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ソルジャーズ・スカイスクレーパー  作者: オウサキ・セファー
第三章 プレゼンス・サード -航路の行方-
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第三章最終話 灰色の世界

 大勢の黒いリクルートスーツに身を包んだ、自分と同じ境遇の学生が慌ただしく右往左往する。天井が高く、広々とした空間だが、これでもかというほどの人の多さから暑苦しさと窮屈さを感じるしかない。


「ふう……」


 目的を終えた僕は息をつきながら、その中から抜け出すべく、早く抜け出したいと上手く隙間を抜けて早々と外へと歩いていく――。

 外に出てもスーツを着た学生が談笑したり、僕と同じく駅へと歩いていく学生が溢れていた。しかし、中と比べれば外は居心地がいい。日差しが強く晴天だし、夏の終わりに似合いの涼しい風も吹いている。

 駅へと向かう他の学生に紛れながら歩いていると、見覚えのある顔が腕を組んで屋根の柱に背中を預けて待っていた。


「お疲れ様、キョースケ」


 まるで僕を待っていたかのように、そこにはハインがいた。相変わらずの全身黒い格好。黒の長袖シャツにミニスカート、そして黒い靴にニーソックス姿。三つ葉の黒い花のリボンも健在だ。

 ひとまず、ここでは邪魔になるので近くのベンチで座って話をする事にした。


「急にどうしたんだよ?」


「ちょうど近くを通りかかったから、アンタの様子をちょっと見に来ただけよ」


 スポーツドリンク入りのペットボトルに口をつけながらハインはそう言った。


「ユヒナは今日も”仕事”か?」


「そうね。今日は品川だって。アイツらが決起したから組事務所の鎮圧に向かったわ」


 あの日、レーツァンの攻撃で体調不良になったユヒナ。だが次の日にはその効力も抜けすっかり元気になっていた。

 ユヒナとハイン。二人はアレクさんの所で仕事をしているが、その仕事の内容も二人それぞれ違うらしい。ハインは裏社会の情報を集めたり、岩龍会などあっちの世界の勢力のその動向に目を光らせたりするのが仕事だが、ユヒナはアレクさんの所で掃除や書類整理など事務的な仕事やシーガルスの日常的な仕事の手伝いもしたりしているとか。

 島にヤクザが上がり込んだ”あの事件”以降、シーガルスも理事会も島にヤクザを二度と入れまいとパトロールや手続きの面で力を入れている。

 一方で、事件を起こした長瀬川会はというとあの事件の後、しばらくしてハインに食事に誘われ話してくれた。

 会長は遺体も見つからず生死不明、若頭は裏切りの末に死亡。若頭補佐は他の組員数十名とともに逮捕された事で長瀬川会は勢力を失い、代々木柴浜会からの信頼も失墜し二大勢力から転落した。これにより、代々木柴浜会の若頭の座を争っていたもう片方の勢力、円川組の円川まるかわ浩次こうじという男が正式に若頭に就任する事に決まったのだという。

 牙楽、スコルビオンら事件で生き残ったソルジャーは島での抗争時終盤にギリギリで逃亡を図ったため、他に逃亡を図った者ともども逮捕されていない。リッパー・ヴェノスについても全く行方知らず。代々木柴浜会は長瀬川に与えていたそういった有力な人材を全て取り上げ、長瀬川会はそのまま空中分解したかに思われた。

 ところが最近になって、彼を支持していた岩龍会内の弱小団体や長瀬川会の残党が徒党を組んでいずみ島に復讐を企てるようになった。

 それだけではない。真木田が裏切っていた事を知らない彼らは、真木田も長瀬川ともども島の人間に殺されたと思い込んでいる。阪上さんらシーガルスはJGBとも連携して、全力でそれらを水際で食い止めているのだという。

 その関係で重要な戦力としてユヒナも引っ張り出されている。今も表社会の人々がこの全貌に完全に気づかない場所で、阪上さんやユヒナは戦っているのだろう。

 その甲斐もあってか、あの日以降、島でヤクザを見かける事も現状ない。

 だが――。


「結局、真木田が長瀬川を仕留め、その真木田もあのレーツァンに殺され……と今のこの状況は全部偶然じゃなくて仕組まれていた事なんだよなぁ」


「ええ。そもそも、岩龍会っていうのは一枚岩じゃないのよ。一見、大勢力でも実際はのし上がるために面従腹背してる奴がゴロゴロいるわ」


 仮に真木田が殺されなかったとしても、長瀬川が真木田にやられているので何も変わらなかっただろう。逆に長瀬川も真木田も両方逮捕出来ていれば、今復讐を企ててる連中の怒りも少しは和らげられたのではないだろうか。

 結局、頭から最後まで何もかも、どういう経緯でそうなったかは不明だが、長瀬川と根来興業が手を結んだ時点で全てが始まり、根来興業の筋書き通りで最初から最後まで進んでいたという事になる。その副産物が今の裏の世界の状況だ。


 あの日、あの事件から、もう二ヶ月が経つ。

 夏休みが終わり、夏から秋へと変わっていくだんだん涼しくなっていく季節の変わり目だ。

 ここはお台場の国際展示場。未だに内定が取れていない生き残りをかけた者のための就職面接会が開かれている。いずみ島から来るのも電車数駅でお手頃な場所。

 僕はあの事件の後、大学の卒論と就活を両立しながらも事件前とは一見何も変わらない生活をしている。だが、あるものを確かめるためにこの道を変わらず歩き続けている。

 事件終結から数日後、空いた時間を使って僕はアレクさんに会うためにアポを取った上で特別公認事業所を訪れた。

 この事件を経て、決意した事がある。そのお願いをするために。

 それは――。


『アレクさん。僕を……特別公認事業所で働かせて下さい!!』


 僕は机に座ってアレクさんと向き合い、そう頭を下げた。

 だが、アレクさんはこう言った。メガネが光り、その奥の優しい瞳も見えない。冷たい瞳をうかがわせるその顔で。


『境輔くん、ダメです』


 最初言われた時は何が何だか分からなかった。戸惑った。ここまでいきなり断られるとは思わなかった。

 戸惑うしかなかった僕は、言葉を荒げ、ワケを訊いた上で経緯を説明した。


『なぜですか!! もしかして今の僕では無理なほどの過酷な面接や適性検査があるからとか?』


 アレクさんは静かに首を振った後、


『そうではありません』


『じゃあなんでですか!! 僕はあの事件の後、なかなか内心元の生活に戻れませんでした。このままでいいのかって』

『表社会と裏社会に綺麗に分けられたこの世界で、何も力を持たない僕に何か出来る事はないかって思ったんです。だから――』


『境輔くん』


 言いかけた所でアレクさんが口を開く。思わず、反射的に口が止まる。


『今のあなたには”覚悟”が足りません。裏社会という、この世界の闇の側面とも言える世界で仕事をする”覚悟”が』


『か、覚悟……?』


 ここに来て、僕はあまり考えていなかった事をアレクさんに突きつけられた。うわべだけの言葉ではなく、覚悟はあるのかという事を。

 ここからアレクさんに言われた一つ一つの言葉は今でも鮮明に覚えている。


『私としても、境輔くんは私の無茶な依頼を聞いてくれましたし、あの状況下で長瀬川に狙われるユヒナさんを上手く連れ出して守ってくれました。境輔くんをここの従業員に採用したいという気持ちはあります』


『が、あなたも見たはずです。この世界の現実を。ソルジャーと呼ばれる異能者が力を行使し、暴力団という尖兵が欲望のままに街を踏み荒らす様を』


『そんな殺伐とした世界に本当に踏み込み、仕事をするとなれば当然境輔くんも命を狙われる可能性があるわけです。途中でどんなに怖い事があって、逃げ出したいと言ってもそれまで関わったこの世界との関わりから逃れる事は決して簡単な話ではありません』


『今ならば、まだ帰れます。元の平和な日常に。たとえ牙楽やレーツァンなどの凶悪なソルジャーに顔を覚えられたとしても、この世界との関わりを断てば時間が解決してくれるでしょう』


『もしここで働きたいのであれば自分に覚悟があるのか否か。確かめて下さい。それを考え、確かめる時間を差し上げます――生半可な覚悟では受け入れる事は出来ません』


 ――……期限は今年の12月まで。それまでに答えをアレクさんに伝えなければならない。この期限はアレクさんから告げられたものだ。

 自分に覚悟があるのか、確かめるためにひとまずこれまで歩んできた日常と向き合う事を決めた。

 今はもう9月。もうすぐ内定式のシーズンだが、それでもまだ就職出来ず路頭に迷っている奴はまだまだいる。

 覚悟がある事を確かめられたのであれば、僕はアレクさんの下で働ける事になるが、生半可な覚悟ではアレクさんは許してはくれない。

 今日の面接先も大阪に本社を構える出版社。一次面接だ。大手企業が続々と採用活動を終える中で、数少ない参加企業の一社。

 就活もこれまでは関東の企業ばかり受けていたが、あれからもっと形を変えて力強くやってみる事にしたんだ。たとえもし、内定もらっても。

 仮に就職先が決まったらアレクさんとの約束もあって僕は一層葛藤する事になるのだろう。だが覚悟があるか否かを確かめるにはこれぐらい打ち込まなければ分からない。

 今回の事件で僕はこの世界の裏の部分を短期間に多く見てきた。

 裏と表――。

 それらを比重し、自分に裏の世界を歩いていく覚悟があるかを確かめるにはもっと表の事を知らなければならない。

 あの事件が起こって、終結後にアレクさんに会いに行って、それから考えた事だ。

 卒論も就活も今はとにかく前向きに全力で取り組んでいる。その先にある将来への不安とか、そういうものは今は気にしなくなった。

 ただ突き進めばいい。突き進んで、答えを見つけて、それから本当にそれでいいのかを考えればいい。

 あの事件を通して、結果的にだが、覚悟の大切さというものに出会えたのかもしれない。

 因みに夏場も就活で関東問わず東北や京都、北海道の会社まで色んな企業を受けたが、いずれも不採用だった。二次面接までは行けるのだが落ちてしまう。

 だが、落ちても悔しさより勉強になる事が多かった。説明会で話を聞いて面接を受けて、こういう場所もあるんだと。価値観が広がったような気がした。

 だから、時間ギリギリまでこれからも続けていこう。卒論との兼ね合いとか大変だけど――。


「キョースケ」


 多くの就活生で賑わう道を、駅に向かって歩いていると隣を歩くハインが話しかけてくる。


「この後はどうするの?」


「大学に戻る。卒論に就活、やらなければならない事が沢山ある」


「そ。アンタがどうするかは私にとってはどうでもいいけれど、アンタがこっちに来るならばアイツの存在を忘れない事ね」


「アイツ?」


「レーツァンよ。アイツはあのまま根来のいぬで終わるような男じゃない」


 そういえばあの日の最後、レーツァンはユヒナにまた会うだろう的な事を言い残していたな……


「今はまだその実力の全てを隠しているけれど、私の勘ではそのうちまた何かでかい事をしでかす気がするわ」

「ユヒナも、アイツを気にしてかもっと強くならないとって意気込んでたわ。アンタも、こっちに来るからにはアイツとも顔合わせる可能性が十分ある事を覚悟する事ね」


 レーツァン。

 ユヒナをあっさり一撃で倒したあの凄まじい強さはそれまで見てきたソルジャー達を大きく上回るものだろう。

 その姿を見てから、あの話――阪上さんから聞いた、4年前も楠木大和を殺害した養護施設襲撃事件の話を思い返すと、動物を殺し子供も傷つける容赦ない文字通りの冷酷非情な男である事が窺える。

 相手を見下すしつこい高笑いと、怪人のような風貌であるその容姿はまさに悪魔が人の形をしたようなものだ。

 裏社会というこの世界の闇の側面を存分に体現したのがああいうような人物なのかもしれない。

 ハインはそれも含めて、忠告をしているのだろう。覚悟を決めて、前に進めばレーツァンのような存在とも対峙する可能性だってあるのだから。

 僕は戦えないがそれでも――。

 この綺麗に分けられた、白と黒に隔てられた灰色の世界だからこそ出来る事をしたい――。僕はそう考えたんだ。


 そのためにも自分がこの世界の黒の部分に飛び込む覚悟があるのかをこれから確かめていきたい。


* * *


「はい」


「長瀬川篤郎の行方は不明です。これであの人の思惑通り、代々木柴浜会の体制は崩れるでしょう」


「はい」


「間違いなくこの地で覇権争いが起こります。戦争です」


「あと、あの二人のエクスサード。その存在をしっかりこの目で確認しました」


「いかがされますか?」


「分かりました。データを後で送ります。引き続き、活動を行います」


「……アーレウス様」


 闇夜の下に建てられた、無数のコンクリートの塔。光一つない闇が辺りを暗黒に包む。そのコンクリートの上で、長いウェーブのかかった紫色の髪が風に揺られる。

 眼下には、真っ黒な東京湾が見える。その先には煌びやかなお台場の街並み。しかし、このビルの屋上はまるで特殊な空間のように暗闇に包まれていた。

 その背後にゆっくり近づいてくる、二人の男女の人影。その気配を察し、通話をやめて振り向く。


「お疲れ様です。マステマさん」


「Dr.シンドラー、ドリス。エクスサードのデータはとれましたか?」


 マステマが振り向いた先に立っていたのは白衣に身をまとった二人。シンドラーとドリス。


「ええ、とれましたとも。フッフッフッ、あえて遠くから観察した甲斐がありました」


 シンドラーはそれらが記録されたマイクロチップを白衣から取り出した。


「このデータ、1億5000万で買い取ってくれるという約束、守って頂けますよね?」


「ええ。それだけでなく、二人のエクスサードがこの東京にいる事が分かる証拠品の報酬としても後日中東から送金させて頂きます」


 シンドラーとドリス。二人は長瀬川に従い、いずみ島に他の構成員とともに従軍していたが、彼らにとって長瀬川の野望はどうでもいいもので優先事項があった。

 エクスサードであるユヒナとハインのデータ収集。研究者である二人が最も欲しいもの。シンドラーはハインを、ドリスはユヒナを密かに追跡し、遠くからカメラやレーダーで写真や映像、測定データを取り続けた。

 だが、そんな二人にいずみ島侵攻直前、同じく長瀬川についていたマステマが密かに接触した。

マステマはこう提案した。採取したデータを1億5000万で買い取ると。岩龍会本家が回してくれる研究費に不満を持っていたシンドラーは特に値段に文句もつけず、データの提供を約束したのであった。


「あの~、マステマさん」


 恐る恐る声をかけるドリス。マステマも彼女の方を見た。


「はい?」


「もし、あのエクスサードを欲しているのであれば捕らえてしまえばいいのでは? なんで泳がせておくんです?」


「あなた方には関係のない事です。ただ――」


「ただ?」


 マステマは真っ暗な夜空を見上げた。


「一つ答えるのであれば、彼女らには我々にない”可能性”があります」


「人間、ソルジャーにもない可能性。それは定義するための特徴や性質の概念ではなく、その存在こそが大いなる可能性」

「私はその大いなる可能性を小さいものにしたくない。観測していたい――」


「それを潰そうとするならば、この手で滅するまで」


 その言葉は落ち着いていて静かだが、決意を汲み取れるものであった。

 彼女もまた、長瀬川の野望には最初から全く興味も関心も皆無。

 戦いが終わった今、彼女もまた、岩龍会とか長瀬川会とかそういうものはお構いなく独自に動き出す。

 全ては大いなる可能性を観測するために――。

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