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ソルジャーズ・スカイスクレーパー  作者: オウサキ・セファー
第一章 シルバークライシス -少女の慟哭-
29/120

第28話 戦いの後

 朝。

 布団の中で眠っていた私はカーテンで遮られた窓から入り込むかすかな眩しい朝日によって目を覚ます。体調も少しずつ良くなってきたけど、まだ喉や鼻が酷い。

 喉は食べ物や飲み物を飲み込む時に変な感触がするし、鼻は奥で常に何かが詰まっているような感じがする……

 フォルテシアさん達と協力してスケアクロウを倒し、歩美を救出したあの土曜日から、五日が経った。今日は木曜日。


 実はあの戦いの後、私は季節外れの高熱を発症してしまった。

 次の日の日曜日にはもう体がだるくて、歩く事もしんどくてどこか体調が優れなかった。どうやら、スケアクロウを倒した後の頭痛やクラクラはその兆候だったようだ。

 鼻水や鼻づまりと高熱に見舞われ、おかしいと感じた私は熱を測ってみるとなんと39度台に達していた。

 その日は私は一日中ずっとベッドで薬を飲んで額に湿布を貼って冷たい枕で寝ていた。


 月曜日に学校を休んで病院へ行って検査を受けたけど、季節外れのインフルエンザではなかった。だけど、日頃の疲れからきた症状みたいで、薬を出すからゆっくり休みなさいと病院の先生に言われた。


 スケアクロウに歩美がさらわれて助けに行く以前も学校生活は平和でもなかったから、精神的に疲れが出ていたのかもしれない。

 六月中旬は遅くまでテストのために勉強していた日もあったから。あと、私には依然、歩美しかいなかったから……友達が。


 ふと思えば、ソルジャー化した時と、右目を殴られた時、これで最近では三回病院に行った事になる。

 それもあって、先生や受付の人から顔を覚えられていて、病院の人達がすれ違ったりするとたまに声をかけてくれた。

 会う人会う人が何度も病院に来た私を心配してくれて、少しだけホッとした気分だ。やっぱり銀髪と隻眼が目立つのかな。少しだけ照れ臭くなると同時に久しぶりに暖かさを感じた。

 てっきり月曜日の夕方には歩美がお見舞いに来てくれるかなと思っていたけど、歩美が私の家にやって来る事はなかった。


 だけど、右目を失ったこの生活には幾分か慣れてきたので、こらえて、季節外れの青い厚着のコートを着てマスクをして、近くのコンビニに夕飯と次の日の朝食を買いに行った。

 体調が不安定である以上、自分で何か作るわけにもいかない。

 その日はとりあえず、うどんと水分補給のためのスポーツドリンク、朝食用の味噌汁、しゃけとおかかのおにぎり一つずつを買った。


 因みに私は高熱を発症してから今日の木曜日まで、歩美とは一度も顔を合わせていない。

 スケアクロウとの戦いを終えた後、私と歩美はフォルテシアさんとジーナさんに連れられて、車で送られて、私は車が走り出してしばらくして疲れて眠ってしまった。歩美はどうしてたか分からない。

 しばらくして車の中で目が覚めた私は、車に乗った直後は隣にいた歩美がいない事に気づく。


 フォルテシアさんが教えてくれたんだけど、歩美はお父さんが待つあの新宿のJGB(ジェージービー)の事務所で先に下ろされたらしい。

 私が歩美のお父さんと初めて顔合わせし、フォルテシアさんから1000万を託されたあの場所だ。

 フォルテシアさんは起こそうとしたけど、戦いで疲れた私への歩美の気遣いから起こさなかったという。


 歩美と連絡を取るために真っ先に閃く連絡手段は勿論、スマートフォン。日曜日にもとっさにかけてみたけど繋がらなかった。

 なんで繋がらないのかと考えたその時、事件の最中に出会った犯罪組織ダークメアの幹部、黒咲亜美に歩美のスマートフォンを壊された事を思い出した。

 通りでメールを送っても電話をしても繋がらなかった。歩美の住むあの家にかけてもなぜか使われてないとか繋がらないし、歩美の方から連絡も来ない。


 いや、電話なら自宅からでも出来る。

 歩美の事だから、学校休んだ私に一回ぐらい電話してくれてもおかしくないはずなんだけど……来ない。

 もう今日は木曜日で週末が近いわけだけど、一向に来ない。

 少しだけ不安になってくる。歩美に何かあったんじゃないかと。土曜日にあんな事件があったから……


 はっ、もしかして……歩美も私みたいに季節外れの高熱を発症したとか……? いやいや、おかしい。たとえ高熱でも電話一本ぐらいは私を思って歩美ならかけてきそう。

 現に私も学校以外に歩美にも電話したから。それに、私が右目を失ってからはほぼ毎日、離れてる時は電話かメールをくれたから。夕飯の事とか、休みの日もちょっとした雑談とか。

 だけど、数日経っても何か来ないとなるとやはり何かあったのかもしれない。家に直接行かずとも学校に行けばすぐ分かるだろう。さて……


 私は体を起こし、早速、風邪を発症してから毎朝やる儀式を行う。熱を測る事だ。

 布団の傍に置いてあった体温計のスイッチを押し、着ている白いパジャマの胸元のボタンを外し、そこから脇に体温計を通す。

 そういえば、あまり意識していなかったけど、最近、少しだけ胸が大きくなった気がする。


 因みに歩美は私よりもずっと大きかったりする。しかも私よりもスタイルが良い。私もいつかあんな風になりたいな……

 数分後。ピッピッピッ!!! と甲高い機械音が鳴った。


 私は早速体温計を取り出し、温度を確認する。すると……


 37.6。


 少し熱があるぐらいだった。だけど、鼻水や鼻づまり、体を起こすと発生する頭のクラクラがまだ収まらず、体も優れない。今日もまた、欠席かな。

 でも、今日休めば明日には治ってると思う。

 とりあえず、荻野先生には朝食後、すぐに電話しよう。ついでに歩美の事も聞いてみようかな。


 ま、普通に『笹城がどうしたんだ? 普通に来てるぞ』的な事が返ってくるだけかもしれないけど。

 朝食はとりあえず、コンビニから買ってきた味噌汁とトーストとオレンジジュースを頂いた。目玉焼きでも作ろうと思ったけど、頭がクラクラして気が進まなかった。

 私は一人、静寂に包まれたこの空間のリビングで朝食を取りながら、ある事を考えていた。そう、土曜日の事だ。


 土曜日は凄く大変だった。歩美がさらわれて、私はフォルテシアさんと共に一日中スケアクロウを追った。金曜日の夕方に気絶させられて翌日そのまま追いかける事になったので、実質、二日間家に帰らずだった。

 だけど、終わって真っ先に気になった事が一つある。


 実はこの土曜日の事件、後日誘拐事件としてテレビや新聞に載ったんだけど、マスコミは正しく内容を報道していない。

 所々を捻じ曲げ、隠蔽され、捏造された内容だった。


 内容はただ、SASAGI(ササギ)の社長令嬢誘拐事件として取り上げられていて、本来なら写真が公開されてもいいはずの主犯であるスケアクロウも名前すら公開されなかった事に私は違和感を感じた。

 どうして、こんな酷い事をしてるのに報道しないんだろうかと。

 犯人グループがSASAGI(ササギ)の社長令嬢、つまり歩美を誘拐し、身代金として1000万円を要求した。

 浅草で社長令嬢をJGB(ジェージービー)と警察が救いだしたが、犯人グループには逃げられ、1000万円が持ち去られた。

 警視庁とJGB(ジェージービー)は引き続き、犯人達の行方を追っている……と、報道されている。

 事件の背後にいた、犯罪組織ダークメアの名前の表記も無し。浅草の各所に仕掛けられていた爆弾や巨大案山子の姿のスケアクロウに関する報道も無し。

 実際はこんな単純な内容じゃなかった……どうしてだろう……


 その矛盾と捏造だらけの報道や新聞を見てると関わった身としては少し複雑になる。実際にあった真実を無理矢理捻じ曲げられたみたいで。

 私の事が報道されなかったとかは心底どうでもいい。私はテレビに映るとか興味はない。私は歩美を助けたかっただけ。さらわれた大切な友達であり、私の命の恩人である歩美のためにフォルテシアさん達に捜査協力しただけ。

 でも、あまり正確に報道されなくて良かった面もちょっとある。色々と後々、騒ぎになるだろうから。そして何より、歩美が助かったんだからそれが一番いいだろう。


 それに、これがありのままの現実なのかもしれない。フォルテシアさんと最初会った時にした話が断片的に脳裏に蘇った。

 表向きには矛盾、捏造ばかりなんだろうけど、実際、人々の知らない所で何かが起きている。ソルジャーが起こす事件が明確にイチイチ報道されているのなら、世の中にソルジャーの存在は私が生まれる以前の大昔からちゃんと認知されてただろうし、私もソルジャーになる前からソルジャーの事を知っていただろう。


 今思えば、ニュースで原因不明の火災や爆破、人の変死、相次ぐ行方不明事件など、手つかずな物騒な事件が報道される事があるけれど、それは全てソルジャー関わっている事件なんだろう。

 行方不明事件は特に、東京では2032年に神隠し事件と呼ばれる三十人の老若男女が失踪した事件が有名。

 何も前触れもなく行方をくらました事から誘拐事件として警察は追ったが未解決。歩美のように身代金のために誘拐されたわけではなく、ただ忽然と姿を消してしまう。

 今でもたまに関東でそういう行方不明事件が起きる事があって、原因は不明、でもそれを引き合いに出して、神隠しにあったと世間からは言われるという。


 フォルテシアさん達も真実が報道される事がなくても、現場で必死に頑張っているのだろう。平和を守るために。もしかしたら神隠しについても何か知ってるのかもしれない。


 漫画やアニメとか、小説で登場する魔法だとか怪物だとか、そういうのが実際、『本当にあるし、いるよ』と言ってバカバカしく思われるのも、世の中がそういう成り立ちだからなんだろう。常識的に言って、実際はない物なのだから。


 その認識も伴って、人々がソルジャーの存在を基本認知しないで暮らしている。それこそが今の世の中の形なんだろう。


 また、私がいじめられるのもみんな真実を知らなくて、デマとか噂とかオカルトの類、表向きの情報を鵜呑みにして、しかも世の中がそういう成り立ちゆえに私のような異端の存在を見ると自然に恐怖心だとか異質感を抱いて近寄りがたい気持ちになるんだろう。


 それはそうだろう。

 だって、エイリアンやUMAがある日突然、人前に現れたら大騒ぎだと思う。因みにUMAというのは未確認生物の事だ。

 それと同じで、ソルジャーもまた、世の中に存在を一部の人にしか認知されていなくてもその風貌、雰囲気から自然と異端者と思われ、世間から突き放され、やがてはオカルトの類に混ぜられる。


 実際、人々が常識の如く、ソルジャーを認知している世界ってどんな世界なのか、妄想すると検討がつかない。

 強いて言えば、それはたちまち不幸な世界なのかもしれないけど。私のような存在が世間に認知されていたら、それだけで大騒ぎだと思うんだ。


 何だか話が脱線しちゃったけど、私はこれからもこの何気ない平和な日常と抗争に満ちたソルジャーの世界の両方を行き来する事になる。

 世の中にソルジャーと"この世界"が同じく存在する限り。


 シーザーやスケアクロウ……それからダークメアのような悪いソルジャーもたくさんいたけど……フォルテシアさんやジーナさんのような正義を掲げた良いソルジャーもいて、社会を形成して、みんな頑張って生きているんだ。

 私もなったんだ。この終わりを知らない抗争の世界と平和な日常、二つを生きる一人の人間に。


 そうやって考えていたら、私は朝食を食べ終えていた。食べ終わって、病院から出してもらった薬をジュースで飲んでだいぶ考え事をしていたようだ。

 さて、荻野先生に電話しよう。休む事を伝えた後、連絡のつかない歩美の事を聞こう。今ならば時間的に繋がる。


 私は学校に電話をかけた。電話番号をスマートフォンで素早く打ち込んだ。事務の人が出たので、名前を名乗った後、すぐに荻野先生に変わるように頼んだ。


「どうだ、黒條。体調は平気か?」

 先生は私を心配した様子で言った。

「はい、熱も昨日より下がって、37度6分まで下がりました。ですが、鼻水や鼻づまりと頭のクラクラがまだよくなりません」

「無理するなよ。病み上がりになるだろうけど、今度学校来たら授業でやったとこのプリントをやるから。分からないとこがあったら聞きに来てくれていいからな」


「ありがとうございます。あの、先生、ひとつよろしいですか?」

「なんだ?」

「歩美の事です。歩美と連絡が取れないんですよ……」


「そうか……黒條、お前()()()()()()のか……一番仲良くて、すっかりコンビになってたお前にはもうとっくに伝わってるとばかり思ったんだがな……」

 先生が頭をかくような困ったような口調で急にそう言った。何かあったんだろうか、歩美に。気になる。


「どうしたんですか? 歩美がどうかしたんですか?」


 先生から意外な反応が返ってきたと思った。急に心臓の鼓動が早くなったのを感じた。気になった私は早くその答えを待つ。そして……


 …………


 ……………………


 …………………………!?


「え……!」

「そ、そうですか……」

 私はがっくりと肩を下ろした。

「は、はい……そうですね……ありがとうございます」


「風邪きっちり治したら来いよ。休んだ分のプリントも渡すから必ず朝来たら職員室に来るように。じゃあな」

 ガチャ……


 電話が切れると私は呆然とし、そっとスマートフォンをテーブルに置き、敷いたままの布団にそのまま横たわった。

 どうして……どうして……歩美……


 辺りが少しずつ暗闇に包まれ、私の意識は闇の中に落ちていった。

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