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ソルジャーズ・スカイスクレーパー  作者: オウサキ・セファー
第一章 シルバークライシス -少女の慟哭-
31/120

第一章最終話 全ての始まり

 朝。中学校の教室は騒々しい空気に包まれていた。


 生徒達の注目を一斉に集めるのはいつも通りに通学してきた一人の少女。今年から学校で話題の化け物だと異端視され、蔑まれた銀髪の少女。

 先週までは大親友の少女と共にどんなに苦難な状況に置かれてもひたむきに前向きに頑張ってきた少女。

 そして、大親友の危機とあらば進んで彼女を助けようとした少女。

 だが……その少女に以前の面影は無いに等しかった。


 表情も固く、静かで見ている者をその並々ならぬ殺気と威圧感で圧倒する。冷たい冷酷な眼差しで見ている者たちを睨みつける。

 容姿も大違いに変わっている。

 長かった銀髪も短く切っており右目の眼帯も白い医療用の眼帯から、漫画やアニメに出てくる悪役がつけていそうな黒く丸い眼帯に変わっていたのだ。

 非常に美しく、華奢な容姿なのは変わらないが、そこには以前のようなしっかり者で優しい少女らしい面影はゼロに等しかったのだ。


 そう、担任の荻野に大親友、笹城歩美の転校の真実を伝えられた黒條零はその次の週の月曜日からこのように突然の豹変を遂げた。

 優しい顔はそこにはなく、無表情と無感情を貫き、ただただ周囲を震え上がらせるクールで冷酷なオーラに包まれていた。

 ある者は驚き、ある者は恐れ、ある者はその予想外の事態に動揺する。そんな彼女はまず、登校してきた自分に注目する周囲の面々に対して、こう静かに言い放った。


「誰か、私が休んだ分のノートをコピーさせて――誰でもいいから」


 その声は静かで鋭く、冷たいものだった。

 一瞬の沈黙に包まれ、誰も答えないでいると彼女は適当に回りにいた者の中から一人を何も言わず指差して指名した。このクラスでは優等生とされる磯坂(いそざか)君だ。

 丸く整った黒髪に丸い眼鏡をかけたインテリな少年だ。


「ヘッ!?? な、なんだよ……」

「誰もいないならあなたのノートコピーさせて。あなた、成績に定評あるでしょ?」

「え……え……!」

 突然の事で動揺する磯坂君を彼女は鋭い目で睨みつけ、とてつもない威圧感を放つ。


 磯坂君は五月に彼女の大親友である歩美が席が隣だった彼に『写し損ねた理科のノートを見せて』と頼んだ。

 だが、彼はそれを拒絶したのだ。黒條零のグルだからと。

 しかも『幸せ金持ち』『幸せ者』『化け物の背中に隠れる小物』などと歩美のカンに障る暴言を次々と吐き、傷つけた事もある。

 結果、彼女が歩美にノートを見せたが、零はそれ以来、彼を決して良い目では見なかった。


「わ、分かったから!! そんな目で俺を見るなよ!! 気味(わり)い……」

 すると彼女は彼の胸ぐらを掴み、

「それでいいのよ。そうね、昼休み……」

「もしも、逃げたり拒否したら……どうなるか……分かってるよね?」


 冷酷な声でそう言うと彼を蔑む目で睨みつけた。

「ひいっ……!」


 その後、脅された彼は昼休み、彼女に対して、彼女が休んだ分の授業のノートを残らずコピーさせられた。

 更に、その日は彼が持ってきていなかった分のノートも休んだ分を残らず後日コピーさせられた。

 一応、最後に「ありがと」と静かにお礼を言い残す彼女だったが、その一言に優しさや穏やかさは皆無に等しかった。

 授業においても、必要な事しか喋らず、先生への応対の時しか喋らない。せいぜい、いっぱい喋るのは国語や英語の授業などでの音読程度だ。

 読みも丁寧で英語の発音も聞き取りやすい。


 友達もろくに作らず、決して他人と関わろうとしない。出す言葉の一つ一つも冷たい。休み時間も自分の席で教科書やノートを黙って読んでいるだけ。

 邪魔な相手には「なに?」と返事をし、「邪魔」「消えて」ぐらいしか言わず、ろくな挨拶もしない。

どこのグループにも属さない。まさに戦闘マシンのような少女だった。


 周囲は今までは彼女の事を蔑み、冷たくしてきたが、こうなってしまうと彼女にちょっかいをかけたり、からかうどころか、悪口を言うのも躊躇うほどだった。

 かつて黒條零をいじめる最前線に立っていた小林、木村、西もまた、彼女の変わり様に絶句し、既にその前線を退いた。


 彼女の右目を潰した張本人である小林は酷く怯え、小林がリタイアした後も彼女にちょっかいをかけた木村や西もまた、彼女から溢れる並々ならぬ殺気と威圧感のオーラを前に手を出せなくなった。


 無論、中には最初はいきなり豹変した事を冗談に思い、小馬鹿にする者達がいたが、冷酷で無表情な眼差しと共に彼女から溢れ出る並々ならぬオーラを感じ、そんな者達の度肝を抜いた。

 現に彼女にあしらわれ、報復に殴りかかってくる男子らもいたが、それらは意図もたやすく受け流され、急所や隙をついた軽い平手打ちやスネをキックして一発で捻じ伏せてしまうほどであった。


 彼女を笑う者、馬鹿にする者、反抗する者は時間の流れと共に自然といなくなっていき、逆に差別や蔑むどころか恐れる者が増える一方だった。

 彼女の周囲にいる者達はこう悟った。もはやこいつは今までの黒條零じゃない、その姿をした全くの別人だと。

 この前までの黒條零は、もう死んだ。そこにはもういないのだと。



 時は流れ、季節は初夏からいよいよ本格的な夏が到来、夏休みシーズンとなった。

 友達もおらず、一人ぼっち、もはや教室の中にいる怪物と化した黒條零がどんな夏休みを送ったかは定かではない。

 だが、それは決して楽しい夏休みではなかった事は周囲もそのキャラから察していた。本人は逆に満足してるんじゃないかとも言われた。

 また、かつて傍にいた大親友の事でも思い出してるんじゃないかとも。


 長かった猛暑に見舞われた夏が終わると、学校は二年生の修学旅行を迎えようとしていた。

 黒條零はロングヘアーはもう封印したのか、夏休み明けは豹変後同様のショートヘアーで学校に現れた。

 行き先は京都。周囲が楽しい思い出を作ろうと躍起になっている中、黒條零はただ沈黙を保ち、大人しかった。一応、大親友の引っ越し先なのだが、かと言って会えるわけではないので、彼女の表情が穏やかになる事はなかった。

 周囲は彼女が何を考えているのかも到底理解する事が出来ず、彼女の事を無視して行動するようになった。


 班決めの際は同性で仲の良い人で組んで良いという事になっていて、これも中三からは受験シーズンなので楽しい思い出を作れるようにという先生達の計らいでもあった。

 だが、黒條零はみんながみんなでそれぞれのグループに集まる中、ただ一人、孤立を保っていた。どこのグループにも興味を示さない顔で。


 困った荻野はとりあえず余り者が集まる班に彼女を入れたが、彼女はただ機械的な挨拶と会釈をして、班行動を決める際も話しかけられないと反応せず、ろくな意見も出さず、意見の催促を求めると眉を吊り上げて「みんな好きにして」の鋭い一言で済ますなど、協調性の欠片もなく、同じ班になった同級生からは距離を取られていった。


 修学旅行が始まると本人は一応、班行動や規則はきちんと守るものの、何よりみんなで同じ一時を笑顔で楽しもうとはしなかった。常に孤独と沈黙を保ち、飛行機ではラジオを聴き、ジュースを飲みながら読書にふけり、バスの中では窓辺に肘をついて窓からずっと景色を見ていた。

 バスガイドの女性が京都のガイドをしている時に、クイズを出し、彼女を指名するも彼女はそれを無視し、困惑させてしまう一幕もあった。


 旅館に着いて、班ごとに部屋に割り振られるも、部屋にいる時は誰とも関わらず、自分のスペースから動かず、読書をするなど暇を持て余し、時々、窓から林が生い茂る外の夜空を切なげに見上げていた。

 入浴時間の際も隅で湯につかり、その後しばらくしてシャワーを浴びて髪と体を素早く洗ってさっさと上がってしまう。


 一緒の班になった同じクラスの吉田(よしだ)さんが「もう少し楽しもうよ」と声をかけても「楽しんでる」と静かに返した。

 また、入浴中に銀髪に白い肌という傍から見ればとても美しい体を褒める人もいたが、本人は特に特別な反応を示さなかった。

 しつこく彼女の美しい体を物珍しくガン見する女子もいたが、「なに見てるの?」「こっち見ないで」と鋭い目で威嚇し、並々ならぬ威圧感は浴場でも緩む事はなかった。


 結局、修学旅行中も荻野が言っても、彼女は班のメンバーと協調性を取り戻す事もなく、周囲から見れば、つまんなそうにしてた人、修学旅行を何だと思っているのかという印象でしかなかった。

 一応、旅先で年上の人に顔を合わせた時はちゃんと静かに正しく挨拶したりするものの、同級生からは機械的で自然に楽しんでいるようには見えない印象を与えた。


 修学旅行が終わり、今度は毎年この学校でやっている文化祭の準備が始まった。

 去年は大親友と一緒に文化祭の運営と出し物を楽しんでいた彼女だったが、今年は指導する後輩にも怖くてぶっきらぼうな印象を与え、担当の先生や先輩である三年生に注意される場面もあった。

 注意されると多少は緩和されたものの、依然クールでかつ笑わない事は変わらず、下級生からも注目を浴びた。


 因みに文化祭での彼女の仕事は装飾と案内係だった。

 来場者には怖い印象を与えず、丁寧に接していた事から「なぜオレ達には冷たいのか」と文句を言う者もいたが、彼女が来場者と同じ対応を学校の者にする事はなかった。

 季節は冬になり、テストや成績に関しては優秀な彼女。荻野からはワンランク偏差値が高い高校にも行けると称されたが、その性格が心配された。


 彼女がこのような性格になってからは修学旅行や文化祭での協調性の無さから荻野に度々呼び出されては説教される事もあったが、本人の心が開く事はなく、「これが私ですから」と言い切り、自分の振る舞いが間違ってると指摘されて、こうした方がいいと言われてもそれを聞き流し、更生の余地は見られなかった。

 ただ、ひたすら自分のやり方を押し通し、必要最低限の事しか他人にしない。それが彼女のやり方だった。


 クラスでは文化祭が終わった頃から、一連の彼女の傍若無人な振る舞いから彼女の事を"氷の女王"と呼ぶ者まで現れる始末で、一部が盛り上がっていた。

 が、彼女は当然それに特別反応を見せる事もなく、これまでと同様、至って平然としていた。休み時間も今時の流行りもののファッションや流行にも興味がなく、誰かの話に入ろうともせず、孤立を依然、貫く。


 文化祭の一件もあって、たちまち黒條零の存在は学校中に広まり、今までは銀髪ゆえに目立ち、誰もが一度は目を止める程度の少女だったが、それが氷の女王として学校中に認知されるようになってからは、誰もから恐れられるようになった。

 事情を何も知らない者からは、『見た目は凄い美人なのに怖くて近寄りがたい子』という印象を与えた。

 それは先輩である三年生の面々の間でも話題になり、一種の語り草になり、一年生の間でも、氷の女王の名前が噂されるようになる。


 そのインパクトと自然に溢れるカリスマ性から生徒会への勧誘やバレーボール部への復帰の誘いを受けるほどでもあった。

 が、本人は「私に務まるものではありませんので」と静かな、無感情の一言で断っている。


 年が明けて2038年、お正月明けでも黒條零はその性格に変化なく相変わらずだった。彼女が冬休み何をしていたかも夏休み同様、謎であった。


 三月になり、先輩である三年生の卒業式を終え、自分達が三年生となり、各々が進路に向けて本格的に向き合い始め、やがてやって来る高校入試に備えようと心構える時期に差し掛かった。


 黒條零は学校で行われる数々の入試対策テストや中間、期末テストをやはりというか、いとも容易く切り抜け、学年四位という高成績を叩きだした。

 部活に入る事もなく、冷酷で寡黙で、やる事をそつなくこなす彼女はかつていた大親友がいなくなってから勉強ぐらいしか家でやる事ないんじゃないかと言われるぐらい、彼女の性格以外での変化の分かりやすい表れでもあった。


 体育に関してもその高い身体能力をフルに発揮。家庭科の料理実習に関しても、元から一人暮らしだった事もあって、以前から得意分野だった。

 二年生の成績もかつていた大親友……笹城歩美がいる前といなくなった後では大きく異なっており、歩美がいた頃は中間よりほんのちょっとだけ上程度だったものが、歩美がいなくなった後の成績は常に上位に食い込んでいたというからまさに驚き。

 この成績に関してはまるで人が変わったとしか言えなかった。


 別の人間が彼女に乗り移ったんじゃないか、天才的なエイリアンにとりつかれ、彼女を操作してるのではないかと思われるほどであった。


 また、イカれてるのではないかとも。

 親友だった歩美というリミッターが外れた事で発狂し、猛威を振るい始めたのではないかとも。

 三年生はこれから進路をしっかり決めなければいけないため、行事と言ったら初夏の体育祭と秋の文化祭しかない。

 後は年明け後の二月後半に受験を終えた後の卒業遠足だけ。

 因みに黒條零は五月の後半に行われた体育祭は一年、二年、共に歩美がいたため、この時は今のように協調性がなかったわけではない。


 が、体育祭は種目や出し物の都合で歩美以外とも組まされるため、二年になってからは彼女とは組みたくないとクラス内では煙たがれていたが、荻野の必死の介入もあって、練習中にチームが崩壊する事やアクシデントは種目や演目中はどうにか避けられた。


 だが、三年になってからは黒條零はさすがに体育祭で組まないのはまずいと思ったのか、機械的ではあるが、体育祭には進んで取り組んだ。

 練習はしっかりと取り組み、組んだ相手の指示には従う。


 組むことになった者に対して顰蹙を買う行動は、体育祭以外の事で協調性を促したり、遊びに誘う事などさえしなければ、そういう事はなかった。

 無論、これまでの素行と言動から、彼女と組む事を恐れる者は多くいた。協調性がない奴と組むなんてハードすぎるとも言われた。

 が、逆にこの対応はそんな予想をひっくり返したとはいえ、本質は何も変わっていないので、そんな彼女の対応を心配し、疑問視する者もいた。



 二度目の夏がやってくる。この時も黒條零が夏休みの間、何をしていたのかは学校で知る者はいなかった。

 その後、夏休みが明け、二度目の文化祭がやってくる。

 最高学年として下級生の模範となる行動と統率力が求められるわけだが、黒條零はやはりそこで機械的で感情を表に出さず、静かで下級生達からも怖がられた。

 が、二年生の時のような協調性の無さは薄れており、打ち上げなどには相変わらず参加しないのだが、文化祭については真面目にやり、人格を否定されなければ怒らないし、下級生に対しても良く言えばクールに振舞っていた。

 最も、体育祭と同様でしっかりとやる事はやるものの彼女は笑う事もなければ、行事以外ではクラスメートともつるまない。


 皆から距離をとり、周囲から恐れられる事は変わらない。何も変わっていないのだ。あの日から。


 こうして、忙しいいくつもの日常が過ぎてゆくうちにあっという間に年が明け、2039年。とうとう昨年の2038年の成果を出す受験シーズンを迎えた。受験して合格し、新たな新天地へと羽ばたいていく……そんな年である。

 周囲の面々は黒條零は成績の良さから年々国立大学にも生徒を多数輩出している事で有名な新宿にある著名な進学校を受験するのではないかと予想していた。

 また、同時にその情報を鵜呑みにしたその手の学校を受験する者からはライバルとして見られていた。


 だが、彼女が受験したのはそれとはまったく正反対の場所だった。というか、これから受験する彼らとは違い、彼女はある意味、()()()を行っていた……


 そう、彼女が選んだのはお台場のお隣、巨大な埋め立て地で出来た、いずみ島にある三つの高校の一つ、いずみ第一高校であった。

 彼女がかつて、名前を忘れてナントカ島と呼んでいた島にある学校である。


 いずみ島。言わずと知れた、学生の自主性を重んじ、最低でも人によっては中学から一人暮らしが出来る設備とシステムが整った場所であり、学費に関しても支援制度が出来ているほどの学生の一人暮らしの発祥の地として有名である。

 中高大のいずみ島の学園を経営するほどの巨万の財力と権力を古くから併せ持つ、学校法人のいずみ学園理事会という組織を頂点に成り立っており、この島はこの組織の城下町とも言える。無論、男女共学である。


 また、この組織とは別の法人による専門学校等も少数存在している。無論、それらは理事会と関わりがある法人が絡んでいるものが多いのだが。

 外観はたくさんの学校以外にも学生や教員等が住むマンションや寮があるという学園都市とも呼ばれる時ノ(ときの)(ちょう)とオタクと娯楽の街とも呼ばれる巨大歓楽街の新秋葉原(しんあきはばら)に分かれているという、極めて特殊で変わった作りとなっている。

 海も東京湾であるにも関わらず、古くからの除染施設の配備により、非常に綺麗で名所が数多くあるお台場も近い事もあり、人気の場所だ。

 街並みも綺麗で、二つ合わせて、教育と娯楽の街、もしくは島とも呼ばれる。


 そもそも、彼女は小学校から中学に上がる段階では、場所が埼玉から遠い事と学費もどうせ高いだろうという先入観から、進路にこの島の学校を選ぶ事はなかった。

 だが、実は彼女は中学卒業後に今住んでる場所からいずみ島に引っ越す事を二年生の終わりから決めていた。

 いずみ島の高校を受験するために水面下で2038年の段階で準備をしていた。夏休み中もその見学に訪れていたほど。


 レベルの高い高校へ行くとその分、金はかかる。

 両親がいない彼女にとっては育ての親代わりである叔母さんの家計を気遣い、偏差値とかレベルよりもその場の環境を選んだのだ。


 それを決定づけたのが制度。

 実はいずみ島には低所得でもある程度、学費などの支援が利く制度があり、他の法人と違い、豊富な資金があるゆえに特有の支援制度が多く用意されており、他の高校にはない手厚い支援制度があったのも彼女の志望動機だろう。


 引越し先についてもだいぶ前から決まっていた。

 というより、いずみ島関連の学園に通う場合は住む住居や引っ越し先の手続きの時間の関係で、十一月下旬から十二月の上旬辺りを目処に他の学校よりも比較的早い段階で入試等を行う。

 新学期までの間が空いているのも、引越すに当たっての準備期間のようなものである。彼女は2038年の十一月下旬に試験を都内の会場で受け、そして合格した。

 試験内容は筆記試験5科目と面接、試験は日頃の勉強の成果を出し切り、面接においてもちゃんと受け答えはしっかりしていた。


 彼女の次の住まいとなる引っ越し先も一月後半で決まり、卒業式の次の日には今住んでいるマンションに運送会社がやってきて、荷物を運び出す手筈だった。

 また、彼女が銀髪になってしまった事はこの受験の過程で既に叔母さんをはじめとした家族にバレてしまった。


 受験にあたって、保護者が学校と関わるために避けられなかったのである。2038年の春の学校での面談室での三者面談での出来事だった。

 当初は叔母さんだけの予定だったが、お義父さんも彼女の様子を見たいとついてきたため、実際は四者面談なのだが。


 叔母さんやお義父さんも最初は驚いたが、彼女が銀髪になった際に担任を務めていた荻野も立ち会って説明をし、銀髪になったのは原因不明の病気であり、体調も至って健康で問題なく、一年生の終わりからこうなったと一連の経緯を説明した。

 ただし、いじめられ続け、一向にいじめをやめないいじめっ子グループと衝突した事による原因の暴力で右目を失明したとも。


 彼女も、黒髪から銀髪になる過程を説明したが、それがソルジャーの力である事や自分がソルジャーに

覚醒した事は伏せたままであった。

 また、その時は普段は笑ったりする事も、泣いたりする事もない彼女の目から久しぶりに大粒の涙がこぼれた。

 どうしようもなかったのである。もしもこれを教えたら、最悪、埼玉に呼び戻されてしまうかもしれない……

 せっかく頑張ってここまで来たのにそれが全て、無になってしまうかもしれない……それが嫌だった……

 泣きながらその思いを打ち明ける彼女。


 それを聞いた叔母さんとお義父さんもまた、彼女の思いを汲むのであった。

 叔母さんは「いいんだよ」と優しく彼女を抱きしめ、お義父さんは「そんなわけないだろうが」と半分呆れたように苦笑し、三者面談は無事に終わった。

 そして、長いようであっという間な受験を終えて最後にやってくるのが中学最後の行事。それは卒業遠足。

 受験を終え、卒業を前に同級生全員で楽しめるように企画された、中学最後の思い出となる打ち上げのような行事である。


 当初から海洋テーマパークマリンアイランドか東京ウォルターズランドの二択で予定されていたが、秋頃に行われた生徒達の多数決により、東京ウォルターズランドとなった。

 因みにこの時、黒條零は海洋テーマパークマリンアイランドに手を挙げていたが、この施設は水族館やホテル等と併設になっており、しかもメインとなるアトラクションが海の底に建てられている。

 科学力を結集し、まるで沖縄の海を連想させるものとなっているため、「この季節に行ってもつまんなさそう」という声が多く、このような結果となった。


 対して、東京ウォルターズランドは言わずと知れたアメリカのエンターテインメント会社による一大テーマパークである。

 ここでも黒條零はやはり心を開く事なく、同じ班になった者達の後をただ着いて行き、お付き合い感覚で時間まで一緒にアトラクションやショッピングを楽しみ、時間が過ぎたらさっさとどうでもよくひっそり一人帰宅するという味気ないものであった。

 一応はアトラクションやショッピングは楽しんでいるのだが、目の前で感情を露にする事はなかった。無表情であり、無感情。


 アトラクションも絶叫コースターやホラー要素が強いお化け屋敷でも、若干顔で反応はするものの年頃の女の子のように叫んだりもしない。それはコースターでも同様だった。

 怖いおぞましいゾンビを前に狼狽えたりもしない。

 ショッピングにおいては一人、記念として絵はがきやバッジ、シャーペンやミニカレンダーなどをあさっては黙々と赤いカゴに入れているぐらいであった……

 そんな彼女をよそに他は各々がアトラクションやショッピングを笑い、騒ぎ、そして楽しむ。その中で彼女の存在は、まるで有って無いようなものであった。


 卒業式が迫る前日。桜が舞い散り、ポカポカ陽気の晴天の中、彼女はマンションに住む人達に挨拶に回っていた。

 たが、その時の彼女はいつも学校で見かける冷酷な少女ではなく、ちゃんとした礼儀正しい年頃の大人しい少女だった。

 豹変前に近いと言ってもいい。だが、笑う事はなかった。近所の人達には氷の女王の噂は広まっていないものの、挨拶はちゃんとする彼女であった。


 その中で、一人どこか寂しくて切ない顔を浮かべる彼女。三年間暮らしたこの家を離れる事の寂しさが離れない。歩美との思い出もたくさん作った場所だ。


 右目を失い、ほぼ毎日家に来てくれて、一緒に料理を作って、一緒に過ごしたこの家をもうすぐ離れる。

 歩美はもうとっくにここにはいないけど、自分もここを離れる事に切なさを感じる彼女であった。



 そして、卒業式当日。

 卒業式でもやはりというか残念ながら彼女の感情が表に出る事はなかった。泣く事もなければ、笑う事もなかった。

 ただずっとこれまで通り無表情で無感情の顔しかなかった。生徒達の家族が多く訪れる中、彼女の家族はおろか、親族が訪れる事はなかった。卒業した感動を分かち合う者もいない。


 実の両親が既にこの世にいないからというのは言うまでもない。

 お世話になった叔母さんやお義父さん、他の親戚も住んでる場所が遠く、忙しくて来れないため、彼女のために来てくれる者は一人もいないのだ。


 卒業式後、毎年お馴染みの体育館を使ったパーティが行われ、前年、その前の年の時と同様に盛況に盛り上がったが、既にそこには彼女の姿はもうなかった。

 だが、周囲は皆、大方予想をしていて、彼女を探し出そうとは思わなかった。彼女は目的を果たしたのだ、もうここに残る道理はないと。


 後日、学校にて、教室で後片付けをする2年まで彼女の担任であった荻野。三年の時は彼女の隣のクラスの担任になっていた荻野だったが、この時ばかりは偶然、彼女のいたクラスの片づけをしていた。

 そこに、一冊の卒業アルバムが忘れ物のように机の中に放置されているのを見つけた。

 だが、そのアルバムは一味違っていた。アルバムを見た荻野は悟った。これは忘れ物ではなく、捨てられた物だと。


 そのアルバムは写真に写っている銀髪の少女だけを所々残らず黒いマジックペンで塗りつぶしたもので、卒業式に同席した先生達を困惑させた。

 また、一番最後の白い空白のページに大きく黒いマジックペンで、


 "終わってせいせいした"


 と雑に描かれていた事から、犯人は他の者と違って学校生活を満喫してなかった事が窺える。


 一瞬、どうしてこんな事をしたのか荻野は困惑した。だが、机の関係からやったのは黒條零本人。現に彼女の席だった机に入れられていた。

 これを見た瞬間、彼女の心は決して穏やかなものではなく、暗い闇に覆われていた事は荻野にもしっかり伝わり、そして理解した。

 荻野は酷く悔やんだ。どうして、もっと彼女の力になってやれなかったのかと。どうして、彼女の気持ちに気づいてあげられなかったのかを。


 当初は荻野は彼女の豹変についてはやはり歩美が関わっているではないかと思いつつも年頃の傾向だとも見ていて、結局は協調性を持たなくなっていった彼女を叱るぐらいしか出来なかったのだ。

 もう、卒業式が終わって数日経ってるので、今更彼女を呼び戻す事は出来ない。


 呼び戻せるものならば、今までの事を謝れるがそれももう叶わない。呼び戻した所で、何を言われるか分からない。彼女はいずこへと旅へ出てしまったのだから。


 荻野は決意した。今できる事はこれから入学してくる生徒に少しでも良い先生と呼ばれる先生でありたいという事を。

 そして、もう二度と黒條零の二の舞になる生徒が出来てはならないという事を――



 一方、中学校を卒業した黒條零は新たな新天地であるいずみ島に足を踏み入れていた。結局、中学を卒業してもなお、最後まで彼女はその閉ざされた心を開く事はなかった。


 彼女が豹変したのは笹城歩美が転校してからの事だ。そして、荻野先生に真実を告げられてからが明確なライン。それ以降、彼女は外部との関わりを自ら断った。


 彼女は以前から髪が銀髪になってからいじめられていた。だが、JGB(ジェージービー)の介入を受けた先生によるクラス替えでもいじめが止む事はなかった。

 一時は止んでもまた再発する。そうやって繰り返される。そんな中、歩美だけが唯一の心の支えとなっていったのだ。


 彼女が"氷の女王"と化した事でそのいじめも自然と止み、成績もうなぎ登り、孤独によって精神も強くなったが、その代償に彼女の心は大きく失われてしまった。


 はたから見ればそうだ。協調性もなく、関わりを持たず、友達も作ろうとしなかったのだから。そうした対応をされれば、誰からも距離を取られるし、近寄りがたい気分にされるのも当然。


 歩美の転校とその真実を知ったのををきっかけにその歩美を自分が守れなかった後悔念と今まで抑え込まれていた彼女の心の闇が支えを失った事で増長したのだ。

 そして、彼女に溜まっていた負の感情が臨界点に達し、彼女は負の感情に完全に支配され、彼女を氷の女王へと変えた。


 彼女をここまで精神的に追い詰めた悲劇は、たった一週間の出来事である。そのたった七日間は彼女にとって初めての一番長い一週間だった。



 この一週間が"全ての始まり"の出来事だったのである。

 歩美からストーカー退治の依頼を受け、その後、黒條零が事件に巻き込まれ、彼女を救出、そして転校を知るまでおよそ一週間。


 彼女の輝きと心、その全てがたった一週間で吹き飛んだのだ。

 一週間前に彼女の顔を見た者が、その一週間後に彼女の変貌した姿に驚いたのはもう言うまでもあるまい。


 ただ、一つだけ言える事がある。

 彼女のもとに、大親友、笹城歩美のような彼女に好意的に優しく接してくれる人間があともう一人二人いたのであれば、彼女は氷の女王にならずに心を開いたのかもしれない。

 しかし、そのような人間は在学中、全くどこにも現れる事はなかった。


 化け物と呼ばれ、親友をある日突然、守れなかったゆえに失い、そして性格も以前より荒んでしまった彼女のボロボロな心を癒して、かつての彼女を取り戻させる人間はその時はもうどこにもいなかったのだ。

 彼女がその閉ざされた心を開き、己を克服し、以前のような輝きを再び取り戻すのは、もはや一人では不可能であった。


 彼女の物語は新天地を迎え、更に一年後の世界へ繋がる。2040年の世界。その時、この世界がどうなっているかは分からない。

 だが、また必ず会える日を夢見て。



 ―――――― Continued in 2040 !!

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