第11話 大バサミのシーザー
「よォ……オレは大バサミのシーザーってんだ。捜したぜ、久しぶりのいい獲物だ……さあ、覚悟しなァ!!!」
シーザーと名乗るその男はそう叫び、楕円形の右手のハサミでこちらを指した。
「零さん、来ちゃダメ!!!! コイツは零さんを狙ってるの!!!」
シーザーの傍で縄に縛られ、膝をついてる歩美が私を制止する。
「えっ……!」
まさか小林達の差し金……? いや、そんなはずはない。こんな殺し屋みたいなのを雇えるはずがない。じゃあ、なんで……
「歩美を放して!!」
私はすぐにシーザーに歩美に開放を要求した。
「バァハハハハ……! 零っていったな。この女を助けたけりゃ、今すぐオレと勝負しやがれ!!! でねェとこの女、真っ二つにブッタ斬っちまうぞお!!!」
「そうしたら、歩美には手を出さないのね?」
「ああ、出さねェとも。用があるのはお前だからなァ……!」
因縁めいた目、まるで獲物を狙う狼のような目でこちらを睨みつけるシーザー。その表情は非情なものだった。
とにかく、歩美には手を出さないで欲しい……だけど、なんで私を狙う……?
「どうして、私を狙うの? 誰かの差し金なの?」
「プッ……」
私はシーザーに訊いた。するとシーザーは腹の底から笑いを抱えながら上を向いて、
「……ァハハハハハハハハハ!!!!! アハハハハハハハハハハ・・・・・!!! なにこれ、チョーーーーー傑作なんだけど!!! 笑える!!! 笑えるよ!!!」
「な、何がおかしいの?」
どういう事か全然分からない……どういう事……?
「そんなもん全部だよォ!!!」
するとシーザーは顔をこちらに向けて、
「お前、自分がソルジャーだっての……知らねえのかよ?」
えっ……どういう事? その言葉が、何度も私の中にこだまして響く。
「ソル……ジャー?」
思わず私は耳を疑った。ソルジャー? 単純に英語で日本語に翻訳にすれば単純に『戦士』……まさか!
私はもしかしてと思って彼に訊いた。
「それって、私の力の事? この髪が黒髪から銀髪に変わったのもそれが関係するの?」
「その通りよォ!! 髪の色が変わったとかは知らねェが、オレは感じたぜ。新宿でお前のソウルの力をよォ!!!」
ソウル……? 魂……?
「じゃあ、まさか……あの新宿で感じた特殊な視線は……!」
「そのまさかだ、新宿でお前を見つけたオレは真っ先にお前の後をつけた。気配も消してな……どこまでも追ったぜ!! バーガー店から始まってゲーセン、映画館、ファミレスとずっとな!!!」
まさか……! そんな映画館まで追いかけて来ていたなんて……!
「こうしてオレはこの世田谷までやってきた。お前を狩るためになァ!! お前を誘き出すために先にコイツを抑えたのもそのためよォ……!」
あの変な視線を気のせいで片づけられない気配だったのも分かる気がする。相手がとても普通の人間とは思えないだけに……
「私の命が目的なの?」
「そうさァ……お前のような可愛い子ちゃんを狩るのは惜しいが、オレが名を上げるための生贄になってもらうぜ……!」
「名を上げる? 一体……どういう事なの?」
「ハァ!? お前そんな事も知らねえのか? おいおいちょっと待てよ、お話になんねーぞ? おい!!! 面白くねェ!! 名を上げるは名を上げるだ!! 調子狂うぜ……」
さりげなく質問した事に対して、勝手に苛立ちを募らせていくシーザー。その早口な振る舞いはどこか笑いを誘う。本当、何が何だか分からない……
「私を殺してどうするつもりなの? 何かメリットでもあるの? それともただの自己満足?」
私は冷静にシーザーに問いかけていく。するとシーザーは怒りを爆発させ、声を伸ばした。
「あ~~~も~~~めんどくせえ!!! オレ達ソルジャーはな、一般社会の裏でこうしたゲームのような血の飢えた抗争を毎日繰り広げてんだよ!!」
対するシーザーは非常に苛立った様子で真面目な様子で話を始めた。
「ある者は自分の力を世間に轟し、名声を得るため……」
「そしてまたある者は自分の力を行使して何かしらの欲に走る。カネとか自分の欲しいモンを手に入れるためになァ……!」
「要は終わる事を知らない巨大な殺し合いさ……分かるかァ!!?」
「……!」
そんな世界が……あるんだ……私の中で、自分の知ってる世界とは知らない世界がもう一つある事を……痛感した瞬間だった。
「もうお前は戦いから逃げられねえよ。ソルジャーなんだからな。そしてお前は今日、オレに狩られて無惨にも死んでくんだよ!!」
「死ぬ前にこの世界を知れて良かったなァ……ホント。バァーッハハハハハ!!!!」
「零さん……」
高らかにこちらを嘲笑うシーザーの傍で縄で縛られている歩美も眉をひそめてこちらを見ている。
「死にたくねえなら戦え。お前にもあるんだろォ? 何色だよ、ソルジャーソウル!! おう」
シーザーは私をこちらに誘うように右手のハサミを振った。
「ほら、ソウルだよ!!! 出してみろよォ!!!!」
シーザーのこちらを激しく挑発する大きな声が森の中で響く。
ソルジャーソウル? ソウル? 一体、何の事か分からなかった。直訳すれば、戦士の魂……なんだろう……
「なんの事か分からねェようだな……じゃあこっちからいくかァ!!!」
私が混乱しているとシーザーは身体からオーラのような物が眩い光を発し、体を覆うその光は燃え上がる炎のように溢れだした。その炎の色は黄緑色っぽい。黄緑色の燃え上がるオーラは夕闇で暗くなった私達がいるこの森の中を明るく……そっと照らす。
「見ろ、オレはスプリンググリーンだ。ソルジャーの力の源、これがソルジャーソウルよォ!! さあ……いい加減勝負だァ!!!!」
「零さん!!!! 逃げて!!!!」
歩美の必死な声が響くと、シーザーはハサミの両手を後ろにこちらに向かって全速前進。真正面にスタスタと走ってきた。
これはもう、どうにかしてコイツを退ける他ない。話だけで帰ってくれるようには思えない。
「……!」
「バァハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! 死ねおらァァァッ!!!!!!!!!!!」
シーザーは走りながら右手のハサミを前に出し、ハサミをシャキン! と開き、大きく横に切りつけてくる。
とても玩具ではない、迫り来る巨大なハサミ。殴られたらとても痛いだろうし、先端で刺されたら危険。挟まれたら一瞬で真っ二つだ。
木々を通り過ぎて差し込む微かな夕闇の光をハサミが反射している。私は迫り来るハサミをとっさに後ろに跳んで避ける。
「逃がさねえぜェ!!!!!!」
チョキンチョキン!!!!
シーザーは続けて左手のハサミをチョキチョキしながら私を追撃してくる。今度はハサミで私を真っ二つにするべく襲ってくる。挟まれたら絶対に助からない。
どうしよう、このままではいつかやられる……そうだ! 私は立ち止まり、意識を集中する。
「死ねェェェェ!!!!!」
「どはっ!!!!!」
私は切りかかってくるシーザーの足元目がけて上手く滑り込んでスライディングキックを決めた。すると足元が浮いたシーザーは見事にうつ伏せに大きく転んだ。大きな砂煙をあげて。
サッカーなんてやらないし、スライディングは不慣れだけど、上手く相手を転ばせた上に、相手に押しつぶされず、後ろに無傷で滑り出る事ができた。
「……チクショウ!!! やってくれるぜ・・・・・・・」
文句を言いつつもうつ伏せになった身体を起こし、立ち上がるシーザー。
「ヘヘヘッ……武器も無しで、大バサミと呼ばれてるこのオレに勝てるかよォ!!!」
「くっ……」
シーザーはこちらに向き直るとそのまま全速力で頭を前に走って突撃してくる。私はとにかく、シーザーから距離をとるべく後ろに下がっていく。
どうしよう、ここは何が何でも戦うしかない。歩美を助けるにはこれしか……だけど、実質刃物を持ってる相手は素手じゃとても勝てる相手じゃない。そして、スライディングだけでは勝てない。
また、転ばせて素手で攻撃しても反撃で挟まれたりでもしたら……迂闊には近づけない。くっ、どうすれば……
「バァハハハハハハハハハ!!! ハサミのパンチ、食らいやがれ!! シザー・バスター!!!」
シーザーは右手のハサミの先端で殴りかかってきた。ハサミのパンチ……その鋼鉄のパンチだ。当たったらひとたまりもない。私はそれを読んで横に避ける。
避けた!! と、思ったその時だった。
「と、見せかけて……シザー・フルバスターーーー!!!!!」
「えっ・・・・! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
「おらおらおらおらーーーーーー!!!!」
私が避けたのを見計らってシーザーは両手のハサミで乱れた連続パンチを繰り出してきた。当然、避ける術もなく、何発も尖った鉄のパンチを食らった。
「がはっ!!!!!」
私は無数の連続パンチを受けて吹き飛び、仰向けで倒れた。幸い、傷はないけど鉄で殴られたように痛い。全身が痛い……
普通だったら、立ち上がれず病院行きになるんだろうけど、まだ意識はある。これもソルジャーという存在になったからなんだろうか。
やっぱり……私の髪が銀になったのもそうだけど、体が丈夫、身体能力が上がったのも――ソルジャーになったから……なんだ。
「くっ……」
何とか痛みにこらえ、右手で左手を抑えて立ち上がろうとする。
「零さん!!!!!」
歩美は私の名前を叫ぶ。
「もうやめて!!! 零さんが死んじゃうよ!!!」
私の今、正面にいるシーザーの方を向いて歩美は叫んだ。歩美の悲痛な声がシーザーに響く。
「アァ? 冗談はよせよォ!!! こっから面白くなるんだ。本当のショーはここからだぜェ……お嬢ちゃん」
歩美に対し、いかつい狡猾な表情で彼女を睨みつけ、同時に鼻で笑うシーザー。
「なんでわざわざ零さんをここまで追い詰める真似するのよ!!! 零さん、学校じゃ髪が銀髪になってからいじめられてばかりなのよ!?」
「目も怪我して見えなくなって自殺までしようとしたけどやっとここまで元気になった!! 私が助けて毎日を一緒にやっと何とか過ごしてきた所なの!! ……だから、学校がない春休みくらい幸せな時間でいさせてよぉ!!!」
果敢に悲痛に言葉攻めをする歩美。そんな言葉の数々は私を内心振い立たせた。歩美を悲しませたくない、歩美を助けたい、そんな思いが強くなる。
「バァーーーーーッハハハハハハハハハハハハハ!!!! 泣かせるぜ!! せっかくソルジャーに覚醒したのに無抵抗にいじめられてるだァ!? そんなん叩き潰して黙らせればいいだろうに……クックック……」
「で、それが関係あるかァ!? オレは"大バサミ"の異名を持った泣く子も黙るシーザー様だぜェ!?」
歩美に対して、威嚇するように話すシーザー。
「狙った獲物は狩る、ただそれだけよォ!! こっちはせっかく異名付けられるほどまで売り出したんだから、次は四天王に匹敵する所までいきてぇんだよォ!!」
シーザーは高らかに喋りながら、狂気に満ちた恐ろしい悪魔のような顔で私を睨む。私は痛みを耐え、何とかその場から立ち上がる。
「はぁ……はぁ……」息をしながら立ち上がる。体中に……全身に痛みが走る。強く殴られた痛みが……
「ヘヘッ……ほぼグロッキーじゃねえか。終わりだなァ!!! 脳天かち割ってやるぜェ!!」
するとシーザーは高くジャンプし、私に飛びかかってくる。くっ……私に力があれば……私の推測ではあのハサミもソルジャーの力のはず。
だったら、私にも身体能力以外に力があるはず……
「死ィィィねェェェェェェェ!!!! シザー・アックス!!!!」
私目掛けて飛びかかってくるシーザーは真上から両手のハサミを斧のように縦に叩きつけてくる。私はそれを間一髪スルリと横に避ける。
シーザーは私がいた場所に着地した。同時に隙を作らないように素早く着地する直前で体勢を元に戻した。
「ハッ!!! まだ体動かせるだけの体力は残ってるみてぇだなァ!!!」
また走って突撃、両手のハサミで切りかかってくるシーザーのハサミ攻撃を左へ、右へ、また左へ、右へと避けて、避けながら私は考える。開いては閉じるハサミの口を左右に避けながら私は考える。
何か、何かコイツを倒す方法を……
「バーーッハハハハハハハハハハハハハ!!!! おらおらァ!!!!」
コイツのハサミは実質二つの巨大な刃物。到底、素手では勝ち目はない。挟まれた瞬間、私の命は終わる。
何か私にも武器があれば……奴の巨大なハサミに対抗出来るんだけど……
「おらおらっ!!!!! ちょこまかと逃げんじゃねーよォ!!!」
「……ぐっ!」
攻撃を避けて後ろへと後ずさりし、逃げているうち、私は背後の大木に背中をぶつける。とっさにその木の後ろに姿勢を低くして身を隠す。
だけど、その瞬間。
ズシャーーン!!!!! ガラララララ……ガッシャーーーン!!!!!
奴のハサミがその木を、私の背後にあるその木を……頭の少し上から真っ二つに切断する。
切られた木は大きく横に倒れ始める。私は木が切られた直後に素早くその場から少し遠ざかった。振り返ると切断された木が左に倒れ、隣の木が垂れかかるのが見えた。
危なかった……普通に立っていたら、今頃、顔を真っ二つにされていたかも……
「バァハハハハハハハ!!!!! どうだァ……オレのハサミの破壊力!!! チェンソー無しでこの森を真っ裸に出来るんだぜェ!? スゲエだろう!!!」
「無論、ナイフも銃も無しで、しかも首絞める事なくお前を殺せる。これが大バサミと呼ばれているオレの力よォ!!!」
倒れた木の横から余裕に浸り、自分の力を自慢しながら、ハサミの両手を広げてシーザーが歩いてくる。勝ち誇って挑発を繰り返すシーザー。奇襲をかけるならば、今しかない。
だけど、私には何も武器はない。唯一の武器は急激に上がった身体能力
「何か……何かないの……!」
何とかしてシーザーを倒す手段を考える。戦いたいのにとても戦えない。武器無しで挑むのは危ない。死んでしまう。本当にどうすれば……
「あっ…………!」
とっさに脳裏にいつぞやの歩美との会話の記憶が蘇ってくる――。
『あ、そうだ。よく本とかで読んだ事あるんだけど、超能力者や魔法使いは念じれば
パワーを出せるって聞いた事あるの。走る速度が速くなるって事は身体能力が上がってる証拠だから、
何かパワーが身についてないかやってみるといいんじゃないかな?』
『念じる……か。確かに漫画とかでよくある話だよね』
『そう! 強く念じれば、手から破壊光線を撃てたりとか、回りの物を衝撃波で吹っ飛ばせるアレだよ!!』
『破壊光線はちょっと怖いけど……ふふ……そうね。今度、誰もいないとこでやってみる。どうなるか分からないから。冗談のようだけど』
そう、私がソルジャーになったせいでいじめられて、物置き部屋に呼び出した歩美との会話の光景。歩美が一生味方でいてくれると約束してくれたあの日。
念じる……そうだ、念じるんだ。一か八かだけど、やるしかない。他に手段はない。私は立ったまま落ち着いてじっと目を閉じた。
「ハア? 何をやってるんだお前は? 降参か?」
真っ暗。私の視界は真っ暗。目の前にいるシーザーのとぼけた声が聞こえてくる。たぶん、シーザーは口振りからこっちが何をしてるか分からなくて首を傾げてる。
じっと念じるんだ。念じる……
コイツを退けたい……コイツを倒したい……歩美を助けたい……ここで死にたくない……そう、心に強く願った。その時だった。
私の回りがそっと、暖かな白い光に包まれ、湧き上がる。銀色の神々しい光。真っ暗な視界が辺りを明るく照らすように銀色で覆われる。
なに……? これ……?
「グォッ!? な、なんだこのソウルの輝きは……! 眩しィィィィ!!! なんなんだこりゃ……」
「零さん……!」
私は身体の異変を感じ、そっと目を開けるとなんと私の全身が溢れる銀色の光で覆われていた。シーザーはその光の前に顔をハサミの手で隠して眩しがり、歩美は目を丸くしている。
シーザーが戦いの前に全身から発していたスプリンググリーンのオーラよりも強く輝く銀色のオーラが私の身体を包み込んで照らしていた。
「これは……」
驚く間もなく、私の両手に銀色の光がそれぞれ集まり始める。
その眩い光は私の両手に二刀の白い剣の形を作り、両手の光が弾けるように解かれると私の両手には先端がとがった黒い剣のような物がそれぞれ握られていた。
すると、私を包み込んでいたオーラはそっと徐々に光を失ったように消えていく。
「これが……私の力……!」
私は自分の両手に握られた剣のような物をそれぞれ見た。黒くて、右手に握られている剣は鍔がトランプのダイヤの形、対する左手に握られている剣は鍔の部分が×の形をしている以外、違いは見受けられなかった。軽い。持ちにくい事もない。
「け、剣が……零さんの手に……! 凄い……!」
「な……!! ……このシロウト女、土壇場で自分の力を発動させやがったってのかァ!!?」
歩美もシーザーも目の前の私の光景に驚いている。特にシーザーは激しく動揺し、唖然としている。
銅のように堅く、多少の重みがある。刃はなく、先端が尖っているだけ。斬るためではなく、叩いたり突いたりする武器のようだ。
だけど、これがあれば……勝てるかもしれない。いや、勝てる。目の前でハサミをぶら下げて歩美をさらったコイツに……
大バサミのシーザーに……勝てる……!




