第23話 再び対峙
私は国枝ビルの中に入り、玄関を抜けると左にあった階段を上る。
1000万円の入ったジュラルミンケースを片手に暗闇に包まれたビルの階段を一歩、また一歩と上がり、屋上まで上がった先のドアを開ける。
誰もいない静かで暗い建物の中は妙な寒気を感じた。
そこはすぐ間近に流れる大きな隅田川と川の向こうにある煌びやかな浅草の街が広がり、それらを一望できる屋上が広がっていた。
日は沈み、空も辺りも闇に包まれていて近くに流れる隅田川も真っ黒に染まり、強い風が吹き荒ぶ。風で私の長い銀髪が揺れる。
屋上には当然彼がいた。歩美もいた。
「ん~~~~、ん~~~~!!!」
歩美は縄で体を縛り付けられ、口をガムテープで塞がれ、喋れず、必死に助けを求めてもがいている。
そんな歩美を自分の傍に寄せ、立たせて拘束している因縁の敵、スケアクロウ。屋上の一番奥の隅に立ってこちらを不敵な笑みでこちらを見ている。
歩美は昨日と同じセーラー服姿で、スケアクロウに抑えられている。
「これはこれは……ようこそ。お待ちしてましたよ……!」
「……スケアクロウ」
とっさに再び強い風が吹き、私の銀色の髪とスケアクロウの黒マントがなびく。
「よくもまあ、あのフォルテシアの力を借りて、ここまで来れたものです。そこは褒めてあげましょう」
丁寧だけど、こちらを見下すような口振りは確かに昨日会った彼だった。
「そんな事はいいわ。途中ダークメアっていう組織が邪魔してきたけど、あなたの差し金だそうじゃない」
「その通り!! 余興がてら、新宿であなたとJGBを彼らがお相手する手筈でした。黒咲という小娘に笹城歩美のスマホを持たせて偽のメールを送らせるよう仕組んだのも私です」
「どうしてそんなマネをしたの?」
「フフフ……各地に私の分身を夜分のうちに配置し、あなた方をかく乱したのも、私一人ではここもすぐに見つかってしまうからですよ。JGBの諜報部はあらゆる場所にネットワークを持つ非常に優秀で危険な厄介者ですからねえ」
楽しそうに不敵な笑みを浮かべるスケアクロウ。
「だからあなたは歩美をさらった直後、分身を作って用意周到に事を進め、その後どこかのネットカフェで脅迫状をSASAGIに送ったのね……その下準備の分身を置くために……!」
「ハッハッハッ、ご名答!! 分身は作ってしまえば、動かせますからねぇ。用意周到こそが私のやり方です。そもそも関西でちょっとヘマをした事で私はJGBから追われる身となりました」
「JGB関西本部の本部長、織田英雄にやられてしまいましてね……ハハ、しかし、命からがら逃げて辿りついた東京で出会ったあるお方にこう言われたのです」
「SASAGIから1000万円巻き上げれば、私の安全と関西で負った怪我の治療を約束してくれるってねえ……この事件はそのために起こしたゲームなのですよ。いやあ、にっくきJGBも翻弄出来て楽しい限りでしたよ」
と、自分の経緯を茶化し、自分がやった事を自画自賛し、三回手を叩く。相変わらず、自慢げにテンション高めに自信満々に語るスケアクロウだった。
「ゲーム? バカにしないで。すぐに歩美を返して!!」
「約束のブツを渡してくれれば、すぐにお返ししますよ。安心なさい、美しい少女相手にハレンチな真似はしていませんから。フッフッフッ……!」
スケアクロウは右手をこちらに差し出した。
「くっ……」
私は怒りを募らせながら、ジュラルミンケースをスケアクロウに正面に向けて、見せた。
「この中に、あなたの望みのお金は入っているわ。現金1000万円」
私は左手のひらをジュラルミンケースの表面につけて断言した。
「よろしい、では拝見させて頂きますよ。ただーし!! チェックが終わるまでは笹城歩美に触れる事は禁止ですよ」
私は黙ってそっと頷き、その場にケースを置くとジュラルミンケースの中身を開けた。
スケアクロウは歩美をその場に放置し、一歩一歩、近づいてきて、腰を下ろし、札が敷き詰められたジュラルミンケースの中身から札束を一つ取り、ペラペラと素早くめくってチェックし始めた。
歩美は元いた場所に縛り付けられたまま、放置されている。
その隙に私はポケットに入っているジーナさんからもらった"SOSペンver1"をこっそり右ポケットから取り出し、正面に見えないよう後ろにやりながら、
カチャカチャと聞こえないようにそーっと一つずつ赤、赤、青、緑の順番でペンを押した。
一方、スケアクロウは中にある札を数えるのに夢中だ。私がペンをいじる音は風と空気の交差する雑音も相まって気づいていないようだ。
私は奥で怯えた顔をしている歩美を見つめた。歩美……もうすぐだからね。
「ふむふむ。ちゃーんと、1000万円ありますね。いいでしょう、笹城歩美はお返ししますよ」
スケアクロウはジュラルミンケースを閉めて、屋上の隅の奥の方へと持って行った。
「歩美!!!」
私はスケアクロウにそう言われるとすかさず、歩美の名前を叫び、スケアクロウを横を抜けて、歩美の下へ駆け出し、すぐに歩美を縛っているロープをほどき、口を塞いでいるガムテープをはがした。
「零さん!!! ありがと……助けに来てくれたんだね……」
ぎゅっと泣きついてくるように抱きついた歩美の暖かい温もりが私を包み込む。
「怖かったよ……零さん……」
「歩美、無事で良かった……さ、ここから逃げよう! 走って!」
「う、うん!」
歩美との抱擁を解くと私は歩美を連れて来た出口に向かって走り出した。とにかく全力で。早くこんな危険な場所から帰りたいという一心で。
ジーナさんがもうじき来てくれるし、大丈夫だ。
「おおっと……誰があなたを大人しく帰すなんて言いましたか?」
後ろから背中を向けているスケアクロウの声が聞こえてくるけど、それでも構わず走る。スケアクロウの相手はジーナさんに任せればいいんだ。すぐに来るはず。
と、入ってきた出口のドアの取っ手に手が触れようとした時だった。
ガシャァン!!!!!!!!!!!!
「うわぁっ!?」
突如、ドアが大きくこちら側に大きく凹んだ。思わず、私達は立ち止まる。そして……
「ウオォォラァ!!!!!」
「きゃあああああああああああああああっ!!!」
歩美の悲鳴が響く。その直後、凹んだドアが大きく私達の正面に突き飛ばされてきた!!
間一髪、私は左側にいた歩美をその場に押し倒して庇い、避ける。ドアは屋上の真ん中に落ちた。
「シャーッ……女、ノコノコと逃げられると思ったか?」
私はすぐに押し倒していた歩美から自分の体をどかすとドアを突き飛ばしたのが誰かを確認すべく、顔をあげた。
ドアを突き飛ばして屋上に上がってきたのは筋骨隆々で身長も高い一人の大男だった。
『蛇』と左胸に黒く書かれた茶色いつなぎみたいな服を着こなしていて、口から蛇のように長い細い舌を出し、ぺろぺろしている。
顔の額には黒い甲羅のような硬い物で覆われ、後ろから緑の髪が少し飛び出ている。どう見ても只者ではなさそうだ。いかにも喧嘩が強そうで、危険そうな男だ。
身長も私達よりも高く、恐ろしさを感じる。スケアクロウよりも一回り大きい。私達は目の前に立っている大男から後ずさり、距離をとる。
「なんなの!? これで……終わりじゃなかったの!? ねえ!!」
歩美が取り乱している。すると後ろのスケアクロウが笑みを浮かべながら、こっちを見ていて、
「フッ、笹城歩美。あなたは帰しますよ。が、そちらのあなたを助けに来たヒロインは帰しませんよ」
どうやら、私だけお金を渡すだけでは終わらないようだ。
「どういう事!? お金は渡したでしょ!! 零さんも帰しなさいよ!!」
歩美がいきなり強気になってスケアクロウに尋ねた。私だけが狙われる事を許さないんだろう。
「そりゃ、あなたにはせっかく来て頂いたのですから、もう少しおもてなしをしないと……」
「要するに、私と戦いたいのね」
私はスケアクロウのいる方へ向き直る。
「ええ、あなたをみすみす生かしておいては今後何かと厄介な事になりそうですからねぇ。後の禍根になるやもしれないあなたにはここで消えてもらいます」
「最も、今のあなたが私に勝てるとは思えませんがねぇ。それに、彼だっているわけですし」
スケアクロウが右手を出して私に後ろを見るよう促すと私は大男がいる後ろの方を見た。
「ソウラッ!!!! ウリャーーーーーーーーーーーッ!!!!」
右手の拳で正拳突き、左足で回し蹴りを見せ、筋骨隆々なパワフルな体をアピールし、私達の退路を塞ぐ大男。
「シャァァァァァァァァァァッ……!」
顔を前に出し、舌をペロペロさせながら、まるで蛇が獲物を威嚇するようなポーズをとる。
「オレは犯罪組織ダークメア幹部、カヴラ!! 見た事ねえ敵を前にオレのカクタスのソウルも唸るってもんだぜ!!!」
カヴラと名乗る大男。力も強くて、運動神経も男の人だから、バレーをやってた私よりもかなり高そうだ。
「二対一です。この不利な状況、あなたはどう戦いますかね……フッフッフ」
後ろでこちらを煽ってくるスケアクロウ。
「零……さん……」
歩美が心配そうな目で私を見ている。だけど、私はここで負けるわけにはいかない。歩美を無事に助け出して、恩返しして、またいつもの日常を始めるまでは……
「歩美は遠くに離れてて。危ないから……」
「う、うん……零さん、頑張って!」
歩美を屋上の離れた所にやると、私は目をつぶり、そっと力をためた。
「はあっ!!!」
私は全身からソウルを呼び起こすと、辺りは暗闇を照らす銀色の光に照らされた。お馴染みの二つの黒い剣を出現させる。
右手に握られている剣は鍔がダイヤの剣、対する左手に握られている剣は鍔が×の形をしている剣。
「ハッ、面白ェ!!! 二刀流女剣士か!! だが……そんな細い剣でオレの入魂の一撃を受けられるかなッ!!!」
――来る!!!!
「ポイズ・シュートォォォォォ!!!!」
「ひと思いに消えてもらいます!!! 藁の機銃!!!」
カヴラは右手の掌から紫の毒液の塊を発生させ、それを真っ直ぐに毒の塊が剛速球のようにこちらに投げつけてくる。
一方、スケアクロウはお馴染みの両手を前に広げ、無数の藁を針のようにして放ってくる。二つの攻撃は私を挟み撃ちにした状態で飛んできた。
私はすかさず、守りの体勢を取った。剣を交差させて×の形にし、見た目は薄いけど強力な丸い銀の光の壁で正面を覆う。
この丸い銀色の光の壁は交差してる方向の攻撃を防いでくれる。
が、いけない。このままでは背後のもう片方の攻撃が防げない。どちらか正面ではなく、両方当たるように向けるか?
このままじゃ、毒液は防げても背後から飛んでくる藁の機銃を背後からモロに受けてしまう。
危ない、このままじゃ……両者の攻撃は今すぐにも迫っている。体を、なんとか向かってくる両者の攻撃を光の壁で受け止められると思う方向にギリギリ動かした。
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!
互いの攻撃が衝突し、大きな爆発音がした瞬間、私は目を閉じた。辺りが煙に包まれた。が、不思議な事に私の体はダメージもないし、吹き飛んだ様子はない。
両方とも光の壁が防いだのだろうか。
「零さん……零さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
離れていた歩美の叫び声が聞こえる。私は……どうなったんだろう……そっと、目を開けると……そこには……
「大丈夫か? ギリギリ間に合ったぞ……」
私を心配する強い声。私にはすぐにそれが誰なのかが分かった。
「ジーナさん!!!!」
目の前には私を守るようにカヴラの前に立ち塞がるジーナさんの姿があった。大きな、二つの刃を持った大剣を右手で構えて。辺りの白い煙も徐々に晴れていく。
「お前はっ!!!!?」
カヴラはジーナさんを知らないのか、尋ねてきた。
「コイツをやらせるわけには……いかないのでな。JGB総本部、第二部隊、三等保官、ジーナ・アルカルド……参る!!!!」
凄まじい気迫のもと、強く名乗りを上げるジーナさん。
「チイッ……JGBめ……! まさかこのタイミングで現れるとは……!」
スケアクロウの顔が余裕のものから焦りへと変わっていく。
「まあ……いいでしょう。たかが女剣士二人、すぐにこの手でカタをつけるまで……!」
焦りから再び顔を余裕のものへと戻すスケアクロウ。
「カヴラ!!! JGBの女剣士は任せます。私はそこの銀のルーキー小娘をやります!! フッフッフッ……!」
と、すぐに余裕な笑みを見せるスケアクロウ。
「オウッ!!! 骨がありそうな相手だな、悪くはねェ……」
スケアクロウがカヴラを指示をし、指示を受けたカヴラは手の筋肉をパキッパキッとならしながら返事をする。
カヴラはジーナさんを狙いを定めた。
「銀のソルジャー、この蛇男は私がやる。君は応援が到着するまでスケアクロウを頼む!! 出来るか?」
ジーナさんはカヴラの方に剣を構えながら後ろにいる私に訊いた。
「勿論です、私も歩美を助けた以上、ここでやられるわけにはいきません……!」
私は急いで、スケアクロウの方へ向き直り、遠くから攻撃してきた彼にそのまま剣を両手に持ち、少し近づいた。
「いやはや……またあなたとサシで戦う事になろうとは……もう一度格の違いをとくと叩き込んでやりましょう!!」
「今度は負けない、私のただ一人の友達を苦しめたあなたは……絶対に許さない……!」
両手に剣を持ち、左手の剣をスケアクロウに向ける。
ただお金を渡せば済むと思っていたけど、こうなった以上、戦うしかない。そして、戦う以上はまた前のように歩美を守れないで倒れる事だけは絶対にダメだと私は自分を鼓舞する。
歩美だって、怖がっている。
ずっとああだったんだろう……可哀想に……一日中縛られて監禁されて……早く終わらせて、開放してあげなきゃいけない。
そのためなら、私は未熟者と貶されようが……戦う。歩美は私のたった一人の……友達だから。
一方、ジーナさんと対峙するカヴラは……
「ヘッ、大剣使いの女剣士か。面白ェ、ならばこちらもいっちょ本気でやらせてもらおーか? うおおおおおおおおお……!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」
カヴラが雄叫びをあげ、全身の力をためると、カヴラの体から緑がかったソウルの光が燃え上がり、黒いベールに包まれ、みるみると巨大になっていき、先ほどの人間の姿から異形のものへと姿を変えていく。
そして現れた姿は直球で言えば、蛇に人間の腕がついたような姿。上半身は緑色の凸凹した爬虫類独特の鱗を持ち、大きなお腹が広がるキングコブラの胴体そのもの。
先ほどの人間の体格とは比べものにならないほど体は大きく、更に、丸く広がっていた。
下半身から両足は先ほどよりも小さくなっているようにも見える。上半身が大きな蛇の胴体である時点で。
更に、蛇の尻尾がそのまま尻からしなやかに生えており、キングコブラの胴体に二つの緑の球体が肩の部分に連結し、そこから太い腕が伸びている。
「シャァァァァッ!!! これがキングコブラ人間の能力を持つオレの本気の真の姿だ!!! 腕力、握力、筋力、そしてこの胸の筋肉!! パワーは何もかも倍!! 倍以上だ!!!!」
同時に体の各筋肉に力を入れ、その強大さをアピールするカヴラ。
「な、なに……この人……! 普通の人間が怪物に……!」
その変貌した姿に私だけでなく歩美も驚愕させた。歩美は足が震えている。歩美は見るのが初めてなんだろう。
コイツもサソリのスコルビオンと同じく、まさに正真正銘の化け物と言うに相応しい姿をしている。だけど、ジーナさんはその恐ろしい化け物を見ても何も動揺する事もなく、凄まじい変身を遂げた彼を剣を構え、鋭い目で見たままだった。
「おやおやぁ、よそ見してる暇があるんですか? 藁の機銃!!!」
スケアクロウの放つ無数の藁の針が私の背後から襲いかかる。が、私は恐れない。
「零さん、避けて!! 危ない!!!」
歩美の叫び声が聞こえた直後、私はそっと振り返り、武器を交差させ、先ほどの光の壁を張り、藁の針を残らず無効化した。
「ホーウ、攻撃を読む余裕は作っておいたようですね」
「言ったでしょ? スケアクロウ、今度は負けないって……必ず……あなたを倒す!! 今度はこっちの番よ」
私は両手の剣を構えて、スケアクロウに宣言する。歩美と1000万円を巡る戦いの最終決戦が今、始まろうとしていた。




