第27話 ダークメア
深い闇。深い海底の中。
初夏の夜に水辺で吹きすさむ、冷たい風。闇夜に包まれた浅草の隅田川の底。深きその場所に、眠るように存在する大きな物体。わずかな泡が上へと上がっていく。
外見は白銀のメタリックな装飾、前方と下部以外は殆どがガラスで覆われている。厚い縦長の円盤状の形をした物体のガラスの奥に彼らはいた。
犯罪組織ダークメア。関東の抗争に満ちたソルジャー界と犯罪に溢れる暗黒街、それら二つの裏社会をまたにかける組織。
最も、両者は完全に分かれているというよりも両者二つ、全てひっくるめての裏社会なのだが。
そう、この船はダークメアの所有する船なのだ。
見た目はこの辺を走る水上バスに似ているため、何も知らない者から見れば、怪しさなど微塵もない。浅草の隅田川の風景を彩る要素としか認識されないだろう。
水の中にある以上、これは船というよりも潜水艇と言えば正しいだろう。しかし、ダークメアの構成員達はこれを船と呼んでいる。
水上、水中どちらでも移動出来る船である。
この船は普通の船のように横側に出入り口はなく、後部の天井にあるハッチを開けて中に乗り込む仕様となっている。
ハッチを開けて入り、そこから広い船の内部全体を見渡せる高台に出て、そこからはしごを降りる。これが船に乗る方法だ。
はしごを降り、全体に明かりもついている船内の中央でガラス張りの天井から見える遠い所にある水面にうっすらと映る銀河が広がる浅草の夜空を見ながら、船内の広い部屋の中央、明るい色をしたフローリングの上に白い四角いテーブルを置き、椅子に座ってそれを囲い、テーブル上で麻雀をしながら雑談をする四人の男達。
この船の内部は水上バスのようにたくさんの客席が並んでいるのではない。
床は一面、明るく茶色い木のフローリングで覆われており、麻雀をしてる彼らのテーブルの横には紫の豪華な西洋の絵柄で描かれた模様の絨毯の上に紫色のフカフカのクッションのソファーがC字で大きく広がっている。
操舵室の扉が部屋の奥正面に、出口に繋がるハッチは反対方向にある。広く、上左右に広がる窓から紺色に包まれた川の中の景色を一望出来、明かりも電球を天井に広がる窓と窓の間に仕組んである事もあって、部屋全体を暖かく明るく照らしている快適感のある空間、まるで豪華客船の中のような雰囲気である。
「しっかし、もうかれこれ数時間……いい加減、麻雀飽きてきましたよ……トランプやりましょうぜ、親父」
南の順番に位置し、手持ちの麻雀牌を入れ替えながらぼやくのは丸刈りに少し生えた程度の黒髪、髭を少し生やした男。
藍色のアロハシャツに黒いズボン、首元には金色の鎖のアクセサリーをしているいかにも暴力が強そうな男。
彼の名は円川浩次。犯罪組織ダークメアの傘下、円川組の組長である。
彼が率いる円川組はその傘下の中では一番稼げる最大勢力。
因みにダークメアは組織専用のマークこそあるものの、代紋を表に大っぴらに掲げた極道組織ではなく、単に犯罪組織を名乗っている。
傘下とはいえ、実際の所、本質はそれとほぼ同じで傘下の団体の長はダークメア直属の幹部や殺し屋とほぼ同レベルの地位があると言って差し支えない。現に彼はこの場にいる。
「円川。ボスはさっきから無線に夢中だから聞いてねえぞ。あと、トランプやるならせめてこの局終わってからにしてくれ。わたしの手持ちがツイてる所なんだ。スカール?」
東の順番に位置し、落ち着いた口調で円川にめんどくさそうに話す男。男は真ん中の牌の山から牌を取り、いらない牌を置きながら語る。
四本腕、四本脚、黒いワイシャツに四本の袖があるオーダーメイドの紺のブレザーを黒いワイシャツの上に着て、黒いサングラスとオールバックの黒髪が似合いの男。
耳には黄金色の宝石のピアスをしている。
彼の名はタランティーノ。犯罪組織ダークメアに所属する殺し屋、つまりヒットマンである。タランチュラコモリグモ人間の能力を持ち、下半身が蜘蛛を彷彿とさせる異形の姿となっているが、無論、人間の姿に戻る事も可能で、外を歩く以外はやりやすいのか常にこの姿をしている。
なお、彼だけ椅子に座らず、この異形な蜘蛛の姿で麻雀をしており、牌を入れ替えている。
「お前が勝ってるとか、正直どうでもいいが……」
西の順番に位置し、卓上に置かれた自分の牌を見つめながら語る男。薄くて青い長髪で、両目の周りをすっぽりと覆う青い左右が斜めに尖ったゴーグルをしていて、耳には白銀の宝石のピアスを二つずつしている。
左肩に青い傷のような模様と裾に青いドクロのマークがついた薄い灰色のコートを着ている長身やせ型の男。
彼の名はスカール。犯罪組織ダークメアの幹部であり、ボスからも信頼が厚いダークメアの実質ナンバー2である。
「もうそろそろ……この退屈から開放されそうだぜ? お前ら」
スカールはそう言うともう一人の男の方に視線をやった。
「ん? そうか、クッククク……少し予定は狂ったがすぐに戻ってこい!! JGBに嗅ぎつけられねぇうちにな」
もう一人の麻雀をしている男が興奮して両腕を広げて立ち上がる。
麻雀をしながら耳元から伸びるマイクで誰かと熱心に話をする男。彼は北の順番に位置する。そう、この男こそが……
「よーし、お前ら。暇つぶし麻雀はこれぐらいにしよう。奴らを迎えに行ってとっととここから逃げるぞ!」
高い声でそう言ってポンと手を合わせて麻雀を切り上げ、席を立ち、近くの暗い水の景色しか見えない大きく広がる窓際の方へと歩いていく。
そして、窓の前に立つ。北の順番に位置していた不気味な道化師の姿をした男。右耳には仲間との無線のためのヘッドホン型のマイクを携帯サイズの四角い特殊な無線機に繋げてつけており、それを今外して懐にしまった。
そう、彼こそがレーツァン。犯罪組織ダークメアを束ね、部下達からはボスと呼ばれるその人である。
着ている濃い紫色のロングコートは首元の回りにトゲトゲした明るい紫の襟が広がり、中央には青いブローチをしている。
若干黒く染まった輝かないボサボサした金髪に長く尖った白い耳、緑色の綺麗な瞳をしている。しかし、緑の瞳の周りを覆った左右に黒と白に塗り分けられた仮面をし、右目は不気味に充血し、赤く膨れ上がっている。
膨れ上がっている右目は仮面が白い部分である事もあり、より不気味さを引き立てている他、異常がない左目は鋭く尖っており、他の要素と合わせて冷酷さと恐ろしさを醸し出す。
耳には紫の宝石のピアスをしており、口の周りから喉までを白いメイクで染めていて、紫の口紅をしている。容姿はとても只者の人間ではなく、まるで海外の映画に出てきそうな怪人のような姿をした男である。身長はスカールよりは低いが高い方だ。
窓を見ながらレーツァンは指示を下した。
「スカール、船を動かせ!!! 約束の国枝ビル前の川沿いでレイヴン達が待ってるとこだ」
「あぁ、レーツァン」
響く声で粗暴な命令口調の彼のその指示に当たり前のように従い、スカールが船の操縦室の方へそっと歩いていく。
現在、この船は下っ端の構成員によって航行中である。
「今頃、浅草にはJGBの奴らがウヨウヨしてる所か……いざ戦闘となれば、射殺、斬殺、撲殺、瞬殺……どれで消すか……今日はどれがお好みですかねェ……? ボス?」
レーツァンの背後で懐の黒い鞘から長い刀を抜き、その刃を綺麗に布巾で手入れするタランティーノが先ほどのような落ち着いた口調はどこへやら、ニヤニヤした今にも誰かに襲いかかりそうな狂気的笑みを浮かべ、かけている黒いサングラスを輝かせながら尋ねる。
船が川の上を航行する以上、JGBに見つかり、船を襲撃される可能性もある。彼はそのための戦闘準備をしている所なのだ。
「……消せ。船荒らす奴は残らず消してしまえ。……それと、どれも好みだ……好きにやれ」
「フッ……了解……! 存分にやらせてもらうぜ、ボス」
レーツァンのその非情なる答を聞くと刀を手入れしながら楽しそうに心躍るタランティーノ。レーツァン率いるダークメアの本隊は国枝ビルから少し離れた隅田川の底に船を停泊させ、人質との交換場所である国枝ビルの近くのビルに黒咲とレイヴンをスタンバイさせていた。
レーツァンは無線でその状況を黒咲やレイヴンから聞きながらじっとこの時を待っていたのだ。1000万円と仲間を回収する時を。だから麻雀という娯楽で時間を潰す暇があったというわけだ。
二分ほどすると船が動き出し、窓の景色も右下斜めに流れてゆく。川の底で停泊していた船が浮上しながらも動き出したのだ。
真上の窓から見える夜空が見える美しい水面は少しずつこちらに近づいてきて、その水面を思い切り船が打ち破る。
水面を打ち破った先には夜の浅草の美しい夜景が映し出される。そして、船はそのまま真っ直ぐ順調に航行していく。
「関西から逃げてきて、ウチに駆け込んできたあの野郎、無事に1000万円持って戻ってきたようですねぇ」
窓の前で立って横に流れてゆく夜の浅草の隅田川の景色を見物するレーツァンの傍に円川組組長、円川が横にやってきて話しかけてくる。
「あぁ。少々計画は狂ったが持って来れればそれでいい……」
「手段は問わず、1000万円をSASAGIから奪取してくるだけの仕事だ。更におれのとこからも幹部と殺し屋、下っ端共も何人かサポートとしてつけ、現存の必要な装備ならある程度支給……もはや小学生のガキでも出来る簡単なお仕事だからなぁ……!」
レーツァンは邪悪な笑みを浮かべながらスケアクロウに与えた仕事内容を面白おかしく話した。
「ふはっ、くくく……ガキでも出来る仕事……笑える……!」
腹の底から笑いがこみ上げてきて抑えられない円川。
「でもそんなんガキなんかにやらせたら、簡単にJGBに捕まっちまうと思いますけどねえ」
「ハッ!! 本気にしてるのか? 実際、ガキにやらせるならソルジャーか利用価値のある人間かおれの話が分かる人間だけだ。……普通に裕福に育つクソムカつくガキにおれの仕事をやらせる価値もねェよ」
円川に対し、レーツァンは高圧的な態度で語った。
「っていうか、そもそも正直、なんでわざわざSASAGIなんですかい? それに1000万円なんて、今のあんたにとっちゃ雀の涙レベル、ヌルすぎでしょう。せめて5000万だとか一億、二億、いや、十億とか、それぐらい要求すれば……」
1000万円。通常の一般人には高額な大金である。だが、今のダークメアには、いや、今のレーツァンには……物足りない額である。
「おい、誰がこれをシノギにするなんて言った?」
「へぇッ!?」
円川の話を途中で中断させ、レーツァンのギロっと膨れ上がっていない左目が円川を睨む。
「これはなァ……単純なガキのお使いなんだよ」
「……ガキのお使い?」
スカールやタランティーノは今回のレーツァンの計画の意図を知っている。それは他の幹部なども勿論そうだった。
が、それを話した時はダークメアの本拠地ではなく、円川組事務所にいた円川は本当の意図を知らなかった。
レーツァンは続ける。
「カネとか資源はお前も知ってる通り腐るほどある。全部、アイツらが消えてくれた結果だ」
「1000万なんて100円単位でしかないカネ、その気になりゃポンと出せる。だがなァ……それらは全て、おれ様がこの東京で更なる狂宴を引き起こすために使うんだよ……! ここまで言えば、たかが1000万のためにお前の組も動かした理由、分かるだろ……?」
レーツァンは不気味な顔で円川の顔を大きく覗き込んだ。
「まさか、あの案山子野郎に自分の自給自足をさせるため……」
「そうさァ……おれ様の意図は奴の織田英雄に負わされたとかいう傷の治療だけでなく、保護にも必要な経費は全て自分で工面させることだ!」
「そうすれば、おれがわざわざポケットマネー使うまでもない。要はコストの削減だ。今はこの街を震撼と混沌のカオスで覆い尽くす準備が必要なんだ。最高だろう……?」
狂気的で悪魔のような笑み。レーツァンはこういう男なのだ。それはここにいる幹部や殺し屋だけでなく傘下の中で稼ぎ頭である円川も重々承知している。
他人への被害を顧みず、利益のため、そして時に自分の気まぐれと欲を満たすために悪行を行い、破壊を行い、人が悲しんだり絶望するその様を笑い、愉しむ……また、使える者、利用出来る者は利用する。今のスケアクロウのように。
まるで悪魔のように凶悪な男なのである。
「まぁ確かに……1000万もありゃ、決して豪華と言えなくとも一人分のヤサの一つぐらい、作れますしねえ。……じゃあ、なんでわざわざSASAGIなんですかい?」
円川は顎に手をやって考えつつも再び彼に訊く。
「分からないか? あえてSASAGIを指名したのも、社長令嬢という絶好の人質要員がいるからだ……しかも良い女だぞ~、ほら!」
そう言ってレーツァンは愉快に楽しく見せびらかすようにコートのポケットから一枚の写真を取り出し、円川に手渡した。
「うほぉ~、こりゃ確かに良い女だ……! 亜美お嬢並みに可愛いじゃないですか。親父、こういう癒し系な女、わしも好みでっせ」
円川が見て絶賛し、興奮する写真。
そこには黒髪で美しいショートヘアー、髪の分け目と赤いピンセットが似合い、住宅街の中を歩くセーラー服の少女が写っていた。
背景から見て、明るいうちに外で盗撮されたものだ。因みにこの盗撮を行ったのはレーツァン達ではなく裏社会の情報屋である。
「そうだろう……そうだろ!? 泣かせたりしたらもっと可愛いだろう……おまけにこういうヒロインはJGBや警察を揺さぶるのにもちょうどいい素材になる……!」
レーツァンはニヤニヤと笑みを浮かべている。もう、彼女がどうなっても彼にはどうでもいい事なのだ。
「そう言うと思いました……親父悪い趣味してますなあ」
円川は苦笑し、皮肉混じりにそう言った。
「褒め言葉として受け取っておこう……おれはこういうの好きだからなァ……クックックッ……!」
レーツァンはSASAGIの情報を事前に入手していた。
ダークメアの資金源は暗黒街で仕入れた武器や薬物等の物品の販売、ブラックマーケットでの取引や傘下の二次、三次団体の収益の一部等で成り立っている。
一方、レーツァン率いるダークメアの本隊は時々、何かしらの組織と裏取引をして汚れ仕事等を引き受ける事があり、そのためには手を組む相手である組織の情報が欠かせない。
犯罪のために機密情報を悪用する事だってある。当然、レーツァン側から目的のために特定の組織に接触する事だってある。
そのため、ダークメアは有力な会社等の組織の情報を裏社会の情報屋から買ったり、部下を使って集めさせている。
SASAGIの情報も、その中の一部にしか過ぎなかったのだ。
そしてSASAGIの社長に社長令嬢がいると知っていたレーツァンはたまたま現れたスケアクロウに自給自足をさせるべく仕事を与え、更に笹城歩美という少女を自分の悪事のカモにし、それを愉しむためにSASAGIを標的にしたのだ。
今さっきも、仲間達と麻雀をしながら、通信を通して一連の事件で世の中が騒ぐ様を嘲笑い、愉しんでいたレーツァンであった。
* * * * * *
数日前の事だ。関西から逃げてきたスケアクロウは自分の安全の確保と怪我の治療をして欲しいとレーツァンに懇願した。
頭を下げて誠意を見せるスケアクロウを前にスカールとタランティーノ、カヴラを左右に連れ、紫の玉座のような大きな椅子に腰掛けるレーツァンは人差し指一つ立ててこう条件を述べた。
「1000万円だ、SASAGIって電化製品を扱う会社から巻き上げて現金で持ってこい。そうすればお前の安全も治療も全て保証しよう」
だが……スケアクロウはもう泣きつく勢いで頭を下げた。
「お、お願いします!! あなたのお噂は聞いています。岩龍会壊滅後に拡大している勢力の長である事は……どうか巨万の富で私を助けて下さいっ!!! 何でもしますから……!! 私一人では追ってくるであろうJGBには敵わないのです……!」
最初は予算も腐る程あるレーツァンにスケアクロウは土下座して働く代わりに無償での手助けを求めた。
彼のコートの裾にしがみつくように引っ張って。そんな彼に対し、レーツァンは怒鳴った。
「うるせェ!!!!!! おれ様に触るんじゃねえ!!!」
「ヒイッ!!!」
レーツァンは右足の先端が尖った道化師のような尖る靴でスケアクロウを蹴飛ばした。スケアクロウは地べたに這いつくばる。
「無償で助けろって? ダメだ……ダメだダメだ!!! おれの手には巨万とも言えるカネがあるが、それらはこれから起こす次の狂宴のための投資と決まっているんだよ……!」
助けを求めるスケアクロウを怒鳴り、彼の頼みを全力で断るレーツァン。
「おれはなァ……誰かを無償で助けるほど、善意は持ち合わせちゃいねェ。善意なんて、綺麗事だけで偽善の塊だからな……」
「……!」
勿論、遠方からはるばる関東にやってきたスケアクロウは初めて対面したレーツァンの迫力に痛烈なダメージを受けた。
噂は聞いていたとはいえ、こんなにガチな冷酷とは……想像以上の迫力とその禍々しい野心的なオーラに恐ろしさを痛感するスケアクロウだった。
「……言っておくが、怪我人のお前でも出来る仕事だ。要求があれば、おれの部下何人かと現存の装備を貸そう」
「おお……本当ですかそれは??」
怒りを鎮め、落ち着いたレーツァンの言葉にスケアクロウはすかさず反応した。
「ああ。代わりにおれは一切、手も貸さしねえし1000万円盗るまでは助けねえ。これで出来なかったら、さっきの話はフイだ。どこへとなり消えてしまえ」
「最後に、おれが持つSASAGIの情報は全て提供しよう。勿論、ガセじゃない。好きに活用しろ」
「さあ、おれ様に助けを乞うのなら……おれのために働け!!! 何人殺しても構わねぇ、いくら壊しても構わねぇ、おれはお前のした事を美しいと賞賛しよう。結果を楽しみにして待っているぞ……! フヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハアーッハハハハハハハハハハァ!!!!」
両腕を広げ、高笑いするレーツァン。
そして、しばらく沈黙が続くとスケアクロウはそっと口を開く。
「分かりました……あなたのその仕事……やらせて頂きます……」
「ホウ? やるんだな?」
スケアクロウは覚悟を決め、地面に手をついてゆっくりと立ち上がる。レーツァンはその宣言に興味深そうに反応する。
「はい……その代わり、やった後には私の頼みを聞いて下さい……」
「……ああ、聞いてやろう」
レーツァンはご満悦な様子でそう宣言した。
こうしてスケアクロウは数日後、笹城歩美を誘拐し、身代金として1000万円を直接SASAGIに要求、奪取する計画を立てるのであった。
レーツァンが彼に与えた情報には実はこっそり細工がされており、会社を襲撃して奪わせるよりも、笹城歩美を誘拐して奪わせるために他社の最新技術が使われたセキュリティシステムの情報をSASAGIの情報に偽装した上で提供している。
最初は無償の助けを乞うスケアクロウだったが彼に圧倒され、自分の安全のためにレーツァンの与えた仕事を引き受ける事にした。
一方、レーツァンはこの時からその1000万円で本当にスケアクロウを助ける腹積もりだった。勿論、犯罪組織のボスであるレーツァンにはその約束を守る別の理由があるのだが。
どんな能力であれ、ソルジャーという貴重な戦力を迎え入れるためという理由が。
スケアクロウはリモコンにあるボタンを一回押せば、十個全てが一度で爆発し、その周辺を爆風によって消し飛ばし、地獄の業火に包み込み、燃やし尽くすダークメア特製爆弾も前もって、レーツァンから授かり、彼が預けた部下に全部仕掛けさせるなど、誘拐を行う前から順調に準備を進めた。
浅草を拠点にJGBや警察を相手取り、戦う準備も出来ていたのだ。まさに用意周到、順風満帆の出だしだった。
しかし、見ず知らずの長い銀髪の眼帯の少女との遭遇は全くの想定外だった。最初こそ勝利したが、ここで彼女を完全に殺して始末しなかった事、また、将来、自分を脅かすかもしれない危険性を読んで独断で国枝ビルでカヴラも伴って戦いを挑んだ事がスケアクロウの最大の誤算とも言えよう。
大人しく1000万円を受け取り、逃げていれば、あるいは少女をそのまま返していればまた違っただろう。
結果だけを見れば目的は達成しているが、戦いでは散々なのだ……
* * * * * *
船が水上で航行を始めて、5分が過ぎた頃だった。ハッチを開けて、三人ほどの人影が船内の上に姿を現した。
「ボスー、ただいまー♪」
「ボス、怪我人一名と現ナマ、回収したぜ」
まず、可愛らしい明るい声で挨拶するのは黒咲亜美。一方、もう一人の男は若々しくハッキリとした様子で報告をする。
右腕でぐったり倒れて気を失っているスケアクロウを右肩に抱えている。すっかり人間形態に戻り、黒マントや服はそのまま。
その男は黒いカラスの羽根を生やし、右目を前髪で隠したショートヘアーの銀髪にクールな鋭い青黒い瞳をした男。
両腕と首元を露出した灰色の服を着ており、ジーンズ姿、身長も高く体格も良く、運動神経も抜群な男。ダークメアの幹部の一人、レイヴンである。
「全く、エラい目にあったぜ……そこの案山子男には」
愚痴りながら一緒に遅れて後ろから人間形態のカヴラもやってきた。彼は暴走したスケアクロウにビルから落とされた後は何とか泳いで生還し、今に至る。
カヴラの左手には1000万円が入った銀色のジュラルミンケースがある。また、カヴラもレイヴンもずぶ濡れであった。
銀髪の少女は親友を取り返し、対するスケアクロウは目的のブツを手に入れ、結果的にこの土曜日の戦いはどちらとも目的を果たした引き分けとも言える。
戦いに関しては少女とJGBに軍配が上がったが。三人は高台からレーツァン達のいる下の足場に飛び降りて着地、レーツァンの傍にやってくる。
「おお、帰ってきたか。亜美、レイヴン、カヴラ」
三人を快く迎えるレーツァン。彼の傍らには円川だけでなく、スカールとタランティーノも控えている。
「お前らからの無線で一連の状況は一応は聞いていた。唐突に戦いを挑んだスケアクロウに何かあったか?」
レーツァンはレイヴンに抱えられていて意識がないスケアクロウに目をやった。なお、スケアクロウのトレードマークの一つである被っていた茶色いハットはなく、代わりにベージュ色の頭がそのままたれている。
「無線ではとても言えないから後でゆっくり話すとはどういう事だ? 二人とも。1000万円持ってきたのにグロッキーってなんなんだ?」
今度はスカールが二人に追及する。それ同じく、船にいた円川やタランティーノも同じで二人を訝しげな表情でじっと見ている。
無線で終始、状況を聞きながら麻雀をして遊んでいたレーツァン達には状況が明確に分からなかった。
「レイヴン、まずはスケアクロウをあっちにやっとけ」
「はいよ。寝床もねえから適当に床に寝かしとくぞ。……にしても、本当にバカだぜ」
レーツァンの指示を受けたレイヴンは抱えているスケアクロウを見て嘲るとその場から少し離れたとこに彼を運んで仰向けで寝かせる。勿論、何もないフローリングの上だ。
「こっちへ来い。話はそれからだ」
レーツァンはそう言って、回りにいる仲間達を絨毯の上にあるクッションソファーの方へと軽く手招きした。
そして、その方向へ歩き出すと、ソファーの真ん中にどすんと自分の体を預けた。スカールはレーツァンの座る後ろに立ち、タランティーノや円川は左側のソファーに並んで座る。
黒咲とカヴラは立ったまま、レーツァンの前に立つ。
「言っておくが、いつも通りJGBにやられたとかだったら許さねェからな……」
レーツァンは怪訝な鋭い目で三人を睨みつけた。
「あ、安心して、ボス。そんなんじゃないから。もっとこう……イレギュラー的なもんなのよ。だからあたしが全部説明するわ」
怪訝な表情を和らげさせるべく、黒咲が言い訳がましく説明を名乗り出る。
「いや、ボス、直接戦ったオレからも説明させてくれい!!」
黒咲の話にカヴラが割り込んでくる。
「そんなのどっちでもいいだろ。二人とも話したい事があるなら両方話せば済む話だ。さっさと聞かせろ」
そうレーツァンの代わりに冷静に鋭い口で勧めるスカール。すると遅れて二人の後ろからレイヴンも歩いてくる。
黒咲とカヴラが先ほどの国枝ビルで起こった戦いを説明する。
まず、黒咲とレイヴンは国枝ビルの最寄りのビルの屋上で戦いを見ていた。双眼鏡で見える距離にあるビル。
そもそも、ビルで戦いを起こしたのはスケアクロウの独断であり、レーツァンの指示ではない。
レーツァンは黒咲をはじめ、ダークメアの構成員と武器等を彼に貸与えた上でSASAGIの1000万円を持ってくるよう指示しただけである。
一方、カヴラは事前にスケアクロウにビル内で待機するよう指示を受けており、同時にスケアクロウから唆されていた。
そう、二人で1000万円を奪うのと同時にビルにやってきた者を協力して叩き潰すという……
戦いが好きなカヴラはやってくる相手がソルジャーだと知るといてもたってもいられなくなり、そのままスケアクロウと協力する事にした。
目標のカネを確保した上でやるので、減るもんじゃないと割り切ってしまったのもある。
一方、黒咲とレイヴンはその戦いの光景に異変を感じ、止めに入ろうとしたが、フォルテシアがその戦いの場に現れたのに加え、スケアクロウが突如、巨大な案山子の化け物に姿を変え、敵味方問わず攻撃を始めたため、状況は一変。
加勢しても余計な厄介事に巻き込まれかねないと判断、その戦いの中でレイヴンが一人高速で飛んでいき、案山子の巨人と化したスケアクロウに全員が夢中となってる隙に1000万円を奪取した。
黒咲は引き続きビルに留まり、戦いを監視していた。その後、レイヴンは1000万円を黒咲に渡した後、
川に飛び降りたスケアクロウも川の底まで泳いで夜なので撒けたとはいえ、なんとかJGBもやり過ごして救出……と相当忙しかった。
これが一連の多忙な経緯というわけだ。
「……ホウ、まさかあのスケアクロウが……そんな力の持ち主だったとはな。で、どんな奴がアイツを大人しくさせたんだ? 聞かせろ、亜美」
「それがね~……」
興味津々なレーツァンの要求に対し、黒咲が不機嫌そうにその模様を語る。スケアクロウを倒したのは全くの無名のソルジャー、ソウルの色は明確には分からないが、体から輝く銀の光を放っていた黒條零である。
厳密にはとどめを刺したのはJGBのジーナ・アルカルドなのだが、巨大な案山子の巨人となった彼を相手にその動きをとめ、活躍をしたのは紛れもなく彼女であったと黒咲は苛立ちながらも主張した。
「あの眼帯女――黒條零がスケアクロウを倒したのよ!! 正義のヒーロー気取りのいかにも生意気な女がね!!」
「……1000万円は取れたのはいいとして、その黒條零とかいう女一人を始末しようとしてスケアクロウはあんなにされたのか」
黒咲の話を黙って聞くレーツァンに代わって彼の座るソファーの後ろの左側で腕を組んで立つスカールが口を開いた。
彼はチラっと寝かされたスケアクロウの方に視線を向けた。
なお、レーツァンはスケアクロウに助けを求められ、その後仕事を依頼した際に彼の能力については全くと言っていいほど知らなかった。
ソルジャーである事は見抜いた上で彼に仕事を与えたのだが。だが、部下の報告を聞いてその力の強大さを思い知ることとなった。
黒條零については無線の段階では銀髪の女、または眼帯女としか伝えられていない。
因みに黒咲は笹城歩美のスマホから彼女の名前を知ったのだが、黒咲からは生意気にうつった相手の名前を素直に呼ぶ事はなかった。
また無論、JGBの介入もあり、戦いになる事は一応計算に入れてはいたものの、スケアクロウから戦いを仕掛ける事はレーツァン達も予想外であった。
誘拐事件で世間が騒がしい中、レーツァン達はスケアクロウと連絡を直接取り合う事はなく、黒咲をはじめとした現場の部下達としかやり取りはしていなかった。
「ホントに……あの暴走したスケアクロウ倒すなんて想定外だった!! しかも凄いソウルの光出しちゃってねー……遠くで見てるこっちも眩しかったわ!!」
「あと、身代金確保したらさっさと逃げればいいのに余計に戦うもんだからスケアクロウも……それに便乗したカヴラもマヌケよねー」
因縁づけた鋭い目、かつ相手を蔑み、小馬鹿にする態度で黒咲は横に居るカヴラを睨みつけた。
「ぐっ……! 面白そうな女だったんだよ、ホント……」
睨みつけられたカヴラは歯切れを悪くして返す。
「まあまあ、お嬢。そんぐらいにしとけ。戦う事を考えついたスケアクロウも、それに便乗したカヴラは悪かねえだろ」
「どうしてよ?」
「もしも仮にそいつが将来、ウチの組織の脅威になるまでになるってんなら――消しても問題ないと思うぜ、オレは。将来の災いの種を摘み取る意味でな。そういう意味では、喧嘩仕掛けたのも悪かねえ」
黒條零に嫉妬し、鬱憤を晴らすように不平不満を言いまくる黒咲をなだめつつもスケアクロウとカヴラを庇うレイヴン。
「なぁ、レイヴン。その黒條零、どんなソルジャーなんだ? わたしは興味がある」
相変わらず、自らの愛用の剣の手入れをしているタランティーノがサングラスをつり上げて尋ねた。
「見た目はセーラー服姿の普通の中学生だ。だが、知ってる通り髪が長くて銀髪で、右目に白い眼帯をしてる。加えてアホ毛といういかにもギャルゲのヒロインに一人は出てきそうな外見。あえて言えば、萌え属性てんこ盛りな奴だな」
「でパッと見、黒い剣のような物を二刀流で使う女戦士でスケアクロウをそれでブッ刺していたな……」
「イケオはそういうのしか見てないのね。この変態」
黒咲がジト目で今度はレイヴンを蔑むような目で睨んでいる。
「んだとォゴラァ! ……今、戦闘能力も言っただろ!! オレなりに特徴を述べたまでだ。あと、その呼び方やめろぉ!!」
「イケメンなのにオタクだから、あたしなりに略してイ・ケ・オ。悪い? あんた、見た目はイケメンなのにオタクじみてるからいつまでもモテないのよ」
「コラ、二人とも、ボスの前で話題からそれて、不毛な争いしてんじゃねえ」
スカールが静かに若い二人の喧嘩に口を挟み、仲裁に入る。
「は~い」(カッコよさだけは認めてるんだけどね。何だかんだでコイツ頼れるし。うふっ)
長く返事をすると黒咲は密かにニコっと微笑む。
「わりい、ついカッとなっちまった」(コイツは口は悪いけど何だかんだ可愛いし気にするだけ負けか)
一方、レイヴンは黒咲を横目で睨む。
「なあ、レーツァン。その黒條零、下に探らせてとりあえず消すか? どんな奴とはいえ、一応はソルジャーだ。レイヴン同じになるが、そのうち脅威になるかもしれない奴は早めに消しとくに越した事ねえんじゃねえか? 関東四天王のようなのが増えるとこの先……」
一通り、話が終わるとスカールはそう言ってレーツァンに黒條零の始末を提案する。
が、レーツァンは右手でそっと彼を遮り、
「ほっとけ、今はそんなザコに構うな。そいつがスケアクロウを倒したとかもうどうでも良くなった……また遭う事があったらその時に消せばいいのさ。絶望の前に自分の無力さを証明させ、完膚なきまでにな!!!!」
「ハッ、それもそうか。たかが一人、心配するまでもねえか。ク……ハハハハハハ!!」
スカールはちょっと考えすぎたかと改め、右手で自分の額を抑えて笑い出す。
「そうだぁ……今のおれ達には岩龍会から奪った有益な産物が溢れてる、どれだけ敵が増えようと構いやしねェ。強大な力の前にまとめてねじ伏せればいい、既にたった一人や二人ではどうする事も出来ないほどまでおれ達は大きな力を手にしてるんだ……」
「フ、フフフ……フーッヒャハハハハハハハァ!!!」
「……そういえばそうよね。あたし、なにアイツ一人にぶちギレてたのかしら? よくよく考えればアイツたった一人であたし達全員倒せるわけがないよね~、四天王じゃあるまいし。それに消せるだけの要素は十分あるわ、今は放っておいても全然問題ないよね♪」
「はははははははははははははははははははははははは……!」
黒條零を嘲笑って言う黒咲。するとその場の一同、全員が笑い出し、辺りが様々な笑い声で活気に包まれる。
「ところで、親父。その肝心のスケアクロウはダークメアの傘下に置くんですよね?」
一時の笑いが収まると先程から黙って話を聞いていた円川がソファーに腰掛けながら尋ねた。
「あぁ、聞けば何だかんだで面白い能力を持ってる奴だ。使えない事もない。約束通り、アジトと医者の手配は任せたぞ、円川」
「へい。ほう~、こんぐらいあれば、わしの所でいいとこ探せますわぁ」
カヴラによって話の最中にいつの間にか近くに置かれていた1000万円が入ったジュラルミンケースを開けて、円川が目を輝かせる。
するとレーツァンはその場にいたカヴラに視線を向ける。
「ところで、カヴラ。一人足りないと思ったらスコルビオンはどうした? アイツも外に出ていっただろ……? ふと、思い出した」
「いや、知らねぇ。新宿までは一緒にいたんだがいつの間にか、あのゴス野郎消えてやがったぜ」
カヴラは首を横に振った。
「ゴス……ボス!!!! スコルビオン、ただいま戻りましたゴス!!!」
一同が集まって話をしているとその背後には急いで戻ってきたであろう噂のスコルビオンがいた。息を切らしている。船は既に夜の隅田川をそのまま航行中であり、猛スピードで追いかけてきたのだろうと察する一同。
全員の視線が彼に集まる。しかも、サソリ形態のまんまだ。彼を見たレーツァンは彼に一歩一歩近づいた。
「おお、よく戻ってきたな。いなくなってたから心配したぞ……スコルピオン」
珍しく、優しく彼の頭を撫でてあげるレーツァン。口調も普段の乱暴なものとは違い、比較的優しい。
「どうしたんですか、ボス。今日はやけに優しいゴスね」
「おれ様は上機嫌なだけだ。機嫌が良い時ぐらい、大切な部下のお出迎えをしなくてどーする? こんなにボロボロでどうした? スコルビオン?」
優しく問いかけるレーツァン。
「ボス、別行動をとった事、お許しくださいゴス。このスコルビオン……ボスのために帰りが遅くなったゴスが失敗してしまったゴス……」
「そうか……まあ、次は頑張れよ。そんなお前にはこれをやろう。おれ様からのプレゼントだ」
「ゴス?」
レーツァンはそっとスコルビオンの額の前で左手を広げた。そしてその瞬間――!
ボォォォォォォォ!!!!
「ゴスゥゥゥゥゥン!!!!!」
レーツァンが左手から緑色と黒色が酷く濁り、混ざり合った小さいエネルギーを微かに発し、爆発させるとスコルビオンはその場に仰向けでそのエネルギーに体を蝕まれながら2メートルほど豪快に吹っ飛び、倒れた。
「グァッ……ゴス……!」
倒れたスコルビオンの前でレーツァンは先ほどの穏やかな振る舞いから一転して元の狂気的で残虐な顔に戻る。
「フッヒャハハハハハハハ……どうだぁ? おれからのプレゼントは……最高だろう……?」
「ヒ、ヒイッ!!! オレがした事、全部ボスにバレてるゴスか!?」
「あぁ……今さっき思い出した所だ。危うく忘れるとこだったよ。だからそんなお前には上機嫌でも、お仕置きが必要だと思ってなァ……!」
「か、勘弁してくれボス!!! これ以上、あんたの攻撃を受けたらいくら防御が高いオレでも……ヤバイ……ゴス!!」
「言葉に気をつけろォ!!!!!」
傷ついたスコルビオンに更なる追い打ちが襲いかかる。レーツァンは罵倒と共に再度、左手のひらから黒と緑が混ざり合ったエネルギーを発生させた。
そのエネルギーは彼の手のひらの上で燃え上がるとレーツァンはスコルビオンに向かって嘲笑うように下から上にそれを投げた。
レーツァンの手のひらからエネルギーが飛び、それはやがて鋭い目をし、牙を生やした人の顔の形となる。
それはスコルビオンの右肩に向かって素早く跳んでいき、彼の鎧に噛み付いて爆発した。
ドガァァァァァァァァァァァァァァン!!!!」
「ゴスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
「ゴ……ス……」
スコルビオンはその場でバタりとうつ伏せで崩れ落ちる。
するとレーツァンは彼の胸ぐらを左手で掴んで持ち上げ、凄まじい凶相で尋問した。
「スコルビオン……お前がJGBに捕らえられ、爆弾の場所吐いたのはナゼだ? 言ってみろ」
既にここに集まる前から、レーツァンは黒咲を通して爆弾の件は知っていた。
爆弾の在り処を知っているのはスケアクロウ以外だと、黒咲、カヴラ、レイヴン、スコルビオンだけ。そのため、消去法でスコルビオンが犯人だとあがるのだ。
「ゴ……離してくれボス……情報を話せば、すぐさま釈放してくれるとあの女に言われて……だから……」
「本当にだらしないな。お前、それでもダークメアのヒットマンか?」
タランティーノが機嫌を悪くして話の間に入ってくる。胸ぐらを掴まれてるスコルビオンの近くまでやってくる。
「タ、タランティーノ……」
その名前を呟くスコルビオン。
「そうよ、本当にだらしない」
黒咲も悪乗りするように近くまでやってくる。
「亜美ちゃん……助けてゴスー……」
「イヤよ。全ての爆弾の明確な位置はあたしとレイヴンとカヴラとアンタしか知らなかったわけだから、フォルテシアがあの現場に来た時はアンタが捕まっちゃったせいだってすぐ思ったのよねー」
「アンタさぁ……新宿に一人残ってたのって、実は1000万円横取りするつもりだったんでしょ? 違う? ええ? どうなの?」
不機嫌な目でスコルビオンを見て尋問して問い詰める黒咲。
「グッ……その通りゴス……オレが1000万円をボスに献上すれば、わざわざ人質取らなくても手に入ってたゴス……それに、オレもボスに褒められていたゴスよ……」
「ふふっ、良い子ね♪ ここで嘘なんかついたら、命も奪われてたわよ♪」
にっこり天使のような笑顔で微笑む黒咲。
「でもね……もう少しで浅草の街に綺麗な花火打ち上げられたのに、それ台無しになったのアンタのせいなんだからね!! 1000万円奪っても、爆弾が健在なら今ここで、ひと思いに夏祭りには早いけどひと花火いけたのよ!!!」
笑顔から一転、再び機嫌を悪くしてスコルビオンを責める黒咲。するとスコルビオンを掴んでいるレーツァンは彼を引っ張り自分の顔の前に寄せた。
「スコルビオン。お前が余計な事したせいで浅草をカオスに陥れる花火がパーだ。パーティに泥を塗り、しかも憎たらしいJGBにまんまと捕まってのこのこと帰ってくるお前にはもっとお仕置きが必要そうだな……!」
お仕置き続行を宣言するレーツァン。それは傍から見れば、怒っている以外にもどこか楽しんでいるようにも見える。
「そ、そんな!! もうご勘弁を!!! お仕置きイヤゴス!!! お願いゴスからぁぁ!!!!」
泣きながらじたばたするスコルビオン。
「ダメだ……! お前にはこうだァ!!! その鎧ごと貫いて、お前に深い苦しみを与えてやる!!! フヒャヒャヒャハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!」
レーツァンが広げた右手のひらには先ほどとは比べ物にならないほどの力が緑と黒の濁った色のエネルギーの光が一気に集まり、燃え上がるように力がたまる。
今にもそれを再びスコルビオンにぶつけようとしている。
「ゴスゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
スコルビオンは怯え、深く目をつぶった――
ビー!!! ビー!!! ビー!!! ビー!!! ビー!!! ビー!!! ビー!!!
ビー!!! ビー!!! ビー!!! ビー!!! ビー!!! ビー!!! ビー!!!
突如、船内に鳴り響く甲高い大きなサイレン。赤いランプで辺りが点滅し始め、途端にその場にいた全員が静止する。
「な、なによぉ!? もう……!」
黒咲は突然の状況にボヤく。
「チッ……JGBめ、お楽しみを奪いやがって……追ってきたな!!!!」
「ゴスゥ!!!」
スコルビオンを近くのフローリングにゴミのように投げ捨てたレーツァンも舌打ちをした。レーツァンはさっきからお仕置きを見物していたスカールをはじめとした部下達の方を見た。
「レーツァン!!! 早いとこ船を潜水させねぇと俺達全員、川の藻屑になっちまうぞ!!」
「か、川の藻屑!? わしゃあ金儲けは出来ても泳ぎだけは勘弁だ、何とかしてくれよ~~~!!!!」
スカールから飛び出した緊迫した一言に船が沈む事を恐れてわめく円川。
「うろたえんな!!! ここは一応、川だぞ!!! 海よりマシだ!!」
そんな円川に突っ込み、怒鳴りつけるカヴラ。円川はカナヅチだが、船や潜水艇には当たり前のように乗れる。
だが、いざその乗り物が沈むとなると当然こうなってしまう。パニック状態だ。
そこに船の操舵室から一人の船乗りの白い制服を着た船乗りの男が慌ててレーツァン達のとこに走ってきて、その場にひざまずいた。
「報告します!!! ボス並びに幹部衆の皆様!!!」
「JGBが来たんだな!!?」
駆け込んできた下っ端にとっさに訊くレーツァン。
「はい、前方には既にJGBの応援部隊が前後の川沿いでこの船をマーク、後方からも小型モーターボートで追っ手が続々とこの船に接近中!! このままでは挟まれて袋の鼠です!! いかがなさいましょう?」
赤いサイレンが鳴り響き、喧騒とした船内。だが、カナヅチの円川以外はうろたえてはいない。臆することはない。レーツァンはこの状況を打開すべく、右の大きな不気味な瞳でギロっとある男を睨んだ。
「おい、タランティーノ。出番だぞ」
「ヘヘッ……ボス。戦闘準備ならば、とうに完了していますぜ。前方にいる敵、ちょっくら斬ってくるとするかァ……!」
「おい、前方の敵の数は? 何持って構えてやがる?」
サングラスが光る。興奮のボルテージが上がるタランティーノが報告してきた下っ端に訊いた。
「敵は川沿いにて、こちらの船を狙い撃ちにすべくライフルやバズーカ砲を持った部隊を展開、将校三人が部隊指揮を執っています」
「クックックッ……久々に血が騒ぐ。そして唸る……よし、オレに任せろ。右半分、まとめて始末してやる」
「ならば、俺は左半分をやるぜ。大した幹部はいねえようだし、楽勝だ。いいよな? タランティーノ」
タランティーノがサングラスを光らせ、狂気的な笑みを浮かべて次々と剣を抜き、合計四本の剣を手に持つとスカールがそっと彼の所に歩み寄ってきてそう名乗り出た。
「あぁ。そっちの奴はあんたにやるぜ。右はわたしだけで十分……! クックックッ……!」
「まあ、アンタ達なら楽勝よね。あたしよりもすっごい強いし!!」
両手を腰にあて、楽しむように黒咲が言う。
「ま、妥当だろうな。それじゃあ、オレはちょっくら行って、かゆい背中のボートでも沈めてくるわ」
レイヴンは後ろを右の親指で指す。
「おい、お前、この船は今、最大速度出せる状態になってるか?」
レーツァンが下っ端に尋ねる。すると下っ端は申し訳なさそうな態度で、
「ええ、しかし、そのためには5分ほどお時間が必要です。特別高い出力を出すにはチャージなどの関係で……」
半ば、彼の怒りを恐れる下っ端。だが、レーツァンは余裕な顔をしていた。
「フッヒャハハハハハ……五分か……」
そして、レーツァンは笑いながら着ている服をバサっとやり、両手を天に上げると、
「それぐらいあれば十分だ!! お前ら、憎たらしい邪魔なJGB共を残らず消してこい!!! 五分経ったら戻ってくるんだ、船を潜水させ最大速度でアジトに帰るぞ!!」
サイレンが鳴り響こうがJGBが追って来ようが特に臆する事なく、レーツァンは三人に殲滅の指示を下した。彼の高い声が船内に響く。
彼はこの状況を明らか楽しんでいる、傍から見ればそれはそうである。
月夜の微かな光に照らされる隅田川の水面。
外では今にも待機している黒い制服に身を包んだ無数のJGBの部隊に属する男達が一斉にダークメアの船を左右の川沿いから攻撃しようとしていた。
前方にいる隊はライフルを装備し、その後方の隊はバズーカ砲を装備した者がライフルより数は少ないものの少人数存在していた。
無数の大小様々な銃口が船へと向けられる。
「……放て!!!!」
指揮官の男の号令の下、ドカドカと一斉に放たれる無数の弾丸と放物線を描く複数の砲弾。それらが入り乱れ、左右から嵐のように飛んでくる。
だが、それらは船に当たる事なく、一瞬で残らず切断された。
目にも止まらぬ速さでそれらを切断した二つの捉える事の出来ない船の上部から現れた影。闇夜を舞う人影は分散し、左右の川沿いに向かって高くジャンプ、それぞれ着地した。
その場にいた銃を持ったJGBの者達がとっさの危機感からドカドカと一斉射撃するが、それらはまるで来るのが分かっていたかのように一蹴され、蹴散らされる。
二つの影はそこから、次々と川沿いに陣取るJGBを派手に蹴散らして、蹴散らしまくる。
目にも止まらない速さで。暗いので、それが何者なのかも捉える事が出来ない。その光景は対するJGBの部隊も戸惑ってしまうほどだった。
右の川沿いに着地した影は素早く動き回り、無数の刃を振るい、一人、また一人とチャンバラのように次々とぶった斬り、あるいは五人まとめて斬り、飛び散る血と共に辺りに悲鳴が響き渡る。
左の川沿いに着地した影はたとえ、JGBの一斉射撃を受けてもビクともしない。ただずっと立ち尽くす。
JGBの隊員の一人が「なんでだ!? 全然効いてないぞ!?」と発した瞬間、その隊員を一つの弾丸が襲い、同時に放たれた細くて長い棒のような何かがクルクルとブーメランのように足元から放たれ、JGBを蹴散らしていく。
一方、後ろからモーターボートで迫るJGBの応援部隊。彼らは科学部が開発した小型式の青い一人乗りの三角のボートでダークメアの船を追撃していた。
約十三隻ほどのボートの尖った先端から一斉に放たれた鋼の弾丸。
水面を裂き、水しぶきを上げ、高速で飛んでくる弾丸を巨大な黒い翼が横切り、防ぐとそのまま黒い翼をまとった鳥のようなものは左から急降下した。
それはJGBのボートを一隻、また一隻と突撃して、翼の衝撃でひっくり返して沈めていく。
一人が直接、銃を出してその者を撃ち抜こうとするが、とてつもないスピードを前に撃ち抜く事が出来ず、翼で打たれて川に落とされる。
かくして、レーツァン率いるダークメアは危機を脱した。正直な所、こんな物は彼らにとっては楽勝でしかなく、全然危機でもないのだが。
五分が経過した頃には水面と川沿いには彼らによって敗れたJGBの隊員達が横たわっていた。
ある者は斬られ、ある者は強く殴打され、ある者は川の水を飲んで重傷を負い……夜の惨劇にその場は一時騒然となったのであった。
「コイツは良い……良いぞォ!! JGBの奴らがみんなくたばってやがる……いいぞ、もっと苦しめ……見てるか、フォルテシア、せいぜい仲間の命を大切にするんだな……! フヒャヒャ……フヒャヒャハハハハハハハハアーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァ!!!!」
その状況を船の上から見たレーツァンの高い笑い声がその場に響き渡る。その後、船は再び水の中に入り、そのまま青い水の中へと消えていった。
正義の組織、JGBもこの時ばかりはまんまと犯罪組織ダークメアの逃亡を許してしまうという何とも不甲斐ない結果に終わってしまった。
だが、JGBにとって彼らに逃げられたのはこれが初めてというわけではない。もう、何回も逃げられては行方をくらまされている。
普通の暴力団等の組織と違い、ダークメアはこのように一癖も二癖もあるソルジャーが幹部として多く所属している。
更に、外部からはJGBの諜報部ですら明確に情報を掴めていない部分も多く、未だ彼らの本拠地らしき場所の発見には至っていない。
発見出来たとしてもそこは偽物だったり、一時的なモノであった事はよくある話であるため、一筋縄ではいかないのだ。
JGBと犯罪組織ダークメアの因縁について語るには、七年前まで時を遡る必要がある。
だが、それはまた別の話である。
JGBは平和のため――対するダークメアはボスであるレーツァンのため――。
今日もこうしてぶつかり合っているのだ。




