第20話 救出へ
私とフォルテシアさんを乗せ、ジーナさんが運転する車は再びサイレンを鳴らし、猛スピードで新宿へと走行する。もう既に時刻はお昼を過ぎようとしていた。あと、一時間程度で新宿に到着する。
車が偽スケアクロウを仕留めた場所から発車して間もなく、私が歩美に送信したメールの返信があった。その際の歩美の返信はこうだった。
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From: 歩美
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添付ファイル: 無し
ひがし
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ひがし……東口だろうか。どのような状況かは分からないけど、東口に歩美がいるのだろうか。もしかしたらスケアクロウの隙を突いて、どうにか脱走してスマートフォンを使ったのかもしれない。
「東口ですか。ジーナ、新宿駅東口へ向かって下さい」
それを聞いたフォルテシアさんは車を運転するジーナさんに新宿駅の東口を目指すよう指示を出した。
「了解!」
ジーナさんはハンドルを切った。
「折原部長、歩美さんのスマートフォンの特定はいかがですか?」
「はい。ええ、ええ……そうですか……」
続けて、フォルテシアさんはスマートフォンで歩美のスマートフォンのGPSから歩美の居場所を割り出す作業について諜報部の折原さんに訊き、状況を聞いていた。
そうですか……という沈んだ口ぶりから、歩美の居場所がまだ分かったわけではないようだ。
「こちら東京支部第二部隊!! Aのスケアクロウを撃破!! 偽物でした!!」
「こちら総本部第一部隊!! Cのスケアクロウを撃破を確認!! 本物ではありませんでした!!」
「こちら東京支部第三部隊!! Dのスケアクロウを全滅!! くっ、偽物でした……」
「こちら総本部第三部隊!! Eのスケアクロウを撃破!! 偽物……!」
一方、他に回っている捜査員の人達によるカーナビ近くのラジオから無線連絡が次々と流れる。
続々とスケアクロウの撃破の報告が届く。ただ、やはりというか、どれも私達が仕留めたものと同じく偽物だったようだ。
「手の空いた者は速やかに新宿に急行するよう伝えて下さい!! サカ!!」
フォルテシアさんはスマートフォンに耳を当てて、指示を下す。
車が走り出して、しばらくは忙しい車内だったけど、やがて静かになり、サイレンの音と猛スピードで走る車の走る音しかなくなった。
するとフォルテシアさんは前を見ながらそっと口を開いた。
「零さん。あなたが襲われたスケアクロウ……どんな人物か知りたくありませんか?」
「え……?」
「せっかくです。余計な事ならば流してくれて結構です。ですが、この世界を殆ど知らない、何も知らないあなたは知っておいた方がいいかもしれません……」
「いえ、教えて下さい。耳を傾けていますので……」
せっかくだ。この世界をよく知るのにはちょうどいいかもしれない。たとえ余計な話でも……シーザーの言っていた四天王とかそういう事も何か分かるかもしれない……
「分かりました」
するとフォルテシアさんは静かに話し始めた。
ドレッド・スケアクロウはイギリスのイングランド出身。本名はドウェイン・ファラー・エッカード。
七年前、当時イギリスで名をはせ、現在は四天王の一人に数えられるソルジャー、牙楽と肩を並べた一人。
恐怖の案山子という意味を持つ、『ドレッド・スケアクロウ』と恐れられ、やがてその名を名乗ったという。
牙楽とは現在でもそれなりに親交があるようで、事件を起こす数日前に二人で高級料理店で会食する姿が捜査員によって目撃されている。
遠く離れたイギリスでの経歴もあって、日本に姿を現した時から牙楽と同等の実力者と目されているという。
スケアクロウと牙楽、両者がなぜイギリスから日本に渡ってきたのかはフォルテシアさん曰く、不明。
ただ、牙楽の方が日本に渡ってきたのが先であり、この関東で名を上げ始めたのも牙楽が先。スケアクロウは最初は関西の方で活動していて、二週間前に大阪で爆破テロを起こそうとしていた。
だが、駆けつけたJGB関西本部の本部長、織田英雄と交戦になり、土壇場で上手く逃亡して、今まで消息を絶っていた。
だが、厳密にはその後、東京の高級料理店で牙楽と会食したほんのわずかな時間が最後の目撃情報であり、以降は今回の事件を起こすまで完全に消息を絶っていたという。
JGBも関西での事件以降、主犯のスケアクロウを追いかけていた。しかし、牙楽と会食をした際は彼ら二人とまとめて戦えるほど強い人が追っていた捜査員の中におらず、迂闊に手が出せなかったという。
まさかそんな事があったなんて……私の意識が病院で戻る直前にフォルテシアさんがしていた関西の話と繋がった。
もしかしたら、スケアクロウも、その牙楽の影響もあって今、日本にいるのかもしれない。両者が執着あるライバルで、その相手が日本にいるのならば、行ってみたくなるものなのかも。
また、その牙楽も数えられる四天王という存在……
「――その名は、関東四天王」
フォルテシアさんの口はハッキリと明言された。
「関東……四天王……」
私もその名前を戦慄のあまり呟いた。シーザーも言っていた四天王という存在……それが関東四天王……フォルテシアさんは話を続ける。
関東四天王。それは最近ソルジャー達の間で自然に生まれた枠組みの事で、その枠組みが生まれた経緯としては去年に遡る。
去年、2036年……私が今の中学に入学し、歩美と出会い、充実した幸せな毎日を送っていた頃だ。
その頃、ずっとこの関東のソルジャー界は岩龍会という関東全体に名を轟かせる強豪ソルジャー達が中心となった一大勢力が実質支配下に置いており、猛威を振るっていた。
しかし、それでも彼らと戦う者がおり、彼ら対抗勢力との抗争が日々勃発し、長い抗争の末に岩龍会は壊滅、その抗争に関わった中に今の四天王と呼ばれる四人がいたという。
と、ここでフォルテシアさんは一旦、過去の話を中断した。
「……零さん、落ち着いて聞いて下さい」
「えっ……?」
「怖がらないで聞いて下さい。実は零さん、私も……その関東四天王の一人なんです……」
「えっ……! 牙楽と同じ……?」
「はい、牙楽と同じ、私はJGB長官であると同時に……関東四天王に数えられているのです」
フォルテシアさんはとても言いにくそうで俯きながら真実を明かした。聞いた瞬間、私の心は戦慄した。
シーザーが四天王の事を言っていたけど、私が思っていたイメージとはだいぶ違った。
もっとこう、見た目も怪物のように恐ろしくて、見ただけで震え上がるような……四人ともそんな風貌だと思っていた……
だけど、JGBの長官を務め、見た目からは想像も出来ないほどハードな事も淡々とこなすこの人なら、四天王の器に収まるのも納得かもしれない。
が……一体、どうやって選ばれたのだろう。
「なぜ……どうして、四天王に数えられたんですか?」
「分かりません」
フォルテシアさんは首を横に振った。
「さっきも述べた通り、関東四天王はソルジャー界が勝手に盛り上がって、それで自然と生まれた枠組みです。誰が明確に選んだとか、そういう事は分からないのです。が、抗争の時、私もJGBを指揮して戦ったのは事実です」
「無論、私も治安のために他の四天王とも、関東四天王という言葉が生まれる以前から何度か戦った事があります」
「が、四天王の残りの二人……その二人は岩龍会との抗争の中で頭角を現し、大切なモノのために岩龍会に戦いを挑んでいました……」
「そしてそれが抗争の火種となり、やがて波紋を呼び、更なる抗争を生み、岩龍会の壊滅、ひいては四天王の誕生に直結したのです」
「他のならず者のソルジャーと違って、彼らは他のソルジャーとの間で騒動こそ起こすものの揺るがない信念がそこにはありました」
「誰なんですか? その二人は……」
私はそれが誰なのかを訊いた。
「一人は華美風翔也という男です。もう一人は彩園寺勇子……私と同じく、女性で四天王に名を連ねています」
華美風翔也と彩園寺勇子……名前だけでも強そうで、風格を感じる。
「あ、因みに牙楽は男です」
思い出したように付け加えるフォルテシアさん。その様子はどこかユニークに感じた。
「その牙楽と華美風と彩園寺……そして私、フォルテシア……私も含めたこの四人を総称し、畏怖の念をこめて周囲から関東四天王と今は呼ばれているのです」
華美風という苗字は非常に珍しい。彩園寺もだけど。ただ、華美風という苗字は私は小六の時に聞き覚えがあったりする。
ある日、学校から帰ると叔母さんが誰かと電話していて、その相手がカミカゼさん。電話の内容はハッキリと分からなかった。
廊下でリビングから名前が聞こえてきて、ちょうど話が終わってしまったから。
叔母さん曰く、昔の知り合いで、私も含めて子供が多いこの家に陰ながら資金援助をしてくれてるとか。それ以来、私の頭の中にずっと残っている。が、日常生活の中で聞くとそれほど珍しい苗字でもないのかもしれない。
牙楽、華美風翔也、彩園寺勇子……そして目の前にいるフォルテシアさん……四天王はどれぐらい強いのか……きっと今の私よりもワンランク、ツーランク上だろう。
とにかくソルジャーの世界の広さを感じるしかなかった。
シーザーも四天王の座を狙って奮起していたようだけど、たまたま私よりもワンランク強い相手でしかなかったのかもしれない。
もしも、もっと強いソルジャーが相手だったら間違いなく私は負けていたし、歩美も助からなかっただろう。
スケアクロウは少なくともハサミだけのシーザーなんか比べものにならないほどに変則的な技を使っていた。
藁を使ったマシンガン攻撃や案山子のモンスターを作ったり、また自身の身代わりを作り出したり……
挙げるだけでもまだまだ奥の手があるような気がしてならない気がする。
経歴からしても、相当な実力者だ。
牙楽がどういう人でどういうソルジャーなのかは知らないけれど、四天王に数えられている人と昔、肩を並べていたってだけでも凄い事だと思う。
よくスポーツの世界でも学生時代に競い合った二人の野球選手が揃ってプロ入りし、それぞれ別チームのスター選手になって、また競い合っているようなものだ。
いくらJGBでも、歩美を助けるのも簡単じゃないかもしれない。また、戦う事になるならば、JGBとはいえども苦戦を強いられるかもしれない。
そうやって、話をしているとあっという間に私達の乗る車は新宿の歓楽街の中へと突入していた。
高層ビルに歌舞伎町と呼ばれる煌びやかな街やゲームセンター、多数の映画館、カラオケ、レストランや居酒屋……などなど、とにかく娯楽にあふれた場所。
歩美とも春休みに遊びに来た事がある思い出の場所だ。
思えば、私がシーザーに目をつけられたのもこの街からだった。人がたくさん溢れるこの街にはシーザーのような、四天王やJGB以外のソルジャーもたくさんいるのかもしれない。
様々な大きな建物が建ち並ぶ道路をたくさんの車をサイレンで避けながら全力前進で目標の東口に向かって車は走る。
東口は確か、春に歩美と新宿に遊びに行った日に通った事がある。近くに大きな電化製品店があり、バス停がある場所だ。
また、地下のショッピングモールと駅に続く階段がいくつかある場所だ。東口はもうすぐ。もうすぐだ。歩美……
そんな時だった。
フォルテシアさんのスマートフォンが鳴った。
すかさず、フォルテシアさんはスマートフォンに出て、右耳に当てる。車の中ゆえに通話音が微かだが聞こえてくる。
「こちら、フォルテシア。どうしましたか? ヴィル?」
「おう、新宿に到着した所だが、厄介なのが待ち伏せてやがった……フォルテシア。ダークメアの連中だ。明らかにこちらを待ち伏せていたようにヤクザ共が銃やら鉄パイプやら持って歩道で待ち構えてやがる」
「ダークメア……! こんな時に……!」
「ダークメアだと!?」
車を運転するジーナさんは一瞬、首をこちら側に向け、その名前に大きく反応した。
「ヴィル、周辺の市民の安全を確保した上で対処を!!! 身柄は可能な限り確保して下さい」
「言われなくとも、そうさせてもらう。バカの手先どもが……殲滅させてやる……!」
フォルテシアさんは通話を終えるが、休む間もなくスマートフォンが鳴り、フォルテシアさんが出た。
「こちら、フォルテシア。アークライト、どうしましたか?」
「長官~、今もうすぐで新宿なんですが、ダークメアです!! 傘下と思われるゴロツキの集団がこちらを邪魔するように正面で陣取ってます。いかがしますか?」
またしても、助け舟を求める声と共に突然出現したダークメアによる妨害報告が舞い込んだ。ダークメアって一体なんだろう……?
チンピラ……ゴロツキ……とにかく嫌な響きしかしない。
「アークライト!! 周辺の市民の安全を確保し、対処を!!! 身柄は可能な限り確保して下さい」
「り、了解!!!」
通話を終えた瞬間、私はフォルテシアさんに気になってその事を尋ねた。
「フォルテシアさん!! ダークメアとはなんなんですか?」
「……犯罪組織です」
「犯罪組織!?」
フォルテシアさんがやや鋭い口で一言で言った言葉に私は思わず、突っ込んだ。怒りがこもった言葉にも聞こえた。
「それも普通の暴力団とは違う、ソルジャー達が率いる犯罪組織です。彼らに与するヤクザやチンピラは皆、彼らに従う兵隊のようなものです」
「……と、今はゆっくり説明している暇はありません」
フォルテシアさんは前へと顔を向けて、
「ジーナ、急ぎ東口へ向かって下さい。敵に見つからないうちに。確かめましょう、歩美さんが無事かを」
「了解!!」
ジーナさんが気合の入った返事をすると、車は猛スピードで目の前の交差点を左折、更に真っ直ぐ進んだとこを右折、そうこうしているうちに前に通った事がある東口へと到着した。
この東口はちょうど、他の入り口と違って見通しが良く、人混みばかりではない。記憶通り、近くに大きな電化製品店がある。
地下のショッピングモールと駅に続く階段も二ヶ所あり、ガラス張りで階段は入口以外を四角く覆っている。
バス停もある他、タクシーなどの車を停車させる場所もある。
車はちょうど歩道に面している所に停車し、私とフォルテシアさん、ジーナさんはそこから飛び出して歩美を捜しに辺りを調べ始める。
もう既に昼過ぎの時間帯で、太陽が雲に隠れていて、辺りは日がささない影に覆われていた。
だけど、辺りを見回しても、歩美らしき人物が見当たらない。私はすかさずスマートフォンを取り出して歩美にかけてみる事にした。
もしも、この場所にいるのならば、出られるかもしれない。それを願って私は歩美に電話をかけた。
おかけになった電話は――ガチャ。
通じなかった。どうしてだろう。さっき最初のメールが来た時と全く同じだ。
「通じませんか?」
フォルテシアさんが近寄ってきて横から私に尋ねる。同時にジーナさんも近づいてくる。
「はい……通じません」
「ちょっと確認してみます。もう解析は終わってる頃だと思います」
そう言って、フォルテシアさんは首を傾げ、スマートフォンを取り出し通話を始めた。あっ、さっきの『そうですか・・・・』はスマートフォンの解析に時間がかかったわけじゃなかったんだ。
近くでそんなに雑音がないのか、通話相手の声もわずかだが聞こえてくる。
「折原部長、もう既に解析は終わりましたよね? 電波の出所はこちらで間違いないんですか?」
「はい、先ほどの被害者のスマホの電波はその新宿駅東口から発信されていました。間違いなく被害者のスマホです」
「妙ですね……歩美さんのスマホの反応はここからあるのにその歩美さんがいないとは……」
「恐らく、電源が切れてるのか、今は反応がありません。が、数分前、長官達が東口に近づいた辺りでその反応は消えました」
折原さんという人の言う通りならば、間違いなく、歩美はここにいるはず。
だけどおかしい。誰かを特定の場所で待つのなら、分かりやすい場所で立ってるのが普通じゃないだろうか。
それなのに……歩美、どこにいるの?
「あははっ!! 見事に釣られてやってきた、やってきたぁ!!」
えっ……!
電話について考えていると突如、右側から女の子の可愛らしくはしゃぐ陽気な声が私達に響いた。
声がした先を見ると、駅地下への階段の上を覆う四角いガラス張りの屋根の上に露出度が高い黒いビキニのようなものを身にまとった、アイドルのように眩しい可愛い笑顔を浮かべた女の子がいた。
女子は私達をその高い所から見下ろしている。
年齢は恐らく、私と同じぐらいか少し上。
肩につけている小さな鎧にはそれぞれ一本の白いトゲがついていて、指の先端が出た黒い手袋をしている。
首には黒いリングをしており、同様の物が左手に一つ、右手に二つと身につけ、統一されていない。
お腹を露出し、ギザギザ模様が入ったビキニを身に付け、後ろに布が左右に二枚ずつ出る装飾がされたパンツの下に黒いブーツを履いたその姿はとても目立つ格好だ。
そんな格好をした茶髪の長髪で小さいポニーテールをした女の子。足をぶら下げて組んで私達にそれを見せつけるようにして座ってこちらを見下ろしている。
「待ち伏せてた甲斐があったわ。会いたかったわよー、フォルテシア・クランバートル♪」
「あなたは――黒咲亜美!!」
黒咲亜美という女の子はフォルテシアさんと会うのを楽しそうにしながら話しかけてきた。
「あはは!! 覚えててくれてありがとー、ついにあたしも大物になっちゃったー? ねえねえ?」
黒咲は名前を覚えている事を何やら嬉しそうにしている。
「零さん、気をつけて下さい」
横にいるフォルテシアさんは私に視線を向けた。
「彼女は犯罪組織ダークメアの幹部のソルジャーの一人です」
「えっ、この子がダークメア……!」
私と同年代、もしくは少しだけ年上の雰囲気ながら、明るく活発な女の子。格好を除けば本当に私や歩美の通う学校にいてもなんら不思議じゃない容姿をしている。
こんな子が本当にフォルテシアさんの言うとこの犯罪組織……ゴロツキを率いる組織の一員とは思えない。
「あははは! 私はそんじょそこらの女の子とはワケが違うわよ♪」
イタズラな笑みを浮かべる黒咲。
「こんな時に現れて……一体、何の用ですか? 我々の邪魔をするのなら、力づくでもどいて頂きます」
フォルテシアさんはそんな黒咲に対して、単刀直入に用件を問う。
「別に……アンタを足止めしてもあたし達には何のメリットもないわ。現に、こうして行くあてが見つからないあなた達をGPS利用してここまで導いてあげたんだから。感謝しなさいよね~」
感謝しなさいよね~が妙にこちらを貶すようで聞いてると苛立つ。
えっ……GPS……? 歩美のスマートフォンの反応がここから来てたという事は……まさか……!
「ねえ、あなたがもしかして歩美のスマホ持ってるの?」
私は一歩前に出ると黒咲に尋ねた。
「あったりー! ほら、ここに……」
黒咲が懐から取り出したのは紛れもなく歩美のスマートフォンだった。私も何度か見た事がある。水色のスマートフォン。
「あの二通のメール、あなたの友達じゃなくて、あたしが打ったのよ。素直に返信のメールが来た時は笑っちゃったわ! あなた、本当にバカだよね~」
こちらを挑発する言葉に内心腹が立つけど、それを無視して私はもう一度黒咲に尋ねた。
彼女のこちらを見下す目を睨みつけて、
「そんな事よりも、どうしてあなたが歩美のスマホを持ってるの?」
「決まってるじゃな~い。スケアクロウのアジトにちょっとお邪魔して、歩美からパクったのよ♪ フフン」
歩美から盗った? じゃあ、歩美は……
「歩美は無事なの!? どこにいるの!? 答えなさい!!」
「心配しなくても殺したりとかしてないから安心しなさい。ちゃんと無事よ、歩美は」
彼女の言葉はなんか信用出来ない。あと、気安く歩美の名前を呼ばないで欲しいと思った。本当に歩美は大丈夫なんだろうか……相手は犯罪組織だ、乱暴な事をされてないだろうか。
「さてと……」
歩美の安否について話すと黒咲は組んでいた脚を戻し、その場からそっと立ち上がった。なにをするつもりだろう?
「歩美がどこにいるかを教える前に……さあ、これもそろそろお役御免ね」
黒咲は右手で歩美のスマートフォンをこちらにブラブラと見せびらかせてくる。
「返して!! それは歩美のスマホ!!」
私は前に出て対象にはとどかないはずの左手を伸ばし、歩美のスマートフォンを奪還しようとした。
「ほい!」
前に出て、左手を伸ばして言った私の言葉に耳を貸さず、黒咲はそっと歩美のスマートフォンを高く宙に投げた。宙をくるくると舞い、自分の顔の正面に降ってきた所を黒咲は再度それを右手で掴み……
コ……カ……ガシャーーーーーーーーーーーーン!!!!!!
握りつぶしてコナゴナにして壊してしまった。
粉々になったわずかながらビリビリを放つスマートフォンの残骸を黒咲はそのまま私達の足元に向かって「ハイっ!」と軽い掛け声と共に投げ落とした。
投げ落とされたスマートフォンは地面に落ちた衝撃で無残にもバラバラに粉砕されている。
「あっ……! 歩美のスマホが……!」
私はその光景を前に一瞬、唖然とした。
「くっ……!」
黒咲を鋭い怒りの目で睨みつけた。
「こちらから出向いたのは他でもないわ。バカなアンタ達にとっておきの情報を教えちゃおうって思ってわざわざ来てあげたのよ? ありがたく思いなさい!」
携帯を破壊し、私を無視して話を調子こいて普通に続ける黒咲。
「新宿一帯でゴロツキが待ち伏せていたのも貴様の差し金か」
ジーナさんが黒咲に向かって、静かかつ相手を威圧する口調で訊いた。
「重要な情報教えるのに邪魔が入っちゃまずいからね~。円川組もいるし、少なくともこの近くに組事務所や縄張り構えてる半分以上のヤクザとチンピラはみんなあたし達の味方。分散してるアンタ達足止めすんのにちょうどいい兵力といった所かしらね」
ジーナさんにも特に動じず、怯えるような様子はない。まるでこちらを嘲笑うように黒咲は質問に答えた。
「あなた方、ダークメアの目的は一体なんですか? スケアクロウと組んで、一体、何を企んでいるのですか?」
「答えなさい!! 黒咲亜美!!」
今度はフォルテシアさんが鋭い目で彼女を見て、風でなびく着ているコートを後ろにやりつつも、強く問いかける。
「それは言っちゃいけないお決まりよ。ダークメアだけの秘密だから。でも、大人しく1000万渡せばあの幸せお嬢様は無傷で返す事を約束するわ。本当よ」
黒咲はこちらを見下した目でこちらを見ながら不敵な笑みを浮かべてそう言った。
「本当ですか? あの男なら、場合によっては手のひら返しで約束を破る事もおかしくないと思うのですが」
黒咲に対して、疑念の目を向けるフォルテシアさん。
「あはは!! 大丈夫よ~、あの女の身柄はスケアクロウのもとにあって、あたし達のボスのとこにあるわけじゃないから~。もう、本当よ~」
明るく笑顔を浮かべ、のんびりと気楽に伸ばした口調で語る黒咲。楽しそうだけど、小馬鹿にしたような感じだ。
「では、そろそろ教えてもらいましょうか――歩美さんの居場所を。信用の欠片もありませんが」
黒咲を右手で指差すフォルテシアさん。
「今更ウソもないわよ。そのためにわざわざ出向いてあげたんだから。亜美ちゃんが直々に教えてあげるわ!」
「そっちの眼帯女も訊いてきた事だしね」
私の方に目を向けて、黒咲は言った。
天真爛漫だけど、歩美がさらわれたこんな状況で、どこか小馬鹿にしたような喋り方が私の心をイラつかせる。
それはジーナさんやフォルテシアさんも同じなようで、彼女を、黒咲を鋭い目でにらみつけている。
最も、二人は私と違って、敵を見る真剣な眼差しなのだけど。私もこの人は許せない。人の物を平気で壊したこの人は……




