第41話 野望の果て
まるでゴミ処理のように、僕とユヒナを散々追い回し、しぶとかったあの男をあっさりと駆逐し、高らかに勝利宣言に叫ぶ真木田――。
今日から自分こそが新たなる長瀬川会の会長であると。そう高らかに叫ぶ真木田。
するとそこに、上空から大きな風の音が聞こえてくる。その方角――暗い夜空を見上げると二つのプロペラがついた軍用のヘリが上空を飛行してきていた。
「っと、俺がこうして出てきたからには、根来会長も直々に来てくれるという話だった。ッハッハッハッハ!!」
ヘリは僕らのいる橋の上空でプロペラを回しながら停止すると、扉が開き中からはしごが投げ落とされた。
はしごを降りて一人の男が橋に降り立った。ボサボサで立った汚い金髪にトゲトゲした薄紫の長い襟が飛び出た紫色のコート姿。
顔の半分をそれぞれ白と黒に塗り固めた仮面が覆っており、白い仮面の方の右目は充血し不気味に膨れ上がっている。
「フヒャハハハハハハハハ……!」
嘲笑う邪悪な笑みを浮かべるその男。その姿を一言で形容するならば――道化師とも言えるし、不気味な怪人とも言える。そんな男が目の前に立っていた。
「境輔……何だか、怖い……」
ユヒナが身を震わせて体をブルブルとしている。
「どうしたんだ、ユヒナ」
「とても普通じゃないの。あの人には、触れちゃいけない何かを感じる……」
触れてはいけない何か。それは恐怖を意味するのだろう。正直、僕も内心ここまで逃げて走ってきて暑かった体に急に寒気が――長瀬川やその手下のヤクザに追われた時とは比べ物にならないものを感じる。
牙楽、リッパー、スコルビオンといったこれまでのソルジャーとも一線を画すこれは一体なんなんだ……
こいつが、真木田が言っている四大勢力の一角、根来興業の会長にして、岩龍会の最高幹部四天衆の一角、根来会長なのだろうか。だとすれば、この異質な空気も頷けるというものだ……とその時だった――。
「根来会長は? ここに来てくれるって話だっただろ?」
なに……こいつは会長じゃないのか……?
「あぁ。しかし、会長は別ヘリで遅れてここに来るってさ。忙しいらしい」
「会長に代わって、おれが話を聞いてやろう。長瀬川はどうなった?」
「始末した。これで俺は長瀬川会二代目会長だ! そしてあんたら根来興業に寝返るぜ!」
「フヒャハハハハハハハハ!! そいつはご苦労な事だ。そんなあんたに、遅れてやってくる根来会長からある伝言を預かってる。その指示に従え」
「分かった。何をすればいい?」
「それはなぁ……」
「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
突如、真木田の背中が、全身が、黒がかった緑色の炎に包まれた。あの男が、何をしたのかは分からない。
すると男は炎上する真木田に左手を伸ばし、首を鷲掴みにして持ち上げた。持ち上げると真木田を焼いていた緑色の炎も直後に消火される。
「どういう……つもりだ……」
「フヒャハハハハハハハハ!!! こういう事だよぉ!!!!」
男は持ち上げた真木田を地面に叩きつけると、つま先が三日月の形をしている靴で何度もその顔を踏みつけた。踏みつける度に赤黒い血が辺りに飛散する。男は何度も何度も面白がって悪魔の笑いを浮かべながらその顔を踏みつけた。そいつが動けなくなるまで。ユヒナも両手を顔で覆っていた。僕も目の前で平然と行われる残虐な光景を直視出来ず目を背けざるをえない。
やがて、踏みつけの音が聞こえなくなった僕は恐る恐る目の前を見た。
そこには生命的な意味で再起不能になった、顔だけが赤く、黒く、目の部分はまるで潰れてしまったかのような変わり果てた真木田の死体があった。
顔は原型を留めておらず、ドロドロな血で塗り固められている。不気味を通り越して吐いてしまいそうだ。
「フヒャハハハハハハハハ!!! 用済みって事なんだよ。お前はよく働いてくれた。これでおれにとっても根来にとっても利のある結末になった……」
「どんなに組織が大きくとも、優れた有力な幹部が少ない組織ほどちょっとアタマ使うだけで崩せるものはない……」
「フヒャーーーーッハハハハハハハハハハ!!! ハーッハハハハハハハハハ!!!」
なんなんだコイツは……先ほど真木田を燃やした、黒がかった緑色の炎の玉が奴の左手で踊るように燃え上がっている。あの左手からエネルギーを発射したんだろうか。
男は視線を僕らの方へと向けた。
「ん? お前達……? そうか。お前か……ピンク髪の、噂のエクスサード……!」
「な、なんで私の事を知ってるの!?」
突然、ユヒナの方にその男は注目した。
「ククク……ちょっとした仕事のコネでなァ……エクスサードとか、ソルジャーとか、そういうのに詳しい博士から教えてもらったんだよ」
「確かにソウルの力を感じれない…………でかい異質なエネルギーだ……本質が読み取れない……」
「そうだ。このまま帰るのもつまらん。お前にゲームをやろう」
「ゲーム?」
「簡単な事だ。おれ様を倒せるかやってみろ。お前のその力で、このおれ様を止められるか試してみろ!!!!」
凄まじい力の呼応を感じる。その衝撃は暴風となって僕らに吹き荒ぶ。溢れ出る強力なエネルギー。男の体の周りを黒がかった緑色のオーラが漂いにわかに光っている。
「……ぐっ! ユヒナ、どうするんだ!?」
「怖いけど……戦うよ! この人、このままにしておいたら何か大変な事をやりそう! 長瀬川を遥かに上回る邪悪さを感じるの……」
確かに今まで見てきたソルジャーと比較しても、明らかに雰囲気も違う。真木田を焼き尽くした炎も、その発する力もとにかく不気味で邪悪に満ちている。あのエネルギーは一体なんなんだ……
「たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
ユヒナが光る刃の剣を手に、鋼の翼で飛行しながら男に突っ込んでいく。
「ケオ・フェイム!」
男は左手を大きく振るい、黒がかった緑色のエネルギー弾を次々と投げつける。それらを右左と上手くユヒナは避け、同時にエネルギー弾は爆発とともに地面を凹ませる。
よし、これなら行ける! と思った直後。続けて投げられたエネルギー弾。ユヒナはそれを避け、弾はユヒナを横切ろうとするが、その燃え上がるエネルギー弾は横切りながらも骸骨のような形に変化し、横からユヒナを大きな口で飲み込み破裂した。
したそれは明らかに飛んでいる途中に軌道修正し、ホーミングしてユヒナを捉えていた。
まるでミサイルで撃ち落とされた戦闘機のようにユヒナはその爆発で撃ち落とされ、地面にうつ伏せになる。
「な、なに……? 体が思うように動かない……痺れる……頭クラクラするよ……」
「ユヒナ!?」
体調の悪い様子を見せるユヒナに、僕は思わず駆け寄って肩に手を回した。
「境輔……頭クラクラする……」
ユヒナの額に手をやるが熱はないみたいだ……一体これは……
「おい!! ユヒナに何をしたんだ!!」
僕は目の前で不謹慎に笑っている男を見た。
「フヒャハハハハハハハハ!! おれのソルジャーの力をそいつにかましてやっただけさ」
「おれの力は、あらゆる調和を乱し、あらゆる平常を異常へと逆転させ狂わせる混沌の力! それがたとえ、人の体調でもな!!」
「この力をまともに食らった奴が受けるのは痛みだけじゃない。健康だった体もおれの力によって不健康になる!!」
「体調も悪くなるだって……?」
「そうだ。ククク……いい顔だ……人がおれの力で苦しむ様は見ててたまらない……」
すると男は身を翻してヘリのはしごの方へと帰っていく。
「待てよ!! おい!!」
「戦えないんじゃあゲームは終わりだ。それとも、お前が代わりにおれを殺すか?」
男は僕を指差してくる。くっ……あんな力を見せられたら勝てる気がしない。ましてや僕は異能者じゃない。こんなのと戦っても勝てるわけがない。
「出来ねェよなあ。おれ様は今、真木田を殺してご機嫌だからそれに免じて手を出してねえだけだ。殴ったら殺すぞ? ただの一般人が思い上がらない事だ。……フヒャハハハハハハハハ!!」
くっ……どう足掻いても抵抗出来ない。上から目線な態度が憎い……
男は体調不良に苦しむユヒナの方を見た。
「所詮エクスサードでも、おれの敵ではなかったな。生まれ持った力はでかくても、磨かないと意味がねェんだよ」
ヘリの方から拡声器によって男の声が響いてくる。
「レーツァン!! エクスサードがいるのは面白いが目的は果たしたんだ。早く帰ろうぜ!! シーガルスの奴らが来ちまう」
え……!?
「おお、悪かったな! 今行くスカール」
「エクスサードの女。お前とはまたどこかで会うだろうな……お前が″この世界″にいる限り。フヒャハハハハハハハハハ!!!」
レーツァンと呼ばれたその男ははしごに掴まり、上ってヘリに乗り込むとそのままヘリは大きなプロペラ音をあげながら夜空の遠くへと消えていった。
僕はユヒナを支えながら、しばらく呆然としていた。
あいつが……レーツァン……だと……
4年前、養護施設を襲撃し経営者であった楠木大和を卑劣な手段で殺害したという男。その首を手土産に岩龍会に入った男。
そして今回の事件が起こった遠因でもある。楠木大和という、僕達も知らない所でこの島を守ってくれていた英雄を奴が殺した事で――。
冗談じゃない。あんなのが楠木大和を殺したっていうのか……まるで絵に描いたように分かりやすい悪党だ。
エクスサードであるユヒナも簡単にあの弾だけで倒してしまった。一体、なんなんだ……
「おーーーーーい!!! ユヒナちゃん!! 森岡くん!!!」
呆然としていると、後ろから声が聴こえた。思わず振り向くとそこには今駆けつけてきた阪上さんの姿があった。
白色に水色のラインが入り、一匹のカモメの影が書かれているワゴン車も一緒だ。
良かった……助けが来てくれた……




