第10話 荒城憲一の事件簿 ~新潟にて~ 後編
我々がいる公園に冷たい風はそっと吹くと
早坂さんは寂しげに語る。
今から19年前の2015年2月。
あの学校で一人の生徒が短い生涯を自ら絶ったのだという。
私の中でどういう事かと驚きと疑問が錯綜すると
早坂さんは何も言わず、静かに話を続けた。
「あれはあの学校で・・・・・
いや、あの学校始まって以来の悲劇とも言うべき大事件だった・・・・」
「2月にある男子生徒がイジメを苦に遺書を残し、
学校の屋上から飛び降り自殺したんだよ」
「い、イジメ・・・・・?」
人間関係で体と心が病んで自殺する事件ならば、
一発で思いつくのが会社の上司や同僚からのパワハラが原因による自殺。
社内恋愛がきっかけという事もある。比較的有名だ。
しかし、それも頻繁に耳にするものじゃない。
だが、それ以上に学校でイジメられて自殺というのは
あまり聞かない話だった。
いや、聞いたかもしれないが覚えているのかが怪しい。
「そうだ。勿論、遺族は学校とその上の教育統制委員会に抗議、彼らは対応に追われた。
今も泣き崩れる遺族の悲しい顔を覚えておるよ、わしも」
「・・・・その事件の主犯は誰なんですか?加害者は」
「・・・・もう分からんか?」
「その子を自殺に追いやったのが兄ちゃんが調べてる鬼築正和と武高川浩一なんだよ」
なっ・・・・・・!
真実を突きつけるように早坂さんはその名を口にした。
「そして彼らのグルである新直尚隆・・・この三人が主犯だ。
三人はその子を玩具のようにぞんざいに扱い、毎日イジメ続けた。
当然、その子の心も耐えられなくなり、誰にも助けを求める事が出来ず、
自殺してしまった・・・・」
早坂さんは彼の死を悼み、悲しむように更なる真実を語った。
「学校や教育統制委員会は勿論、動いたんですよね?」
私は驚愕する中、引き続き早坂さんから事情を訊いた。
そして、真実を知る事となっていく。
「ああ、動いたさ。"悪い意味"でな」
「悪い意味で?」
「ああ、学校と教育統制委員会は揃って、被害者の遺族よりも
自分達の保身を優先したのさ」
「・・・・・・!」
「学校内で生徒に調査を行っても自分達の都合のいいように生徒に口止め、
あまつさえ生徒から集計したアンケートも改ざん・・・本当に遺族を逆撫でする対応ばかりした」
「教育統制委員会もその権力を傘に騒ぐマスコミに圧力をかけ、報道を減らし、
ネット上に情報が上がっても業者に依頼して削除させ、徹底して事件の隠蔽を計った」
「・・・やがて学校内でも生徒達や教職員にもこの事件の話題の出す事を圧力をかけて禁じたんだ」
「人ひとり死んだというのに・・・なんて対応だ・・・・・」
なんて事だ・・・こんな事があっていいものなのか?
いや・・・・逆を言えばこんな対応だから今まで私も知らなかったというのか?
早坂さんは続ける。
「無論、イジメがあったなんて一切認めてすらなかったよ。
イジメと自殺の因果関係を全面否定した」
「親から預かっている大切な生徒がイジメで自殺・・・批判は避けられん。
だが彼らも生活がある。生きる糧を失いたくないがために遺族を踏みにじってでも隠蔽を図るのさ」
それもそうかもしれないが・・・・
教育する側としてそれはどうなんだ・・・・?
「いいか、話を続けるぞ。ここからは今のあの学校の事だ」
「はい・・・・」
私は頷き、息をグッと飲んで真剣な表情の早坂さんの話を引き続き耳にする。
「19年経った現在、すっかり風化した今でもあの学校ではこの事件に関しては
学校の名誉にかけて口には一切出すなというルールが
全ての教職員の間で浸透しておる。わしもそれをキツく言いつけられた一人」
「破った者は免職にすると同時に学校の名誉を傷つけたとし、
名誉毀損の裁判も辞さないという学校長を通して
教育統制委員会の圧政が敷かれてるんだ」
「ほ、本当なんですか、それは・・・・」
だから聞き込みに行っても大して収穫が殆どないというわけか・・・・・
「本当だ、今の学校長も前任者が事件で
責任とって辞職した後に送り込まれた"替え玉の一人"。
あの事件以来、校長が6回変わってるがいずれも教育統制委員会が送り込んだ替え玉」
「無論、教育統制委員会に従順的な者、人が変わっても状況は変わらんに等しい。
もはや最初の辞職も茶番としか言いようがない」
「くっ・・・・・・教育統制委員会の上にある
文科省は何もしてないんですか?」
こんな状況下なら・・・・
常識的に考えて、文科省の耳にも届いて黙ってはいないはずなのだが・・・・・
「勿論、動いたさ。でも、現状は変わらん。
教育統制委員会という組織を潰す事は出来ないし、
組織そのものが根本的に腐ってるんだ・・・・」
まさか生徒が一人死んで教育統制委員会が裏で
こんな事をやっていたとは驚きだ・・・・
それより早坂さんはこんな事話して大丈夫なのだろうか。
「早坂さん、・・・・・早坂さんはどうしてこの事を?
バレたら免職だけでは済まないんでしょう?」
「そうだな、これが公に広まればあの学校でも誰がリークしたかの犯人探しが始まる・・・
それぐらいに捜査が活発化されるだろう」
「だがな・・・・あんたと会った証拠は何もない。大丈夫だ。それにあんたのような
警察でもなく事件を捜査している人間ならば、分かってくれると思ったからこそ教えたまで」
「警察ではダメなんですか?」
「奴らは信用出来ん。19年前、警察が学校を家宅捜索した際、
当時、職員として勤めていたわしも共犯のように冷たい目で見られた・・・」
「19年経ってもそれが残っててな、言っても信用してもらえるか怪しくて
今回の事件であの学校に警察が訪ねてきた時もわしは何も出来なかった」
怒りと後悔・・・・二つが入り混じった態度の早坂さん。
まるで私を待っていたかのようだった。
「そこまでして私に教えるのはなぜ・・・・」
「それは・・・・もう言わなくても分かるだろう?死んだあの子のためだよ」
とっさに訳を訊こうとした私だったがこの時、私はある事を悟り、留まった。
早坂さんが何か、心の奥底に辛い何かを抱えているような心苦しい顔を見て。
早坂さんは過去に自殺したその子をどのような方法、
どんなに小さい事でも何かしら助けようとしたのかもしれない。
が、話を聞くに状況を変える事は出来なかったんだろう・・・・
他人である私に話そうとしないのも何か理由があるんだろう。
私が触れてはいけないような、他人には話したくない事が。
「・・・・話は変わるが、JGBはそんな警察の奴らとは違うんだろう?」
「・・・・・警察とはたぶん違いますね。目的も違うので。
少なくとも私はあなたが思ってるような警察とは違う人間だと思いますよ」
「あの、もっと詳しく教えて下さいませんか?19年前の事件について」
「・・・・・・そうだな、今更断るわけにもいくまい。
それに今になって加害者の二人が揃って殺された事にも何か理由があるのかもしれない・・・・
それと19年前の事件が関係するかは分からないがな・・・・・」
「あると思います。なので、色々聞かせて下さい」
「19年前の事を・・・・・・・」
その後、懇願した私は早坂さんから更にあの学校で起こった
イジメ自殺事件について更に話を聞いた。連絡先も聞き出した。
私は聞いた話を素早くメモしていく。
早坂さんから一連の話を聞く中で私の中で驚きと同時にある推測が生まれた。
鬼築正和と武高川浩一・・・・この二人が揃って殺されたのは、
はたして本当に偶然なのだろうか。犯人は、本当に物取り目的だったのだろうか。
既に挙がっている推理として、花言葉から犯人の動機を導き出したものがある。
犯人が現場に置いていくトリカブトの花言葉には「復讐」「憎しみ」という花言葉がある。
これにより、犯人の目的は強盗目的ではなく怨恨の線による復讐殺人なのではないかというもの。
それにこのイジメ自殺事件が関わっているとしたら・・・・・
もはや、これはただの連続強盗殺人ではないのかもしれない。
犯人の目的は・・・・・・
いや、第一の被害者、阿義田義文と第二の被害者、宇緒坂健介が殺害される理由が
まだ見つかっていない。まだそう断定するのは早すぎるか・・・・だが、
第三と第四の被害者がイジメ自殺の加害者なら、もしかしたら・・・・・
第一と第二の被害者も・・・・調べてみる価値はありそうだ。
私はその日の夜、学校からは遠く離れた新潟の海辺の街で
適当に入った小さいホテルでチェックインを済ませ、
小さい部屋にて、早坂さんから得た情報や新潟での出来事を
大阪にいる一係の係長に電話で連絡した。
係長も「なんだって!?」と驚き、唐突な変化球な情報を疑うも、
リーク元である早坂さんの事と私のあの学校での出来事を伝えると
私の得た情報を疑う事無く聞いてくれた。
係長は人がいいが、怒り出すと怖い人だ。要点だけを絞って伝える。
また、トリカブトの花言葉が「復讐」「憎しみ」、
この一連の事件もイジメの復讐殺人の可能性が
高いという私の意見には係長も同意してくれた。
その後、今後の事を話し合った。
その結果・・・・明日にも応援の捜査員を大阪より新潟へ派遣、
私は引き続き捜査を行う事になった。本当なのかという裏付けも含めて。
岐阜にいる二係、大阪にいる一係の面々にもこの旨を話し、
残り二人の被害者の更に遡った過去を洗う事にも視野を広げる事に。
これまでは被害者の現在の職場と人間関係しか洗っておらず、過去の事については
殆ど捜査していない。ましてや学生時代の事に関しては全くノーチェックだった。
せいぜい言うなら鬼築と武高川が同じ学校の同級生である事だけだ。
これでまた同様の事件が出てくる事があれば確定だが、
新潟の学校はイジメ自殺事件の事を完全に伏せていた。
私以外の捜査員も情報を引き出すのに苦労するだろう。
すると今度は係長から埼玉で殺された女性、菊治丸由美が
一連の事件の第五の被害者である事を告げられた。
今回の件とは無関係だろうと願ったが・・・・
不幸にも花はこれまでにはない場所から発見されたというのだ。
花はどこにあったのかというと・・・・・
司法解剖の結果、なんと被害者の喉の中で発見された。
花の花軸から花の本体までグチャグチャになりながらも
喉の奥に押し込まれていたという。
想像すると非常にグロテスクな光景だ・・・・
現在は総本部の課長は応援で三係を応援で送り込み、
埼玉の事件の情報を集めに行っているという。
また、彼女の経歴も念入りに洗うように係長から課長へ、
そして三係に伝えてくれるそうだ。
ひとまず、手掛かりが少ない事件に風穴を開ける事が出来たかもしれない。
その風穴が通れる突破口か否か・・・・それはまだ分からない。
私は係長への連絡を終えると息をつき、
白い布団が敷かれたベッドに体を倒した。
明日からは一層、忙しくなりそうだ。
近くでディナーを頂いて、シャワーを浴びて早く寝るとしよう。
新潟、岐阜、大阪、埼玉、千葉の総本部、
これら全ての諜報部が一斉に動き回るだろう。
私は明日、今度は彼らの母校の高校を訪ねる。
中学でイジメ自殺事件を起こした後に彼らが進学したという学校だ。
今日訪ねた中学校の所在地と早坂さんの連絡先は本人の了承の下、向こうへ送ってある。
それが終わったら大阪から来た応援部隊に合流する予定だ。
早めの飛行機に乗って昼前には空港に到着するだろうから
私も早めに支度して高校での用事を済ませなければ。
今日の中学と違って過去に隠したいほどの事件も起きてないと
思うのですんなり行くと思うが。
間違えがちだが、我々の目的は隠蔽の根源である教育統制委員会と戦う事ではない。
この連続殺人事件の捜査だ。なので早坂さんには証人になってもらうわけではなく、
匿名での情報提供者という形をとってもらう事を条件に連絡先を交換した。
彼らを刺激するのではなく、犯人を追うための情報を引き出せればそれでいい。
早坂さんが我々に提供した情報は教育統制委員会にもどこにも持ち出さないし、
協力してくれた彼の社会的地位を崩させるようなマネは絶対にさせない。
ふと時計を見ると時間は19時半になろうとしていた。
このまま寝てはいけない。腹ごしらえするか。
近くでディナーが頂ける店を探しに行くとしよう・・・・
せっかくだ、地域独特なものが食べたいな。
幸運にも出会った内部告発者、早坂さんから得た情報が
後にこの事件の目的が見えなかった犯人の目論見を
突き止める糸口になるとは・・・・私はこの時思っていなかった。
正直、この時の私はまだ完全にスッキリしてはいなかった。
情報にもデマは付き物。ゆえに慎重にならなければならない。
裏付けするまで鵜呑みや過信は禁物。今回もそうかもしれない。
慢心してはいけない。
だが、一方で早坂さんは素直に色々教えてくれたし、情報にも信憑性はあった。
しかし、それでも信憑性が高い一方でこの目で色々確かめないと
まだスッキリしない所もあった。
だからこそ・・・・・この時はまだ自分がやった事を心の底では過信せず、
微かな風穴を開けただけとしか思っていなかった・・・・




