デスク前の椅子に腰掛けて任務にあたる中、
司令官であるヴィルヘルムは後ろの座席のソファーに
背中を預け、右足を左膝に乗せて定時連絡に目を光らせている。
「こちら、サニア。定時連絡、新直の自宅前、異常なし」
「こちら、グレゴール。外回り、異常なし」
ヴィルヘルムは定時連絡に耳を傾けながら、
カフェインたっぷりの缶コーヒーを口にそっと含み、
ご満悦な表情を浮かべる。
ふと、彼は右手の腕時計に目を通す。
「さてと・・・・あと8分でサニアと交代だな」
「いってらっしゃい」
ヴィルヘルムは首を上にして缶コーヒーを飲み干して
目の前の車内の窓際にあるミニテーブルにそれを置くと一人、
そう言い残して部下の声を背中に受けながらバスの外へと真ん中のドアを開けて出た。
真っ暗な道を両手をポケットに入れ、スタスタとゆっくり歩き出す。
ヴィルヘルムとサニア、この二人はこのマンションの守りについてから
二時間おきに夜はこうして交代で新直尚隆の住む部屋の前を守っていた。
これまで痕跡をほとんど残さなかった犯人は人気が少なくなる夜間に現れる可能性が高い。
なので、夜間は昼間よりも警備を固めて対処していた。
警備を始めて今日は二日目の夜。
まもなく時計の針は午前の4時にさしかかろうとしていた。
少しずつ朝の日差しが顔を出し始め、明るくなってくる頃だ。
ここは新直尚隆が住むマンションの入口。エントランス。
既にJGB東京支部によって検問が敷かれ、入口の左右には
170cmほどの縦長の長方形の機械が設置されており、
二人の捜査員も配備されている。
この長方形の機械はJGBの科学部が開発した設置式の特殊金属探知機。
二つの機械で成り立っており、入口の左右にセッティングする事で
左右連動してセンサーを起動、通り過ぎる者の金属に反応すると音がなる仕組み。
世界的大企業"I.N社"制の最先端の金属探知技術が用いられている。
そんなガチガチに固められた入口。
ただし、時計が午前3時57分に差し掛かった頃の事だった。
ビーー!ビーー!ビーー!ビーー!ビーー!ビーー!
金属探知機の内側についている赤いサイレンが点灯し、
突然、けたたましい音を辺りに鳴らす。
「お、おい!!金属探知機が鳴ってるぞ!!」
一人の男の捜査員がサイレンに気づいて途端に
エントランスを覗き見るとそこには誰もいなかった。
「誰もいないのに鳴った・・・・故障か?」
もう一人の捜査員の男が左側の金属探知機をチェックする。
「んなわけねーだろ。昨日もマンションの住民のカッターやハサミが引っかかったのに」
「じゃあ、バグか何かか?」
「そーだよ。どんな機械だって、不具合ぐらい起こるさ」
ドガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!
1人の捜査員が余裕感を持って喋るのを
突如打ち消し、遠くから聞こえる豪快な爆発音。
「な、なんだ!?」
「近くで爆発があったみたいだ、グレゴールさんに報告だ!!」
捜査員の一人が無線機をとった。
「グレゴール隊長!!こちらエントランス班。西の方角より爆発音を確認!!」
必死に素早く現状を外回りの部隊の指揮を
担当する隊長に報告する捜査員。
「こちらも近くで爆発が起こったのを今、確認した。
至急、確認の者を送る。外部の者は全員、警戒態勢に入れ!!
お前たちも持ち場を離れるな!!ネズミ一匹見逃すなよ!!」
「了解!!」
無線機の向こうから大きな声で聞こえる
グレゴールの命令に二人の捜査員は背筋を固く、敬礼をした。
すると二人は武器である銃と光る剣をそれぞれ取り出し、
辺りを見回して警戒態勢に入るのであった。
近くで爆発があった知らせは指揮官である彼の下にも届いていた。
新直の部屋の前を守るサニアの下へと走りながら
外側の別の場所に停めてある車にいるグレゴールの無線に耳を傾けるヴィルヘルム。
「ヴィルヘルム支部長!!近くで爆発がありました。
例の殺人犯かもしれません。お気を付けを!!」
「これはご派手な挨拶だな。爆発はどこで起こった?
マンション内部じゃないだろう?」
「今、手の者に探らせている最中でございます」
「グレゴール、外は任せた。オレは中の様子を見てくる。
外部から新直の部屋のマークも忘れるなよ!!」
「・・・・それと、この爆発は敵の陽動だ。
態勢を乱すんじゃねえぞ・・・・!」
「はっ!!!」
よく言い聞かせて左耳の無線機からの無線を終えると
ヴィルヘルムは全速力で走り出した。
彼には分かっていた。これは警備の足並みを崩すための牽制だと。
「お前らどけっ!!」
裏口前にいた見張りの者たちを押しのけ、
裏口からマンションへと乗り込んでいくヴィルヘルムだった。
一方、その同じ頃。ここは7階の新直尚隆の部屋のドアの前。
ヴィルヘルムの右腕、サニア・バルトリッヒはただ一人そこで陣取っていた。
勿論、彼女にも爆発の報告はグレゴールより無線で通達されている。
白いデザインの拳銃一丁を両手で握り、左、右・・・敵はどこから来るか・・・・
冷静に目を左右に向ける。
彼女がいる廊下は誰もおらず、ゴーっと空気の突き抜ける音しかしない。
その音がより彼女の緊迫感を促進させる。
だが、それに押しつぶされてはいない。彼女もまたソルジャー。
ドイツの研究所のVR訓練で軍人として殺しの訓練を受けてきて、
また愛するヴィルヘルムと共に数々の戦いを経験してきた
彼女にとっては慣れたものであった。
このフロアには彼女以外にも二人の捜査員がこの階を巡回して見張りをしていた。
二人もまた、定期的にサニアの所にやってくる。
だが・・・・・
「ウワァッ!!!!」
右の通路の奥から男の悲鳴が聞こえる。
敵だろうか。サニアはとっさにドアより前に出た。
「敵です!!!サニア補佐官!!!」
「・・・・・・・!」
仲間の捜査員の悲痛な警告の声が聞こえ、その方向に銃を向ける。
通路の奥には胸から血を流してそれを右手で抑える捜査員が
廊下の角に背中を預けている。今にも死んでしまいそうな傷だ。
その瞬間、彼女は悟った。間違いなく敵はいる。
だが、視界では見えない。一体どこに・・・・・
その一瞬だった。何もない所から左から右へ、
空気を裂く見えない刃が彼女を襲う。
すかさず、彼女は避けるも見えない刃は左、右、斜めと
デタラメに動き回り、彼女を正面から襲う。
刃に圧倒され、守るべき扉から左側に離れてしまう。
サニアは襲い来る見えない刃を後ろへ後退しながら攻撃を読んで左、右と避けていく。
そして、隙を突いて反撃と言わんばかりに右手に持った銃で
素早く正面の見えない刃の方へ発泡した。
バァン!!!!
だが、その銃弾は敵に当たった気配がない。ただまっすぐ飛んでいった。
そして、無残にも響く弾丸が壁にぶつかり、転がる金属の音。
「嘘・・・・・!」
「くっ・・・・はぁぁっ!!」
すかさず力をこめ、サニアは空いてる左手の平から薄い紺色の光弾を放った。
これが彼女のソルジャーの力。彼女の力は・・・・そう・・・・・
見た目は淡い紺色。だが、紺色ではない。紅碧色だ。
名前の読みだけなら赤と緑をイメージさせる色をした光弾を目の前に放った瞬間、
その場から彼女の姿は眩い光と共に一瞬で消えた。
すると今いる反対の方向へと光を帯びて姿を現した。
無論、その場所は最初にキープしていた立ち位置である新直の部屋の扉の前だ。
瞬間移動した彼女は守るべき扉の前に再び現れた。
そう、彼女は自分の能力で敵と自分の場所を転移させ、入れ替えたのだ。
先ほど彼女が掌から放った光弾は殺傷能力は一切ない。
だが、当たった相手と自分の位置を一瞬で入れ替える効果がある。
この時、彼女は悟った。さっきの銃弾は当たったんじゃない。
避けられたのだと。
そして、この技が決まった今、敵はちゃんと目の前にいると。
すなわち、実体がある。ちゃんと攻撃も当たる。
入れ替わった直後、気配からこちらに正面に迫り来る
"見えない刃"の先端を察知、サニアは横へと避ける。
すかさず銃口を視界だけでは何も見えない方向に向け、発泡した。
バァン!!!!
「ブァァッ!!!!」
今度は命中した。どこへ当たったかは不明だが、
その証拠に銃弾を食らった男の断末魔が微かに響き、
赤い血が微かに飛び散る。
同時に何もない所からポタポタと微量に赤い血が
宙から廊下の地面にこぼれ落ち、それは赤く丸い血痕となって幾らか残った。
間違いない、敵はすぐそこにいる。たとえ、視界に見えなくても。
銃弾を食らってもがき苦しんでいるだろう。
サニアはもう一発、見えない相手に向かって右手に握られた
白い銃の銃口を向けて銃弾を放った。
バァン!!!
だが・・・・・銃弾は床に被弾し、転がる微かな音をあげるだけ。
そして、銃声が静まると今度は靴の音が聞こえる。走る音だ。
すかさずそれを逃すまいと音がする方向を走って扉から左の方向へと追いかけた。
行く先の足元を見るとポタポタと床に血痕を残して敵が逃げていくのが分かる。
姿は見えていなくても相手の体か流れ出る血痕の跡が
床に残り、逃げる敵の足跡を教えてくれる。
・・・・・しかし、走ってその場にすぐに立ち止まる。
そう、今自分がここを離れれば新直の部屋を警護する者は誰もいなくなる。
負傷者がいる以上、あまり離れるわけにもいかない。
敵は今の奴だけではないかもしれない。まだ他にもいるかもしれない。
そう考えたサニアは追うのをやめて無線機を繋げた。
「こちらサニア。ヴィル、緊急事態。新直の部屋の前まで侵入者が来た。
撃退はしたけれど、負傷者一名」
「なにっ・・・・!ちっ・・・・!」唇を噛み、舌打ちをするヴィルヘルム。
「部屋の前を離れられないからヴィル、追いかけて」
「・・・・そいつはどんな奴だ?」
「正体不明。だけど、これだけは言える。視界じゃ見えない」
「見えない敵だと・・・・?そうか・・・・そういう事か・・・・・!」
何か閃いたような笑みを浮かべるヴィル。
「でも、一発、負傷を追わせた。アイツは今、血痕の跡を残して逃げてる。
地面についた血痕の跡を追えば、逃走経路を割り出せるはず。
エレベーターの方に逃げた。後、足音。足音を聞き取って」
「あいよ、こっちは今、エレベーター乗ってそっち向かってるんだ。
行き違いになっちまったな・・・恐らくそいつはオレが乗った事で
エレベーター使えない今、階段で逃げてるな・・・・どうするか・・・・」
「グレゴールに入口を封鎖させれば・・・・」
「それしかないか。切るぞ」
エレベーターが5階に着いた所でヴィルヘルムはすぐにグレゴールに無線を繋いだ。
「グレゴールか?すぐに出入り口全て封鎖しろ。誰も出すな」
「ヴィルヘルム支部長!!まさか、例の犯人・・・・侵入していたのですか!?」
「そのようだ。どうやら、ガチガチに固めてもそれを掻い潜る
スニーキングスキルをつけてるみてぇだ」
「も、申し訳ありません!!外部の警備の者には後で叱りつけておきますので・・・・」
「いいからさっさとやれ!!外部のテメーらがちゃんと
やらねえからこんな事になってんだろうが!!」
「ハ、ハィィ~~~~!!!」
ヴィルヘルムが叱責すると、怯えた声をあげるグレゴール。
一方、無線を切ったヴィルヘルムはエレベーターを途中の3階で降りると
コートの内側ポケットから小型の懐中電灯を取り出し、左手にある上下に続く
コンクリートで出来た階段に血痕があるのを確認する。
「・・・・・なるほどな」
ヴィルヘルムはその後を追いかけて
今度は階段で、マンションを降りていく。
至って静か、夜中なので特に変わった物音がしない。
風や空気の音ぐらいだ。
早足で降りつつ、懐中電灯で血痕を辿っていく。
一階まで微量の血の跡は続いており、一階まで降りると
それは裏口の方へと逃げたのを暗示していた。
中庭の赤いレンガで出来た通行路にも若干の血痕が付着していた。
血の跡はそこから裏口へと続く廊下の途中で途切れている。
「チッ・・・・逃げやがったか・・・・・!」
唇を噛むヴィルヘルム。
が、その時、床を照らす懐中電灯の光に反射して
何かが床で光っているのが見える。
よく見ると足元に何かが落ちていた。
それは闇の中で懐中電灯の光に照らされ、輝いていた。
ヴィルヘルムはその輝くモノを右手で拾い上げる。
「これは・・・・・」
ヴィルヘルムが拾ったそれは丸い形状をしている。
左上半分が紫色、右上半分が更に濃い紫に染まり、下半分は薄い紫で染まっている。
左部分には黒く丸い目、右部分には斜めに尖った黒い目が描かれ、
下半分には紫の口紅に白い歯を出して笑みを浮かべる口が大きく描かれている。
そう、これは道化師の顔を象った怪しげな丸いバッジ。
左目は丸く大きく、右目は鋭い目をしている全体的に怪しいデザインのバッジ。
ヴィルヘルムにはこのバッジがなんなのか、既に分かっていた。
これはJGBとも因縁が深い・・・・あの男をモデルにして作られたバッジだ。
「"あいつら"・・・一体、何企んでるんだ・・・・?」
一方、その同じ頃・・・・・・
ここはJGB総本部、科学部の研究室奥。総括部長室。
この部屋の長は勿論、科学部のトップであるアークライト・ルーヴェンシュタイン。
科学部の総括部長室は今や彼女の自室同然となっている。
部屋の奥のベッドに机にはパソコン、その左横には土台の上にごく一般のコピー機がある。
机の右横の台には紅茶の葉が入った緑の袋が大量に入った箱と
紅茶を淹れるための高価な花柄のティーセットがある。
机の向かいにはたくさんの様々な本がギッシリ入った天井まで続く本棚がある。
前日に研究に疲れて早寝してしまった彼女は時間感覚がズレたのか
今日は早朝に目が覚め、胸元を大きく開けた白いパジャマ姿で
パソコンを開き、あるサイトを黙々と見ていた。
明かりは机のデスクライトの電気だけだが、この部屋は
全体的に広くもないため、この明かりだけでも十分であった。
「これは・・・・・」
彼女が見ている物はある大型掲示板。
γ(ガンマ)ちゃんねる、通称"ガンちゃん"というというものだ。
ハンドルネームを使わない匿名による書き込みが大半を占め、世の中で起こっている様々な
出来事やジャンルに関する板が溢れかえっている著名な大型掲示板である。
政治、経済、時事、サブカルチャー、ニュース、芸能、
アニメ、ゲーム、漫画、小説、ラノベなどあらゆるジャンルに区分けされており、
アークライトが現在見ているものは雑談掲示板であった。
マウスカーソルを素早く動かし、
大量にある書き込みを次々と読んでいた。
だが、彼女の表情は非常に真剣な物となっていた。
掲示板にはとんでもない事が書き込まれていた。
ある事で祭り状態になっているのだ。既にそれに対して
二つ目のスレッドが立ち、560番目の書き込みが最後となっている。
「長官に・・・・一刻も早くお知らせしなければ・・・・」
スレを全て閲覧し終わった所で事態の大きさを知った
アークライトはすぐにマウスカーソルを印刷ボタンに持っていくのであった。
目撃した非常事態をいち早く"あの人"に伝えるために・・・・




