第13話 通夜の前に
「大切な人を失った悲しみはすぐに癒える事はありません。
迷いがあれば、成せる物も成せません。ここはお願いします。
休んで下さい。お願いします・・・・」
真っ暗なベッドの中、電話で長官が切実に言った言葉が何度も頭の中で蘇る。
お願いしますと念を押して二回言ってる所が特に辛く、切なく感じた。
それは、いつもの長官というよりも一人の女の子の一面が見え隠れしていた。
長官はまだ14歳だ。普通の人間ならば思春期真っ只中の中学二年生。
だが、楠木さんに見出されるまでは幼くして
ドイツ軍にいたというから只者ではない。
ソルジャーである事も相まって。
後継者を探して仕事以外で度々世界を回っていた楠木さん。
彼女があの人の目に留まった訳はただ、強力な力を持った
ソルジャーだったからとは思えない。
彼女は俺のような地位が下の人間にも敬語を使う。
女口調で喋る様子はこれまで見た事もない。
喋ってる時は常に敬語。子供らしい様子は殆どない。
強いて言えば、アーク博士と一緒にいる時ぐらいだ。
博士と一緒にいる彼女は年が近いのか、
長官が姉、博士が妹のようにも見え、時折笑顔を見せている。
だが、それ以外は基本、とても年頃の少女とは思えない
風格と肝が据わる態度で幼さを感じさせない。
ゆえにその笑顔は希少で可愛げがある。
同じ年代の子供とは比べ物にならないぐらいに博識なのも特徴だ。
聞いた話では大学の数学の問題や著名な科学者の論文を読んで理解してしまうほど。
実際、俺が総本部に配属になってから仕事で書類を提出した際、
普通の中学生ならば首を傾げるだろう内容な書類を普通に読み取っていた。
知能が高いのは紛れもなく本当で内心驚いたものだ。
一体、物心ついた頃からどのような教育を受けてきたのか、
どのような感覚でやってきたのか、一度訊いてみたいと気になったものだが・・・・
ヘタすれば総本部の本務の部隊長達の上司であり、俺にとっては上司のまた上司である
本務部のトップであるサカ副長官が許してはくれないだろう・・・・
あの人は肩書き通り、常に長官の補佐をしている。
長官の傍らには、ほぼ必ずいる。
ちょっとさりげなく長官の昔の事を
訊いてみようと思ったが・・・・やっぱりやめた。
傍らにいる副長官の堅い雰囲気がそうさせてくれないのだ。
要は長官の気に障る事を言ってはまずいオーラが全開なのである。
ドイツ軍にいた事から、決して裕福な一般家庭で育ったわけではないのは
俺だけでなくたぶん全員が口に出さなくても察している事だろう。
それに人は誰しも、他人には明かしたくないものを持つともよく言う。
触らぬ神に祟りなしとよく言ったものだ・・・・・・
クラスコにも訊いた事があるが、アイツも
「長官は絶対、オレ達のようなのとは違う生き方してますよ」とか言ってた・・・・
あれから俺は近くの川崎のホテルで宿を取った。
長官とクラスコの電話もあって、またあの後、
外を歩いて夜風に当たって少しだけ気分が落ち着いてきた。
明日の夜はツヨシの通夜、明後日は告別式だ。
殺人事件の被害者の葬儀は司法解剖や状況によっては間が空く事があるが、
今回はそれが手早く済んだのもあって通夜と告別式が引き伸ばされる事はなかった。
アイツの家族とも面識があった俺は快く通夜に参列する事を許された。
そりゃ、中学、高校時代、アイツの家でよく遊んだもんな。
なんて、ベッドで寝ながら色んな事を考えているうちに寝付いて次の日。
俺はホテル内で朝食をとった後、ホテルからそのままある場所へ向かった。
このままではいけない。なぜなら、喪服を持っていないからだ。
最寄りのスーツ店へ車で行き、安価だが喪服用にスーツを調達した俺は
それに着替えて通夜の開かれる二子玉川の葬儀場に車を走らせた。
ちょうど代えのスーツももう一着欲しいと思っていたし、何ともない。
今日は非常にどんよりとした天気だ。空は灰色で雨も少しだが降っている。
何というか・・・・今の哀愁に満ちた雰囲気をそのまま表しているかのような光景だった。
車のフロントガラスにも雨水がポタポタとついてくる。
やがて雨足も強くなってくる。まるで降り注ぐ雨水は大粒の涙のようだ。
ワイパーアームを動かして雨水を横に払う。
ツヨシは埼玉でちょうど生まれ育った生粋の埼玉っ子。
俺は神奈川で生まれ、小学4年生の頃に埼玉に転校、中学でツヨシと出会った。
ツヨシは高校卒業後に関西に渡ったが殺されるまで一人でこの神奈川に住んでいた。
もしも、実家に帰っていたらアイツの家族もアイツ共々殺されていたかもしれない。
一体、なぜツヨシは殺されなければならなかったんだ・・・・
長官は犯人はイジメ自殺事件の復讐目的で殺人をしていると言っていた。
だが、ツヨシは加害者にも当てはまらない・・・なのに殺された。
犯人は一体、何がしたいんだ・・・・・・・・犯人は・・・・・
様々な事を脳内で思いながら車を走らせて約1時間・・・・
車は通夜と告別式が開かれる葬儀場に到着した。
既にツヨシの遺体は昨夜のうちに警察の手に
よってここに運び込まれているという。
喪主であるツヨシの親父さんは出来れば、実家で行いたいと主張したが、
今回はいきなりの訃報だったため、遺体の移動に時間がかかる事、遺体への影響も考慮し、
更に警察の計らいもあってこの神奈川のセレモニーホールを葬儀の場とし、彼の死を悼む事となった。
ツヨシの親父さんや家族とも高校生以来、昨夜久しぶりに会ったものだ。
お袋さん共々、学生時代は俺にも世話を焼いてくれた優しい親父さんだ。
夏休みや冬休みはこの家に学校には内緒で泊まらせてくれた事もあったっけなあ・・・・懐かしい。
家族も暖かくて、破天荒なアイツらしい家系だ。
おまけにアイツのお袋さんの料理もすげえ美味い。
それもあってよく家で遊んだんだったなあ・・・・・
高校卒業後はツヨシが関西へ行った事や俺がJGBに
就職した事もあって高校卒業以降は会う事もなかった。
だが、こんな最悪な形でまた会う事になってしまうとは・・・・・
セレモニーホールにはアイツの家族だけでなく親戚達が喪服を身にまとって集まっていた。
俺は一人ひとりに会釈をし、挨拶をしていく。
突然の訃報に皆が暗い顔をしハンカチで涙を拭く者も当然おり、
生前のツヨシの写真が多数会場には飾られ、俺の心を悲しみが強くえぐる。
その悲しみが辛くなり、アイツの家族であるお袋さんと
ツヨシの事を話しながら共に時間を過ごす。
ツヨシはまもなく湯灌にかけられるという。
遺影が飾られた通夜と告別式の会場に運ばれるのはそれが終わり、納棺が済んだ後のようだ。
湯灌とは、死者の現世での穢れや苦しみを洗い、清め・・・・
来世での功徳を願いながら行う儀式の事で要は遺体をお風呂に入れて体を洗う儀式だ。
とは言っても大浴場や風呂場を使うのではなく
ちょうど人ひとりが入る専用の湯船を用いる。
俺も前に祖父が亡くなった時にそれを畳の部屋で目の当たりにした。小学生の時だった。
湯灌、納棺の儀、通夜、告別式、そして火葬・・・・
これから湯灌にかけられる事を考えると改めてツヨシの死が悔やまれる。
ふと、横を見ると小部屋の白いテーブルクロスが敷かれたテーブルで
親戚の小学生の子供達やアイツの妹が折り紙で鶴を折っている。
折り方が書かれている本を見ながら懸命に折っている。
告別式が終わった時に生前のツヨシが愛用品していた物や
あの世に持って行って欲しい物などと一緒に棺に入れられる。
妹を除くあの子供達も、この一件で"死"とは何かを経験するのだろう。
人は必ずいつか死ぬ。たとえそれがソルジャーでも。
家族がいるのならば残された子供は家族の死を通して
死んだ人間はどうなってゆくのかを知る事となる。
俺もJGBの仕事をしている以上、殉職の可能性だってある。
だが、この世界は裏社会で暴れるソルジャーから世の中を守る人間が必要とされている。
平和を脅かす者と戦わなくちゃいけない。
でなければ俺達の世界が終わる。それならば覚悟の上だ。
秩序のために戦う存在がいるからこそ、表社会は守られる。
だからこそ、現在のソルジャーが視界にない社会がある・・・・・
人々が何も異端的なものに恐れる事なく平和に暮らせる社会がある。
その後、ツヨシの湯灌が始まり、俺と遺族達も
準備が整った畳の部屋に案内された。
遺族達に混じって正座をし、葬儀屋の人の指示に従っていく。
指示に従いながら俺の中では先ほどのお袋さんとの会話が蘇る。
お袋さんからの話によると、ツヨシは関西に行って失敗はしたが、
それでもアイツはお笑いを諦めてはいなかったようだ。
お笑いを趣味にし、仕事は仕事と割り切ってお袋さんが
神奈川の物件を紹介した事で神奈川に引っ越した後、コンビニで
バイトしながら就職活動をし、食品会社に就職したらしい。
やっぱりアイツの情熱は高校卒業後も形は変わろうと潰える事はなかったようだ。
食品会社に就職した後も再起をかけて趣味でお笑いをやっていたんだろうか。
職場の人間関係は分からないが、アイツもお笑いを楽しんでいたに違いない。
本当にこんな形で人生終わったのが残念、無念でならない。
そして、時は流れ、日は沈み、通夜の時間。
お坊さんがツヨシの棺の前で座ってお経が唱える中、俺は改めて決意した。
ツヨシがあまりにも無念な最期だった以上、
殉職の可能性もある仕事に就く俺も簡単には死ぬわけにはいかない。
ツヨシが生きれなかった分まで生きて、アイツの分も頑張る。
もし、死に直面するような事があってもどうあがいても生きて、生き抜く。
志半ばで逝ったツヨシの分も生き抜いて見せる・・・・
今回の事件の犯人も、絶対に逃がすわけにはいかない。
たとえイジメへの復讐とかどんな理由だろうが・・・・
ツヨシを殺した犯人を・・・・・
まだまだこれからだった俺の親友の人生を
絶った犯人を・・・・俺は絶対に許さない。
必ず捕まえて・・・・俺にとってもアイツの家族や親戚にとっても
大切だったツヨシの命を奪った罪・・・・・一生かけて償わせてやる。
見ていてくれよ。
お前がいなくなった分は・・・・全部俺が引き継いでおくからな。
長官達のように俺はソルジャーではないが、
出来る事はなんだってやってみせるから・・・・
無念極まりないかもしれないが、あの世でじっと見ていてくれよ。
ツヨシ・・・・・・・




