第5話 氷の貴公子
「・・・・ハデに暴れてやがんな」
目の前に映し出されている巨大な映像を前にオレは静かに呟いた。
オレが東京支部に帰るや否や、駆け込んできた右腕のサニアの口から唐突に
飛び込んできたのはアイツが暴れてるって報告だった。
どうやら今さっき、現れたようだ。アイツが。
ここは東京支部47階フロアの作戦司令室。
明かりがついたこの部屋は右手には閉じられたブラインドで覆われた窓が広がり、
正面にはプロジェクターの白いスクリーンが広がり、
その手前には会議用の折り畳み式の白い机が並べられて正方形を形成している。
支部長のオレは画面前に両脇に肘付きがある黒いオフィスチェアを
持ってきて座り、右手の肘を肘付きにつき、脚を組み、
目の前に広がる大スクリーンの映像越しでそいつの活躍を見ていた。
第三部隊隊長のグレゴールをはじめとする部下の野郎共も
サニアと共に両脇でその映像の光景を立ち見していた。
一人の冷気を操る青いサングラスをかけた野郎。
トゲトゲの黒く、先端が青い髪のヤンチャ野郎がいる。
青いジーンズに白いシャツの上に青色の上着を着ていやがるアイツ。
そいつは街のロ地裏で次々と屈強なチンピラ達を
冷気をまとった拳で殴り倒し、蹴り倒し、豪快にねじ伏せている。
場所はこの近くだ。新宿の暗いロ地裏の映像をカメラが捉えている。
これは「クーゲル」というほぼ野球のボールと同じサイズの銀色の球体型のカメラ。
一昔前に科学部によって開発されたものらしい。別名、球体探査機。
JGBが所有する小型の移動式カメラで真ん中にはカメラが入っていて、
上下開閉し、中にあるカメラでその映像を映し出す。
諜報部が遠隔操作で動かしているコレはパトロールで関東を飛び回り、
何か事件をキャッチすれば、最寄りの支部などに
連絡と映像データが行くという寸法だ。
更にソルジャーをスキャンし、その様子からエネルギーを
測定したりする機能までついている。
そう、オレがマークしているコイツ・・・・・
コイツはどこぞのダークメアや関東最大勢力の岩龍会のように
過激なテロリスト地味たマネこそしねえものの度々、都内のどこかに現れては
主に岩龍会系のギャングやヤクザ、ソルジャーをボコって掻き回している。
折原の集めたデータによると今の所は民間人に危害を加える事はなく、
戦う相手もガラの悪い連中に限られている。
おまけにウチでも手を焼いている関東最大勢力を
相手してる所はオレとしても軽く褒めてやろう。
だが、JGBはソルジャーから治安守るのが仕事だ。
好き勝手暴れる何やらかすか分からねえ奴をしばくのもまた仕事。
それは岩龍会だろうがそうじゃなかろうが関係ねえ。
でなければ、平穏も平和もねえからな。
悪はしばいて当然だ。やっちまったからには
それ相応の報いを情け無用に与えて痛い目を見せる。でなければ秩序もねえ。
ま、民間人には手をかけてないのでコイツはイエローカードと言った所だろうが・・・・
・・・・・だがそれでもお咎め無しじゃオレの気が収まらねえ。
身の程を思い知らせてやらねえとなぁ。それに個人的な根深い"因縁"もある。
画面内で暴れてるそんなヤンチャな問題児は白河内 琢磨。
青い炎を彷彿とさせるサファイアブルーのソウルを持つソルジャーだ。
コイツの特徴はなんと言っても冷気を伴った格闘技。
どこで習ったか知らないが相当な手馴れだ。
パンチやキックを食らった相手の体を凍てつかせ、凍りつかせ、動きも鈍らせる。
最悪、相手を氷漬けにも出来てしまう。
秘密の地下闘技場でも名を馳せ、ストリートファイト無敗、
エキシビション、サバイバルのスーパーマッチで多大な成績を残し、
まだひょろいガキの癖に"氷の貴公子"の二つ名で知られてやがる。
だが、悪い意味で言えば、脅威にもなりかねない奴だ。
能力はクセもなくストレートで強力。
その上、いつ喧嘩や騒ぎ起こすかも分からない厄介野郎だから尚更だ。
岩龍会がコイツをスカウトする可能性だってある。
奴らは常に戦力をかき集めてやがる。
そうなれば、十分すぎるぐらい兵力が集まっている岩龍会に
厄介な奴がまた一人に加わるって事になる。めんどくせえ話だ・・・・
で、こんな小僧になぜオレが特別因縁をつけてるのか。
それは単純な話だ。コイツにとって相性が最悪であろう炎をオレは操れる。
なのに臆する事なく互角に渡り合いやがるからだ。
こんな相手はニッポン来てからオレは初めてだった。
初めて戦った時、アイツは闇の中で特に力を発揮する
この炎を同じぐらいに強い冷気で逆に受け止めやがった。
溶かされて押し込まれるどころか同等の力を引き出して・・・・受け止めやがった。
ともかくその時はオレの炎じゃアイツの冷気を溶かしきる事は出来なかった。
常識はずれだった。
かれこれ2年近く戦ってきたが、未だに決着はつけられていない。
つくづく疑問に思う事がある。
一体、一向に枯渇する事のない奴の力の源、
エネルギータンクはどこにある・・・・?
焼いてもまた凍てつかせるほどの氷を
起こせる力の源はどこにある・・・・・?
普通に修行をしても能力の相性で悪い相手と渡り合えるとは到底思えん。
これまで色んな能力持った奴と戦ってきたが、
オレの炎と相性が悪い奴が何人かかって来ようとも全て灰にしてやった。
相性が悪い奴でオレと渡り合える奴なんていなかった。
なのにコイツはオレの炎の前に燃え尽きない。こんな奴は初めてだった。
氷なんか見た目が強そうなだけで脆い能力だと思っていたが・・・・・
驚きと同時に奴への対抗心が芽生えた瞬間だった。
「ヴィル。彼、どうするの?」
「ん~~?」
視線を画面から、声がした横に向けると
オレの右腕サニアが立っていた。
物静かで可愛げがある無表情な顔を浮かべた女。
コイツはサニア・バルトリッヒ。青白い長い髪に左右の太い横髪、
白いブーツを履き、黒スパッツにスカート、若干青色が混ざった
白めの軍服を着ている女。襟には青いラインがある。
コイツはオレの右腕。JGB東京支部支部長補佐。そして、ソルジャーだ。
オレは席を立つ。静かに指示を出す。
「行くに決まってるだろ。至急、お前と部隊だけ来い。早くしろ」
サニアはこの支部の第一部隊隊長も兼任している。
オレとサニア、あとはその部隊で十分だろう。
「了解、ヴィル」大人しい声でサニアが頷く。
「グレゴールはここを任せた。
諜報部に連絡して、カメラで追跡するよう伝えておけ」
オレがグレゴールに顔を向けて指示を出した。
「了解であります!!ヴィルヘルム支部長!!」
グレゴールはキチッとした声で背筋を固く敬礼する。
オレは部屋の出口に向けて歩き出す。
コイツはリュディガー・グレゴール。この支部の本務第三部隊隊長。
黒いJGBの制服姿にJGBの帽子を被った野郎だ。
元アメリカ陸軍大尉の経歴を持つコイツはオレが外から連れてきた奴だ。
コイツだけじゃねえ、サニアも途中からオレが連れてきた。
三年前、どこからか飛んできたあのソルジャーのせいで、
主力が崩壊してガタガタになったこの場所(東京支部)を立て直すために
外部からいくらか人員補充で入ってきた奴は結構いる。
その殆どが様々な理由で元いた軍にいられなくなった奴、
諸々の都合で退職を考えている奴らばかりで、
抜けた穴を埋めるにはこれしかなかった。
フォルテシアも、内心すげえまいってたからなぁ・・・・・
早くなんとかしないとヤバかった。
まぁ、そんな事は今はどうでもいい。
「サニア、行くぞ。氷の貴公子の相手をしによ・・・!」
「はい」
オレは部屋の出口まで行くと後ろを向かず、
遊びに誘うかの如くサニアを誘い、後ろに連れ、作戦指令室を後にした。
歩きながらサニアは黒い無線機を懐から取り出して耳に当てて喋り出す。
「こちらサニア。第一部隊、聞こえますか?」
「出撃です。隊員を全て集めて下さい。標的は白河内琢磨。
アンチコールド装備も忘れずに。・・・over」
淡々と落ち着いた声で連絡事項を向こうに伝える。
部隊員は下のフロアの職場で仕事中のはずだ。
有事にはこうして準備に入る。
アンチコールド装備・・・・無論、その名の通り、
火炎放射砲と火炎弾手袋など、炎を用いた
炎が苦手な奴への対抗策となる装備の総称だ。
オレの炎単体を受け止めてしまうアイツでも
数じゃ敵うわけがない。徹底的に相手を燃やし尽くすための装備。
それにこれらの装備は何かと刺さる奴も多い。用途も広い。
実際、用意しておいて損はない。ヤクザやチンピラの大群などにも効果覿面。
ソルジャーであるオレはいいとして、ソルジャーじゃない奴が
奴らと戦えるよう、こういった様々な装備がJGBにはある。
まんま武器に見えるモノからそうじゃないモノまで・・・・
それらはほぼ科学部によって開発され、改良型も出ている。
ま、大元の技術や製品は別の企業とかで作られていて
それが科学部に持ち込まれて更なる開発や改良にも
繋がるケースが多いというが・・・・
2年前にフォルテシアが連れてきたアークライトっていう
天才科学者が来てからは、もはやそいつ一人でいいんじゃないかって印象だ。
あの女は最低限のコストで、しかも高速で発明をこなしてしまう。
数多もの発明品を懐に隠し持ち、その数を知る奴は他にいない。
まさに歩く工場。
よくフォルテシアはあんな女を短時間で連れて来れたもんだと思ったもんだ。
天才同士は互いに通じ合い、ウマが合うんだろう。
・・・・おっと、そんな事はどうでもいい。
「ヴィル、楽しそう。出張で疲れてない?」
「フン、愚問だな。とっとと済ませるぞ、サニア」
歩きながら色々考えているとサニアが後ろから
オレを気にかけるよう声をかけてくる。
コイツはオレの事を本当よく見てやがる。まぁ、いつもの事だが。
「あと、ヴィル。これ」
サニアは後ろからオレにある物を手渡してきた。
それを後ろに右手を出して受け取る。黒い毛糸のニット帽だ。
「サンキュ」
オレはそれを受け取ると歩きながら頭の上をすっと覆うように被る。
因みにこれはサニアがオレのためにと一晩で作った手作りだ。
アイツは女らしく、編み物がよく出来る。
こんな暖くて天気もいいこの日、しかも春にこれを被るのは
正直、落ち着かねえ・・・・だがこれを被らないと街を出歩けない"ちょっとした理由"がある。
それは・・・・・・・・・まぁ、今はいい。
さぁて、フォルテシアやサカの手を煩わせると
例の連続殺人の捜査にも響くだろう。白河内をさっさと黙らせる。
ついで喧嘩相手である最寄りの岩龍会系の事務所も
近くにあるだろうし、あさってみるか・・・・臭ぇ。怪しい臭いがする・・・・
さっき映像内で戦っている場所と白河内が現れた場所を察するに
オレの勘を働かせれば、あの近くに奴らのまた小さい事務所が恐らくある。
この新宿の街は広い、気が付けばいつの間にか奴らの巣が出来上がってる事もザラだ。
白河内が喧嘩しているのも絶対そこの奴らだ。
トンズラされる前に痛い目に合わせてやる・・・・・フッフッフッフ・・・・・!




