第21話 家族
「教える事は二つよ。一つが歩美の居場所、そして、もう一つが……1000万の受け渡し方よ。耳の穴かっぽじってよーく聞きなさい!」
こちらに情報を提示し、命令してくる黒咲。
とにかく、今分かる事は彼女が属すダークメアという犯罪組織はスケアクロウと組んでいる事。ダークメアとスケアクロウの具体的な関係はまだ分からない。
上下関係にあるのか、それとも対等な友達のような関係なのか……どちらにしても歩美の居場所、1000万の事を知ってる辺り、この事件に深く関わっていそうだ。
「その1000万円、どのようにして渡せば歩美さんを開放しますか?」
「チッ……せっかちねえ……これから話そうってのに……」
「いいからさっさと教えなさい!!」
フォルテシアさんの問いに対して、苛立つ黒咲。
でもこれまでにない大きな勇ましい声でフォルテシアさんは彼女に追及した。今まで冷静だったフォルテシアさん。こんな声を出すのを見るのは初めてだ。
「あー、はいはい」
黒咲は右手を上下に振って視線を逸らしてあしらうと、両手を腰にあてて、再びこちら側に視線を向ける。
「でもそれって凄い簡単な話よ。スケアクロウの所にそこの眼帯女……銀髪の子が一人で1000万円きっちり、現金で指定の場所に持っていけばいいだけ」
黒咲は私を右手で指差した。
「わ、私が!?」
突然、指名されて、私は思わず目を丸くした。私が……身代金を……?
「そう、JGBに持って来させたら、色々とメンドーなの」
「どうして私なの?」
私は強い口調で黒咲に訊いた。
「スケアクロウがアンタなら早く済むから~、だって」
他人事のように振舞って返す黒咲。
やはり私が弱いからだろうか……くっ……
「ちょっ、怖い顔しないでよ!! あたしの裁量で決めたわけじゃないわ!! 文句ならばスケアクロウに言ってよね!!」
私の顔を見て、両手を前にやって少し後ずさった後、急に眉をつりあげて責任をスケアクロウに押し付け始めた黒咲。
「とにかく! 現金1000万円渡せばあなたのお友達は返すわ。場所は浅草の隅田川近くにある国枝ビル。今頃スケアクロウはそこで、歩美と一緒にあなたを待っているはずよ」
国枝ビル……名前は初めて聞くけどそこに歩美もきっと……
「それじゃ、浅草に来なさい。またね!」
挨拶をして黒咲は身を翻して、どこかへ去っていく。だが、途端にすぐに足を止め、
「あ、最後に……」
何かを思い出したのか、黒咲は右手人差し指を立てて、再びこちらに向き直る。
「今日の十九時までに持ってこないと、あなたの友達――歩美はとーんでもない事になっちゃうわよ」
「と、とんでもない事!? 一体どんな?」
私は気になってイタズラな笑みを浮かべる黒咲に訊いた。まさか、殺されてしまう事はないんだろうか。
「そうねぇ、ハッキリとは言えないかなあ……でも一つ言える事は、オトナなコトよ♪」
「お、オトナなコト……」
楽しそうに言う黒咲に思わずオウム返しで返してしまった。オトナなコトがなんなのかは分からないけど……そんな事は絶対にさせない。
「あと、最後に。あなた一人で来ないとその瞬間、友達だけじゃなく浅草が丸ごと火の海になるように細工してあるから絶対一人で来てね。勿論、浅草って分かったからって大勢で突っ込んで来るのも無しよ♪」
「浅草に一体何をしたのですか!?」
フォルテシアさんが真っ先に激高して食いつく。浅草が火の海になる? どういう事だろう。
「それは言えないわよ。面白くないもん。で~も、そのまんまの意味よ。ボーン!! だよボーン!!」
ボーンと爆発を両手のジェスチャーで面白おかしく表現する黒咲。
「とにかく、こちらの要求に従わないなら関係ない人達にも危害が及ぶ事になるわよ。今日、土曜日だから、最高でハッピー! な休日が場合によっては最悪な休日に早変わりしちゃうの♪」
「あ、勿論非常事態を発令して避難を促しても浅草はその瞬間、火の海になるわよ♪」
「くっ……」
右手人差し指を立ててウィンクする黒咲に、フォルテシアさんは軽く舌打ちをする。
「じゃあねー。浅草にやってくるのを楽しみにしてるわ!」
そう言い残して軽く左手を振り、黒咲は後ろに去っていく。
「逃がしません!!」
フォルテシアさんがすかさずそんな黒咲の背中めがけて、どこからともなく取り出したナイフを一本、右手で手裏剣のように真っ直ぐに投げつけた。
「あーらよっと♪」
ドバァッ!!!!!!!!!!!!
すると飛んできたナイフを黒咲は右手を前にかざして出てきたあるモノが防ぎ、相殺した。その際、黒咲の右手の掌が禍々しい黒緑色の光に包まれていた。
そのあるモノは空中でコナゴナに飛び散り、ナイフも一緒に緑色の肉片のようなモノが私達の目の前の地面に落ちる。
ナイフとぶつかり、互いに相殺して砕け散ったモノ……
そのあるモノは黒咲の掌から素早く顔を出すように伸びて出てきた緑色で黄色いトゲトゲがついた太い一本。
「イバラ!?」
そう、イバラが掌から顔を出してナイフを迎え撃った瞬間、私はそのままその名前を声に出した。
緑色で太く、トゲトゲなイバラ。それがナイフによって打ち砕かれ、またイバラもナイフの飛ぶ威力を無くす事に成功した。
飛び散ったのはイバラの欠片。太いイバラは黒咲の右手の掌から先端を尖らせて素早くニョキニョキと伸びて現れた。
「あははっ!! あたしはダークグリーンのソルジャー。イバラは全てあたしの思うがまま♪」
ダークグリーン……先ほどの光も緑と黒が混じった色だった。名前のダークも、まるで彼女とダークメアという組織をそのまま表しているかのようだった。
「悪いけど、ここでアンタとバトるのは分が悪すぎるわ。っていうか、アンタとまともに戦って敵うわけないしー。じゃあねー!!」
黒咲は不意打ちされても余裕な口調で、かつ因縁の目をつけ、そう言い残して去っていく。今度こそ身を翻して高く後ろへ向かってジャンプ、早々に姿を消した。
たぶん、座っていた駅地下への階段の上を覆うガラス張りの四角い屋根の上の向こう側へ降りて走って逃げたんだろう。
敵うわけないと敵から言わめるフォルテシアさん。ナイフだけとはいえ、相手から恐れられるほどのより強い力があるんだろう。
JGBの長官であり、関東四天王と呼ばれている以上、本気で戦うと凄い強いに違いない。
「仕方ありません。零さん、ちょっとついてきてくれませんか? 車の中で話しましょう」
フォルテシアさんはそう言った後、車のある方向へと歩きだした。ジーナさんは黙ったまま、私の傍でフォルテシアさんの方を向いている。
「フォルテシアさん。まさか、1000万のある場所へ?」
私はフォルテシアさんの背中に問いかけた。
「ええ、昨夜のうちに要求額の1000万円、我々の方で用意しました。詳しい事はそこで話します。どうやら、あなたを重要参考人で連れてきて正解だったようです」
フォルテシアさんは背を向けたままで答えた。なんだろう……そう言われると少しだけ嬉しい気がする。
するとフォルテシアさんは私の方へ振り返った。
「が、申し訳ありません、零さん。言い訳になるかもしれませんが聞いて下さい」
「歩美さんのスマホを使った奴が起こすアクションへの対抗策として、あなたを連れてきたとはいえ、こんな事に巻き込むつもりはなかったんです。が、こうなってしまった事をお許し下さい……」
帽子を外し、頭を下げて私に謝ってくるフォルテシアさん。
「いいえ、そんな……」
別に謝らなくても……結果的に私がここにいた事で向こうの要求にすぐに答えられるなら良かったんじゃないだろうか。
「……これで良かったと思いますよ、フォルテシアさん。やっと歩美を助ける方法や場所が分かったわけですし」
「それならばいいのですが……」
フォルテシアさんの思いは複雑そうだ。もしかしたら、私を連れてくるのもやむを得ない気持ちだったのかもしれない。
フォルテシアさんも私を巻き込む事は内心では平然と出来ない感じなんだろう……
「ではジーナ。例の場所へ車を出して下さい」
「はっ」
その後、私達三人は元の車へと戻り、ジーナさんが運転する車は車はある場所へ向けて青いサイレンをつけ、発車した。
フォルテシアさんが言う、例の場所とは恐らく1000万がある場所だろう。
スマートフォンの時計を見ると既に時刻は十三時半を少し過ぎていた。早い、恐ろしく早い。
そういえば、お腹空いた……時計見るとグッと今まで忘れていた心身的な疲れが出てくる。勿論、朝ごはんも食べてない。
だけど、歩美が危ないんだ、根を上げてはいけない。フォルテシアさん達にも迷惑がかかる。あとは私がお金を渡して歩美が助かるならば、それで全て解決だろう。
車が動き出してすぐにカーナビ近くのラジオから女の人の声が聞こえる。折原さんとは違う人のようだ。
「こちら諜報部!! 新宿の各所に現れたダークメア、少しずつ姿を消しています」
どうやら、新宿でJGBの足止めに現れたダークメアは徐々に撤収を始めているようだ。
フォルテシアさんはスマートフォンを取り出す。
「サカ、これから言う事は全体にも通達して下さい……」
フォルテシアさんはサカさんに先ほどあった事を話している。非常に小声で話しているためか、会話はこちらに聞こえない。
「ええ、ええ……後で会議を。捜査員には今から警戒を怠らずにカモフラージュの準備をお願いするよう伝えて下さい。浅草には指示があるまで近づかないようにお願いします。最寄り待機を。また、警視庁から爆弾処理班の要請を……」
状況を説明し、次々と忙しく指示を下すフォルテシアさん。浅草に向けて、JGBも準備を進めているようだった。
一通り、連絡が終わり、車内が静かになると、話題は先ほどのお金の話になる。
黒咲が言っていた、『浅草を火の海にする』というのはフォルテシアさんが曰く、読んでそのまま彼女も言っていた通り、爆破テロの事だという。
受け渡し場所に私と誰かが行ってスケアクロウと対面した場合、あるいは十九時までの期限を守れない場合、浅草は火の海となる。
浅草に大勢で乗り込んだ場合も決行する手筈になっている。だからJGBも警察も敵に素性がバレてはいけないので私服だとかカモフラージュ工作をして対策するようだ。
当然、非常事態の発令などはもっての他だ。失敗すれば、もう一巻の終わり。
爆破テロも浅草中に仕掛けられた爆弾を一斉にまとめて爆発させるものなのだろう。そう考えるとスケアクロウも歩美を誘拐する直前から用意周到にJGBの目を掻い潜って動いていたんだろう。
私も、お金を渡す事になるゆえにこの手に歩美と浅草中の人の命を賭ける事になる。絶対に失敗してはいけないと肝に銘じる。お金を渡すだけで済めば一番いいけど油断は出来ない。
しかし、フォルテシアはその説明の後、ハッキリと最後にこう言った。それはとても念入りにこう言われた言葉だった。
「相手の要求は1000万円。つまり、1000万円さえ渡せば、歩美さんにも浅草にも何もしない可能性が高いという事をよく覚えておいて下さい」
ダークメアの登場や浅草に行くとかの話と時間の経過で一気にグッと疲れてきた私。
先程までに詮索を通してフォルテシアさんと話をする気は薄れていた。そんな私にフォルテシアさんの方から口を開いた。
「零さん、我々も最後まで全力で身代金受け渡し人となったあなたをサポートします。言いにくいのですが、現金の受け渡しだけはお願いします」
隣に座っているフォルテシアさんは再び帽子を取り、それを胸にやり、深々と頭を下げた。やはり市民を守る公務員として、民間人である私に頼む事がどうしても許せないのだろう。
ここは、フォルテシアさんのやるせなさを拭ってあげるべきかもしれない。私や歩美よりは年上だけど、どんな立場でも女の子なのは変わりないはずだ。
「頭を下げないで下さい、フォルテシアさん。私だって、覚悟はできています」
「零さん……」
「スケアクロウは確かに強敵です。しかし、私がやらないと歩美は助からないですし、浅草の街だって危ないです」
そう言い切った私は歩美との関係をフォルテシアさんに話そうと決めた。
「歩美は、私の親友であると同時に命の恩人なんです。私がいじめられて泣きついた時、歩美は助けてくれました。唯一助けてくれたのも歩美でした」
「そうだったんですか……」
初耳な顔をするフォルテシアさん。諜報部にもさすがにそこまで調べられはしなかったようだ。
「それだけじゃありません。私は一度、いじめの日々が続く中で右目を失ってすぐに自殺を考えた事がありました」
「一生右目が見えなくてまたいじめられるなら、不自由なら死んでしまいたいと思いました。右目を失った時はショックで死んでしまいたいと……思っていました。けど、歩美が私を助けてくれました。二人で行こうって言ってくれたんです。ずっと……」
話してる最中、発言する言葉に内心迷う。だけど、歩美とのこれまでの記憶から、すぐに脳内から言葉を拾っていく。
「だから、歩美を助けてまたあの日常に帰りたいんです。フォルテシアさん、私にやらせて下さい」
「零さん……」
フォルテシアさんも話を欠かさず聞いていた。
だけど、どこか驚いた様子だった。顔を見てると初めて聞いたような顔をしている。するとフォルテシアさんは少し黙った後、すぐに真剣な顔を取り戻して、
「分かりました。零さん、あなたの気持ち、私にも伝わりました。力を貸してください、事件を終わらせるためにも」
「は、はい!!!」
帽子を再びかぶり直したフォルテシアさんに私はキチっとした声で返事をした。
そういえば、帽子を脱ぐ度に目についていた事だけど、帽子無しのフォルテシアさん、女の子らしくて可愛い。
後ろの金髪が凄い綺麗だ。私の長い銀髪とは対象的。
なんか憧れという物を感じてしまう。こんなに綺麗になってみたいなって。
「どうかしました?」
じーっと横からフォルテシアさんを見てるといきなり、逆に尋ねられた。
「い、いえなんでもないです!!ただ帽子取ったフォルテシアさん、可愛いなって……」
私は慌てて目を逸らした。
「あ、ごめんなさい! 気に障る事なら謝ります」
思背筋が固くなり、思った事が出てしまった私。慌てて両手を前に出して謝る。うう……
「ふふっ、そうですか。ありがとうございます」
「が、あまりこういう時は言わないで下さい……公務中です。調子が狂います……」
微かに可愛い笑みを浮かべ、ちょっとだけ照れくさく困惑するフォルテシアさん。怒るかと思ったけど優しい。良かった……
私とフォルテシアさんを乗せたジーナさんの運転する車は、そうこうしているうちに目的の場所へと到着した。
そこは新宿の街から少し離れた場所にある、JGBが持つ建物だった。
四階建ての大きくて白い建物。事務所みたいな所だった。ここは街外れなのか、高層ビルや歓楽街のような賑やかな感じじゃない。
建物近くには大きめの公園があり、都会では珍しい森のエリアがあった。
そんな森のエリアの近くにこの建物はあった。入口の駐車場に車を駐め、私達三人はフォルテシアさんを先頭に玄関まで歩いていく。
私はてっきり合同捜査本部へ行くのかと思っていた。が、ここはとても捜査本部にしては静かだ。もっとこう、人の出入りが激しくてもおかしくないはず。どこだか分からない、見知らぬ場所だった。
「ここは代々木の合同捜査本部じゃないんですか?」
「あちらは警察の人間も出入りしていて騒がしくてとても落ち着いて話が出来ません。この近くには東京支部もありますが、あちらも騒がしいでしょう。なのでこちらの東京支部管轄の事務所を選びました」
「それと、ここへ連れてきたのにはもう一つ理由があります」
こちらを向かず、フォルテシアさんは私の前を歩きながら語る。
「理由?」
「はい、被害者である歩美さんのお父様が休日ご多忙の中、こちらにて、娘さんが救出されるのを待っています。今朝、大阪から戻ってきたばかりのお父様をJGBの者がここに誘導しました。あなたが彼女のお友達ならば、一度お話をされてみてもよろしいかと」
そう言うとフォルテシアさんは立ち止まり、腕を組んでこちらを振り向く。
「これは強制ではありません。任意です。あなたが嫌と言うのであればそれも良しです」
静寂の中、吹く風の音、そして郊外の道路を通る車の音が聞こえてくる。
一瞬迷ったけど、ここは会ってみようと思った。歩美とはいつも話してても唯一の家族であるお父さんの方とはお話した事が一切なかった。
それに一人娘がさらわれて心配してるに違いない。ここは彼女の親友である私が会って、話をするべきかもしれない。というか、会ってみたいという興味が湧いた。
「会わせて下さい。ちょっと挨拶をしてみたいです」
私は決意の眼差しを真っ直ぐにそう言い切った。
「分かりました。私は1000万円を用意しますのであなたはジーナと共にお父様の部屋へ行ってください」
私とフォルテシアさん、ジーナさんは事務所の中へ入ると玄関口で二手に分かれた。フォルテシアさんは右側へ行ってすぐにあった階段を上っていくと私はジーナさんに連れられて、左の方へと歩いて行った。
中は壁も白く、床は少し緑がかっていて、事務所らしく着飾らない雰囲気に包まれている。学校の雰囲気にちょっと似ている。
そして、歩美のお父さんがいるであろう、白いドアの前まで来た。
ジーナさんは私に待ったをかけ、
「ちょっと待っていてくれ。君の事を私が話して、本人の了解を得てくる」
ジーナさんはそう言って、一人で目の前のドアを小さく開けて入っていった。
そして、すぐにジーナさんが扉を開けて出てきて、
「入っていいぞ。君と少しだが話がしたいのだそうだ」
そう、部屋の中に誘導されると、私は部屋へ入った。茶色い長方形テーブルが真ん中に縦にあり、左右に4つ長い椅子が置かれている。
そして、左奥の椅子に座り、その人は待っていた。
白髪交じりの髪をしている短髪で眉毛も太くて、ちょっとおでこにしわがあって、口元に白髪交じりのヒゲを生やしている。
いかにも大企業のオフィスの偉い席に座っていそうなおじさんが座っていた。
黒いスーツに濃い赤いネクタイをしている。
大人の威圧感というか、落ち着いた渋い雰囲気を感じて、少し緊張する。
「君が……うちの娘の友達かい?」
「はい、黒條零といいます。歩美のお父様ですか?」
「ああ……いつも一人にさせてしまっている娘が世話になってるようで」
「いえ、私も……歩美には色々助けてもらいましたから……」
私は精神を落ち着かせて、緊張感を抑えて挨拶した。話してみると、怖そうに見えて、大人しくて貫禄がある優しいおじさんかもしれない。
「この前も、娘の歩美が暴漢に襲われた時に助けてくれたのも……君だったんだよね?」
暴漢というのはたぶんシーザーの事だろう。歩美、きっとお父さんが久しぶりに家に帰ってきた時は私とあった色んな事を話してるのかもしれない。
「はい、怖かったですけど、暴漢は何とか私が撃退したんですよ」
「そうなのかい、ありがとうよ……まさか歩美も君のような勇敢な子と友達になってるとはね」
おじさんは私に笑顔で、にこやかにお礼を言った。
「私はいつも忙しくて、仕事で色んな所へ行くから、いつもあの子を家で一人にしてしまう……」
「たまに帰ってきて、一緒に娘とご飯を食べたりして家で過ごすぐらいしか時間を作ってやれないんだ……君のような友達がいてくれれば、間違いなく歩美も喜ぶだろうね」
「いえ、そんな……」
何だか……照れてしまう。
歩美のお父さん……仕事で一緒にいる時間が少なくても歩美の事を大切にしてるんだな……
「ところで君、その目は大丈夫なのかい? まさか暴漢に……」
おじさんは私の白い医療用の眼帯で包まれた右目を心配そうに指差した。ああ、おじさんは知らないんだ……
「いえ、学校のトラブルでこうなったんですが、歩美が助けてくれて……右目は見えないですが、今はもう慣れてます」
「片目が見えないと毎日大変じゃないのかい?」
「いえ、歩美が毎日助けてくれるんですよ。隅から隅まで……私はあんな友達がいて、幸せだと思います」
「そうか……あの子はそこまで君を……あの子は素直な子だ。君のような親しい友達が出来て、あの子もきっと嬉しく思ってるよ」
おじさんは笑みを浮かべながら言った。
本当はもっとお茶でも飲みながらゆっくり話をしたいけど、今は時間がない。
だから……
「歩美のお父さん、私、行きます。歩美を助けて戻ってきます。私、犯人から身代金を持ってくるように言われてるんですよ」
おじさんの目を真剣な眼差しで見て、私はそう言い切った。
「そうなのか……すまない……歩美のために……」
おじさんは申し訳なさそうに言った。
「君どころかJGBや警察も巻き込んで……大変だろうけど、気をつけてね。君と歩美の無事に帰ってくるのを待ってるよ……」
「はい、お父様。それじゃ、また」
私はドアの前まで行って、また再び振り返って、歩美のお父さんに一礼して部屋を出た。部屋を出るとそこには壁に背中をくっつけて腕を組み、ジーナさんが待っていた。
「もういいのか?」
「はい……」
「ならば来てほしい。長官が1000万円持ってあっちの部屋にいる。作戦会議だ」
ジーナさんは右手の親指で廊下の向こうを指差し、歩いていった。私はジーナさんと共にフォルテシアさんの待つ部屋へと向かった。
歩きながら、歩美のお父さんの事を思い出す。歩美のお父さん、凄く良い人だった。私にはお父さんもお母さんもいないけど、叔母さんやお義父さんがいてくれた。
ちゃんと本当のお父さんがいる歩美は私よりも幸せだと思うし、だからこそ、私と出会う前も私よりも家では裕福な生活が出来てたんだと改めて思った。
でも、いくら裕福でもお父さんが忙しく、あの大きな家でいつも一人で寂しさを感じていたに違いない。
だから歩美は私と一緒にいたくて、私が目を怪我した後もほぼ毎日家に来てくれたりしたのかなあ。
私は叔母さんから生前のお父さんお母さんの話や写真を見せてもらったけど、話した事は当然、一切ない。
だけど、ひとつ分かるのは、どちらも娘思いで明るい親だった事だ。叔母さんがそう言っていた。
私が家族の事を思えるのは、やっぱり叔母さんの存在が大きいのかもしれない。叔母さんが寂しくないように面倒見てくれたし、お父さんお母さんの事を聞かせてくれたから、今の私がある。
歩美だってそう。あのお父さんがいるから、会社を継ごうと思ってるんだと思う。
仕事でかなり家を開ける事はあっても、歩美の事を常に大切にしていたんだろう。大切にされたから、歩美も家族を思う事が出来るんだろう。
歩美、もう少しだけ……待っていてね。もうすぐ助けに行くから……




