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ソルジャーズ・スカイスクレーパー  作者: オウサキ・セファー
第三章 プレゼンス・サード -航路の行方-
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第36話 新木場へ

「ホウ。そういう事だったのか。じゃあ、帰るわ」


 ユヒナから事情を知った長瀬川はなんとまさかの帰る発言をした。

あっさりと撤退!? マジかと一瞬、この逃避行が自然と終わる希望が見えてきた。


「……って、それで済むかと思ったか!? バカが!! そんなの知った所で今の俺にはどうでもいいんだよ。お前が殺した事には変わりないんだからな」


 そんな希望はお遊びとばかりに闇へと消えた。あぁ……やっぱり話しても通じる相手じゃなかった……

 もうダメだ……無茶は承知でこの空翔ける相手から逃げて、アレクさんに電話で助けを求めるか?


「おい。その娘が言っている事は本当だぞ」


 意外な助け舟? が現れた。それは長瀬川とグルである牙楽。

 長瀬川を地上に下ろした後、熱帯夜にも関わらずマントで自分の胴体から下を覆って立っていた。暑くないのだろうか。


「なんだ? おい、まさかここに来てこの女の肩を持つんじゃないだろうな?」


 部下である牙楽に対して、今にも襲いかかりそうな威圧を出す長瀬川。が、それでも平静を保ち、


「その女の味方になった覚えはない。ワタシは真実を話そうとしているだけだ」

「薬についてだが、真木田の奴は根来興業から仕入れたという精神高揚剤を大量に持っていた。あの得体の知れない薬がそこの娘に使われたとするならば、暴走するのも頷ける」


 すると長瀬川は突然、意表を突かれたように目を丸くする。

 根来興業? 奴らの親玉は同じ四大勢力ビッグ・フォーの一角、代々木柴浜会のはずだ。なんで違う四大勢力ビッグ・フォーの名前がここで出てくるのか。


「はぁっ!? そんな話俺は知らないぞ!! 根来興業にそんなもの、発注した覚えはない!! なんで今になってそんな事を言うんじゃ!!」


「あの独演会が好きなシンドラーの解説にも耳を貸さず、ただ真木田の仇討ちしか考えなかった会長だ。話した所で聞かなかっただろう?」


「くっ……ぬぬぬぬぬぬ……」 


 苛立ちを募らせる長瀬川。その苛立ちは牙楽に対してなのか、それともこの状況に対してなのかは分からない。


「まぁいい」


 一人ブツブツと頭を巡らせると長瀬川は開き直って僕らの方を見る。


「たとえ根来興業がコソコソと何やってようがどうでもいい!!」

「俺の目的はこの島の持ち主である理事長から土地の権利書を奪って、この島をゴルフ場にすること!! それさえ叶えば、もう怖いものは何もねえんだよ!!!」


 持っている光のムチをアスファルトに叩きつけると、ムチはコンクリートに反射して波の曲線を描く。

 なるほど、この島をゴルフ場に作り変えるためにコイツは真木田や牙楽を送り込んでまで理事長を――土地の権利書を探させていたのか。

 自分勝手な動機だが、ある意味ヤクザらしいのかもしれない。


「おい、理事長代理はどこだ? ……口を割らないつもりか」

「だったら、今から腕ずくでも吐かせてやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」


 長瀬川が叩きつけたムチが下に叩きつけられると、それは獲物を喰らう蛇のようにバネのように伸びて僕に襲いかかる。

 僕は自分を守るように両手で身を守った直後だった。ムチの先端が僕のすぐ目の前で、宙に浮いたまま止まる。

 一瞬何が起こったのか分からなくなった。ユヒナも長瀬川も目を丸くしている。何が起こったのか分からないまま、僕は辺りを見回してみる。すぐに視線は止まった。


「そいつに手を出すんじゃないわよ、ハセガワ」


「なに……?」


 可愛くもわざとらしく、誤読し小馬鹿にした言い回しが長瀬川を煽る。少し離れた位置に黒い服を着た女が立っていた。紫色に怪しく光る右手を長瀬川に向けて広げている。


「ハイン!!」


 ユヒナは嬉しそうにその名前を叫んだ。心強い援軍の登場は形勢を逆転させた。長瀬川の攻撃を阻止しただけではハインの攻撃は止まらない。


「ぬおっ!? ムチが勝手に!??」


 僕に向けて放たれたムチの先端がひとりでに動き出し、宙を飛び回る。まるで命を持ったかのように。僕とは正反対の方向に浮遊してそれに長瀬川も引っ張られるようにアスファルトの上を引きずられていく。


「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 手がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 手が離れないいいいいいいいいいい!!!!」


 アスファルトの上が引きずられた血で赤くデタラメに染まっていく。思わず目を閉じていたくなるほど痛々しい。長瀬川は悲鳴をあげながら、そのままムチごと僕らやハインとは離れた歩道に乗る土台がすぐ近くのアスファルトの隅へと引きずられた末に放り出された。

この間も、ハインの右手は手招きをするような仕草をしていた。ムチごと長瀬川を引き寄せているように。

 ハインの力に引きずられ、両手が血まみれとなった長瀬川は痛みのあまり、意識はあるものの動けない。放り出された長瀬川は歩道に乗る土台に頭をぶつけ、仰向けに横たわった。


「さ、牙楽。今度はアンタの番よ」


 まるでゴミ掃除のように長瀬川をあっさりと始末したハインは牙楽の方を見た。

す、すげえ……あの長瀬川を一瞬で倒してしまいやがった……


「クククク……面白い。また戦えるとはな、闇の姫君」


 マントで体と口元も覆いながら薄ら笑いを浮かべると、マントを広げて翼のように羽ばたかせ、地面のコンクリートを蹴って夜空へと体を浮かせた。


「キョースケとユヒナはさっさとここから逃げなさい! コイツは私が相手しとくから。奴らに捕まらないようにね」


「奴ら?」


 牙楽と対峙するハインは目の前にいる相手の方を見ながら逃げる事を促してくる。

「奴ら」という単語に僕はきょとんとしたが、ユヒナの声ですぐにその正体に気づいた。


「境輔!! あれを見て!!」


その方向を指差すユヒナ。僕も無意識に自然とその方向を見るとホテルの入口から騒がしい足音と声が溢れ出してくる。

アロハシャツにスーツ。統一性のない格好をした大勢の男達がその場所を覆い尽くしていた。


「ナガセの兄貴い!!!」

「兄貴!! たった今、援軍連れてきやした!!!」

「おい、ナガセの兄貴が倒れてるぞ!!! 早く応急処置しろ!!!」

「ん? あそこに例の女が!!! お前らとっ捕まえろーーーー!!!」


 統率性もなく、各々勝手に動いては騒ぐ長瀬川の部下達。その軍団の一部が倒れている長瀬川を救うべく駆け寄る一方で、号令のもと、その大半が僕らに向けてなだれ込んでくるので恐怖心に唆され僕らはすぐに走り出した。


「逃げよう、ユヒナ!!!」


 僕はユヒナを連れ本来はタクシーが走るアスファルトで覆われた道路の上を走って逃げ出す。このままでは数の暴力だ。あっという間に取り囲まれる。ひとまず、街に出なければ――。

 ホテル敷地内の道路の上を走って街へと出るべく、僕らはとにかくひたすら走る。ユヒナも僕の隣を走っている。

 走りながら右の方向を見るとハインと牙楽も夜空の下で戦っている。互いに空中を飛び、闇のエネルギー弾と無数の輝かない光線の雨を撃ち合っていた。

 その戦いは逃げる僕らにも影響を及ぼす。僕らの後ろで巻き起こった黒い爆風が辺りを包んで消し飛ばした。何事かとその方向を向くとそれが何なのかが分かった。

 ハインが放った黒いエネルギー弾が牙楽に避けられるとエネルギー弾はそのまま真っ直ぐ偶然にも僕らを追うヤクザ達のもとへ直撃し、黒い風を巻き起こしてヤクザごと粉砕したのだ。

 まさに好都合だった。後ろを見て2メートルほど先に見えていた追っ手はその黒い爆風に飲み込まれていった。

 ヤクザ達の慌てふためく声と煙が辺りを包んで混迷とした空間を作り出す中、僕らはビル群がある方向を頼りにアスファルトを走り抜け、命からがら外へと脱出した。

 この騒ぎを聞きつけたのか、外は騒々しい空気に包まれていた。人々の目線が中で何かが起こっているホテルの方に向けられている中、僕らは新秋葉原駅の方へと走り出す。


* * *


 ホテルを離れると街はいつものと変わらない夜の街が広がっていた。人々が行き交う賑やかな歓楽街。歩行者天国もやっていない中央の大きな道路では車やバイクが行き交う。

 ここを真っ直ぐ歩いていけば駅が見えてくる。もう少しだ。

歩道を歩き、車が行き交う横断歩道を渡るべく辺りに気をつけながら歩いていると、


「あ、いたぞ!! 真木田のカシラを殺ったとかいう女ぁ!!!」


 赤や青などのアロハシャツを着た長瀬川会構成員だった。こうして見ると敵の服装は着崩したスーツよりもアロハシャツ率が高い。会長に合わせているのだろうか。


「境輔!! ここは無理にでも突破しよ!!」


 ユヒナは光る刃の剣を出すと彼らに斬りかかっていく。斬り込みから入り、脚を伸ばした痛烈な蹴りで構成員を蹴散らすと次々と長瀬川会をバッサバッサと斬り倒していく。最初いた敵を全て倒すと暗い夜道の奥から4人ほどこちらに向かってくる人影が見える。

 全ての敵を倒す必要はない。立ちふさがる敵を倒せばいい。言葉を交わさなくてもそれを自然と僕らはこなしていた。全ては生き残るために。

 行く手を阻む屈強な長瀬川会構成員を次々と蹴散らしていくユヒナ。僕より先行して走るユヒナは光る剣の一太刀で大半の構成員を倒し、安全を確保された歩道を僕は通って彼女の背中を追いかけていく。

 夜ゆえにユヒナの剣はサイリウムのように、SF映画で出てくるビームの剣のように光っていて、居場所を把握するのは容易だ。

 時々混じっている一太刀では倒せない太った身長の高いヤクザに対し、ユヒナは正面から強烈な飛び蹴りをかまして駆け抜けていく。

 出会い頭に拳銃を出して発泡してくるヤクザに対しては高く跳んで避けたのち、跳ねるように宙から順々に叩き斬って一人ずつ倒していく。斬ってまた跳び、叩き斬り、また跳んで叩き斬っての繰り返し。

こうして僕らは何とか新秋葉原駅の西口までたどり着いた。

 床が赤いレンガのタイルに覆われた、辺りにファミレスやコンビニ、カフェや銀行などがあって、ヤクザの軍勢が上陸してるにも関わらず人々が行き交って普段通り賑わっているこの西口。

 僕はここまで命からがら走って、ハラハラさせられて息を吐きたくなるほどまでグロッキーだが、ユヒナは特に疲れた様子を見せていない。下っ端相手に消耗はしていないみたいだ。


「境輔!! 早く電車に乗って逃げよ!!」


 僕の横を走り抜け、僕の方を向いて促してくるユヒナ。


「あぁ……行こう」


 僕らはこの島を出るべく新秋葉原駅のホームを目指した。駅の中にも長瀬川会がいるかもしれないので辺りに警戒して歩を進めた。

 エスカレーターで上がり、改札口を抜けようとした時。僕らは頭上にあるものを見て歩を止めた。

頭上に見える電光掲示板。電車が何時何分に到着を表しているもの。

しかし、そこに僕らが乗ろうとしている新木場行きの電車が到着する時刻は表示されていなかった。


「なんだって……」


 驚愕する僕ら。なんで電車は動いていないのか。メッセージが流れる電光掲示板の様子を見るより前に一刻も争うこの状況。僕は近くにいた駅員に駆け寄って尋ねた。

原因と何時に動くかを訊いた。すると。


「申し訳ございません。電車は新木場への線路上に石が置かれていた関係で運転を見合わせています。運転再開時刻は未定です」


 その答えは非情にも退路が絶たれた事を意味していた。


「どうするの? 電車動かないんだよね?」


「仕方がない。モノレールに乗ろう。足で脱出するしかない」


「足で!? まさか橋を渡って脱出するの!?」


「それしかないだろ。行こう」


 僕はユヒナとそう話しながら目の前の改札口とは違う方向へと早々と向かった。新木場に行けない以上、いずみ島内を周るモノレールか地下鉄に乗るしかない。くそっ、誰がこんな時に石なんか置いたんだ……

 かくなる上はモノレールでA-1地区西に位置するネオ・アキバドーム前まで行って、そこからウエストゲートブリッジを目指し、渡ってこの島を出て、そこから歩いた先にあるテレコムセンター駅から電車に乗り込むしかない。

 幸いなことに、歩いて新木場に行くよりもテレコムセンター駅までの距離は短い。以前、この島から直接テレコムセンター駅まで行った事がある。


「ドーム前でタクシーかバスでも拾えたらいいんだけどなぁ」


 ドーム前からはタクシーやバスも運行している。拾えたら脱出はしたも同然だ。

 残された退路を目指して、僕らはモノレールへと乗り込んだ――。

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