第39話 最終決戦
「バカな……」
「ククク……俺は諦めない。真木田の仇であるお前をぶちのめし、この島を俺のゴルフ場にするまではな!!」
まさかの登場に唖然とするしかなかった。
黒いワゴン車を運転し、現れたのはもう動けないと思っていた男――長瀬川篤郎だった。
車から降り、僕らの前に一歩、また一歩と迫ってくる。
「ゴルフ場って……だいたい自分勝手すぎるだろ!! ふざけてるのか!!」
ホテルで長瀬川の野望はこの島にゴルフ場を作る事だと分かったわけだが、その野望は自己中心的で自分勝手でしかない。ふざけてるとしか言い様がない。
「うるせえ!! 俺の言う事に横から指図するんじゃねえよ……カタギの分際で!!! このくそガキが!!!」
怒りを燃やす長瀬川は僕のもとに近づいてくるや否や、怒りのストレートを繰り出す。あまりのいきなりの攻撃に気づいた時には腹に大きな激痛が走っていた。
「き、境輔ぇ!!!」
剛速球を生身で直接受けたような強い痛みに耐え切れず、その場で膝をついてうずくまるしかなかった。ユヒナの僕を心配する叫びがとても苦しく感じる。
「おおっと、女。お前の相手はこっちだ」
僕の前に立つ長瀬川はユヒナの方に向かっていった。くそっ……コイツからユヒナを守らないといけないのに……
なんとか激痛に耐えながら、ユヒナの方を見ると彼女の左手にはいつの間にか光る剣が握られていた。
「お願い!! これ以上境輔に手を出さないで!!」
「手を出したのはそっちだろうが。余計なちゃちゃ入れなきゃ手は出さねえよ。俺はそもそもお前に用があるんだ。死んだ真木田の無念……俺が晴らしてやる!!」
長瀬川は剣を持つユヒナに対して、武器を使わず拳を構えてユヒナに突進からの突き攻撃で襲いかかる。
ユヒナはそんな大雑把な長瀬川の横をスルリと抜け、背中に向かってその光る剣を振り落とす。が、長瀬川もそれを見越していたかのように後ろへと下がって距離をとり、長い右脚からの蹴りを炸裂させる。ユヒナの剣と黒い靴が一瞬ぶつかり、両者は距離を離す。
「どうしてあなたはこの島をゴルフ場に変えようとするの!? 境輔やこの島に暮らす人達のこと、何とも思わないの!?」
「何とも思わないさ。この島を乗っ取ってゴルフ場にして、リゾートに作りかえれば大金が転がり込むだろうが!!」
長瀬川はユヒナに殴りかかる。両手から繰り出す、パンチの猛攻。ユヒナはそれを一本の光る剣でどう繰り出されても防ぎ、ダメージを許さない。パンチの嵐を繰り出しながら長瀬川は続ける。
「世の中はカネと権力こそ全て!!! それが手に入るチャンスが目の前にあるのならばどんな手を使っても食いつくしかないだろ!!」
「この島は白針刻とかいう理事長がいるようだが、理事長代理をこっそり裏に置いているだけでその姿を見た奴はいない!! 公には名前しか知られていない!! どこで何をしているのかも分からない!! もしかしたら遊んでるだけかもしれない!!」
「だから存在するであろう土地の権利書を奪い取って俺が白針刻を裏から名乗れば、後はどうにでもなる!! この広大な島を乗っ取って好き放題出来る!! そうすれば海に浮かぶ最高級のリゾート施設にしてゴルフ場のオーナーになり億万長者だ!!」
「そうすれば、岩龍会内での地位も上がる!! 若頭も夢じゃねえんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
最後の力強く執念深い拳を防いだものの、その力の強さに語れば語るほど、気迫が強くなり、その威圧感からユヒナも押し込まれていく。その最後の一撃は防ぐ事が出来たユヒナを大きく押し飛ばす。足元の摩擦で砂煙が舞いながらもユヒナは倒れる事もなく衝撃を抑えこみ、体勢を整える。
「で、でも……そんなのはただの自分勝手よ!!! 私も白針刻が誰なのか知らないけど、アレクさんはとても優しくて、この島の事を誰よりも思ってる人だって言ってた!!」
「そんなものは口だけでどうにでもなるんだよ。全くのデタラメかもしれない」
「そんな事はない!! 私達に居場所をくれたあの優しいアレクさんがそんな嘘をつくわけなんてないよ!!」
「うるさい!!!!!!」
確かに長瀬川の言う事にも一理ある。白針刻――それはこの島に中学の時から住む僕さえも今日に至るまで会った事もないし、どんな人物かも分からない。名前以外は理事長の地位にいるという事とアレクさんから聞かされた話しかない。
表向きに名前と地位以外殆ど知られていない以上、この島を内部から掌握してしまえば、長瀬川が白針刻を名乗る事も不可能ではない。
長瀬川が白針刻を名乗れば、人々は間違いなく彼を白針刻と信じて疑わないだろう。
そして土地の所有権と理事長の座を手にしてしまえば、アレクさんや本物の白針刻が築き上げてきた大きな積み木も自分からあっさり崩して積み直す事も可能だろう。たとえその先に混迷が待っていたとしても。
だが、ユヒナが言う通り、それは長瀬川の自分勝手でありこの島の事なんか何も考えていない文字通り横暴なものだ。長瀬川のエゴでしかなく、その先の事も具体的に考えているようには思えない。
奴をこのままにしておくのは危険だ。
「とにかく俺はまず邪魔な障害でもあるお前を殺して真木田のカタキをとんだよ!! そしてアレクとかいう理事長代理の所にも行って土地の権利書の在り処を聞き出して奪い取る!!」
「そんなにこの島と理事長代理が大切ならば、この俺を止めてみろ!! 止められるものならなぁぁぁぁぁぁ!!!!」
長瀬川は再びユヒナに襲いかかる。長い脚から繰り出される蹴り攻撃を避けると、ユヒナも剣で長瀬川に切り込んでいく。
武器も何も持たない素手にも関わらずユヒナの光る剣を避け、振り落とされる剣を全く恐れない真剣白羽取りで受け止めてしまう。
身体能力だけならば、エクスサードであるユヒナが上なはずだが先ほどからそれを一切感じさせない。
ユヒナの光る剣の刃が長瀬川の両手に抑えられて震える。やがて長瀬川はその重みに耐えられなくなったのか逃げるように両手を離すと素早く距離をとった。
「だったら私、全力で今のあなたを止める!! この島を守りたい!!」
「私……この島と、この場所を大切に思う人達のために……戦う……!」
目を閉じて、強い眼差しで相手を見て、剣先を向ける。するとユヒナの体が神々しく眩い白い光に包まれた。
光の中から現れたのは綺麗な白い肌に桜色の長い髪、脚、胸元、下半身を覆う青い鎧。立派で機械で出来た鋼の翼を生やした、改めて見ると天使のような姿をした一人の少女。
真木田の薬のせいで消耗していた力が、この島を征服しようとする悪を打倒したいという気持ちによって回復したという事なのだろうか……
とにかく眩しい。辺りの夜の闇を眩しい光が照らしている。希望の光のようだ……
「くっ、眩しい!! これがエクスサードの力なのか!?」
長瀬川も何が起こったのか分からない様子だ。それはそうだ。真木田から情報はもらっているのだろうが、その力を実際に目の当たりにするのは初めてなのだろうから。
そしてこの光からは昨夜の真木田の時には見られなかった。優しくて、強くて、そんな力を感じてならない。
「ユヒナ!!!」
「全身から力がみなぎってくるわ、境輔!! もう少しだけ待っててね。すぐ、終わらせるから」
ユヒナはそう優しく言って、地面を蹴りその鋼の翼で宙に舞うと銀色のそれを左右ともに大きく開いた。
翼に2つずつある計4つの丸いハッチの部分が開口し、そこから無数の光弾が打ち出される。まるで機関銃のように連射して放たれるそれは地上にいる長瀬川目掛けて雨のように襲いかかる。
「なるほど、そう来るか。これがエクスサードの力か。来いよ!」
挑発する長瀬川は放たれたそれを左、右と回避するが、それは避けきれないほど無数の光弾が放たれる攻撃。
「はっ、こんな攻撃当たるわけが……ごわっ!!」
避けた先にちょうど降ってきていた一発の光弾が彼の左肩に命中しそこから多量の出血が始まる。それを抑えるべく右手が自然とその肩へと行き、動きが鈍くなる。
長瀬川の周りには光の雨が降り続いているが、動きが止まった事を確認するとユヒナは鋼の翼を広げたまま急降下し突っ込んでいく。
「な……! バカな……!」
「覚悟して!! たぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
上空から急降下して左の鋼の翼を伸ばす。長瀬川に狙いをつけ、急降下する体を翼から曲げてその相手を横から痛烈に弾き飛ばした。左肩を負傷して動きが鈍っていた所にお見舞いする空からの痛恨の追い打ち。
全身大きく吹っ飛ばされ、橋の鉄柵が破られる事なく、衝突ゆえの硬い金属の音を大きくあげる。
ぶつかった長瀬川はそのまま背中と後頭部を強打し、鉄柵の手前で膝と両手をつき、立ち上がろうにもその強打からの痛みで立ち上がれない。
「ぐ……そんな……なんで……こんな……」
「ソルジャーが相手でも怯まなかった……どんな奴もこの拳で黙らせてきた……この俺が……」
痛みに苦しみながらも信じられない様子の長瀬川。すげえ……渡り合ってたと思いきや簡単に動けなくしてしまった……そのちょうど目の前に降りてきたユヒナ。
「観念して。あなたの野望も、これでおしまいよ」
「ぐっ……く……」
光の剣先を長瀬川に向けた。体も痛くて動けない、抵抗したくても抵抗出来ない。非常に呆気ないが喧嘩師として、親分として名を馳せた長瀬川も所詮は人間だったという事だろう。真木田のように食い殺されないだけマシなのかもしれない。
錬金術を応用して造られたホムンクルス――。エクスサードとただの普通の人間の能力の差ゆえの結果だろう。たとえソルジャーが相手でも戦えたという長瀬川も、ユヒナの攻撃をモロに食らえばまず抑えきれないのだろう。
思えば、こうして見ると逃げずとも簡単に決着がついていたのかもしれないな……と、ポケットのスマホが振動している事に僕は気づいた。
画面を見てみると……アレクさんからの着信だった。




