第16話 案山子
風が吹き、空は茜色から次第に夕闇に包まれようとしていた。
私は武器を持ち、歩美の家の前でその屋根の方に視線を向けている。
歩美の家の屋根の上に立ち、こちらを見下ろしている男――ドレッド・スケアクロウ。
先ほど、三体の案山子のモンスターを私達の所に送りこみ、歩美を最近になってストーカーとして狙っていたのも恐らくコイツだろう。
「一つ、あなたに聞きたい事があるんだけど、いい?」
私は鋭い目線でスケアクロウを睨みつけ、尋ねた。
「ん? いいでしょう、言ってみなさい。答えられる範囲でなら、お答えしますよ?」
「どうして、歩美をつけ狙うの? 歩美はあなたみたいな変なストーカーに凄い迷惑してるのよ!!」
「ふっ、そんな事は簡単ですよ。お仕事だからに決まっているでしょう?」
「えっ……!」
スケアクロウが不敵な笑みを浮かべながら放った一言に、衝撃が走る。背後に誰か黒幕がいるんだろうか……歩美をストーカーしてどうするつもりなんだろう?
「この家に住む、笹城歩美を確保する……そうすれば私がここへ来た目的も達成されるのですよ。そのために……ほら」
スケアクロウが左手をこちらに見せるように広げる。彼の左手の掌には十センチくらいの小さな細くて精巧に出来た、藁で出来た小人のような何かがピョンピョンと跳ねて踊っていた。
「まさか、それを使って歩美を尾行してたの!?」
スケアクロウは右手の人差指を立てて、
「正解!! 時には私自ら、この家の前まで行った事もありました。ニッポンの遊びで言う、だるまさんが転んだ、ですよ。私が操るこの小さな案山子人形に遠くから尾行させて、標的が振り向いたら倒れさせる……それだけの話です」
確かにあんな小さい人形ならば、到底暗闇の中で動いてるのを認知する事は出来ないだろう。認知出来たとしても、ゴミにしか見えない。
スケアクロウはマントから右手を伸ばし、広げ、左手で愉快に踊る案山子を私に見えないようにそっと覆い隠す。そして右手をどけるとそこには何も乗っていなかった。
……という手品を私に見せると口を開いた。
「ただ……まさかあなたのようなソルジャーの友人がいたとは……これはまた予想外でした」
「笹城歩美も良いボディーガードを持っていたようだ……最も、それが強いかというと別ですけどね!!!!」
声をいきなり大きくしたスケアクロウの身体からその瞬間、湧き出るエネルギーを感じた。燃え上がるように彼から現れたソルジャーソウルの色は濃い黄色がかった色をしている。
お茶の色……と言えばいいのかな。だけど、それは同時に彼が操る案山子の色に非常にマッチしていた。
そして、私を上から右手で指さしてこう言った。
「未成熟な小娘のあなたに、私を退けられるだけの覚悟があるならばやってみなさい。お友達を守れるだけの覚悟があるならばね!!!」
「歩美はあなたなんかには絶対に渡さない。絶対に」
「歩美は……私が守る」
私は静かにそう言い放つと両手の剣を再び構えた。
「その絶対という自信……打ち砕いてあげましょう!!」
「藁の機銃!!!!」
スケアクロウが両手を広げ、私に向けるとそこから無数の藁が機関銃のように放たれ、また、嵐のように一斉に私に目がけて、襲ってきた。
正面からの攻撃の時はまず守りの構えだ。武器を交差させる事で、私の前方だけを丸くて頑丈な銀色の光の壁で覆い、守る事が出来る。
この盾は薄いけど非常に頑丈だ。あのシーザーの攻撃も防ぐ事が出来た。今回もきっと……
私が武器を交差する事で出現した銀のシールドがスケアクロウの攻撃を通す事なく防ぐ。防がれた無数の藁は次々と壁にぶつかり、私の足元へとたくさん散乱する。
「フ、なかなか便利な技を持ってるようですね。しかし……」
スケアクロウはその場から高くジャンプして飛び上がった。私はすかさず、飛び上がったスケアクロウを目で追った。
スケアクロウは上空から私に視線を合わせて、
「この攻撃を受けきれますか!? そーれ、案山子爆弾!!!」
スケアクロウは上空から、左手で一つの掌サイズの案山子をどこからか取り出し、そのまま地上にいる私に向かって投げつけた。
この案山子は先程のようなのとは違い、動かないただの十字型の案山子だった。私は投げられたそれに対して、また武器を交差させ、守りを固める。
投げられた案山子はクルクルと宙を舞いながら、こちらに落下してくる。そして……
ドガーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!
「きやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
激しい爆風が私を襲う。ダメだ……防ぎきれない……!
盾が激しい爆風を防ぎきれず、耐え切れず、目の前で打ち砕かれてコナゴナに粉砕された。
爆風を防ぎきれなかった私はそのまま吹っ飛ばされ、向かいの民家の塀に強く背中をぶつけ、その場で尻もちをついた。
爆発を完全に防ぐ事が出来なかった。けど、爆発に巻き込まれる事はなかっただけいいのかもしれない……
けど……ううっ……塀にぶつかった衝撃で背中から強い痛みが走る。その痛みは全身に走り、喉から息が苦しくなり気持ち悪くなる。
辺りが灰色の煙に包まれる中、私の目の前に先ほど爆弾を投げつけてきたスケアクロウがストッっと着地した。
「うっ……う……」
なんとか体を起こそうと踏ん張る。でも……体が痛みで動いてくれない……くっ……
「いやはや、もうグロッキーですか。お話になりませんね~。もう少し粘るかと思ったら……ハハ、こんなになっちゃって……フッフッフッ……!」
スケアクロウは肩をすくめ、こちらを呆れた様子で哀れみな目で見ている。帽子の影で隠された、こちらを見下した目で私を睨みつけている。
「くっ……まだまだ……」
私は痛みに耐えながら、両手の武器を手に立ちあがる。歩美が困っているんだ……こんなとこで……倒れるわけにはいかないっ……!
「おや、まだ戦う気力はあるようですね。戦う気力は、ですけど。ふふっ」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
私は掛け声と共にスケアクロウに武器を手に走って立ち向かった。そして、その場を動かないスケアクロウの腹の中央を左手の剣でマントを貫通して突き刺した。
やった! と思った。
――だけど……何かがおかしい。
目の前に立っているスケアクロウは全く痛がる様子もなければ、もがく様子もない。こうして刺されてもただ、黙って立っているだけ。
私はもう一度、奴の腹を貫くべく、×の形をしている左手の剣を抜いた。が、
……バタッ。
私の目の前にいるスケアクロウは何も無しに仰向けでその場に黙って倒れた。その光景はまるで、等身大の人形を押し倒したかのようだった。先ほどの案山子と同じで、地面には藁が散らばる。
「おーっと残念、今のは偽物です」
「えっ……?」
は、もしかして……気づいた時には自分の背後にその男は平然と立っていた。
「クックックッ……実は、先ほどあなたに案山子爆弾を投げつけた時……私は降下しながら爆風の中で影武者を作り出す技、案山子の幻影を使わせて頂きました」
まるで手品の種明かしのように気持ちが良い様子のスケアクロウ。つまり、藁で自分の身代わりを作っていた……?
私がさっき攻撃したのは……その身代わり……
「じ、じゃあ……あなたは本物……」
その瞬間、全身に寒気が走った。
「そして、偽物を降下させ、あとは向かいの家の屋根の上から高みの見物……実に見栄えある光景ですなあ。ハッハッハッ」
「くっ……スケアクロウ!!!」
目標を定めた私は真っ先に先ほど同様、こちらをあざ笑うスケアクロウに左手の剣を突き刺すべく、全力で突っ込んだ。
「あっ……」
あっさり、スケアクロウにスルっと突き刺そうとした剣が横に避けられてしまう。
「全く、甘いですね、ふんっ!!!」
その瞬間、横やりを入れるように何かが私に襲いかかる。
「うはっ……!」
横から曲がって飛んで来たのは奴の右足だった。奴の蹴りが腹に直撃した。
「ぐあっ!!!」
腹を思い切り前から蹴られた私はまたも吹っ飛ばされ、後ろにある塀に強く頭をぶつけた。
「くう……うっ……」
意識が……朦朧とする。薄らいでいく……まって……
「弱すぎて話にならないですねえ。こんな楽な戦い、久しぶりです。では……ありがたく頂きますよ……! クックックッ……フッフッフッフッフッフッフッフッ……!」
「ま……て……!」
マントを翻し、余裕に背中を見せて笑いながら歩いていくスケアクロウ。意識がなくなる中、奴に左手を伸ばすが届かない……
私の意識はそのまま闇の中へと飲み込まれていった……




