第3話 JGB東京支部
青空の下、私達の乗る黒い車は住宅街を駆け抜け、やがて賑やかで
様々な高さをした建物が並び、人々や車が右往左往する大都会、新宿の街を進んでいく。
やがて、歓楽街から離れ、厳格な雰囲気が現れた辺り一面、
ガラス張りのビルばかりの場所へ入っていく。
それ以外はほぼ歩道や街の装飾のように植えられた緑が並ぶ。
ヴィルが支部長を務めるJGB東京支部は新宿の都心に位置する。
周辺は多くの高層ビルが点在し、東京支部もまた、
遠くから見ても特に目立つ部分はなく、
その高層ビル群の一部分としか捉える事が出来ないだろう。
広い敷地に白いコンクリート状の全52階建ての巨大高層ビルで
構成されており、上部にはヘリポートがある。
屋上から中層部分はガラス張りの窓が横一列に並びが続き、
入口とエントランスホールもガラス張りの窓と高い天井が特徴で
他の高層ビル共々のどかな田舎とはおよそかけ離れた大都会の雰囲気を演出する。
無論、これらは敵の襲撃に備えた特殊な防弾ガラスとなっている。
今の美浜の総本部がなかった昔は、ここが総本部だった。
だが、千葉の美浜に新設された総本部への移転に伴い、
JGB総本部は現在の場所となり、代わりにここは東京支部となった。
その激動の時代は私もまだJGBにいない時代なので資料から知った事なのだが。
車から他の高層ビルと共に並ぶ東京支部を見るなり、
"三年前のあの光景"が次々と写真のように浮かんでくる。
同時にあれからもう三年という月日が経った事を実感させる。
燃え盛る激しい業火、そして炎の中で背を向け、
立ち尽くす背が高く、筋肉質な巨体でとてつもなく異形なソルジャー・・・・
東京支部もあの三年前の惨劇からだいぶ元通りになってきたようだ・・・・
今から三年前の2031年。真夏の日の事だ。惨劇は突如起こった。
たった一人のあるソルジャーがこの東京支部を襲撃したのだ。
それは空を舞い、正面から東京支部のビルの中部に突っ込み、
真っ先に交戦した当時の支部長と主力部隊が全滅してしまった。
幸い、生存者もいたが、被害が大きかった。
当時は私が長官となって間もない頃の事だった。
襲撃してきたそのソルジャーの破壊活動を
私も含めた総本部からの救援部隊で苦労の末に奴を止めたのは良かったものの
当然、新長官である私への批判や不安の声は避けられなかった。
亡くなった支部長の犠牲も非常に大きかった。
とりあえず、当時私と同じ総本部にいたヴィルを東京支部に転属させて
補充も行ったが建物の損傷も酷く、すぐに問題解決とはいかなかった。
私が長官になった頃はJGBにとってはまさに茨の道の連続だった。
今でもあの多忙な日常の数々は深く記憶に残っている。
それぐらいにJGBという組織の体制が不安定だったからだ。
私が日本へ来た頃はとっくにこの場所は東京支部と位置づけられていたが、
あの事件があり、ゆえにここは私にとっては"二番目に嫌な記憶"を蘇らせる場所となっている。
今はもう乗り越えたつもりだが、もう二度とあのような惨劇には負けたくない。
車は東京支部の敷地の裏に回り、
そこから続く灰色の坂を降り、その先に広がる地下駐車場へ入っていく。
車は多くの車が並んで停まっている道を進んでいく。
「適当に空いている箇所に停めて下さい」
ここの支部長であるヴィルを除いて、
私達は後々総本部へ帰るので、私は横の運転手の舞月に
適当に空いている場所へ車を停めるように指示をした。
「長官、自分はここは待機でございますか?」
車を運転している舞月に声をかけられる。
「いえ。11時ぐらいには戻りますので、それまでに戻って来れば結構ですよ」
私は右手の腕時計に目を通して伝える。今は朝の10時28分だった。
「ありがとうございます、長官。では、自分はそれまでお暇をとらせて頂きます」
車を降り、舞月は外の方に出かける一方で、
私達三人は地下駐車場のエレベーターの方へ歩き出した。
私を挟んで左右にはサカとヴィルがいる。
「で、これからどうすんだ?フォルテシア」
隣にいたヴィルが両手を頭の後ろにやりながら気楽な表情で尋ねる。
「折原部長と話がしたいのでまずはそちらを」
「確かに、警察も捜査は続けているものの
ウチの"先行捜査部隊"の今回の事件に際しての収穫はまだ聞いてもないですからね」
私の隣を歩くサカは最もな事を言った。
JGB諜報部。JGBの部署では戦闘に秀でた部隊で構成されている本務部以外にも
様々な部署が存在し、その一つが情報を扱う諜報部だ。
この部署が随時あらゆる場所にネットワークを
張り巡らせているお陰で、我々JGBはその情報を武器に動く事が出来る。
ソルジャーの情報は勿論のこと、あらゆる方面から必要な情報を
引き出す事に特化しており、JGBのデータベース中枢とも言える。
常に膨大な情報を集める諜報部の存在があるからこそ、
JGBは事件が起こっても迅速に動く事が出来、
あらゆる問題に対処する事が出来るというわけだ。
「二人はその間、どうしますか?」
地下駐車場から自動ドアを抜け、エレベーター前でエレベーターを
待っている間、私は二人に訊いた。
「私はコーヒーでも。一つ上のフロアの休憩室にいます」
サカは後で私と乗ってきた車で総本部へ帰る予定だ。
なのでその中で飲むコーヒーだろう。
「オレはあいつらに顔出してくる。
サニアの奴に指揮は任せてたからな」
ヴィルは右手で上を指して言った。3日間、支部長不在だった東京支部。
特に総本部には問題があったという報告はない。
エレベーターで私達は上に上がり、32階へ着くと私はサカやヴィルとその場で別れ、
その階の通信室へと向かった。足音以外は音も特にない静かな廊下で
すれ違う東京支部の職員や捜査員達から「お疲れ様です」と
挨拶されると私も挨拶を笑顔で返す。
挨拶の時は、なるべく相手に威圧感を与えてしまわないように
私は心がけている。私は長官だ。意識していなくとも、自然に
威圧感や緊張感を与えてしまう事がある。
特に本部や支部や働く人間は、総本部の者と違い、
私の存在はあまり身近ではないので尚更だ。
端末とその奥の正面に青いスクリーンがある小部屋。
端末を操作して、モニターを通して各JGBの施設の者と話をする事が出来、
相手にこちらの顔が見えるように写す丸いカメラがモニターの上に搭載されている。
私はそこにあった丸い黒い椅子に座り、
端末を操作し、諜報部のトップである、折原沙奈美に回線を繋いだ。
彼女が実際にいる場所は総本部の地下に存在する諜報部の情報処理室。
総本部の諜報部は基本的に関東専門で活動しているが、
他の地方や都市の本部や支部の諜報部にも干渉する権限がある。
日本各地にある総本部も含めたJGBの基地に諜報部を置いて連携する事で
広大な情報ネットワークを構築している。
私は通信室にて端末を動かして回線を繋ぎ、しばらくすると
モニターに諜報部の模様が映し出され、画面中央に折原部長はいた。
紫色の四角いメガネをかけ、ワイシャツ姿に
胸元から青いネクタイをぶら下げ、両耳にピアス、
長い金髪で前髪は左に分け目があり、スタイル抜群。
セレブのような姿をした彼女が姿を現した。
「折原部長、フォルテシアです」
「これはこれは長官。例の事件の現場視察、お疲れ様です~」
陽気な声と共にお辞儀をし、にこやかに挨拶をしてくる折原部長。
「ええ、その件について・・・・」
「何か御用で?」早速、私は用件を切り出す。
「数週間前から先行捜査をしている刑事事件担当課の方では何かありましたでしょうか?
犯人の特定に繋がる手掛かりのようなものは」
「はい。どれぐらいかは私もまだ分かりませんが、
ひとまずJGBが本格的にこの事件の捜査で動くという事で
本日中にも戻らせるよう課長に伝えておきました」
「そうでしたか、お疲れ様でした。少なくても構いません。
三週間で調べ、検証済みの今保管してある情報、
全てレポートにまとめて下さい。我々、本隊よりも
早く動いているあなた方が頼りです」
刑事事件担当課は警察でも捜査が可能な捜査中の事件、
未解決事件の情報を洗い、それがソルジャーによるものと思われる
事件の場合は集中して捜査し、情報収集をする部署。
今回の場合、私が要請したわけではなく、三週間前から
課長から私や折原部長にその旨を伝えた上で彼らは捜査をしている。
彼らはソルジャー絡みかもしれない事件が
起こった際、本務などの本隊よりも先行して動いている部署だ。
何か掴めているかもしれない。
「了解しました、長官。
レポートが出来たらまた報告します」
「よろしくお願いします。どれぐらいに出来ますか?」
すると折原部長は頭を軽くかきながらやや悩んだ顔で、
「ええと、そ~ですね・・・・先ほど長官が見てこられた
東京での事件の情報整理もあるので・・・・4日だけ下さい」
「分かりました。では、4日後の月曜に総本部の私の部屋で会いましょう」
その後の事はレポートを読んだ上で考える事にする。
「あ、長官。私からも一ついいですか?」
「なんでしょう?」
すると折原部長は静かに口を開き、真剣な表情で
「その事件とは別の話ですが、
ダークメアに不穏な動きがあります。気をつけて下さい」
「ダークメア?何かありましたか?」
「はい。長官は一昨日、渋谷で火災事件があったのをご存知ですか?」
「ええ、確か中小企業の事務所から火が出たアレですね」
確か昨日、ニュースにて報道されていた。
渋谷の暗い静かな街中のロ地裏にひっそり存在していた古びた4階建てのビル。
一昨日、そこから夜中に火が出て消防隊が出動し火は一時間で消し止められた。
そこは鈴川マーケティングという企業の事務所で社員8人全員が焼死体となって発見された。
火元はストーブからマットに引火した火災事故で春とはいえ、
この季節の深夜は寒い。暖を取るべくつけたストーブが家事の要因となったようだ。
「岩龍会の関係組織の可能性もあると思ったので、手の者に事件後に現場近くにカメラを設置させていたのですが、
その事務所に昨日、ダークメアの幹部と黒服の部下数名が入っていく姿をカメラが捉えていたんですよ」
岩龍会。
現在、言わずと知れた関東のソルジャー界の最大組織だ。
その勢力は非常に大きく、関東中の暴力団組織を取りまとめ、末端の構成員達も
各々で組織を支える資金を稼ぐために様々な悪質な商売に手を染めている。
関東の多くのソルジャーが所属し、傘下も多く存在し、
その戦力の大きさは我々にとっても常に脅威となっている。
「映像は・・・・今すぐ送れますか?あと音声はありますか?」
「あります。すぐにそちらに送ります」
折原部長が軽く手元の端末をいじると画面に
大きなファイルの絵が中央に表示される。私は端末をいじり、
映像ファイルを選択、画面上の再生コマンドを押した。
乱れるノイズの中、その事務所があったビルの入口を斜めから移した映像がくっきり映し出される。
火事によって人気はなく、廃墟と化している。
入口横には二台ほどの車が停められる小さな駐車場がある。
画面右下に表示されている撮影日は昨日で、時間は20時半のようだ。
すると画面の左下の歩道から青白い長髪に青いゴーグルをかけ、
白っぽいコートを着た男と下っ端の黒スーツの男達が入口のコーンと棒で作られた
立ち入り禁止のバリケードを乱暴に破って中に入っていく。
私はこの青いゴーグルの男に見覚えがある。
犯罪組織ダークメアの幹部、スカールだ。
その後、ノイズと共に映像が切り替わり、
建物の中からスカールと手下達が出てくる。
右下の表示されている時間によると10分後の映像のようだ。
そして、ノイズでやや聞こえにくいが会話が聞こえる。
スカールの声だ。腕を組み、建物の回りに部下達を集めている。
「・・・こりゃひでえ・・・・」
「急いでボスに報告だ。いいか、奴らには感づかれんじゃないぞ。
何かと面倒だからな・・・・・」
「へいっ!!!」スカールの呼びかけに男達が一斉に荒っぽく返事をする。
そして、映像は闇に包まれ終わる。再び折原部長との対話画面に戻る。
「いかがでしょうか?」折原部長が尋ねてくる。
「ええ、映像の方、ありがとうございます。
あの鈴川マーケティングという会社、ダークメアと何か関係があったようですね」
「はい、あの様子から彼らにとって不利益な事が起こるのは間違いなしです」
「とりあえず、今はあまり大きな事はせず、様子見程度でお願いします。
向こうに何か動きがありましたら伝えて下さい」
「了解しました」
「では、お願いします。折原部長・・・・」
折原部長との通信を終えると私はそっと通信室を後にした。
すれ違う者がいれば挨拶をし、または挨拶を返しながら廊下を歩く。
歩きながらふと、あの日の事を思い出した。
犯罪組織ダークメア・・・・この組織を束ねるボスとは深い因縁がある。
4年経った今も私の中に根強く残っていて、思い出したくても
度々思い出す東京支部の悪夢以上に一番嫌な記憶・・・・それは奴に起因する。
奴のせいで、私は4年前に一番尊敬していた師を失った。
あの人には、もっと色んな事を教えて頂きたかった・・・
もっと一緒にいたかった・・・・大切な人だった。
とても強く、厳しく、優しく、誰にも負けない信念を持っていて、
どんなに恐ろしい力を秘めた相手でも体術だけで
捻り潰す強さを持っていた。無論、私も一度も勝てないぐらいに強かった。
男らしく、逞しく、強い信念を併せ持っていた。
本人は衰えていると何度も明かしていたが、そんな事はない。
そう、死ぬ最後まで・・・強きJGB長官として有り続けていた。
しかし、あの人は奴の非道な手段で命を落とした。
今から4年前の事・・・・奴は突然やってきた。
奴の名前はレーツァン。先ほどのスカールは奴の腹心だ。
私もあの時はどうする事も出来なかった。
あの人を助ける事が出来た時には・・・もう遅かった。
度々衰えていると主張していても十分に強かった
あの人の体は酷い致命傷を負い、既に限界を迎えていた。
私がJGB長官となっているのも、
先代のJGB長官であったあの人との出会いが全ての始まりだ。
あの人は自分の後継者を欲していた。
次期長官に現役の捜査官の中で相応しい人物を
選出するという方法ではいけないと考え、自らの足で後継者を探していた。
時の流れの中で全てが直面する運命によってJGBが崩れる未来を見越して・・・・
長官という立場をあの人から引き継いだのも、
後継者を欲していたあの人にただ自分の才を
評価されたから、認められたからという理由だけではない。
私が望んだからだ。したいと思ったからだ。
あの人に託されて、その遺志を継ぎたいと心から思ったから。
今思えば、私はあの人のお陰で生きる意味を見出す事が出来た。
もしもあの人に出会う事がなかったら、今の私はない。
だからこそレーツァンはJGB長官として
必ずこの手で始末をつけなければならない。
しかし、あの事件から4年・・・
ソルジャー界と暗黒街、裏社会を拠点に悪行を繰り返す
レーツァンと幾度も衝突してきたが、彼を止める事は出来ていない。
それに加えて3年前の東京支部襲撃事件・・・・・
私も長官として、また一人のソルジャーとして、
まだまだという事を痛感させられる・・・・あの人にはまだ遠く及ばない。
・・・・・さて、用事は済んだ。サカの所に向かうとしよう。




