第18話 戦いの始まり
フォルテシアさんと共に私はセーラー服姿で駆け足で病院を飛び出した。目指す場所はこの病院から五分で着く十二階建てのマンション。病院の北側にある。
病院を出て歩道に出ると、住宅街の民家の屋根が次々と顔を出してる先に四角い豪華な作りのそのマンションは立っている。
白い建物で、各部屋のバルコニーも黒い柵があり、西洋を思わせる作りだった。
「零さん、急ぎますよ!!」
そう言ってフォルテシアさんが一足早く私の横を過ぎて羽織っている白いコートをなびかせながら走っていくので私もその後を急いで追いかける。
海軍の将校を思わせる白いコートの裏には何も書かれていない。
フォルテシアさんの足には特に問題なく追いつけている。フォルテシアさんが私の足に合わせているのかは分からないけれども。
今日は梅雨にしては珍しく、晴天。眩しい青空によって雨で濡れた黒いコンクリートが照らされている。
病院を出て、右手に走り、そこから更に右に回って住宅街に入り、ひたすら目的地に向かって前進する。
何やらサイレンの音が聞こえる。正面に見える左右に分かれた別れ道を私達よりも早いスピードで黒い車の姿が二台ほど右から左へと高速で過ぎていくのが見える。
パトカーではないその黒い車両はJGBの専用車だった。
扉にはJGBのマークである『剣と緑の盾のエンブレム』が描かれている。頭の部分にある青いサイレンを鳴らして走っていた。
私達はその黒い車を追うように足を速めた。
「零さん、もうこの近辺にはスケアクロウを追って捜査員達が多数集まっている事でしょう。私の傍から離れないように」
フォルテシアさんが私の前を走りながらこちらの方に一瞬視線を向けて注意を促す。
「はい!!」
私は強く返事をする。
マンションの近くに辿りつくとそこには大勢の人達がマンションの上の方を見上げ、人だかりを作っている。そして、その場にいた全員がマンションの上部を顔を上げて見上げて、何かに注目しているようだった。
また、その近くには何台かのJGBの車……私が先ほど見た車体と同じ車が何台も止まっていた。
警察のものとは違う。フォルテシアさんが被っているのと同じく、JGBと書かれた黒い帽子にスーツの上に黒や茶色などのロングコートの格好をしているのはJGBの男達だった。
その男達がフォルテシアさんの姿を見ると一斉に「お疲れ様です!!」と大きく敬礼をし、丁寧に道を開けてくれる。
私はフォルテシアさんの後ろにそっとついていた。厳格とした空気と緊張感がする。『あの子はなんだ?』とか声をかけられないだろうか……少し不安だ。
「お疲れ様です!! フォルテシア長官!!」
たくさんの人が道を開けてくれる中、二人組のJGBの男がフォルテシアさんの近くに駆け寄ってきて、挨拶をし、背筋を伸ばして敬礼する。
どうやら、回りにいる人達も偉いのかな……この人達は。一人が私やフォルテシアさんよりも長身で、顔も縦長で黒髪、目も鋭い男。いかにも真面目そうで硬そう……
もう一人は茶髪だけど、隣の男よりも小さく、華奢で背は私より少し高いぐらい。さっき挨拶と共に声をかけてきたのは長身の方だ。
「モロヅミ、クラスコ。現場に到着したのはあなた方の隊だけですか?」
フォルテシアさんが名前を呼ぶと共に顔を向けた順で言えば、長身の方がモロヅミさん、華奢な方がクラスコさんらしい。
「いえ、我々第一部隊より先に、たった今このマンションの屋上に第二部隊のジーナ三等官が単身で駆け上がっていって……」
クラスコさんがそう言うと、マンションの屋上の方を高く指差した。私とフォルテシアさんも顔を上げて、その指差す方向を確認した。
「あっ……!」
屋上を見上げるとそこにはこちらの様子を高い屋上から見下ろして立っている人影を見つけた。そう、それはまさしく昨日の夕方、私を気絶させたあいつだった。
黒マントを羽織り、茶色いハットを被り、農家の畑に立つ案山子を象ったような姿をした男の姿がそこにはあった。間違いない、スケアクロウだ。
そんなスケアクロウに、背後から斬りかかり、勇敢に戦いを挑む一人の黒コートの人の姿が見えた。かなり高い所なのでここからではよくみえないけど少し後ろに伸びた青黒い髪。
体からは青いオーラが燃え上がり、それをまとって攻撃を仕掛ける。
背後からの攻撃をサラっと避けるスケアクロウ。身の丈ほどある巨大な大剣を手にその人はスケアクロウと対峙している。
スケアクロウはその大剣の後ろからの一振りを避わして臨戦態勢に入った。
そして、昨日、私にも放った両手から藁を機銃のようにして放つ技を放って応戦する。屋上で二人だけの一騎打ちが始まった。
同時に周りのJGBの捜査員達が「おお」っと騒ぎ始める。
よく見ると大剣は二つに刀がつけられた特殊な形をしている。スケアクロウと戦う人……あの人がジーナさんだろうか?
スケアクロウと戦おうとするなんて……あの人もかなりの実力者なんだろう。
一方、辺りがざわつく中でフォルテシアさんはその戦いの様子をじっと見ている。気になった私はフォルテシアさんにそっと尋ねた。
「フォルテシアさん……あの人がジーナさんですか?」
「はい。彼女も我々JGBの幹部の一人、将来を有望視されているうちの一人です」
「総本部の人員も、本部や支部との兼ね合いで限られていますので、ああいう存在はありがたい事です」
JGBは千葉の美浜の海の上に総本部と呼ばれる自衛隊顔負けの巨大な基地を持っている。
その総本部を中心に全国に本部や支部というように、交番や警察署のように全国に展開させているって教科書で読んだ事がある。
「フォルテシアさん、あの人も……やっぱりソルジャーですよね? 青いオーラが燃え上がっていました」
私は戦いの光景を見ながらフォルテシアさんに話しかけた。
「ええ、ジーナ・アルカルド。彼女もアイアンブルーのソウルを持つソルジャー……奴を戦うのに十分な実力があります。しかし……」
フォルテシアさんは言い留まった。
「しかし? 何かあるんですか?」
フォルテシアさんが静かに言った一言に少しだけ不安を感じた私。
「いえ、スケアクロウと戦うにあたって、少し思う事があっただけです……」
フォルテシアさんは帽子で目元を隠して、こちらに視線を逸らす。なんの事だろう……とにかくそれは置いておいて、私はその場の光景に徐々に引き込まれていった。
今、目の前で繰り広げられてる熾烈な戦いの光景に。
スケアクロウは藁の機銃でジーナさんを攻撃するも、ジーナさんは自分の前方を覆う透明の丸い青色の光の壁を出現させ、それらを防ぎつつ、相手の出方を伺う。
あの光の壁は私の丸い光の盾によく似ている。同じ性質だろうか。スケアクロウの藁の機銃を完璧に防いでいる。
藁の機銃が効かないと踏んだのか、スケアクロウは藁で出来た案山子モンスターを何匹か作り出す。ここからは見えないけど、頭の数から三匹ぐらいか。私が戦ったものよりも高いサイズだ。
だけどジーナさんは動じず、大剣を使った接近戦で手早くモンスターをなぎ払い、確実にスケアクロウを追い詰めている。
モンスターを次々とバッサバッサと一撃で倒しながらスケアクロウに近づいていく。巨大な大剣を片手で、軽々と振り回して。
スケアクロウも再び、応戦するべく藁の機銃でジーナさんを止めようとするも、再び、青色の光の壁で防ぎ、その隙を狙って横からモンスターが拳を振り下ろしてジーナさんを攻撃しようとするも、素早く片手で大剣を振るい、モンスターの胴体を切断する。
地上から十二階屋上までの距離が遠いのもあり、完全には見えないけど、屋上では私の想像を超えた激しい戦闘が繰り広げられていた。
ついこの前のシーザーとの戦いが生易しいようにも感じた。
この世界にはまだまだ強い人達がたくさんいる。私はまだまだソルジャーではひょっ子レベルなのかもしれない。
JGBではあんなに強い人が平和のために頑張っているのも、ああいう戦いが各地で勃発しているからなんだろう。
そしてそれは警察や自衛隊でも介入出来ない。それらから表社会の平和を守るにはJGBの存在は必要不可欠だと感じる。
そういえば、よく見るとジーナさんとスケアクロウが戦っている周囲には機械で出来た何やら丸い球状の物体が二人が戦っている場所を囲うように六つほどクルクルと飛び回っている。
野球の球ぐらいのサイズだ。なんだろう、カメラのような物だろうか。
あと、ここは私達は行かなくて大丈夫なのかな……私と同じく戦いを見ているフォルテシアさんに訊いてみよう。
「フォルテシアさん、私達は行かないんですか?」
「はい、スケアクロウがどう動くか分かりませんから。今はジーナに任せておいて大丈夫です。我々は奴が逃げないようにここを包囲するのが役目です」
スケアクロウはまだ何らかの手段を隠しているんだろう。フォルテシアさんがさっき、何か思う事があったのもそれなのかもしれない。
私と戦った際に彼が使ってきた力はやはり、全体のほんの一部に過ぎないのだろうか……
すると、フォルテシアさんは懐からスマートフォンを取り出した。
「フォルテシアです。どうしました? はい、はい……」
「やはりきましたか……」
その会話内容は周囲の雑音も相まって、私には分からなかった。周りの捜査員達の騒ぎ声と上で繰り広げられている戦闘に圧倒されるのもある。
しかし、通話相手から何かを告げられたフォルテシアさんの顔色はさっきまでと同様、冷静だった。
「分かりました。引き続き、そちらはお願いします、サカ。折原部長からの情報もお待ちしています」
どうやら、何かあったみたいだ。スマートフォンをしまい、サカさんという人に何かを告げられたフォルテシアさんは、周りの男達……もとい部下達に、
「全員!! 直ちにこちらに注目!!!」
大きな声を発した。
すると、回りにいた上のジーナさんの戦いに注目していたその場の捜査員達はいっせいにこちらを振り向いた。
「今、サカ副長官から連絡が来ました……」
そして、フォルテシアさんの口からそっと放たれた一言。
「昨夜と同じく、スケアクロウが……また都内の複数箇所に同時に現れました。諜報部が解析から割り出した居場所のデータを送信するとの事です」
え……また……?
「そして、今、ジーナ三等官が戦っているスケアクロウも――」
フォルテシアさんそう言ったその直後、マンションの屋上からジーナさんと戦っていたスケアクロウが叩き落とされ、屋上から私達の背後にドサン!! っと音と立てて仰向けに落下した。
「偽物です」
スケアクロウが落下した直後、フォルテシアさんはそう言った。
この仰向けに倒れてる物が何なのかは私以外のこの場にいた全員も調べなくても既に分かっているだろう。
そう、ここにいたスケアクロウは、奴が作った真っ赤なニセモノだ。恐らく私を騙し討ちするのに使ったのと全く同じ。
辺りに藁を散らす倒れている偽スケアクロウ……もとい、精巧に作られたただの案山子はこちらを愚弄するかのような笑みを私達を見せ、死体のように仰向けにただ倒れていた……
奴の言っていた技、案山子の幻影は自分の身代わりを作り出す技。
その身代わりもただ姿だけでなく、喋る事が出来る。おまけに本物と同じ技も普通に使え、それでJGBとも渡り合える。
ただのダミー人形じゃない。とても強力な技だ。
その身代わりは制限なく作り出せるのだろうか。一体、本物はどこにいるんだろう……どこから偽物を操ってるんだろうか……
「全員、直ちに各自分散して、現れたスケアクロウの排除を。偽物でも構いません。とにかく、昨夜同様、出てきたスケアクロウは残らず倒して下さい。本物が今出現した中にいる可能性は低いですが、放っておけば、また民間人に被害が出ます。何としてでも残らず倒し、本物を捜し出すのです!!!」
「はっ!!!!!」
フォルテシアさんの冷静な指示にその場にいたJGB全員が敬礼をし、それぞれが慌ただしく回りに停車している乗ってきた黒い車に乗り込むべく入り乱れ、右往左往する。
今の発言から察するに、私が眠っていた昨夜から、もうJGBとスケアクロウの追跡戦は始まっていたんだろう。
見つからないならまだしも、かなり苦戦させられていたに違いない。
スケアクロウも、私と戦った時と同じく、相手を翻弄するトリックを仕掛けて上手く逃げ回ってるに違いない。
眠っていた私の下にフォルテシアさんや警察の人が来ていたのも改めて頷けた。私がこのような事件を引き起こす前のスケアクロウと会っているからという理由は私も分かっていた。
でも、捜索中の犯人が見つからない忙しい中、来てくれたんだろう。本物の彼を見つけるための手掛かりがあるかもしれないと、フォルテシアさんは私の下に現れたんだろう。
歩美もきっとどこかで助けを待っているに違いない。歩美……見つけるのは大変だろうけど、必ず、何とかするから……無事でいて……




