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ソルジャーズ・スカイスクレーパー  作者: オウサキ・セファー
第一章 シルバークライシス -少女の慟哭-
27/120

第26話 あの男

 銀色の光が辺りの闇と目の前にいる強大な敵を眩しく、大きく照らす。

 私の体から、溢れる銀色の神々しい光。銀色の湧き上がるソウルと共に私の力が湧き上がる。


「長官!! このソウルの光……!」

「零さんの強い思いが、ソウルの輝きと共に力を呼び起こしてるのでしょう」


 その光景を遠くからジーナさんとフォルテシアさんが分析しながら見ているようだった。力が……みなぎってくる。


「ジュロ……ジュロオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」


 スケアクロウは私が放つ銀色のソウルの光の前で戸惑っている。

 私と傍にいる歩美にその大きな腕を振り下ろそうにも振り下ろせない。

 攻めるのならば今。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


 私は動きが鈍るスケアクロウの顔に向かって銀色のソウルの光をまといながら高く飛び突っ込んでいく。

 ソルジャーじゃなかったら、こんな事は当然出来ないだろう。奴の身長は常人を遥かに超える。私の身長の五倍かそれ以上ある。

 でも、今の私はソルジャー。いける。


 私は右手に握られた鍔がダイヤの形の剣で奴の喉元を突き刺してやった。

「ジュロオオオオオオオオオオオ……!!」


 刺されたスケアクロウが体を揺さぶって暴れだす。よし、効いているみたいだ。少なくともダメージは与えているはず。

 私は、突き刺さっている剣にぶら下がって、ちょうど胸元に差し掛かる部分を続けて左手に残された鍔が×の形をした剣で突き刺す。

 ここは奴が関西で負ったという斬り傷がある。だったら……


「ジュロ!!!! ジュロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」


 よし、効いている。傷の上を更に突き刺した。

 続けて、振り落とされないように必死に右手で刺さっている剣を掴みながら、なんとか左手の剣を抜いて、また同じ場所を突き刺す。


「ジュロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ……!!!!!」


 今のスケアクロウはぶら下がっている私を振り落とすために体を揺らして暴れる事しか出来ない。私から輝き続けるソウルの光が奴は苦手なのか、もがき苦しみ、両手で私がくっついてる胸元を叩いて振り落とす様子がない。

 とにかく、私は振り落とされるまでここは譲らない。ここを刺して抜いて、また刺す。


「ジュロォォォォォォォォォォォォォォォォ……!!!!!」


 この間に誰かが火をスケアクロウに点火させればいいんだ。

 歩美は荷物は何もない手ぶら状態、となるとフォルテシアさんかジーナさんしか火をつける物は持っていないだろう。

 私は振り落とされないようにぶら下がりながら、そちらの方を向いて大きな声で力強く叫んだ。


「フォルテシアさん!!! ジーナさん!!!! 何か、火を起こせる物持ってませんかぁ!!!! ここは私が抑えますから、火を起こせる物を持っていたら、奴に着火してくださぁい!!!」

 すると下に見えるフォルテシアさんが横にいるジーナさんの方を向いて、


「ジーナ。私は生憎、ライターはおろか、そういった類の物は持ち合わせていません。あなたは?」

「ライターならば、あります。私もたまにですが吸うので」

「タバコは健康に悪いですよ。と、それはともかく。ジーナ、後は任せます。手早く済む最善の手段です」

「了解」


 私がスケアクロウに刺さった剣にぶら下がり、左手の剣で攻撃してる中、後ろをチラっと見る。すると、ジーナさんが剣ではなく、ちょうど自分の光で眩しくてここからじゃよく見えないけど、銀のライターらしき物を持ってスケアクロウの近くまでやって駆け寄ってきていた。

 スケアクロウは私の光に遮られてなのか、ジーナさんの姿を確認出来ていない。


「銀のソルジャー、いくぞ!!!! しっかりぶら下がってろよ!!」


 ジーナさんはその場から高く跳ぶと、スケアクロウの右肩にひっついた。ちょうど、腕と肩を連結する鉄のトゲトゲの輪の近くだ。


「ジュロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」


 ジーナさんが右肩に掴まるのに成功するとスケアクロウはそれに反応し、大きな雄叫びを上げる。


 バババババババババババババババババババババババババ!!!!!


 依然、放ち続ける私の眩しい光にくらむスケアクロウは両手にそれぞれある長い4本の指から当てずっぽうに無数の藁をでたらめに撃つ。

 が、私とジーナさんはそれぞれ胸元と肩にいる。当たってなんかいない。

 そこで、ジーナさんがライターの引き金をぎゅっと押し込むとライターから小さな火の玉が顔を出す。


「スケアクロウ!!! これで……チェックメイトだ!!!」


 ジーナさんはそう言いながら、ライターから出た火を藁で出来たスケアクロウの右肩に点火させる。なんでチェス用語なのかは分からないけど。

 するとスケアクロウの右肩についた炎は直後にたちまち大きく燃え上がり、煙をあげた。

「降りろ!!! 火傷するぞ!!!」


 ジーナさんにそう言われると、私はぶら下がっていた右手を放し、その直後、リターンで刺さっていた剣を右手に戻し、私とジーナさんは走ってその場から離れる。

「ジュロ!? ジュロオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」


 右肩につけられた小さな炎は瞬く間に成長し、巨大な炎となり、全身が藁のスケアクロウの体を怪物のように飲み込んでいく。

 そして、なぜか不思議な事にビルそのものには火が燃え移らない。


 とっさに足元を見てみると屋上は灰色のコンクリートで出来ていた。通りで、燃えないわけだ。これで私達に被害は出ないわけだ。

 つまり、これで……


「ジュロオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!! オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 スケアクロウは両足をじたばたさせ、両腕も上を向く。瞬く間に拡大し、体全体を焼き尽くす真っ赤な炎。


 同時に彼が変身してもなお、巨大化したお陰でかぶり続けていた茶色いハットも風に舞い、炎に焼かれ、夜空で塵と消えた。

 そして、その灼熱地獄に耐えきれなくなった火だるまとなったスケアクロウは屋上から一望出来るすぐ近くに大きく広がる隅田川の方へと慌てて駆け込む。

 逃げるように、飛び込むように、屋上から出来るだけ遠くに自分の巨体を投げ出した。


「ジュロォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」

 背中に翼なんてないスケアクロウは真っ逆さまに落下した。


 ドシャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!


 と、大きな水しぶきを上げ、カヴラと同様、ここからそのまま夜の真っ暗闇に包まれている黒い隅田川の真ん中に落下した。

 水しぶきがこっちに飛んでくる事はなかったけど、大きな水しぶきをあげた。


 大きな巨体は形すらなく、水しぶきがあがった後は川の底に全て沈んだようになくなっていた。落ちた水面を見ても何かが上がってくるような事はなかった。

 そして、それを見たフォルテシアさんはすかさず、


「ジーナ!! 早く奴の確保を!!」

「はっ!!!! ただちに!!!」

 フォルテシアさんの慌てた指示があったその瞬間、ジーナさんも追いかけるように駆け出していく。


 隅田川の方ではなく、この屋上の地面に降りられる方から飛び降りて。私も乗ってきた車のある方向だ。

 同時に無数のパトカーのサイレンが響き渡っているのに気づく。きっと、爆弾処理をしていたJGB(ジェージービー)や警察の応援に違いない。

 だけど、私にはこの光景を見て強く実感するものがあった。


 全身から張り詰めた空気が抜けていき、私は大きく静かに息をついて、その場に膝をついた。

 同時に私の手元にある二つの剣が桜の花びらのように光の塵と消え、私から溢れ出ていたソウルの光もいつの間にか静まっていた。

 ようやく終わったんだ……奴に……勝ったんだ……歩美も助けたし、全部、丸ごと……スッキリ終わったんだ……


「零さん、お疲れ様です」

「フォルテシアさん……」


 息をついた私の傍に気がつくとフォルテシアさんがやってきていた。私はついた膝を起こし、立ち上がる。

「重要参考人として私についてきてくれた事、そして身代金の受け渡しまで承諾し、やってくれた事、本当に感謝致します」

 帽子を脱ぎ、頭を下げてお辞儀をするフォルテシアさん。

「いえ、私も、歩美を助ける手助けになればと……」


「我々も本来ならば、警察と同じで民間人を事件に巻き込む事はしたくないのです。が、あなたを念には念を置いて私の傍に置いておいたお陰で捜査を効率よく進める事が出来ました」

「すみません、色々と私も迷惑をかけて……」


 私は深々と頭を下げた。民間人なのに公務員の捜査に入ったりして、邪魔になっただろうから。すると帽子を頭に戻したフォルテシアさんが、

「な、何を頭下げてるのですか。別に私が重要参考人としての同行を要請した事ですので、あなたが詫びる必要は全然ないんですよ?」

「え……?」

 フォルテシアさんは目を丸くして慌てて私を諭した。


「責任は全て長官たる私が全てとります。もしも、この戦いで歩美さんか零さんのどちらか、はたまた両方が死んでいたのなら、それは愚鈍な指揮官である私の全責任です」

 フォルテシアさんは右手を胸に当ててそう自分に厳しく断言した。


「フォルテシアさん……」

 この人は、年齢に反して喋っている事は本当にしっかりしていて、JGB(ジェージービー)のトップだという事を感じさせられる。

 権力と地位を振りかざしている暴君ではなく、その権力の重みとその地位に立つ責任感をしっかりと持っているんだろう。本当に凄い人だ。

「それと、私なんかより、あなたの活躍もあって助け出された大切なお方があなたを待っていますよ。ほら」


 フォルテシアさんがそう言って、左手で私を誘導し、促すとちょうどそこには歩美が私の後ろに立っていた。

「零さん、この人の協力もあったから、私を助けに来てくれたんだよね……」


 私は歩美の方へ向き直った。歩美は今にも泣きそうな顔をしている。私もそんな顔を見ていると何だか泣きたくなる。

「うん……私……歩美を助けたくて……大変だったけど、ようやくここまで来たんだね……」

「ありがと……零さん、私、凄い怖かった……スケアクロウが……零さんも死んじゃうかと思った……でも、零さん、凄いよ……」

「零さんは化け物なんかじゃない……私のヒーローだよ」

 泣きついてきた歩美を私は暖かい手で抱きしめ、私達は抱擁を交わした。


「ヒーロー……前にも言ってたね。二回目だけど、私も歩美を助ける事が出来て凄く嬉しい……歩美は……私のかけがえのない命の恩人だから……」


 私の目元からも涙がこぼれ落ちる。

 前のシーザーの時とは比べ物にならないほど、今回は本当に大変な戦いだった。暖かい温もりが私をその疲れからぐっと遠ざけてくれる。

「あの時は本当に零さん死んじゃう所だったからね……もしも、零さんが死んじゃってたら私も今頃いなかったかも……」

「それって私が飛び降り自殺しようとした時の事?」

「うん……だから零さんいなかったら今頃……」


「そうね……でも、私はあの時に助けてくれた歩美に凄く感謝してる。それだけじゃない、本来苦しみしかない私に平和な時間を作ってくれたのは歩美なんだよ。感謝してもしきれない……私は何回でも歩美を助けるよ。これからもね……」

「零さん……ありがとう……私にとっても零さんは大切な友達だよ。だから、ありがとう。本当に……ありがとう……心配かけてごめんね……」


 歩美が更に腕の力を強くすると、私も歩美をぎゅっと抱きしめる。本当に良かった……歩美……

「お二人、話は聞いていましたが……凄い仲が良いようですね」

「わぁっ!?」


 フォルテシアさんが突然、間からいきなり声をかけてきて驚いて、慌てて抱擁を解くと私達は彼女の方を見た。

「別に、続けてくれて構わないのですが? 私としてもこの光景は微笑ましいので」

「あ、ああ~いえいえ!!! もう充分しましたし」

 歩美がやや照れ臭く言い訳がましく言う。

「気が満たされたのなら、それで結構です」

「そういえば、あなたがJGB(ジェージービー)の長官の……」

 すっかり忘れていたけど、歩美はフォルテシアさんと初対面だった。


「ええ。フォルテシア・クランバートルです。零さんと共にあなたを助けに来ました。あなたにとっても、零さんはかけがえのない友人のようですね」

 フォルテシアさんは穏やかな口調で挨拶した。

「はい、零さんとは中学入ってからの友達なんですよ。もう、親友です!」

 歩美はニコっと笑う。その笑顔を見ていると凄く安心してくる私。頑張って良かったなって思う。


「良い友達をお持ちですね、零さん」

 フォルテシアさんはチラりと私の顔をニコっと見て言った。

「零さん、ソルジャーになってからクラス皆にいじめられるようになったんです……右目もそういう人に殴られて見えなくなっちゃって……私も可哀想で仕方なくて……それからは私が零さんの面倒を見て、二人でずっと頑張ってきたんです」

「そうでしたか……零さんからも経緯は聞きましたが、歩美さんも酷く大変な思いをされたのですね……」

 切ない様子で歩美の心境を察するフォルテシアさん。



「え、ええ……今はだいぶ治まってきたんですけど、それでも零さんは前の生活に戻れるわけではないので……あと私と零さんの事……ご存じなんですね」

「あなたとこうして会うのは初めてですが、零さんからも話は大方聞いてましたし、零さんについてはJGB(ジェージービー)の諜報部から話は聞いていました。銀髪の女の子がいじめられている事と、大バサミのシーザーを倒した事を」

 さらっとフォルテシアさんが言ったその一言。それは一連の出来事が全て見通されていた一言だった。

「フォルテシアさん……私がシーザーを倒した事も知ってたんですか!?」


 私はとっさに目を丸くした。クラス替えといい、JGB(ジェージービー)が学校に来たのは知ってるけど、まさか、春休み中の事、しかも学校とは無関係な事も知られていたなんて……

「ふふ、我々JGB(ジェージービー)の諜報部は優秀です。色々な場所にネットワークを持ってます。捜査員が病院で入院していたシーザーに聞き込みにでも行ったんでしょう」

 珍しく、微かに笑うフォルテシアさんだった。けど、そんなんじゃなくて……


「私、傷害罪とかにならないんですか!? シーザーは向こうから私に攻撃を仕掛けてきたんですけど……」

「安心して下さい。あなたは罪には問われません。ソルジャー同士の殺し合いや争いが当たり前なこの世界は実質、表から暗黙的に隔離された扱いなので、罪にはなりません」

 それを聞いて、何だかむちゃくちゃだと思いつつも、肩の力がぐっと抜けたような気がした。


「我々JGB(ジェージービー)の仕事は民間人の安全と国の治安を維持し、第三の組織として日本を守る事です。ソルジャーはただ異端的に扱われ、法的には一応存在しない物として扱われていますから。民間人を脅かすマネや表に危害を加えるような事や犯罪に走る事さえしなければ大丈夫ですよ」


JGB(ジェージービー)って、魔女狩りをするようなもんだと私、思ってました。零さんをいじめる周りの連中はいつもそう言ってて……」


 歩美が話に入ってきてそう言った。

 表向きではJGB(ジェージービー)は警察や自衛隊では無理な仕事をやる組織だから。私も最初はそう思っていた……でもフォルテシアさんと一緒にいるうちにそれは違うと感じた。


「ですが、あなたを見てるとそうとは思えない気がします。振る舞いから見てもとても悪い人には見えないんです」

「我々は政府公認の殺し屋というわけではありません。ソルジャー専門の警察のようなものなのです。あなたの仰るソレは真実を知らない者が言ってる事なので気にしないで下さい」

 歩美に対して、フォルテシアさんは続ける。


「ソルジャーになる人間もそうなりたくて生まれてきた人間は一人もいません。中にはその力で迫害してきた者への復讐を考えた者もいます。無論、その力で欲を満たそうとする者も……だからこそ、ソルジャー専門の警察である我々が必要なのです」

「そうだったんですか……ちょっと安心しました。私だって、怖かったですから……そうですよね……零さんだって、ソルジャーになりたくてなったわけじゃないです……突然です」

「噂やデマは時として常識のように広まるのです。現にこの世界の表と裏の間に壁があるのも、古くからの人外的で忌まわしき物にはあえて触れないという自然な情報統制と言われています」


「特に世間からあまり認知されてない事については……尚更です。さ、立ち話はこれぐらいにして、家まで車で送りますよ。おっと1000万円を……」

 フォルテシアさんは私がスケアクロウに渡し、戦闘中はずっとこの屋上奥に放置状態だった1000万円の入った銀色のジェュラルミンケースを辺りを見渡して探し始めた。

「あれ……おかしいですね……どこにも1000万円が……」


 フォルテシアさんはキョロキョロと屋上全体を見回す。私も同じく、1000万円がないか辺りを見回して探す。が、どこにもない。そう、どこにもない。

 スケアクロウと戦いになって、彼によってそのまま屋上の隅の奥に自然と放置されていたはずの1000万円が……

 まさか! と思ったフォルテシアさんはスマートフォンを使った。


「ジーナ……ジーナ!!!」

 必死にジーナさんの名前を呼ぶフォルテシアさん。

「スケアクロウは? スケアクロウは確保できましたか?」

「はい……スケアクロウはその中にいるんですか?」


「はい……ええ……ところで、彼らは1000万円の入ったジュラルミンケースは持ってましたか?」

「くっ……」

 フォルテシアさんは報告を聞いて唇を噛む。

「何としても追って下さい、攻撃は許可します」


 どうやらあまりいい状況ではなさそうだ。この屋上から間近で流れる隅田川の向こう岸には既にJGB(ジェージービー)の車が多く停まっていて、青いサイレンが至る所で光っている。

 それ以外はこの屋上から隅田川を左から右へ見渡してみると右側に一隻の丸い水上バスの影が見える程度だった。

 事の状況を知らない私はフォルテシアさんに尋ねた。

「フォルテシアさん、何かあったんですか?」

「1000万円とスケアクロウの身柄が、既に奴の協力者であるダークメアに回収されました……」

「え!?」

 フォルテシアさんは落胆しながらそう言った。


 歩美を助けたまではいいけど、1000万円は彼らの手に……でもどうやって? スケアクロウと戦っている間はフォルテシアさんとカヴラ以外、乱入してきた人は特にいなかった。

「うっ……」

 考えていると、とっくにソウルの輝きが治まった私の頭に何だか頭痛を感じ始める。


 走った後に感じる疲れのようにも見えるけど、少しだけ頭がクラクラする。でも、ソルジャーになった時の激痛とは違う。フラフラする……

 たぶん、今日の一連の事件で疲れたんだろう。帰って休もう。今度は歩美も傍にいてくれるだろうから。

「零さん、大丈夫!?」

 歩美がとっさに体勢を崩した私に肩を貸してくれる。

「大丈夫ですか!?」

 フォルテシアさんも心配になって私に声をかけてくれる。



「大丈夫、ちょっと疲れただけ……」

「無理しないで……零さんは本当によく頑張ったから」




「うん……」

 歩美の鼓舞する声に私はそっと頷いた。


 犯罪組織ダークメア――黒咲、スコルビオン、カヴラといったように多数のソルジャーが所属している犯罪組織という事ぐらいしか私には分からない。


 そういえば、スケアクロウは戦う前に関西から関東に逃亡してきた後、ある人に1000万円を渡せば自分の安全と怪我の治療を約束されて今回の事件を起こしたって言っていた……

 スコルビオンが言っていた事を思い出す。

 そのある人は……スコルビオンや黒咲にボスって呼ばれていた人。


『その通りだゴス!! スケアクロウにこのまま1000万円をボスに渡されては待ってた意味がないでゴスよ!!!!』

『最も、スケアクロウ、アイツもアイツで1000万円を求めてるゴスけどね』


 スケアクロウは1000万円をボスと呼ばれる人に渡そうとしていて、スコルビオンはそれを横取り、手柄にしようとしていた。

 そのボスと呼ばれる人物は関西から来たにスケアクロウにこんな事を言ったんだったっけ……


 『SASAGI(ササギ)から1000万円巻き上げれば、安全と関西で負った怪我の治療を約束してくれる』って。

 スケアクロウが戦う前に言っていた……その時だった。体調が優れない私の視線の先にぼんやりと屋上のコンクリートの上に一枚の黒羽が。


 カラスの羽だ、カラスの一枚の漆黒の羽がいつの間にか落ちていた。

 先程までなかったはず。それも普通のカラスの一枚の羽にしては一回り大きい。小学生の時に帰り道にカラスの羽を道端で拾った事あるけど、こんなには大きくなかった。

「あ、あの……フォルテシアさん……あれ……」


 私は歩美に支えられながらも、妙だと思ったその羽を左手で指差してフォルテシアさんに伝えた。フォルテシアさんは自分の後ろに落ちていたその羽を拾い上げ、回して色んな方向から見始めると、


「これは……レイヴンの羽……」

 レイヴン……? 誰の事だろう……? ダークメアの仲間なんだろうか。

「あと、フォルテシアさん……一つ思い出した事が……いいですか……?」


 私は戦いの前にスケアクロウが言っていた、ある人が関西から逃げてきたスケアクロウに安全と治療を

SASAGI(ササギ)の1000万円と引き換えに約束した話をフラフラしながらも話した。

 そして、そのある人はスコルビオンの話から、ボスと呼ばれる人物じゃないかという事も。


「零さん、ありがとうございます。お陰で……彼らが1000万円を求める理由が分かりました」

 聞き終わった直後、フォルテシアさんはまるで探偵のように冷静に言った。


「……? 本当ですか?」

「はい、ダークメアとスケアクロウの関係は互いに協力している以外、目的は1000万円としか分かりませんでしたが、私も聞いていたスコルビオンの発言と、零さん、あなたの話で彼らの目的は私にも分かりました」

「全てはスケアクロウにSASAGI(ササギ)の1000万円を持ってくるように 指示したあの男が黒幕です……」


 フォルテシアさんはそっと私にカラスの羽の表面を見せた。そこには赤いマーカーペンのようなもので小さく「By!」と書かれていた。わざわざメッセージが添えられている事から、意図的に残された物なんだろう。

「この羽は……」

「これはダークメアのある幹部のものです。レイヴンという男のもので、1000万を持ち去ったのもその男の仕業でしょう」

 レイヴン……直訳するとカラス。カラスの羽……まさか……カラスになってお金を……

「なら、そのソルジャーが1000万円を……カラスの姿で飛んできて奪ったんですか?」


「はい。我々がスケアクロウと戦っている間に奪ったんでしょう。私がここに到着した時は1000万円はあそこにありましたので」

 フォルテシアさんは1000万円が置いてあった屋上の奥の隅を指差して言った。


「ですが……そのレイヴンって人がいきなり横から飛んできて盗んだんなら、私だってそれぐらいは羽音とかで気づくはずです……視界にも入ります」

 私に肩を貸す歩美がそっと横から口出しする。


「無理です。レイヴンは暗闇ではパワーもスピードも通常の倍以上になり、スケアクロウやカヴラが暴れまわる荒れた状況では、そちらに意識がいってしまい、常人ではとてもその動きを捉える事は難しいと思います」


 フォルテシアさんは首を横に振った。本当に戦いに気を取られている隙に盗まれたんだろう。フォルテシアさんやジーナさんにも気づかれないでそのレイヴンという人は1000万円盗んだという事になる。勿論、私や歩美にも。

 たぶん、直感だけど、スケアクロウが変身してから、盗まれたんじゃないかなと思う。

 あの時、みんな、大きくなったスケアクロウに注目していたし……最も、それ以前に屋上奥の隅なんてあの状況じゃとても目がいかないだろう。


「歩美は助けられたのに、敵の目的は達成されてしまったんですね……」


「はい、迂闊でした。これも全部、あの男の命令でしょう。あの男は1000万円を本気で欲しがっています、以前自ら奪い、手に入れた巨万の富があるのにも関わらず……それだけ強欲な男なのです」


「あの……誰なんですか? あの男って……」


 あの男だけじゃ分からない私は気にせず尋ねた。ボスと呼ばれる人なのは分かるけど。あえて、名前を呼ばない事から何か事情がありそうだ。

 ここまでくると散々その呼称を聞いて気になって仕方がない。そういえば、フォルテシアさんはスコルビオンと対峙した際も、あの男が絡んでいるとか言っていた。


「すみません、まだその名前を教えてませんでしたね……」

 フォルテシアさんは謝ると静かな口調で続ける。


「その男は零さんも既にご存知の通り、犯罪組織ダークメアを束ねる男。構成員達からはボスと呼ばれている男に他なりません」

 そう改めて強く言われ、私はごくりと唾を飲み込む。なんだろう……急に寒気がしてきた……


「関西から逃げ延びたスケアクロウを利用し、SASAGI(ササギ)の1000万円を持ってくるように指示し、結果、このような事件にまで発展させた男……」


「その男の名は――――レーツァン」


 レーツァン……名前を聞いてもその容姿がイマイチ浮かんでこなかった。明らかに英単語のような名前だけど……




「レーツァン……その人がダークメアのボスなんですか……?」

 私は尋ねるが、それ以外はなんとも言えなかった。

「ええ、極悪非道という言葉が似合う男です。私の……宿敵でもあります」

「その人……強いんですか?」


 私が尋ねる前に歩美が尋ねた。そして、月夜の下、フォルテシアさんは静かに答える。

「……強いです。先ほどのスケアクロウを軽く凌ぐ力を持っている強力なソルジャーです」


「いいですか? 出逢っても絶対に関わってはいけません。奴もこの関東のどこかに潜んでいるはずです」

 この関東のどこかにそんな顔を合わせても関わってはいけないほどの人がいるなんて……そう考えると恐ろしさを感じた。

 関東四天王といい、JGB(ジェージービー)といい、本当にソルジャーの世界は計り知れないほど大きい。


 黒咲やスコルビオンがボスと崇める男、レーツァン。どんな容姿をしていて、どんな力を使ってくるんだろう。

 シーザーのように体を変化させる能力? それともスケアクロウのように巨大な怪物になる能力を持ってるんだろうか。

「フォルテシアさんの宿敵……なんですか? どうして……」


 今度は私がだんだんと体に疲れを感じながらも尋ねる。でもとっさに聞いてはいけない事を聞いてしまって申し訳なく思った。

 フォルテシアさんの触れてはいけない所に触れたような気がして……だけど……でも……宿敵と呼ぶからにはなにかありそうだと思った。


「ええ……」


 するとフォルテシアさんは私達に背を向ける。同時に後ろの白いコートがなびく。一旦の沈黙の後に、背を向けたままフォルテシアさんは静かなる怒りをこめて口を開く。

「私の敬愛していた師を殺した、最低な男ですから……!」


「そんな……」


「どこまでも恐ろしく、どこまでも卑劣極まりなく、自分の都合と利益のためなら平気で赤の他人も平然と犯罪に巻き込み、傷つける男……それがレーツァンです」


「零さん、くどいかもしれませんが、あなたがもしもこの先、彼に遭う事があったら……その時は気をつけて下さい。何を仕出かすか分かりませんから」


 レーツァンの名前を出した後のフォルテシアさんの忠告の言葉一つ一つには、冷静さを保ちながらも怒りという感情が露わとなっていた。

 そして、最後のその忠告は私に強く刻み込まれたような気がした。


 フォルテシアさんの大切な人を殺した男、レーツァン……その配下である私達の目を盗んで1000万円を奪った男、レイヴン……一体、どんな人達なんだろう……



 スケアクロウ、黒咲、スコルビオン、カヴラ、レイヴン……彼ら総勢5人のソルジャーを束ねる男――レーツァン。

 一体何者なのだろうか……

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